log27.邪影竜
痛々しい悲鳴と共に、キキョウたちの目の前で妖精竜の子供の姿が消える。
……いや、細く伸びた長い影の中へと吸収されたと表現するのが正しいだろうか。
「な……なに……!?」
「おいおい、こっちが本命か……?」
妖精竜の中に埋もれていたキキョウは、目の前で起きた光景のおかげで目をさまし、慌てて立ち上がる。
アラーキーは目の前で起きた光景を冷静に受け止め、武器を取り出す。
無防備で庇護されてしかるべき存在の住む場所へと足を踏み入れれば……あるイベントが起きるのは、当然と言えるかもしれない。
「妖精竜のほかに、そう言えばもう一匹いるんだっけか……」
アラーキーは小さく呟きながら、キキョウたちの前に立つ。
片手にナイフを構え、もう片方の手からはワイヤードナイフを握る。
そんなアラーキーの目の前に、一匹の蛇が現れた。
黒い、黒曜石のような皮を持つ小さな蛇だ。小さな鱗が天井の光源に照らされ、美しく光を反射する。
だが、その紅い瞳はどす黒く濁っていた。こちらを……より正確にはキキョウの足元で震える妖精竜たちを見て、舌を出し嫌らしく笑ったような気配がした。
―チチチ……―
それと同時に、その蛇を中心に影が渦巻く。まるでつむじ風か何かのように黒い影が立ち上り、そして小さな蛇の姿を覆い隠していった。
やがて立ち上った黒い影は大きな獣の姿を形作る。それは先ほど戦ったフラムや妖精竜の長など問題にもならないほど巨大で、凶悪で、醜悪な化け物の姿を取った。
小さな影を核に生み出された巨大な化け物……邪影竜は妖精竜の巣を破壊せんばかりに、大きな声を上げて吠えた。
―GYAAAAAAAA!!!―
そのあまりの威容に、妖精竜は混乱と恐慌を起こし、慌てふためき始める。
「あ、みんな!?」
「うわっちっ!?」
キキョウの足元を離れ、あちらこちらめちゃくちゃに駆け抜ける妖精竜達の動きに、アラーキーまでもが翻弄されてしまう。
逃げ惑う妖精竜達の中の一匹が、混乱のあまりか邪影竜に向かって駆け出していった。
それを見て、邪影竜が笑みを深める。
「あ!? だめっ!」
小さな妖精竜の姿を追って、キキョウが駆けだす。
「おいおい!」
アラーキーも、慌てた様子でワイヤードナイフを投擲する。
だが、どちらも間に合わない。足元を動き回る妖精竜の子供たちに気を使い、踏みつぶさないように立ち回ったおかげで、ワンテンポ動きが遅れてしまう。
そんな、彼らの目の前で邪影竜の鎌首が大きくうねり、鋭い牙を剥く。
そして目の前にやってきた妖精竜の子供を頭から喰らわんと、勢いよくしなりを上げた。
「いやぁーっ!?」
また妖精竜の子供が死んでしまう……そう、キキョウが確信した時だった。
「チェリャァァァァァ!!!!」
セードーが邪影竜の真上から降り立ち、そしてその首に手刀打ちをぶちかます。
刃と見紛うほどの鋭さで振り下ろされたセードーの手刀は、一撃で邪影竜の首を斬りおとした。
―!?!?!?―
斬りおとされた邪影竜の首はしばしのた打ち回ったが、すぐに黒い霧に変じ邪影竜の体へと吸い込まれていった。
「セードーさん!」
「キキョウ、抱いていろ」
セードーはすぐさま妖精竜の子供を摘まみあげ、再び襲い掛かってきた邪影竜の首から飛び退きながら、その小さな体をキキョウへと放り投げた。
キキョウは慌てて飛んできた妖精竜の体を抱き留める。
「わ、わわ!」
「面妖な……」
セードーは小さな舌打ちと共に、邪影竜の巨体を見上げる。
先ほど首を斬りおとしたにもかかわらず、もう何事もなかったかのように首が生えている。
