log25.洞穴の中
ずるずると洞穴の中を進んでいく三人。
穴の中を進むのは、まるでモグラのような気分……とはいかなかった。
ここが浮遊島であるせいか、どうにも地面がしっかりとしない、不安定な感触なのだ。
「なんか、今にも下が抜けちまいそうだな……」
「仮に地面が消失したら、地面に落下するまで意識を保てるのでしょうか。それとも、途中で死に戻るのでしょうか」
「や、やめてください!?」
暗い洞穴の中では、三人の会話も暗くなりがちだ。
こうして洞穴の中に潜り込んで、そろそろ十分ほどだろうか。
基本的に洞穴の中は徐々に下へ降っている下手をすると、本当に落ちてしまいかねない。
「うぅ……」
セードーの後ろで、キキョウが不安そうな声を上げる。
辺りを覆っているのが木の根であるおかげが、その隙間から日の光が微かにこぼれてはいるが、それでも今通っている洞穴は薄暗く、さらに這って進まねばならないほどに狭い。十分程度とはいえ、気が滅入るには十分な環境だろう。
セードーは背後のキキョウのために、なるべく大きな声で前をいくアラーキーへ声をかけた。
「……先生、この洞穴の事、どう思います?」
「んあー? どうって、どういう意味だよ?」
這って進むのに若干飽きてきていたらしいアラーキーは、危機感のない気の抜けた返事を返してきた。
「そうですね……このゲームでは、このような通路はどんな場所に繋がっていることが多いのですか?」
「そうさなー。まあこのゲームでも、こう言う隠し通路は宝箱が配置してある隠し部屋に通じてることが多いな」
前を進むアラーキーが、時折進路を遮る木の根をナイフで切り裂きながら答える。
「今までお前らがレベリングにつかって来たであろうダンジョンにだって、こう言う隠し通路や隠し部屋があって、そこにはレア度の高いアイテムが配置されてることが多い」
「では、この洞穴もその手の隠し部屋に通じていると?」
「いやー、それはどうなんだろうな」
セードーの言葉に、アラーキーは軽く首を傾げる。
「普通、その手の隠し部屋に通じる隠し通路とかってのは隠されてるもんなんだが……」
「この洞穴も、隠されていたものでは? 落とし穴の中でしたが」
「そこなんだよなぁ。確かに隠し方はそれっぽいんだけど……」
「何か問題でも?」
「問題、っつーか隠し方がマジすぎるんだよな。説明が難しいんだが、そう言う隠し通路っつーのは隠してるけど見つけやすいっていうか……割と自己主張してる感じなんだよな。あからさまっていうか……」
言葉の通り、どう説明していいの確信しているのか、アラーキーは唸り声を上げる。
「あー……そうだなぁー……。セードー、お前、忍者屋敷ってタイトルのダンジョンがあって、床の間に「扉」って書かれた掛け軸か飾ってあったらどうする?」
「……とりあえず回転扉を疑いますか。やや狙いすぎな気もしますが」
「大体そんな感じだな。このゲームのダンジョンの隠し部屋ってのは、初見でもそれとなくわかるようになってる」
隠し部屋、という性質を考えれば矛盾しているようだが、これはゲームだ。たとえそこに誰もが羨むような伝説のレアアイテムが設置されており、それを隠す意味があるのだとしても、結局誰にも発見されないのでは意味がない。ゲームというのは、遊んでもらってこそ意味があるのだ。
つまり運営側がプレイヤーに発見されない隠し部屋を作る意味はない。そもそもそんなものを一々作るより、管理者権限か何かでその部分にプレイヤーが立ち入れないようにした方が手っ取り早いのだ。
「壁画のあるダンジョンの一部に壁画がないだとか、何か不思議な文字が掘られてるだとか……ともかく、隠し部屋の近くには目立つ目印があるもんなのさ。部屋を隠す鍵がパズルだったりするしな」
「……その法則に従うと、この洞窟はいかがでしょうか?」
「まず、落とし穴の中に洞穴があるってのが解せん。この島の構造上、こう言う洞穴もあるにはあるんだろうが……普通落とし穴の底なんぞ探らんからな」
そこまでいって、アラーキーは視線をセードーの方へと向ける。
「ところでお前はなんでこれに気が付いたんだ?」
「落とし穴の底だというのに、風が吹いていたので……」
「うん、そうか。普通そんなのには気づかん」
アラーキーは頷いて前進を開始し始める。
「……お前は例外にしても、普通の人間は風よりも落とし穴が存在することの方に目がいく。“この島にも落とし穴なんてトラップがあるのか! じゃあ落ちないように気を付けないとな、うん!”……ってなるのが普通のプレイヤーだ。こんなところに隠し通路があっても、気が付けなくなっちまう」
「確かにそうですね……」
通路を発見することができたセードー達はともかく、前情報のないプレイヤーは落とし穴の底を探ってみようなどという思考には至らないだろう。
「場合によっちゃ、落とし穴は二重底で二回落ちると即死するなんてこともあるからな。単純なトラップで対策もしやすい分、当たり前すぎて今更探ったりせんだろうなぁ」
「俺も風が吹いていなければ気が付きませんでしたしね……」
「んで、次に解せんのがこの木の根だなぁ」
また行く先を遮る木の根を切り払いながら、アラーキーはうんざりしたように呟く。
「這って進む通路に木の根が生えてるとかありえんわ。うっとうしすぎる」
「基本的に通路の障害物はプレイヤーの邪魔をするものでは?」
「いや、モンスターが出現して闘うエリアとかなら別にいいんだよ。でもこんな、モンスターも出てこないような場所で、何の脈絡もなく出てこられてもかなわん」
