log26.竜の巣
彼ら三人が到着した、浮遊島の地下はちょっとしたホールのような場所であった。
丁寧に編み込まれた木の根はまるで絨毯のような様相を呈しており、そのまま座っても特に尻が痛くなるようなこともない。
天井はセードーがまっすぐに立っても頭をぶつけないどころか見上げるほどに高く、圧迫感のようなものを感じることはない。地下特有の息苦しさのようなものを感じることさえない。
空気も循環されているのか、常にその部屋の中では風が吹いており、天井には魔法で作られたような光の球が煌々とあたりを照らしている。
「はふぅ~~………」
そしてそんな部屋の真ん中で、キキョウは恍惚とした表情をしていた。
彼女の体には子犬くらいの大きさの妖精竜が群がっており、彼女の体にしがみ付いてピーピーと楽しそうな鳴き声を上げている。
彼女は妖精竜の子供たちがたくさん戯れている姿を見て、歓声と共に飛び込んだのだ。セードーの制止も間に合わず妖精竜の群れにダイブしたキキョウは、そのまま子供たちに群がられあっという間にあの姿だ。仮に妖精竜が肉食であったらそのまま捕食されかねない状態だが、今のところ妖精竜達は楽しそうに鳴いているだけだ。どうやら肉は食べないらしい。……あるいは、お腹がいっぱいなだけかもしれないが。
妖精竜に群がられているせいで頭しか見えないキキョウをぼんやりとした眼差しで見つめながらセードーはポツリとつぶやいた。
「……つながってましたね。妖精竜の巣に」
「ホントにな……」
その隣でセードーと同じような表情をしたアラーキーが頷いた。
「つまりあの落とし穴はトラップの類じゃなく、成長した妖精竜の出入り口代わりになってるってことだな……」
「穴の大部分は常に妖精竜が出入りするために形を保っていましたが、一部はこの島の地下の自浄作用によって塞がっていた……というわけですね」
あの穴がいまいち隠し部屋っぽくなかったのも、これが理由だろう。何者かが隠した部屋ではなく、妖精竜がその生態によって生み出した穴だったのだ。
人間、驚きすぎると言葉がなくなるものだということを実感しながら、セードーはキキョウの様子を窺った。
彼女は恍惚とした表情のまま、されるがままに妖精竜に群がられている。
「しかし妖精竜はなにがしたいのでしょうか? ああしてキキョウの体に群がるばかりで、何かやっているようには見えませんが……」
妖精竜の子供たちは、ピーピーと鳴き声を上げながら、キキョウの体を登ったり、あるいはその体を覆っている仲間たちの間に潜りこんだりしている。
なんとなく、その行動はハムスターのような小動物を彷彿とさせた。
「先生。妖精竜のあの行動は、どのような意味が?」
「いやぁ、妖精竜自体が今回のイベントで初めて実装されるわけだからなぁ。俺もよく知らん、うん」
セードーはアラーキーに問うが、アラーキーが知る由もない。
二人で並んで唸っていると、そんな彼らに声をかけるものがいた。
「――我ら妖精竜は、魔力のやり取りによって生の活力を得るのです」
「ん?」
セードーが振り返ると、そこにいたのはフラムの倍の大きさを持つ、妖精竜だった。
美しい毛並みと慈愛に満ちた眼差しを持つ妖精竜は、キキョウに群がる妖精竜の子供たちを見つめて言葉を続けた。
「ああして触れ合うことで魔力を受け渡し合い、その時に生まれる摩擦が我らの生きる熱となります……。ここ最近は、一族同士のやり取りしかありませんでしたから、ああして初めて見る人との魔力交換が楽しくて仕方ないのです、あの子たちは」
「魔力交換……それが、妖精竜の食事というわけか」
それがどういう理屈で何を得るためのものなのかはいまいち掴みかねたが、妖精竜たちの行動に意味を知ることができたセードーは納得したように頷く。
ゆっくりと前にやってきた妖精竜の姿を見て、アラーキーは微かに息を呑む。
「お、おお……ドラゴンには喋る奴もいるが……ひょっとして、この島の長か?」
「さて。この島には我ら以外に生き物はおりませんから……。我はこの島に生きる妖精竜としては年かさであるので、そう言う意味では長でしょうけれど」
妖精竜の長はアラーキーの言葉にクスリと笑い声を漏らし、そしてアラーキーを見上げる。
「さて、貴方……どうやら我が同胞を捕えているようですね」
「うっ」
アラーキーは思わずクルソルを抑え込む。
その中には、フラムと名付けた妖精竜が収まっているのだ。
それを指摘されたことに狼狽え、一歩下がるアラーキー。
