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log32.紋章

「ど、どうですか……?」

「おー。似合ってる似合ってる、うん。かわいいぞー」

「はい。とてもよくお似合いですよ」

「む、ぐぅ……?」


 妖精竜の髪飾り(フェアリーコーム)を装備してみるキキョウを褒めそやすアラーキー達の声を聞き、セードーが起き上がる。

 正確には、キキョウが妖精竜の髪飾り(フェアリーコーム)を装備したタイミングで半ログアウト状態を解除されたというべきか。

 目を覚まし、体を起こしたセードーがまず目にしたのは、髪飾りを撫でながら、褒められて照れるキキョウの姿であった。

 ゆっくりと体を起こしたセードーに気が付き、キキョウは彼に駆け寄った。


「あ、セードーさん! 大丈夫ですか!?」

「ああ、問題ない……ところで、キキョウ」

「は、はい!」


 違和感を覚える右目を押さえながら、セードーはキキョウを見上げて軽く微笑んだ。


「可愛らしい髪飾りだな。どうしたんだ?」

「あ……」


 キキョウはセードーのその言葉に微かに驚き戸惑い、それから微かに頬を染めて嬉しそうに頷いた。


「あ……ありがとうございます! こ、これは、妖精竜(フェアリードラゴン)の子にもらったんです!」

「よいものだな……似合っているぞ」

「はい!」

「あめぇ。何やら空気に砂糖がまぶされたかのようにあめぇ」

「何を言ってるんですか、貴方は?」


 目の前で行われた名状しがたいやりとりを見て、正気を失ったような表情でつぶやくアラーキーを、呆れたような眼差しで見上げる妖精竜(フェアリードラゴン)の長であったが、すぐにセードーが右目を押さえたままなのに気が付き、そばに近寄っていった。


