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log3.初めての食事

 真樹と通りすがりの少女は、突然目の前に現れた奇妙な男に連れられて。


「さあ! 好きなものを頼んでいいよ~♪」

「「はぁ」」


 何故か、町中にあるレストランへと連れてこられていた。

 男はギターをかき鳴らしながら二人に近づき、やや強引な様子で二人を連れてレストランへと駆け込んだ。

 相手に特に敵意を感じなかったため、真樹は相手の好きなようにさせていた。そもそも男とは初対面だ。会ったこともない相手から敵意を向けられるような理由を、真樹は持ち合わせていなかった。

 一方の少女は……強引な男のやり方に目を回しているように見える。おそらく大人しい気性の娘なのだろう。

 突然の出来事に思考停止しているっぽい少女の前に、真樹はウェイトレスに渡されたメニューを差し出す。


「……彼もこう言っているわけだし、君は何を頼む?」

「……え、あ、はい! それじゃあ……」


 真樹に声をかけられ、少女はようやく我を取り戻し、差し出されたメニューを開いた。

 真樹もまた、少女に倣い自分のメニューを開く。ゲームの中で紙でできているメニューというのも奇妙なものだが、妙にしっくり手になじむ。少なくとも作り物……いささかややっこしいが、ゲームの中に存在するような偽物っぽさは感じない。


「本当によくできているな……」


 真樹は感心し、周りに聞こえない程度の小さな声でそう呟いた。

 ギターを鳴らしている男は上機嫌な様子で、そんな真樹と、メニューを一心不乱に眺めている少女を見比べていた。


「フッフ~ン? アラーキーに頼まれて君を迎えに来てみれば、何故か可愛い女の子と一緒とか~? 意外と隅に置けないのかなっ!?」

「アラーキー?」


 ウェイトレスに渡されたメニューを何の気なしに眺めていた真樹は、男が口にした名を聞いて首を傾げた。


「誰だそれは? 俺の知り合いにそんな名前の……」

「君のリアルの知り合いだよ~。と言っても、リアルの名前は聞いてないからー」


 男はごそごそとポンチョの下からスマートフォンを取出し、電話帳から一つのアドレスを呼び出す。


「このアドレスを持ってる男の名前だよ~。覚えはないかな?」

「このアドレスは……」


 真樹は提示されたアドレスを見て、自分のスマートフォンを取り出して確認する。

 それは確かに先日増えたばかりの、荒木教師からもらっていたアドレスと同じものだった。


「……なるほど、先生の知り合いだったか」

「そういうこと~♪ じゃあ、まずは自己紹介から~♪」


 男はギターをかき鳴らし、調子っぱずれな歌を歌うような感じで自らの名前を名乗った。


「僕はギルド“初心者への幸運(ビギナーズ・ラック)”に所属する魔術師の~、カネレ・カレロォッ! よろしくねぇ!」


 妙なところで力を込めるカネレの様子を眺めつつ、真樹もまた自らの名前を名乗った。


「戦士で初心者のセードーだ。まだどこにも所属していない」

「………あっ!? わ、私、キキョウって言います! せ、戦士で、無所属です! 私も初心者です!」


 カネレと真樹……セードーとの間で交わされる挨拶の気配に、キキョウもあわてて顔を上げる。

 二人の自己紹介を聞き、カネレはやや不思議そうに二人の姿を見る。


「戦士? 二人とも?」

「? あの、何かおかしいですか?」

「いや、おかしいっていうかねー?」


 首を傾げるキキョウに対し、ぽろんとどこか情けない音をギターから鳴らしながらカネレもまた首を傾げる。


「戦士取得にしちゃ、軽装だなぁ、と。初期STRを考えたら、もうちょっと頑丈な鎧、着れるでしょ?」


 カネレの言葉に、セードーとキキョウはお互いの顔を見合わせた。

 イノセント・ワールドにおける職業は、キャラ作成時点においては四種類となる。

 まずはセードーとキキョウの選んだ戦士。そしてカネレの魔術師。これに盗賊と僧侶を加えた全四種。これが初期職業となる。

 職業選択による有利不利は、始めた時点で選択できる装備が主になる。戦士であれば丈夫であり威力も高い鉄製装備を、魔術師であれば魔法の力が籠った杖類を……といった感じである。

 その面で見ると、セードーもキキョウも身に纏っているのは布製の衣類。もちろん一般NPCが来ている様な衣服に比べればもうちょっと頑丈そうな造りではあるが、それでも前衛職としてみると不安が残る装備だ。