「私情入りすぎではないでしょうか、先生」
「ほっとけ」
とはいえアラーキーの言うことももっともである。
何らかのモンスターが背後から迫ってくる、などのデストラップでもあれば木の根の妨害も活きてくるだろうが、何もなくただ生えているだけでは障害物ですらないだろう。
アラーキーが切り裂いた木の根の切り口を見て、セードーはポツリとつぶやいた。
「……我々の進路を邪魔する、というよりは自然に生えてきた、という印象を受けますね」
「あー、それはなんか俺も思ったな、うん。さっきの落とし穴も勝手に塞がったし」
「ですが、その理屈であればこの穴も勝手に塞がっていなければおかしくないでしょうか?」
「それもそうか……」
「なんと言いますか、この穴は……」
セードーは一拍置いて、自らの考えを口にした。
「何かが通る……獣道のようなものに思えますが」
「……いやいや、まさか、そんなそんな」
セードーの言わんとすることを察し、アラーキーは首を横に振る。
「いくらなんでも、そこまで都合よくないだろー。きっとこの穴はあれだ。この島に少ない貴重なタンパク源である、大型ワームの巣穴か何かだ。で、肝心のワームはさっき俺が捕まえたフラムのお腹の中に納まったとかそんな話なのさ、うん」
「ええ、そうかもしれませんね……。肝心のワームを道中で確認しませんでしたし、そもそもフラムがワームを主食にしているかどうかも分かりませんが」
「そうだなーHAHAHAHA」
アラーキーがわざとらしく笑い、そして沈黙が舞い降りる。
キキョウの耳には二人の会話が入っていかなかったのか、彼女の苦しそうな息遣いだけがしばらく響き渡る。
「……キキョウ、大丈夫か?」
セードーは背後を進むキキョウに声をかける。
「無理をしているように感じる。もし、きついようであれば」
「い、いえ……だいじょうぶです!」
キキョウはセードーに声をかけられ、ようやく声を上げた。
セードーに心配をかけまいとしているのか、なるたけ大きな声を上げるが、すぐに声の大きさがしぼんでいく。
「え、と……その……私、こう言う狭い場所、っていうか、息がつまっちゃいそうな狭い場所が、苦手なんです……」
「ああ、閉所恐怖症、という奴か?」
「いや、それは割とまずくないか? ホントにそう言うの患ってんなら、行ってくれよな? これはゲームだけど、そっち系の病気はそう言うの関係ないからな?」
肉体的な病は、このゲーム内における活動に一切の支障をもたらさない。
だが、精神的な病は、意識を持ち込むこのゲームにおいても影響がある。アバターに影響はないが、現実の肉体の方に異常をきたすことがあるのだ。
ただ、現実のそれと比べると影響が少ない、という研究記録もある。精神医療のために、こう言ったVRのゲームを利用する例もあるのだ。
それを知ってか知らずか、キキョウは慌てたように声を上げる。
「い、いえ大丈夫です! 大丈夫ですか、らっ!?」
直後に聞こえる鈍い音。
どうやら、手を振りながら立ち上がろうとしたらしい。
「~~~!!」
涙目になって頭を押さえるキキョウのために、セードーは少し停止した。
「……大丈夫か、キキョウ?」
「はひ……大丈夫です……」
キキョウは小さく頷き、それからゆっくり前進を再開した。
「ううぅ……。ゲームですけど、頭が痛いです……」
「ぶつけた程度ではHPは減らないし、衝撃があるだけだが、何故か痛いものだな」
「あー、それって無意識のうちに記憶の中にある痛みを思い出してるかららしいぞ? このゲームに痛覚はないからなぁ。そのことで違和感を覚えないための、自己防衛の一種だって聞いたことが……お?」
不意に、アラーキーの動きが止まる。
セードーが目を凝らすと、小さなペンライトの光が土でできた壁を捕えているのが見えた。
「……先生、どうしました?」
「いや、壁がある。今までの木の根とは違うな」
コンコン、と乾いた音が響いて聞こえてくる。
「……この壁の向こう側は空洞っぽいな」
「と、なると終点ですか」
「や、やっと終わりですか……?」
キキョウの辟易した声が聞こえ、アラーキーは苦笑を返した。
「まったくだ。もう穴潜りはこりごりだな……ちょっと待ってろ」
アラーキーはナイフを取出し、壁に突き立てる。
「土竜発破Lv1!」
アラーキーが呪文を唱えるのと同時に、小さな爆発音とともに土壁が砕け散った。
「先生、今のは?」
「フフン。スキル名の後に習得を終えたスキルLvを加えると、そのLvの威力でスキルが使えるのさ。こんな感じで、過剰な威力がいらない時に使えるぞ」
「なるほど……覚えておきます」
アラーキーは自慢げにそう言って、外に飛び出す。
それに続き、セードーも穴から体を引きずり出した。
「っとぉ! さて、ここには一体何、が……?」
「先生? どうしまし――」
目の前に広がる光景を見て、セードーとアラーキーは絶句する。
先に飛び出した男二人に続き、キキョウも飛び出す。
「よいしょ、っと! ふう……」
一息つき、キキョウは目の前で固まる二人の背中を発見する。
「あ、あれ? お二人とも、どうしたんですか?」
声をかけるも、反応がない。
不思議そうにキキョウは首を傾げ、軽く体を傾げて二人の目の前の方を見る。
「――――――!?」
瞬間、純真な少女の歓声が男たちの耳に突き刺さった。
なお、キキョウのアンダーはズボンなので、彼女が前を進んでいてもラッキーショットはあり得ない模様。




