log33.イベント終了
長の提案を受け、セードー達は長の転移魔法によって妖精島表層までやってくる。
「っと……」
生い茂る草原のど真ん中に立ち、セードー達は一息ついた。
それほど長く妖精竜の巣の中にいたわけではないが、やはり蒼天の下に出てくると今までつまっていたものが抜けたかのように、すっきりとした気分が彼らの中に湧き上がってきた。
頬を撫ぜる風の気持ちよさに目を細めるセードー達に、長は小さく頭を下げた。
「本当に、このたびはありがとう……。貴方たちがいなければ、我らは滅んでいたことでしょう……」
「何、気にすることはない。元より、我が目的は邪影竜……いや、夜影竜と戦うことだった。その結果が妖精竜の身を守ることに繋がり、なおかつこのような紋章を入手できた。礼を言いたいのは、こちらの方だ」
「謙虚っぽいが、なんか違うよな、うん」
アラーキーは苦笑しながら、腰のポケットを撫ぜる。そこにはフラムが入っているクルソルがあった。
「いきなり邪影竜と戦闘になったときはどうなることかと思ったが、終わってみれば万々歳だったな」
「はい! アラーキーさんはフラムちゃんを!」
瞳を輝かせながら頷くキキョウの言葉に、セードーは軽く首を傾げる。
「フラムは女の子なのか? ……そしてキキョウは妖精竜の髪飾りを」
キキョウの頭上で輝くアクセサリーを眩しそうな眼差しで見るセードー。
アラーキーはそんな彼を半目で睨みつつ、キキョウの言葉に軽く頷く。
「あとで確認してみるかねぇ、うん。そんでもって、セードーは夜影竜の紋章を」
セードーの右腕に刻まれた紋様を見て、妖精竜は小さく微笑む。
その微笑みはどこか色がなく、何とも言えない不安を感じさせるものだった。
「……貴方たち全員に、それぞれ得るものがあったのですね。少しでも、我らの来訪を喜んでもらえたのであれば、我々の存在も救われるというものです」
「滅びを目前としたような者たちの言葉だな。……生きろ、妖精竜の長よ。ここで死なずともどこかで死ぬというのであれば、我々がその命を救った意味がない」
妖精竜の長の言葉に、どこか世を儚んだ雰囲気を感じ取ったセードーは、眼差しを鋭いものに変えて妖精竜の長を睨みつける。
「生きろ、長よ。死ぬのであれば、精一杯生きて死ね。何も為さず無為に死ぬのは……お前が生んだ子らへの冒涜だ」
「……はい、その通りですね……」
セードーのその言葉に、長は微かに目を見張り、そして俯く。
そしてもう一度顔を上げたときには、先ほどみせた微笑みの中の儚さは鳴りを潜めていた。
「……結局、最後までお世話になりっぱなしですね」
「気にするな、長よ。生を厭う時というのは、誰にでもある。大切なのは、生を厭うても、生を蔑ろにしてはいかんということなのだ」
「はい、その通りですね」
「なんでそんな哲学的なことかたっとるんだ、お前は」
「それで、長さんはこれからどうするんですか?」
キキョウの問いに、長は軽く笑って南の方へと顔を向ける。
「そうですね……。他の島の長と話をして、何とかこの島を降ろせる場所に向かうつもりです。精霊樹の力も、いつまでも持つものではありませんし……」
「それなら、南の方じゃどうだ? そっちは海だからな。沖の方に出れば、遠慮なく島を降ろせるだろ、うん」
「海ですか……いいですね」
長はアラーキーの言葉に頷き、それからセードーへと顔を向ける。
「最後にセードー……ありがとうございます」
「こちらも礼を。ありがとう、長よ。お前たちに会うことができて良かった」
「……はい」
長は頷き、それから後ろに下がる。
小さく唸り声を上げると、先ほどセードー達と一緒に転移した魔法陣が彼女の足元に現れた。
「それではみなさん……本当にありがとうございました。またいつの日か……必ず、もう一度お会いしたいです」