 この辺りの初期装備は、ゲームを始める時点で支給されるゲーム内通貨を使用して自由に購入するようになっている。そのため、初期装備をけちって始める剛の者もいないわけではないが、はっきり言って無駄極まりない行為である。初期装備を購入するための資金なんぞ、そもそもたかが知れているわけだし。


「初心者だって言ってたよねー? それでその軽装は、どういうことかなー?」


 カネレはそう言いながら、クルソルを弄って自らが所持する残額を確認する。

 このゲームで初心者がよく犯す間違いに、見た目重視装備、というものがある。

 このゲーム、キャラクターのステータスに防御力を示す数値は存在しない。防御力に関しては、完全に防具依存なのだ。

 そのため、ひらひらキラキラした布装備の初心者が、町を出て一歩目にエンカウントした雑魚モンスターに殺される……なんて事態もあり得ないわけではない。布製装備は見たままの防御力しか得られない。重い装備ができない初期魔術師でない限りは、布製装備は避けるべきなのだ。

 もし彼らがそう言う類の勘違いを侵しているなら、早めに何とかしてあげよう……とカネレは考えているわけだが。


「いや、鎧装備は動きづらそうだったから」

「あ、私も同じ理由です。その、関節っていうか、腕周りの自由度が低そうだったんで……」


 二人はあっけらかんとこうのたまった。

 しばし口を開けてそんな二人を見ていたカネレだったが、しばらくして何とも言えない表情で頷き始める。


「うぅん、そっかそっか……。まあ、どういうふうに取るかは自由だからねぇ……実際やってみればわかることもあるだろうし……」


 しばらく二人に聞こえないように呟き、それから気を取り直して笑顔で顔を上げた。


「……そっかそっか! まあ、どういうふうにプレイするかは自由だしね! ボカァ、それでいいと思うよ!」

「あの、そう言われると逆に不安なんですけど」

「何か修正すべき部分があるなら、言ってほしい。右も左もわからない状態なので」


 満面の笑みを浮かべるカネレを見て、セードー達は逆に不安に駆られる。

 が、カネレは笑顔のまま強引にごり押し始めた。


「きにしなーい! 問題なんてナッスィング! 君たちは君たちの道を行けばいいのさぁ!」

「はぁ……そうですか……」

「それより、何を食べるか決めたかな!? 決めかねてるなら、こっちで決めちゃうよぉ!」


 言いながらカネレはメニューを開く。

 そんな彼の様子を釈然としない眼差しで見ていたセードーだったが、カネレが質問に答えそうな雰囲気ではなかったため、あきらめてメニューを指差す。


「では、このおにぎりセットとやらを」

「あ、あ、じゃあ、私、ケーキセット一つ!」

「りょうかーい! じゃあ僕は……ランチセットBでいいや。ウェイトレスさーん!」


 カネレが呼ばわると、ウェイトレスNPCがやってきて彼らの注文を聞く。

 そしてウェイトレスが厨房へと引っ込んだ次の瞬間、別のウェイトレスが注文したメニューを持ってセードー達の席へとやってきた。


「お待たせしましたー。おにぎりセット、ケーキセット、ランチセットB、一人前ずつですー」

「待ってましたー!」

「……いや、早すぎるだろう」


 自らの目の前に置かれたおにぎりセット……竹の皮らしきものを皿代わりにした、おにぎり四個と沢庵だ……を見て、セードーが何とも言えない呟きを漏らす。

 自らの前に置かれたランチセットBに手を付けながら、カネレはセードーの言葉を笑った。


「あはは、何言ってんのさセードー君。これゲームなんだから、待ち時間なんてあるわけないじゃなーい?」

「いや、そうなんだが……変なところでゲームっぽさを出されても困る」


 セードーが試しにおにぎりを持って見ると、パリッとした海苔の感触と炊きたてご飯の暖かさが伝わってくる。現実のおにぎりを手に持っているようだ。

 それだけに、料理が出てくるタイミングが解せないセードー。ぶつぶつ言いつつもおにぎりを口の中へと運び……。


「……これは」


 思わず、声を漏らす。

 瑞々しい炊きたてのご飯。パリッとした海苔の風味。しっかりと効かせられた塩。中に入っている具の梅干し……。どれをとっても、一級のおにぎりであった。

 そのままもう一口。さらに一口。

 セードーは夢中でおにぎりをほおばり、あっという間に二つ目まで完食してしまった。

 カネレは笑いながら、セードーに声をかける。


「セードー君、おいしいかい?」

「ああ……これは、驚いた……。本当にうまい」


 感動したように呟くセードーの隣では、目を輝かせたキキョウが一生懸命ケーキを食べている。

 小食なのか、小さくケーキを削りながら口の中へと詰め込んでいくその姿は、リスのようにも見える。