だが、そんなアラーキーに対し妖精竜の長はゆっくりと頭を垂れた。
「――ありがとう。感謝いたします」
「………ん? んん?」
思わぬ謝罪の言葉にアラーキーは眉根を顰め、妖精竜の長の様子を窺う。
下げた頭を上げた妖精竜の長の顔に嘘を言っている様子はうかがえない。
「……同胞を捕えられたのに、怒らんのか?」
「怒る? 一体何を?」
妖精竜の長はアラーキーの指摘こそがおかしいというように、首を傾げた。
「今でこそ、我らはこうして生き長らえておりますが、いつ果てるともわからない流浪の身……。そんな我らを迎え入れてくれたあなたに、どうして怒りを抱きましょうか」
「んん……? ああ、そう言うもんなのかねぇ……」
この島の大ボスと一戦交えることになるのか、と内心身構えていたアラーキーは、妖精竜の長の言葉にほっと一安心したように息をつき、クルソルを取り出す。
「フラム、出てこい」
そして自らが捕まえた妖精竜の名を呼び、そこから解放してやった。
クルソルの画面から飛び出した光の球が少しずつ姿を形作り、アラーキーの目の前に一体の妖精竜を呼び出した。
妖精竜は呼び出されたことが不思議なのか、一声鳴いてアラーキーを見上げる。
そんな妖精竜に、アラーキーは優しく告げた。
「ほら。ここを離れるからな。兄弟たちに挨拶してこい」
フラムはそう言われると、まずは長を、そして共に育ってきたであろう兄弟たちを見る。
キキョウに群がり戯れる兄弟たちをじっと見つめ……それからもう一度長を見やった。
長はフラムから何か言葉を受け取ったのか、柔らかく微笑んでから告げる。
「いってらっしゃい。気を付けるのですよ」
フラムは長のその言葉を受け、クゥンと小さく鳴いた。
それから、兄弟たちの方へと近づいてゆき、一匹ずつに挨拶を交わすようにその鼻面を押し付けていった。
「……相変わらずリアルですね。こっちの言いたいことを察し、まるで感情があるかのように振る舞うとは」
「なはは、それもよく言われてるな」
アラーキーは感心したようなセードーの言葉に笑い、軽く肩を竦めた。
「ま、いまどきこれくらいは珍しかないさ。VRにゃ、疑似恋愛ゲームだってあるんだ。だったら、この程度くらいわけはねぇだろ」
「そういうものですかね」
セードーは腑に落ちないものを感じつつも、アラーキー達に背を向ける。
「……? どちらへ?」
その行動に疑問を覚えたのか、長が背に声をかける。
振り向くことなく、セードーは長に答えた。
「何。感動の別れを邪魔するわけにもいかんが、ただ見ているのも暇だ。しばしこの中を見せてもらうよ」
「おう、いってこいいってこい。俺はここでフラムを見てるからな……ぐすん」
フラムと兄弟たちのやり取りを見て、若干涙腺が緩んでいるらしいアラーキーはそう言う。
長はそんなアラーキーとセードーの姿を順に見て、セードーの方へと駈け寄った。
自らに並んで歩く長を見下ろして、セードーは不思議そうに首を傾げた。
「……見ていなくていいのか? 自らの同胞の別れを」
「別れはこれだけではありませんでしたが……あの子の別れに我はいらないでしょうから」
長はそう言って笑うと、セードーを見上げた。
「それで、どこを案内いたしましょうか? もっとも、我らの巣は人の建物と違いみるべきところはあまりありませんが」
「まあ、色々みたいというか、聞きたいことはあるな」
小さな妖精竜の子供たちが、あちらへ行ったりこちらへ行ったりと忙しなく動いている。
皆、何をするでもなく自分のやりたいことをやっているように見えた。
隣を歩く長をそのまま小さくしたような子供たちの姿を見て、セードーはまず第一にその繁殖に疑問を覚えたので、そのまま尋ねてみることにした。
「……妖精竜はどうやって増えるのだ?」
「ある程度年月を経て、魔力が膨れ上がった我らは、やがて小さな分身を生み出すのです」
セードーの問いに、妖精竜の長はゆっくりと答えた。
「成長しきれば、その身に溜めた魔力は余分でしかありません。我らは、そう言った魔力を使い、新たな一族の誕生を行うのです」
「人間からしてみれば、羨ましい方法だな」
人間的に言ってみれば、食べて得た脂肪を使って子どもを産むようなものだろう。
とはいえ、過程が大幅に省略されているだけで、人間と大差ないとも考えられるかもしれないが。
次にセードーは天井を煌々と照らす光の球を見上げる。
「次は……そうだな。あの光の球は魔法か何かで生み出しているのか?」
「いいえ。魔法は人の技……あれは私の力で生み出しているものです」
