log30.決着
巨躯を振るう邪影竜の足元でセードーは攻撃を打ち込むべく、HPポーションを煽り、そして今一度練気法を掛ける。
「コォォォ……!」
一瞬淡く輝くセードーの体。これで何度目になるだろうか。練気法は一切無消費である代わりに、その効果時間は他の強化手段に比べて極めて短い。長い時間を取られるボス戦闘において、この短さは致命的ですらあった。
だがセードーはそのことを全く気にする様子もなく、邪影竜を睨みあげる。
(かなりの数を打ち込んでいるが、ダメージが入っている様子はない……か。元より魔力で受けているというか、本体にダメージが入っていないとみるべきか)
それなりに長い時間この邪影竜と戦っているわけだが、邪影竜の頭上に浮かぶHPバーに変化は見られなかった。何発か攻撃が入っていることを考えると、この状態は異常と言えた。
このゲームにおいて、敵モンスターにダメージを与える方法は、むき出しの肉体部分に攻撃を加えること、となっている。これはどのようなモンスター……獣であれ、亜人型であれ、あるいは人間であれ変わることなく、全て同一のダメージ判定法が用いられる。これは、プレイヤーにも同様のことが言える。
そして、肉体へのダメージを防ぐために装甲を纏うモンスターというのが、このゲームに存在するのをセードーは小耳に挟んだことがあった。
プレイヤーであれば、鋼で作った鎧に身を纏うようなものだろうか。硬い鎧に身を包んだプレイヤーは、その鎧で攻撃を受けることでその装甲分、丸々ダメージをカットすることができるのだ。もちろん、鎧の消耗が早まるため、それなりの費用を払う必要があるのだが。
モンスターでも同じ様な方式でダメージを軽減、あるいは無効化するものもいる。邪影竜のHPバーが不動なのは、そのことで説明ができるだろう。
(仮に邪影竜が同じ特性を持っているのだとすれば……装甲の役割を果たしているのは、影で作った肉体だろうな)
最初に見た、小さな蛇のような生き物が邪影竜であるとするならば、その身を覆い隠すように生まれた影の肉体は、表から受けるダメージを無効化するための擬態なのだろう。
(では、本体にダメージを与えるには……)
セードーが考えつつ少し前に出ると、邪影竜が動いた。
―GOAAAA!!!―
咆哮と共に、邪影竜は前脚を振り上げ、セードーめがけて叩き付ける。
生物としての構造すら無視してしなり、唸りを上げる邪影竜の一撃を、セードーは横に飛んで回避した。
そして大きくがら空きになった邪影竜の懐に飛び込み、二足歩行となった邪影竜の体を支える後ろ脚に蹴りを打ち込む。
「セイヤァッ!!」
鈍い音を立てて、邪影竜の後ろ脚の膝関節が砕け散る。
―GUGYAAA……!!―
邪影竜は苛立たしげな咆哮を上げ、セードーの立っている場所に向けてもう片方の前脚を振り下ろした。
セードーはそれを飛んで回避。
空中歩法でそのまま飛び上がり、邪影竜の顔面にもう一発蹴りを打ち込んだ。
「フッ!!」
短く呼気を吐きながらの一撃は、しかしあっさりと回避されてしまう。
邪影竜は頭の形をぐにゃりと変え、セードーの一撃が当たらないようにしてしまった。
「むっ!?」
あるべき手ごたえを感じず、セードーは訝しげに眉をしかめる。
一撃を当てられず無防備を晒したセードーの体に、今一度邪影竜は前脚を振り下ろした。
セードーは空中歩法で回避しようとするが、彼の足はむなしく空を蹴るばかりだった。
(回数制限か……!)
そのことに思い至ったときには、邪影竜の前脚が触れるほどの距離まで近づいていた。
止む無く、セードーは腕を構え、邪影竜の一撃を受け止める。
だが、踏ん張りの効かない空中でその巨碗を受け止めきることができるはずもなく、セードーの体は無残にも地面へと叩きつけられた。
「うお!? セードー!?」
その惨状を見ていたアラーキーが思わずといった様子で悲鳴を上げた。
セードーの体は容赦なく地面をへこませ、クレーターを生み出す。その姿は衝突した際の土煙もあって見えなくなってしまう。
「死に戻ったか……?」
不安そうにつぶやくアラーキーを余所に、邪影竜はそのまま、無慈悲な追撃をかけようと一歩前に出る。
―GURURURU……―
そして後ろ脚を上げ、セードーに止めを刺さんと勢いよく振り下ろす。
「ぐ……オオォォォ!!」
セードーは邪影竜の脚が地面に叩きつけられる寸前にクレーターから脱出し、大きく距離を取る。
その頭上に現れているHPバーはほとんど透明になっており、彼の限界を示すように赤く点滅を繰り返している。そして、セードーは力なく膝をついた。イノセント・ワールド内でHPバーが三割を切ると、身体能力に著しい制限がついてしまうのだ。具体的には、疲労困憊と呼ばれる状態に突入し、全身が倦怠感と脱力感に襲われてしまうのだ。
「ああ、くそ!」
セードーの状態を見て、それからキキョウの方を見るアラーキー。
「ヤァッ!!」
キキョウは獅子奮迅の活躍で周囲を群がる爬虫類亜人を蹴散らしている。少しの間……邪影竜を打ち倒すまでの間は持つだろうとアラーキーは考えた。
「よし……!」