再生、というよりは再構成に近いのかもしれない。
「妖精竜の長よ。これが邪影竜か?」
「はい、そうです……」
クルリと邪影竜の頭上を周回して回った長が、セードーの隣に降り立つ。
飛んでいた長の姿を見て、キキョウはセードーがどうやってここに来たのかを悟った。
「長さんに乗って来たんですね……!」
「距離は大したことなかったが、速度が問題でな」
セードーはキキョウに頷いて答えながら、長を横目で見た。
「色々問いたいが、時間もない。邪影竜の性質を簡潔に教えてくれ」
「……我らと異なり、彼らの属性は黒一色」
妖精竜の長は、こちらを鋭く見据える邪影竜の巨体を、悲しげに見上げる。
「すべての色を飲み込み、自らの色へと染め上げるのが、彼らの属性……闇の特徴です」
「闇ぃ!? また珍しい属性だなオイ!!」
「先生。何かご存じで?」
アラーキーは素っ頓狂な声を上げ、セードーの言葉に答える。
「知ってるっつーか……特異属性とも呼ばれる、このゲームの属性の一種だな。だいぶレア度が高いんで、多少聞いたことがある程度だが……何でも、あんな感じで魔力そのものが形を持つんだとよ」
アラーキーは巨体を晒す邪影竜を指差し、納得がいったように何度か頷く。
「なるほど、見れば納得だな、うん。他には、属性を飲み込んでMPに変換するだの、重力そのものを操るだのって話だが……」
「では、邪影竜の性質は物質の形成と属性吸収、といったところですね」
セードーはそう判断し、一歩前に出る。
「あとは戦いながら見極めるとしましょう」
「セードー……!」
妖精竜の長は前に出て、邪影竜と相対するセードーの背中に声をかける。
「気を付けて……! 彼は、彼らは、もはや我の想像を超えた力を得ている可能性があります……! 決して一筋縄ではいかないでしょう……!」
「仮にも竜だ。そうたやすく討ち取れないのは分かっている。……先生」
「ああん? なんだよ?」
セードーはワイヤードナイフを振り回しながら前へと出ようとするアラーキーに声をかけ、それから軽く振り返ってこう言った。
「――手出しは無用。この邪影竜は、俺がいただきます」
「……おいおい、自分で言っておいて、竜を相手にタイマン張る気か?」
アラーキーは片眉を上げ、セードーを窘めるような表情になった。
「まだ子供のフラムでさえ、あれだけの強さだったんだぞ? 今回のイベントの隠しボスにもあたるであろう邪影竜の成体が、お前ひとりで手に負えるとも思えんぞ、うん」
「でしょう。ですが……いえ、だからこそ挑みたい」
セードーは視線を邪影竜へと戻し、そして微かに微笑む。
「どこまでもまっすぐに、高みを目指す……。武を志すものであれば、誰もが憧れるものです。自らよりも、強い者と戦ってみたいという欲求は」
「俺にゃぁわからん話だな……」
アラーキーは呆れたように呟きながら、表情を引き締める。
「だが、一プレイヤーとして賛成しかねるな。あれだけのでかさになればレイドボス……お前が前に挑んだサイクロプスと同等のボスキャラの可能性もある。ここにいんのは俺たち三人だけだが……その辺に対する容赦はこのゲームにはねぇ。最悪、三人いても死に戻るかもしれんのに、お前一人だけ戦わせるわけにはいかねぇな」
「……その通り、ですね」
アラーキーの言葉に、セードーは残念そうな声を出す。
元より彼はこの邪影竜と戦うことを楽しみにしていたのだろう。
アラーキーはセードーの心意を今更ながらに悟り、苦笑しながら前に出る。