「セードー。右目を、いかがなさいましたか?」

「いや。最後に一太刀受けてな」


 セードーはそう言いながら、少し強めに右目を押さえる。

 痛みこそない……が、違和感は消えてくれそうにない。

 なんというか、異物が埋め込まれているような感じだった。

 そんなセードーを心配して、長は控えめに申し出る。


「もしよろしければ、我が治療を施しましょうか?」

「あ、そうです! セードーさんの腕も、長さんが治してくださったんですよ!」

「腕? ……ああ、そういえば……」


 セードーはキキョウの言葉に一瞬不思議そうな顔になるが、すぐに左腕は斬り落とされていたことを思い出す。

 目を覚ました時、まったく違和感なく左腕を使って立ち上がっていたため、すっかり忘れてしまっていた。

 セードーは改めて左腕を見、軽く動かしてみる。


「……すごいな。ほとんど違和感がない。ありがとう、長よ」

「いいえ、貴方が守ってくれた命の重さに比べればこの程度……」


 長は謙遜するように微笑み、それから心配そうにセードーの右目を見つめる。


「それで、どうします? ひどいようであれば、今すぐ処置をした方が……」

「いや……待て」


 セードーは軽く右手を離しながら、何度か右目を動かしてみる。

 違和感こそひどいが、見えないわけではないようだ。掌の隙間から差し込む日の光が痛いくらいであった。


「……仔細無い様だ。違和感はひどいが……そのうち慣れるだろう」

「いえ、慣れちゃだめですよ! 長さん、セードーさんの右目、治してあげてください!」

「そうですね、キキョウの言うとおりでしょう」

「いや、本当に大丈夫だとも」


 過剰ともいえそうなキキョウの心配振りに、セードーは慌てて右手を外して問題ないことをアピールしようとする。

 瞬間、彼の右目から黒い紋様が走り始めた。


「ふぇ!?」

「!?」

「特に痛みがあるわけではない。視界がふさがっているのであればともかく、目は見えるのだ」


 セードーの右目を中心に紋様は広がり、彼の顔半分を覆い、一気に下へと降りてゆく。

 首筋から肩へと回り、肩から腕へ、そして手のひらへ。

 黒い紋様はあっという間にセードーの右目と右腕を覆い、ゆらりと生きているかのごとく揺らめいた。

 その様に唖然として驚いているキキョウたちの様子に気が付かず、セードーは右腕を振って問題ないアピールを続けた。


「……ん? 違和感がなくなったな? まあ、ともかく大丈夫だ。この通り、拳を振るのに問題は一切ないのだ」

「いや、それよりも凄まじい問題が起こってるんだけど?」


 一歩引いた場所でセードー達の様子を眺めていたアラーキーも、セードーの様変わりを見て顔をひきつらせながら近づいてくる。


「ん? どういうことです?」

「いやどうって……気付いてないのか?」

「なにがです?」


 質問に質問を重ねるアラーキーに、セードーは首を傾げて見せた。

 セードー自身が気が付いていないらしい、と理解したアラーキーはインベントリの中から一枚の鏡を取り出してみせた。


「ホレ、見てみろ」

「なんですか、いったい」


 セードーは訝しげにアラーキーの差し出した鏡を望みこみ。


「………………おぉう」


 形容しがたい声を出しながら、自身の右腕と右目を軽く撫ぜる。

 セードーの体に浮かび上がった紋様は今は落ち着いており、すっかり彼の地肌に馴染んでいるように見える。

 しばらく自らの体の変容を受け止めきれない様子でおろおろしていたセードーであったが、すぐにあきらめたような眼差しでアラーキーの方を見た。


「……先生。これは一体なんでしょうか」

「いや、俺は知らんて。知ってそうなのは……」


 アラーキーはそう呟いて、長の方を見る。

 セードー、そしてキキョウもまた長の方へと視線を巡らせた。

 長は三人からの視線を受け、微かに狼狽えるが、すぐにセードーをまっすぐに見つめる。


「ええっと、そうですね……」


 それからセードーの紋様をじっくりと観察し、少ししてから何かに気が付いたように目を見開いた。


「これは……? いえ、でも……」

「……何かわかったのか?」

「わかったと言いますか……」


 長は迷うように視線を巡らせていたが、すぐに意を決したようにセードーを見上げる。


「セードー……あなたが受けた最後の一撃、それは邪影竜(シャドウドラゴン)の本体によるものではなかったでしょうか?」

「……よくわかったな、その通りだ」


 邪影竜(シャドウドラゴン)の本体が最後に食い込ませた牙の感触を思い出しながら、セードーは長に答える。

 セードーの解答に頷き、それから妖精竜(フェアリードラゴン)の長はゆっくりと説明を始めた。


「……邪影竜(シャドウドラゴン)は、その身に受けた魔王の呪いにより、強力な呪毒を牙に持ちます。彼らは己の身を滅ぼし得るほどの力を持った者に対し、最後の一矢としてその呪毒を用い、その体を蝕んでゆくのです……」

「え……? じゃ、じゃあ、セードーさんのこれは……!?」


 キキョウは、長の次の言葉を待ってつばを飲み込む。

 長は、残酷な事実を突き付けるように首を上げる。


「……おそらく、邪影竜の呪章(シャドウペイン)と呼ばれるものでしょう。その呪いの紋様は、やがて呪いを受けたものの全身へと回り、病毒のようにそのものを蝕み、最後には意識さえのっとってしまうと聞いたことがあります……」