意を決し、アラーキーはセードーを救出すべく、邪影竜戦に参加することにする。
そして駆けだそうとしたアラーキーは、セードーが何かを咥えているのを見た。
「ん……?」
アラーキーが足を止め、セードーを見ていると、彼は咥えた何かをかみ砕き、中身を呷る様に顔を上げる。
そして彼がその何かを嚥下するのと同時に、彼の全身を朱いエフェクトが覆い尽くした。
「な……!? まさかブーストアンプ、おっぼぁあ!?」
よそ見をしていたせいで爬虫類亜人の一撃を脇腹に喰らうアラーキー。
彼は自身を襲った爬虫類亜人を打ち倒しながら、忌々しそうに叫んだ。
「だれだぁ!? セードーの奴に超人薬なんぞ渡したのはぁ!?」
やけくそのようにワイヤードナイフを振るうアラーキーによって、多くの爬虫類亜人が屠られていった。
超人薬。
いわゆる強化ポーションの一つであり、これを使用すれば一定時間、全てのステータスが現在のレベル×5倍ほどの強化を受けることができるという、種々様々存在する強化ポーションの中でも群を抜く効果を持つアイテムだ。
欠点として、効果時間は通常の強化ポーションの半分程度であり、使用条件にHPが三割以下であることと、効果時間を終了するとHPが強制的に残り1になってしまうというデメリットが存在する……というのが、これをくれた、カネレに教わった効能だ。
「コォォォ……!」
朱いエフェクトを身に纏いつつ、セードーはさらに練気法を発動する。
邪影竜は、超人薬を使用したセードーにひるむことなく、前進。その小さな体を踏みつぶさんとする。
だが、邪影竜の進む先にいたはずのセードーは一瞬で姿を消し。
「チェストォォォォォ!!!!」
次の瞬間、邪影竜の脇腹に真空足刀蹴りを叩き込んでいた。
―GOGYAAA!!??―
邪影竜は驚愕の咆哮を上げ、慌てて自身を蹴りつけたセードーへと腕を振るう。
しかし、邪影竜の巨碗はむなしく空を切る。
空中歩法によって邪影竜の頭上まで飛んでいたセードーは、その頭を前蹴りで打ち砕いた。
水が弾けるような音と共に、邪影竜の頭だけではなく、胸板の半分ほどまでが吹き飛ぶ。
そして、邪影竜の心臓に位置する辺りに、小さな蛇のような生き物が蠢いているのをセードーは発見した。
「そこかぁ!!」
―シィアァァ!?―
そのまま空中歩法で止めを刺そうとするセードーだが、邪影竜は全身を一瞬で液状化させ、その場を逃れる。
地面を着地したセードーと相対するような姿で、邪影竜は、さながら装甲車のような姿となる。前面に影の肉体を集中し、そのままセードーを押しつぶそうとしているようだ。
「邪影竜……! 決着をつけようか……!」
セードーはそう叫び、拳を握る。
―GYAOOOOO!!!!―
もはやどこで鳴いているか定かではない姿で邪影竜は咆哮を上げ、セードーに向けて突撃してくる。
セードーもまた、それに答えるように両の脚に力を込めた。
「オオオオォォォォォォォ!!!!」
構えた拳を引き絞り、邪影竜の体へと叩き付ける。
辺りに轟音が響き渡り、邪影竜の動きが一瞬止まった。
「衝撃砲ッ!!」
瞬間、セードーのスキルが発動し、邪影竜の巨体をわずかに押し返す。
セードーの勢いはそれでは止まらず、反対側の拳をさらに邪影竜へと叩き付けた。
「衝撃砲ッ!!!」
間を置かず、二度目の発動。邪影竜の肉体に罅のようなものが入る。
セードーはさらに前進し、両の拳をひび割れた邪影竜の肉体へとぶち込んだ。
「衝撃………!!」
そして三度、己のスキルを開放する。
「カノォォォォォォンンンン!!!!」
スキル発動の際の反動がセードーを襲い、その体が微かに後ろへと下がる。
セードーの両腕を発射台替わりに、鉛の砲弾を撃ち込まれたかのような衝撃が、邪影竜の肉体を襲う。
ひび割れた肉体の中で発動したその衝撃波、邪影竜の擬態をことごとく吹き飛ばし、脆弱な肉体を外へと晒す。
「コォォォ……!!」
セードーは切れた練気法を再発動し、拳を固める。
そして腕を後ろへと回し、捩じり、駆け出す。
「無銘、外法式空手……!!」
邪影竜は本体を晒された怒りからか、甲高い鳴き声を上げ自らの影を操る。
―シャァァァァァッ!!!―
鋭く、大きな刃のような形となった影はセードーの体を斬り裂かんとうごめく。
まっすぐ駆けるセードーは、邪影竜のその一撃を避けず、逆に肩で受けた。
セードーが装備しているのは、布の衣服。多少なり防御力を備えてはいるが、鋭い刃を受け止める様な防刃性はなく、あえなくセードーの左腕は斬り飛ばされてしまう。
だが、セードーの足は、勢いは、一撃は……その、拳は止まらない。
―!?―
「オオオォォォォ!!」
まったくひるまないセードーに邪影竜が慄いている間に、彼の拳はその小さな体へ突き入れられる。
「螺旋・貫空・正拳突きぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
空気さえ渦巻くような螺旋回転を加えられた、鋭い正拳突きは正確に邪影竜の肉体を捕え。
―!?!?!?!?―
一瞬で、そのHPをすべて、刈り取ってしまった。
なお、カネレは良かれと思って渡した模様。