「はい! また、会いましょう!」
「その時までに、フラムはきちんと育てておくからなー!」
「息災でな、長よ」
三人がそれぞれに声をかけ、長はそれに答えるように笑う。
「さようなら、シーカー達よ……。貴方たちの行く先に、万光の輝きがもたらされんことを!」
最後に祝詞をあげ、妖精竜の長は大きな吠え声を上げる。
妖精竜の吠え声に呼応するように、妖精島の精霊たちが輝き、辺りを照らす。
その輝きの眩しさに三人が目をすぼめ、それが収まったとき……長の姿はそこにはなかった。
「……帰りましたね」
「んだぁなぁ」
「また会えますかね?」
キキョウが誰にともなく呟くと、アラーキーは軽く肩を竦める。
「この島の穴という穴を探せば、もう一度会えるかもしれないぜ?」
「情緒がありませんね」
「だな」
身も蓋もないアラーキーの発言であったが、彼はそれでもう一度長に会えるとは思ってはいなかった。
(……おそらく、このイベントは限定イベントだろうしな。一番最初に発見した奴だけが体験できる、完全先着制イベント……。そんなもんに立ち会えるとは、俺も運がいい)
アラーキーは笑い、セードーとキキョウの肩にポンと手を置いた。
「まあ、何はともあれ……お疲れさん、二人とも! これで妖精竜の捕縛イベント、完遂だ!」
「はい! やりました!」
「初参加のイベントとしては……大戦果、でしたね」
キキョウはもとより、セードーもまたその顔に満面の笑みを浮かべる。
二人の笑顔につられるようにアラーキーもまた、笑顔となった。
「まったくだな! お前たち、ホントに運がいいな! 普通は、妖精竜をとっ捕まえてりゃ、それで満足だろうに!」
キキョウはその言葉に、申し訳なさそうな顔で首を横に振った。
「私は妖精竜の赤ちゃんに会いたかっただけですから……。それにお二人がいなかったら、きっと見つけられなかったです」
「それはそれで、業の深そうな話だな」
「え、ええ? そうですかぁ?」
セードーの言葉に、キキョウは不満そうな顔になる。
「可愛い赤ちゃんがいたら、会いたくなりませんか?」
「得てして、そう言う生き物の親は警戒心が強い。最悪、妖精竜との戦闘になっていただろうさ」
「むう……ちょっと意地が悪いです、その言い方」
キキョウの言葉に、セードーは軽く肩を竦める。
「すまんな。かつて山籠もりをした身として、そう感じずにはいられんのさ」
「え? セードーさん、山籠もりしたことがあるんですか!?」
「うむ。というか、師に学んだ場所は山の中だ」
「何それ怖い。お前の異様な強さの秘密の一端を垣間見たな……」
「おぉーい、みんなぁ~!」
セードーの暴露話にキキョウたちが驚いていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ん? この中身のない軽い声は……」
失礼なことを言いながらアラーキーが振り返ると、ぶんぶんと手を振りながらカネレがこちらに向かって駆け寄ってくるところであった。
「やっぱりカネレか。何しに来たんだ今更?」
「酷いよアラーキー! ようやく諸々の仕事が終わって皆に合流できると思ったのにぃー!」
三人の傍までやってきたカネレはそんな文句を言いながら、アラーキーを睨みつける。
だがすぐに笑顔になると、アラーキーへと問いかけた。
「それで? 妖精竜は捕まえられた?」
「おう、ばっちりよ」
アラーキーはクルソルを弄り、フラムがその中にいることを示す。
カネレはそれを見て満足そうに笑った。
「うん、うん! 今回のイベントの目玉だからね~! きっちり入手してくれなきゃ! で、ちゃんとキキョウちゃんとセードーの分も確保したの?」
「ああ、うん。それなんだがなぁ」
アラーキーは頬を掻きながら、セードー達を示す。
「こいつら、もっといいものを入手しててな」