「そ、そんな……!」

「おいおい、次はその呪いを解くイベントを発生させにゃならんのか? 新騎乗ペット参入イベントにしちゃ、複雑すぎるだろ、うん……」


 長の言葉にキキョウは慄き、アラーキーはうんざりしたようにため息を突く。

 だが、セードーは長の言葉にひるまず、まっすぐに彼女を見据える。

 そしてその瞳に迷いを見てとり、それを指摘した。


「……言葉の割に、確信を得られてい無い様だな」

「……ええ、そうなんです」

「え?」


 長はセードーの言葉に頷き、それからゆっくりと首を横に振った。


「その紋様が邪影竜の呪章(シャドウペイン)であるならば……呪詛特有の禍々しさや、呪印を刻むための文字が浮かぶはずなのですが……」


 長は呟きながら、セードーの腕を覆う紋様を見る。

 キキョウもまた、じっと彼の腕の黒い紋様を観察してみた。


「じー……」


 キキョウは、彼の右腕を隈なく覆う黒い模様から、長が言うような不気味な感じを受けなかった。

 むしろ程よく引き締まったセードーの筋肉も相まって勇ましさのようなものさえ感じるくらいであった。

 キキョウの横で紋様を見ていた長は、ゆっくりと説明を続けた。


「それに、この紋様の中に刻まれた文字は……失われたはずの同胞たちの物なのです……」

「同胞……というと、邪影竜(シャドウドラゴン)が魔王の魔力に犯される前の?」

「はい……」


 長は悲しそうに俯く。


「彼らが操る魔力は、宵闇のように美しく、何よりあらゆる全てを受け入れる包容力がありました……。失われた一族、その名は夜影竜……夜影竜(シャドウドラゴン)

「夜影竜……」

「しゃどうどらごん……」

「読み自体は一緒なのな」


 かつての同胞を語る長の瞳はどこか懐かしいものを見る眼差しであり、もう帰ってこない日々を厭う眼差しでもあった。

 空気の読めない発言をしたアラーキーの脇腹をド突きながら、セードーは長に問いかける。


「その夜影竜……夜影竜(シャドウドラゴン)たちも、このような紋様を残すことがあるのか?」

「我自身が見たことがあるわけではありませんが……聞いた話によれば、自らが認めた者に、同胞たる資格を持つ者である証明として、自らの魔力で紋様を彫り込むことがある、と……」

「げふ、げほ……っ。ふーむ、ひょっとしてその紋様、アクセサリーの類なんじゃないのか?」

「アクセサリー、ですか?」


 脇腹をド突かれせき込みながら、アラーキーは一つの可能性を口にする。


「ああ。肌に直接書かれる……いわゆる刺青だのタトゥーだのってのも、アクセサリーの一つとしてこのゲームにも存在してるんだ。装備欄確認してみ?」

「しからば」


 セードーはアラーキーの言葉に従い、クルソルを弄ってみる。

 何度か画面をクリックし、装備一覧の画面を呼び出してみると……確かに、見覚えのない装備が一つ増えているのが確認できた。

 箇所はアクセサリー。名は“夜影竜の紋章(シャドウペイント)”となっていた。


「……増えていますね、装備。勝手に装備されるものもあるんですね……」

「ああ、そうだぞ、うん。特に刺青系のアクセサリーはゲットと同時に装着されるのが多い。何しろ魔法の効果を持つ模様、って設定が多いからなー」

「そういうものですか……」


 勝手に刺青が増えるなど、場合によっては不快感を感じそうだ。今回は、特にそういうものを感じることはなかったが。

 長は直前まであったセードーとアラーキーのやり取りを見なかったかのように、話を続ける。……まあ、ゲーム内のキャラが装備欄とか言われても理解はできないだろうし、しないだろう。


「もし仮にその紋様が夜影竜の物だとすれば……それは貴方にとって、心強い味方となるでしょう、セードー」

「そう願おう。この手にかけた夜影竜(シャドウドラゴン)……その命が、これを刻んだというのであれば、同胞と認められたことに恥じぬようにせねばな……」


 セードーは軽く腕を撫ぜ、長の言葉に頷く。

 そのセードーの意志に答えるように、夜影竜の紋章(シャドウペイント)は淡く、確かに輝いた。




なお、いきなりレアアイテムっぽいものを手に入れた初心者二人を、アラーキーは羨ましそうに見つめていた模様。

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