log28.イベントボス
無数のコウモリが湧き出る中、セードーと邪影竜が戦いを始めた。
「コォォォ……!」
呼気を吐きだすセードーに向けて、邪影竜が咆哮と共に地面を蹴り、その巨体をセードーへぶつけようとする。
―GOAAA!!―
「シッ!」
セードーは慌てずに邪影竜の側面へと入り込み、拳を叩き込む。
だが、邪影竜の胴体にセードーの拳が叩きつけられる寸前、その拳を飲み込もうとするように邪影竜の頭が現れた。
―SYAAA!!―
「っ!」
息を呑むセードー。拳を叩き付けた勢いを殺しきることはできず、開いた邪影竜の咢の中へと飲み込まれてゆく――。
瞬間、セードーは一気に邪影竜の口の中に腕を叩き込んだ。
―ッ!?―
今まさに口を閉じ、セードーの腕を噛み千切ろうとした邪影竜は、その拳の勢いに勢いよくえづく。
その隙を逃さず、セードーは叫んだ。
「衝撃砲ッ!!」
彼がその名を叫ぶと同時に、伸びきった拳の先から衝撃波が解き放たれ、邪影竜の体を一気に吹き飛ばす。
名を叫ぶことで発動するタイプのスキルに、本来動作は必要ない。セードーの衝撃砲も、これが本来の発動方法になるのだ。
―シャァァァ……!―
闇で出来た体を散らされた邪影竜の本体が、忌々しげな鳴き声を上げる。
同時に周囲を飛び回っていたコウモリのような分体たちが、本体へと集まり新たな体を形成してゆく。どうやら周囲を飛び回る分体は、保護対象への攻撃だけではなく邪影竜の回復用アイテムも兼ねているようだ。
「コォォォ……!」
セードーは切れた練気法を掛け直し、ゆっくりと掌を構える。手刀の形に作った手を、額の前へ。腕を輪のように形作りながら相手と相対する、前羽の構えを取った。
―GYAOOO!!―
己の体を形成し直した邪影竜は、怒りの咆哮を上げ、全身から棘を生やし、ミサイルか何かのように発射する。
いくつかの狙いはそれたが、そのほとんどがセードーへとめがけて殺到した。
セードーは前羽の構えを取りながら、前進。飛び交う棘ミサイルの雨を捌き、受け流しながら邪影竜へと近づいてゆく。
「オオォォォッ!!」
咆哮と同時に、邪影竜の首筋を狙って蹴りを放つ。
邪影竜は蹴りがヒットした部分を硬化して対応する。鋼を強く叩いた時に響き渡る甲高い音が、洞窟内に響き渡った。
「まだまだぁぁぁ!!」
だがセードーの攻撃はそれだけでは終わらない。邪影竜の顔を前に捉えたまま、拳や蹴りだけとは言わず、腕、肘、膝、太もも。打撃に使える四肢の部位を駆使し、邪影竜の肉体へとダメージを与えていく。
邪影竜はその猛攻を受けながら、大きく口を開き咆哮を上げる。
―GYAOOOOO!!!!―
「―――ッ!!」
凄まじい音圧が、セードーの体を襲う。そのままセードーの体は吹き飛ばされ、邪影竜から距離を離される。
何とか受け身を取って着地するセードー。邪影竜は彼を追って、飛び掛かり前脚を叩き付けた。
―GOAAA!!―
「チィッ!!」
腕を交差し、セードーは邪影竜の前脚を受け止める。
剛体法のおかげで、HPが削りきられることはなかった……だが、その瞬間に剛体法、そして練気法が切れる。
邪影竜が前脚に力を込めると、セードーの体が一段と低く沈み込んだ。
「コォォォ………!!」
体を地面に押し込まれながらも、セードーは練気法を発動。一瞬、邪影竜の力と拮抗し、両者の動きが止まる。
「―――ッオオオアアァァァァ!!!」
その瞬間を狙い、セードーは全身を一気に力ませる。爆発が起きたかと聞き間違うほどの轟音が響き渡り、邪影竜の巨体が宙に浮いた。
その身に向けて、セードーは拳を構える。
「正空……ッ!」
宙へと飛ばされた邪影竜は肉体を変異させ、即座にセードーの方へと顔を向けた。
そしてそのまま自由落下に任せてセードーへと襲い掛かる。