 カネレは二人の姿を見て、ホッとしたように微笑んだ。


「んん~よかったよ~。ここ、お気に入りのお店でね~。まずい!とか言われたらどうしようかと~」

「そ、そんなことないでふ! とってもおいひいでふ!」

「うむ。とりあえずキキョウは、口の中のものを飲み込んでから喋ろう」


 頬袋を膨らませながらカネレに感謝を伝えるキキョウを窘めながら、セードーは三つ目のおにぎりを平らげる。

 ここまで梅干し、シャケ、昆布と王道の具材であったおにぎりの四つ目を楽しみにしながら、カネレへと疑問を一つ投げかけてみた。


「しかし……ここまでうまい食材というものを再現する意味はあるのだろうか? すごい技術と感心するが、決してタダではないだろう?」

「フフフ~ン? その疑問は、このゲームをプレイするうえで誰もが通る道だねぇ~?」


 カネレはセードーの疑問に答えるために、一端フォークを置いた。


「このゲーム、成長システムが独特なのは知ってるかなぁ~?」

「……一応、説明書に目を通している」


 セードーは頷き、このゲームの成長システム……もっと言えば経験値の取得の仕方を思い出す。


「確か、食べ物を摂取することで増加するゲージを、何らかの行動によって経験値へと変換し、それをステータスアップのために消費する……これが、基本的なこのゲームにおける成長の仕方だったろうか?」

「いぐざくとりぃ!」


 カネレは嬉しそうに言ってギターをかき鳴らした。


「ゲージの名前は……まんぷくゲージとか呼ばれてるけどねぇ~。そのまんぷくゲージを溜めなきゃ、成長できないのがこのイノセント・ワールドなのさ~。そうして得た経験値は、いろんなものの強化や成長に使えるんだけどねぇ~」

「ふむ、説明書にもそうあったな……」


 セードーはおにぎりを頬張る。……最後は具なしのおにぎりだった。そのことを若干残念に思いつつも、説明書の一文を思い出す。

 曰く、イノセント・ワールドにおける経験値はキャラクターの成長に使うだけに非ず。武器、防具、ペット……果ては道具や家屋にまで、おおよそ経験値を使いそうにないものにまで経験値を消費し、強化することができるとのことだ。


「その経験値を得るための手段……つまりまんぷくゲージを溜める方法を作業的に行ってほしくないから、っていうのが運営さんの意向だったかなぁ~?」

「なるほど……」


 カネレの言葉に納得したように頷くセードー。

 確かに、まんぷくゲージを溜める行為が作業的になってしまえば、食べることが苦痛になり、そこからプレイヤーが遠ざかってしまう可能性がある。

 であれば、そこに楽しみを見出す手段として、味の再現というのは必須だろう。


「このゲーム、経験値を得るための手段が戦闘だけじゃないからねぇ~。歩いたり走ったり、本を読んだり武器を作ったり……農作物や料理を作ったりしても、まんぷくゲージは経験値に変わっていくんだよ~」

「説明書にもあったが、それは本当なのか?」

「ホントだよ~。もちろん、モンスターと戦った方が、効率はいいんだけどね~。でもそれだけじゃないのがこのゲームの面白いところさ~」


 カネレはギターを鳴らす。じゃかじゃかとやかましい音を立てるギターだが、不思議と耳障りな感じはしなかった。


「こうして僕がギターを奏でているだけでも、経験値はきちんと溜まる……。効率に走るばかりじゃない、自分のやりたいことをやっても強くなっていける……それがこのゲーム、イノセント・ワールドなんだよ~」

「そうか……」


 楽しそうに微笑むカネレを見ながら、セードーは最後の一口を平らげる。

 まだゲームをプレイし始めたばかりのセードーには、それがいいゲームである証拠なのかどうかはわからなかった。何かを成し遂げるときの手段が多いのは、結果を導く過程を煩雑化してしまう可能性もはらんでいるからだ。

 ただ、ギターを奏でるカネレの姿を見る限りでは、悪いことではないように思う。


「はふぅ……とってもおいしかったのです……」

「む、そうだな。この沢庵もよく漬かっている」


 セードーは残った沢庵を口に運び、キキョウはきっちりケーキセットをたいらげた。

 己もまたランチセットBを片付け、カネレはギターを鳴らしながら席を立った。


「ふっふ~ん♪ それじゃあ、ひとまず腹ごなしの運動といこっかぁ!」

「腹ごなしの、運動ですか……?」

「付き合おう」


 キキョウは首を傾げたが、セードーはすぐに立ち上がった。

 なんとなく、この次にどこに行くのか悟りながら。




なお、カネレはガッツリ残した模様。

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