「へぁ?」
カネレがセードー達の方へと向くと、そこには。
「あ、カネレさん」
「む、来ていたのか」
妖精竜の髪飾りと夜影竜の紋章を装備したキキョウとセードーの姿が。
「んのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」
瞬間、カネレは背骨が折れるんじゃないかというほど仰け反り、自分で自分にジャーマンスープレックスをかけた。
「ナンデ!? ナンデ!? なんで二人して今回のイベントの最高レアアイテム装備してるのムキィィィィィィィ!!??」
「……カネレ、どうした」
「あ、あの……?」
そのままゴロゴロと地面を転がるカネレを、不審な眼差しで見つめる二人。
そんな二人に、アラーキーはそっと説明した。
「あー、その、なんだ……実はカネレ、表の顔が開発者サイドらしくてな……。こういうイベントの設計やら運営やらもたまにやってるんで……」
「ああ、あっさりイベント最大の報酬を入手されて悔しい、と」
「な、なんだか悪いことしちゃいました……」
ひそひそ話をする三人。
カネレはしばらく悔しそうに転がっていたが、やがて意を決したように立ち上がり、クルソルのスクリーンショット機能を立ち上げる。
「こうなったら拡散してやるぅ! レアアイテムを初ゲットした人物として有名になるがよいわぁ!!」
「何その悪役口調。っていうか初心者二人に無茶振りしてやるなよ……」
カネレの行動を諌めようとするアラーキーであったが、一瞬遅い。
セードーとキキョウの二人を収めたスクリーンショットを、カネレは神速で知り合いに送ってしまった。
「ふははー! あっさり渾身のイベントを攻略されたものの恨み思い知れー!」
「なんだその逆恨み……あ、おい! 待て、カネレぇ!」
そのままバタバタと足音を立てながら逃げ出すカネレを、アラーキーは急いで追いかける。
そして取り残されたセードーとキキョウは、一連の流れをぼんやりと見ていることしかできなかった。
「……なんだったんだ、今のは……」
「わ、わかんないです……」
二人は顔を見合わせ、それから揃って首を傾げる。
「……この紋章、隠すべきか……」
「そうですねー……。ちょっと、目立ちますし……町に戻って、さらしか何か、買いましょうか」
「そうだな、そうしようか」
そんなことを話しあいながら、セードーとキキョウは現実逃避するように前を見る。
「今回で、相応に経験値も溜まったかな……」
「そうですねー……」
「またんかー!」
「ふははー! ふはははー!」
同じところをグルグル回って追いかけっこをする二人を見つめながら、セードー達は黄昏る。
……そんな感じで、二人にとって初めてのイベントは幕を下ろすのであった。
その頃の異界探検隊。
「あ、メールであります」
「を? 誰よお相手? 女?」
「ハッハッハッ。サンシターに限ってそんな……(ベキィ」
「マコちゃん落ち着いて!?」
「か、顔が悪鬼になってるぞマコ!?」
「マコちゃんが荒れるからそう言う冗談はやめようよリュージ。で、どうしたんですか?」
「はあ、何々……妖精竜イベントの最新情報だそうであります。あ、セードーさんにキキョウさん……なんと!? 今回のイベントの最高アイテムをお二人が……!?」
「まさかサンシターの知り合いがレアアイテムゲットとは……世間てなぁ、狭いなオイ」
「そうだね……それより、サンシターさんの口から女の子の名前が出たからマコちゃんが……」
「サンシターが、サンシターがぁ……!?(ゴゴゴ」
「お、落ち着いてマコちゃん!!」
「大丈夫だマコ! ただの知り合い! そう知り合いだ!!」
「どうするの、リュージ……?」
「ほっとけもう……憤死させときゃ本望だろ……」
どうやら彼女は嫉妬の猛者らしい。