―SYAAAA!!!―
「正拳突きぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
それを迎え撃つセードーの正拳。
激突は一瞬。次の瞬間にはぶつかり合った時の衝撃の余波で両者の肉体は弾き飛ばされる。
「クッ……!」
セードーは悔しそうに呻き、邪影竜は苛立たしげに吼える。
両者は、そのまま互いを睨みあう。
緊迫した空気は途切れることなく、両者の間で張りつめていた。
「さすがSTR特化……つーか、STRしか鍛えてないんじゃないかあいつ……?」
「セードーさん、大丈夫でしょうか!?」
「あの調子なら、大丈夫だろ、うん! それより、今は自分の心配した方がいいな!」
セードーと邪影竜の戦いから距離を取りながら、アラーキーはナイフを振り回す。
辺りを飛び回るのはコウモリのような邪影竜の分体たち。そこらじゅうの影の中から絶えず出現している。邪影竜が意識して出現させているようには見えないので、イベントギミックの類なのだろうか。
邪影竜の分体たちは、セードーを一切狙うことなくアラーキー達の方へと向かってくる。
「せいっ!!」
アラーキーが飛来した分体をワイヤードナイフで引き裂いた。先ほども一撃で倒せた辺り、この分体たちの耐久力はスズメの涙のようである。
だが、潰しても潰しても分体たちは湯水のように湧き出てくる。
アラーキーは小さく舌打ちし、キキョウへと注意の声を投げかけた。
「一定以上潰したら、勝手に湧き出てくるタイプだなこりゃ! あまり潰すなよ、キキョウ!」
「は、はい! がんばります!」
片手に妖精竜の子供、もう片方の手に棍を握りしめたキキョウは、アラーキーの言葉に頷く。
とは言ったものの、湧き出る分体たちはこちらの都合などお構いなしに襲い掛かってくる。潰さなければ妖精竜の子供たちに襲い掛かってしまうだろう。多少の攻撃には耐えるだろうが、あまり試してみたくはない。
キキョウの背中には、長が一か所に集めた子供たちもいる。混乱は収まったが、恐慌はそのままのようで子供たちは長の傍から離れようとしない。長は長で、密着する子供たちのせいで身動きが取れなくなってしまっていた。
(イベントとはいえ、しちめんどくさいなぁ、うん……。間を見て、セードーの援護にもいかにゃぁな……)
この手のイベントギミックは、ボスを倒せば発動しなくなる。今回のボスはどう考えてもあの邪影竜だろう。なら、奴を倒すのが妖精竜たちを守る最善の手段となる。
アラーキーはワイヤードナイフを振るって分体たちをけん制しながら、己のペットの名を呼ぶ。
「フラム!」
分体たちの一部と戦っていた妖精竜のフラムは一声鳴いてアラーキーの傍へと駈け寄ってきた。
アラーキーはさらに寄ってきた一陣をワイヤードナイフで引き裂きながら、指示を飛ばした。
「お前は兄弟たちを守ってやれ!」
フラムは一声鳴き、長の傍へと駈け寄っていく。
そして子供たちによって来る分体に向かって、風で生み出した真空刃を飛ばして迎撃していく。
それを見て、アラーキーは小さく頷いた。
「ふむ……フラムも結構強いみたいだな、うん」
「ハッ!」
そして彼の視界の中では、キキョウが片腕で長い棍をバトンのように回転させながら周囲にまとわりつく分体を蹴散らしていく。
「……そしてキキョウも相当だな。どうやってんのそれ」
「橘流杖術の一つ、旋風薙ぎです! 本来は、投擲された石や小剣を叩き落とす技なのですが……!」
「いや、俺が言いたいのはそう言うことではなくてね?」
分体がバタバタ撃ち落されているのは、旋風衝棍のおかげだろうが、長い棍を振り回しているのはキキョウの細い指だ。手首を利用してくるくる回しているのではなく、本当にバトンのように回転させているのだ。普通にやろうとしたら、指がつりそうな光景である。