「まあ、一人でドラゴンに挑みたいって気持ちはわからんでもないがな。とりあえず今回は、俺たち三人で――」
「お二人とも、気を付けて!!」
セードーを慰めるように、その肩を叩きに行ったアラーキーの耳に、妖精竜の長の声が突き刺さる。
「え?」
アラーキーは思わず長の方へと振り返る。
「ハッ!」
そんな彼の耳に、鋭い風切音が響いた。
慌てて振り返れば、セードーの拳が黒い何かを打ち砕いたところであった。
「な、なんだ!?」
「気を付けてください。黒い……コウモリのようなものが邪影竜の体から飛び出しました」
「はぁ!?」
慌ててワイヤードナイフを回転させるアラーキー。
セードーも隣で体を構えて、次の攻撃に備える。
邪影竜はそんな二人の行動を見たわけではないだろうが、その背中から無数の黒いコウモリを飛ばす。
「うぇ!?」
「コォォォ……!」
狼狽えるアラーキー。練気法を発動するセードー。
そんな彼らの頭上を跳び越えるように、黒いコウモリは妖精竜の子供たちに向かって襲い掛かろうとする。
「衝撃砲ッ!!」
その群れに向かって、セードーが拳と共に衝撃波を振るう。
大半はその一撃によって霧散するが、撃ち漏らした何匹かが未だ混乱の中にある妖精竜の子供たちへと襲い掛かる。
「だっ、った、ちぇいあっ!?」
アラーキーも何とか持ち直し、それから倒れるような体勢でワイヤードナイフを振るう。
鋭く伸びていったワイヤードナイフの刀身が、飛翔するコウモリたちを切り裂き、消し去ってゆく。
それでも一匹二匹生き残るが。
「てぇい!!」
それらは、妖精竜を抱えたままのキキョウが振るう棍によって吹き散らされる。
「おぉう、あぶねぇ……」
「まだです! チェリャァ!!」
体勢を立て直すアラーキーの傍で響き渡る轟音。
アラーキーが視線を戻せば、襲いかかってきていた邪影竜の巨体を、セードーが全力で蹴り戻しているところであった。
そして邪影竜は蹴り飛ばされながらも、その体の端から無数のコウモリを生み出し、飛ばしてゆく。
「ああ、ちくしょう!? 割と無制限に出てくるのか!?」
「あれを落とさねば、妖精竜を死なせてしまいそうですね」
ワイヤードナイフを振り回してコウモリを切り裂くアラーキーに、嬉しそうなセードーの声が聞こえてくる。
「俺では討ち漏らしもありましょう。邪影竜を抑える方に回ります。先生は、妖精竜を守ってあげてください」
「ちくしょう、このボスはそういう方向かよ!?」
アラーキーは悔しそうに呻きながら何歩か下がる。
「いささか腑には落ちんが、STR特化のお前なら抑え込めんこともないだろ! ここはお前に譲ってやるよ!!」
「ありがとうございます」
アラーキーの許可も無事得て、セードーは笑みを隠すことなく邪影竜へと向き直る。
「さて、いささか間は空いてしまったが……死合うとしようか、邪影竜……!!」
―GUROOO……!―
邪影竜もまた、笑みを作る。
その口内に生える、互いの牙を見せ合うように。
その頃の異界探検隊
「ぐはぁー……やっと捕まえた……」
「結局卵ドロップ狙うしかないのが辛いところよね……」
「うむ……しかし、まあ」
「コータもレミもおめでとうでありますよー」
「ありがとうございます、サンシターさん!」
「何て名前付けようかなぁ……!」
「……とりあえず倒せれば、最低二つ確保できるのは強みだな、うむ」
「リアルラックに物言わせるなんて、俺ら位なもんだろうけどな!」
「何もしてないのにいきなり光属性引き当てるような人間にゃぁ、何言っても無駄よね……」
どうやら、二つほど妖精竜の卵をゲットした模様。