長はそう言って、自らの周囲に七色の光を生み出してみせる。
そしてそれらの光は赤であれば炎、緑であれば風、といったように、その色が象徴する属性へと変化していった。
「我らの属性は光……。その輝きの変化によって多様な属性を操ることはできますが、本質的には無垢な輝きを生み出すことこそが、我らの力なのです」
「虹彩を操る程度の力……というわけか」
「そうですね、そう言えるかもしれません。もっとも、若い子たちはその属性そのものが傍になければ力を振るうことが叶いませんが」
「なるほど。フラムが戦闘時に属性を操っていたのはそう言うカラクリか」
つまりフラムくらいの若い妖精竜は、炎であれば炎そのものが傍になければその属性は使えないのだろう。
「では次だが、フラムを初めとする若い妖精竜が、外にいる人間へと襲い掛かるのは何故だ?」
「あの子たちはそんなことを……」
長は悲しそうな表情になり、セードーの問いに答えた。
「……その理由は、我らの天敵に関係があると思います。今はもう、彼らの魔の手から逃げ延びているはずですが……あの子たちの中には、その時の逃避行の恐怖がまだ残っているのでしょう」
歩いていたセードーは、作られた魔力の光ではない日の光をを目にする。
壁には大きな切れ込みがあり、そこから絶えず風が入り込んでいるのだ。
「ふむ……つまり、俺たち人間を外敵と判断しているわけか」
「はい……少し前に来た人間たちには襲い掛からないよう、厳命していたのですけれど……」
申し訳なさそうな長は、ゆるゆると首を横に振った。
「ですが、辛抱たまらなかったのかもしれません……。あの子たちも戦い、そして多くの仲間たちが目の前で……」
「そうか」
セードーは小さく呟きながら、切れ込みから体を乗り出してみる。
浮遊島の外壁部分だったらしく、下を見れば遠い地面が。上を見れば浮遊島の端っこの部分が見える。
高度相応の強風が吹き荒れ、その冷たさにブルリと身震いをするセードー。
ゆっくりと切れ込みの中に体を戻し、長へと振り返った。
「無遠慮にこの島に足を踏み入れたこちらにも非はある。表を見て回ったが……とてもそんな凄惨な過去があった島には見えなかった」
「そう言っていただけると、助かります……。島を守るために散っていった子らも、きっと喜ぶでしょう……」
セードーの言葉に、長はそう言って微笑みを返す。
セードーは腕を組みながら、そんな長にひとこと尋ねる。
「お前のいう敵、というのは……もしかして邪影竜のことか?」
「えっ……!? な、何故あなたがその名を知っているのですか!?」
邪影竜の名を聞き、長が驚愕する。
セードーは少し考え。
「……こちらにも、伝承という形で名が伝わっているだけだ」
と、口にした。
素直に“ゲームのイベントだから”と言ってもいい気はしたが、やはり場の雰囲気は大事だろう。
「そうですか……」
長はセードーの言葉を深く疑うことはせず、ゆっくりと長は邪影竜のことを話し始める。
「彼らは我らと同じく、星の彼方に生息するものたち……今となっては、魔王の力に犯され見る影もありませんが、かつては同胞でした……」
「……そうか」
邪影竜のことを語る長の表情は、憎しみや怒りではなく、悲しみで包まれていた。
彼女……と呼んでよいかはわからないが、きっと彼女にとっては邪影竜は憎むべき敵ではないのだろう。
「ですが、魔王の力に犯された彼らは……より大きな力を得るために我や同胞たちを喰らいました……。我らはその手から逃れるために、星の彼方の一部を切り離し、こうしてこの地を訪れたのです」
「それが妖精島が現れた理由か」
今回のイベントのシナリオの大筋を理解し、セードーは小さく頷いた。
……そしてなぜ邪影竜の名が、あのイベント羊皮紙の中にあったかも、察しがついた。
「……聞くが、妖精竜の長よ」
「はい、なんですか?」
セードーが一つ懸念を覚え、そのことを長に問おうとする。
その時。
ピィィィ――……!!
キキョウたちがいるはずの咆哮から、悲痛な妖精竜の悲鳴が聞こえてきた。
「!? い、今の声は!!」
「……チッ。戻るぞ」
セードーは言い捨てて駆け出す。長も、その背中を追って翼を羽ばたかせた。
(邪影竜はどこかに潜り込むようなことが得意なのか……問うまでもなかったか)
悲鳴のする方向で何があったのかは……想像する間でもないだろう。
セードーは、邪影竜の元へと急ぐため、足に力を込めた。
なお、キキョウのダイブはさながらワープのようだった模様。