しかも彼女が言っていることが事実であれば、現実においても同じことができることになるわけだが。
「……まあ、深く考えるのはやめておくか、うん」
アラーキーは小さく頷き、とりあえず邪影竜の方を窺った。
セードーと邪影竜の戦いも、一進一退というべき攻防を繰り広げている。
邪影竜の振り下ろされる前脚をセードーは危なげなく躱し、横蹴りを打ち込む。
邪影竜はそれを、肉体を液化して回避し、セードーから一旦距離を取った。
そして、その姿を四足歩行の獣から、二足歩行の獣へと変じていった。
「んんっ!?」
アラーキーは思わず目を凝らす。立ち上がった邪影竜の姿は、どこか熊のようにも見える。
ただでさえ巨大だった邪影竜が立ち上がり、もはや見上げるのもつらいほどの大きさと化した。妖精竜の巣はかなり大きいが、それでも天井に頭を擦りつけてしまうほどの高さだ。
―GYAOOO!!―
咆哮と共に、邪影竜が巨碗を振るう。
セードーは跳んで回避。巨碗の爪先がセードーの立っていた場所を抉り飛ばす。
千切れた木の根は、アラーキーの傍へと着弾し、さらなる破壊跡を生み出した。
「ぐえぇ。パワーが上がったのか……? どっちかと言えば、亜人型に変化したのか……?」
アラーキーはうんざりしたように呟く。
基本的のこのゲーム、獣型の方が運動能力が高いが、戦闘力は亜人型や人に準ずる姿を持った者の方が高い。魔王の影響を受けたモンスターたちが、人の姿に近づけば近づくほど魔王の力を強く受けているためその力も強まる……という設定があるのである。
ドラゴンのような幻想種と呼ばれる生物は例外に相当するわけだが、邪影竜の場合は有り余るパワーを活用するためにあの姿を取ったとみるべきだろうか。
「仮に長みたいな知能があるとすれば、魔法の使用も頭に入れておいた方がいいか……?」
「アラーキーさん!」
小さく呟きながら、巨碗を振るう邪影竜に苦戦しているように見えたセードーを援護すべく、構えるアラーキーの耳に、キキョウの悲鳴が聞こえる。
何事かと振り返ったアラーキーの目に入ったのは、己に向けて腕を振り下ろそうとする黒い爬虫類亜人の姿だった。
ギラリと輝く黒く鋭利な爪が、アラーキーの頭を狙っている。
「ぬぉぉぉ!!?? 分身傀儡ォォォォォォ!?」
その爪が自らの体に叩きつけられる瞬間、アラーキーは盗賊系発展スキルを発動する。
隠行と呼ばれる系統のスキルの最終形の一つであり、発動した瞬間ダメージを肩代わりしてくれるデコイを生み出すことができるスキルである。
スキル発動と同時に、アラーキーの姿が二重にぶれる。
黒い爬虫類亜人はそのことに気が付かず、あるいは一切気にせずその爪を振り下ろした。
二重にぶれたアラーキーの頭を、無残に引き裂く爬虫類亜人の爪であったが……。
「あぶねぇー! セーフセーフ!」
アラーキーの実像は、二重にぶれた分身に押し出されるような形で、その隣に立っていた。
分身が攻撃を喰らって消滅するのを見て、爬虫類亜人は即座にアラーキーの方へと向き直る。
だが、いささか遅い。アラーキーのワイヤードナイフが、爬虫類亜人の首へと巻き付いた。
そのまま、アラーキーは勢いよくワイヤーを引っ張る。
「っしゃぁ!!」
気合の声と共に、爬虫類亜人の首が吹き飛んだ。
そのまま崩れ落ちる爬虫類亜人には目もくれず、アラーキーは周りへと目を向ける。
いつの間にか周囲を飛び回るコウモリはいなくなり、代わりに影で形作られた爬虫類亜人がアラーキー達を囲んでいた。
「……邪影竜の変異に引きずられたってことなのかね……?」
顔を引きつらせるアラーキー。
爬虫類亜人たちは、声なき声を上げ、一斉にアラーキー達へと襲い掛かっていった。
なお、周りを囲んでいる爬虫類亜人は十匹以上いる模様。




