log24.隠し穴
「やっはぁー!」
「うわぁ……!」
歓声と共に妖精竜に跨ったまま舞い降りるアラーキー。
目の前に降り立った妖精竜を見て、キキョウは瞳を輝かせた。
「うまくいったんですか!?」
「おうともよ! 二人のおかげだな、うん! 本当にありがとうな!」
「いえ、礼には及びません」
セードーは軽く首を振り、それから今にも妖精竜に飛び掛かりそうなキキョウの背中を見やる。
「……そんなに触ってみたいなら、先生に聞けばいいだろう」
「い、いえ! アラーキーさんもまだ妖精竜をペットにしたばかりですし、私なんかよりもまずご自身を……」
「ああ、触ってもいいぞ」
「いいんですか!?」
アラーキーはキキョウにそう言いながら、妖精竜からひらりと降りた。
そして見上げてくるキキョウを見て、快活に笑う。
「いいに決まってるだろうが。お前さんたちのおかげで、こいつを捕まえることができたんだ。存分に触って、その毛並みを堪能してくれ」
「は、はわわ……! そ、それでは失礼して……!」
キキョウはそろりと妖精竜へと近づき、その美しい毛並みを撫でる。
彼女の手のひらに、高級シルクにも劣らぬような上品な肌触りが伝わってくる。
そして生きている動物特有のぬくもりがキキョウの体を、優しく温めてくれる。
「はふぅ~……!」
たまらずキキョウは、全身で妖精竜へと抱き付いた。
「気持ちいいぃです~……」
顔までうずめてそう呟くキキョウ。
彼女が体を撫でるとくすぐったいのか、妖精竜はクルル……と喉を小さく鳴らした。
セードーは全身で妖精竜を堪能するキキョウを見つめながら、アラーキーへと問いかけた。
「……とりあえず、当面の目的は達成した感じでしょうか」
「かねぇ? イベントの主目標“妖精竜の捕獲”は達成できたわけだ」
小さく頷きながら、アラーキーはクルソルを取り出す。
そこから、受領中のクエスト欄を呼び出し、イベントクエストの項目を見てみると、“妖精竜の捕獲”の項目が達成されている。この島に来る前に、フェンリルで受けられるクエストの一つだ。
これをフェンリルで報告すれば、クエストは完了となる。
「……うん、クエストが達成されてるな」
「では、これからどうします?」
元々の目的は、妖精竜の赤ちゃんを見ることであったわけだが、キキョウは妖精竜に触れることができたおかげかだいぶ満足そうな表情をしている。
セードーがひそかに心待ちにしている邪影竜のイベントも……おそらくは隠しイベントになるだろう。今むやみに動いて探し回るより、他のプレイヤーからの情報を待った方がいいかもしれない。
「ふむ、そうさなぁ……」
アラーキーは少し考え……。
「……とりあえず俺はこれを仲間に自慢したいな!!」
しかしすぐに考えるのを放棄し、セードーに己のクルソルを預ける。
「というわけでセードー! こいつで俺と、俺の新たな相棒のツーショットを撮ってくれ! そいつをフレに一斉送信して自慢してくれよう!」
「はぁ。今ですと、もれなくキキョウもフレームインしてしまいますが、かまわないので?」
「かまわん! さあ、はやくはやく!」
アラーキーはそう言うなり、妖精竜へと駈け寄ってその頭の横に立ってピースをする。
「イエーイ!」
「はふぅ……」
子供のようにピースを繰り出すアラーキーと、蕩けたような表情で妖精竜に縋りつくキキョウ。そして二人の間に挟まって気持ちよさそうに鳴く妖精竜という、何とも言えないトリプルショットがそこには生まれていた。
セードーは一つため息を突き、それからアラーキーのクルソルのスクリーンショット機能を呼び出す。
「はい、それじゃあ、撮りますよー」
「バッチコーイ!」
セードーはクルソルを構え、三人がきちんと収まるよう、しかして写真が遠景になりすぎないよう、注意しながら立ち位置を変える。
右に数歩。しっくりこなくて左に数歩。さらにもう少し離れてみようかと、後ろに数歩、歩いていくと……。
ミシリ。
「―――」
足元で、嫌な音がする。
妖精竜が何かに気が付いたように鳴き声を上げようとする暇もあればこそ。
バキッ! バリバリバリィー!!
「ぬわぁー!?」
「んお!? セードー!!」
「はふぅ………………あれ? セードーさん?」
何かが破けるひどい音と共に、セードーの姿が一瞬で消える。
慌ててセードーが消えた場所へと駈け寄るアラーキーの声で、彼がいなくなったことに気が付いたキキョウは妖精竜から顔を上げた。
「……いったいどちらに?」
「どんだけ夢中だ! こっちこっち!」
きょろきょろと辺りを見回すキキョウを、アラーキーは手招きする。
それに招かれ、キキョウが彼に近づいていくと。
「え、なんですかこれ!?」
そこにはぽっかりと大きな穴が開いていた。
目を凝らすと、その底にはセードーが両手を上げた態勢で落ちているのが見えた。
「せ、セードーさぁーん! 大丈夫ですかぁー!?」
「………………ああ、一応無事だ」
穴に落ちたのがよほど悔しいのか、憮然とした表情でセードーが声を返す。
少なくとも、外からわかるHP量などが減っている様子は見られない。ダメージが発生するタイプのトラップではなかったようだ。
セードーは手にしていたクルソルを見下ろし、申し訳なさそうに声を上げる。
「……すいません、先生。写真ですが、うまく撮れずにぶれてしまいました」
「いや、それはいいよまたあとで! それより、大丈夫なら上がって来いって!」
セードーが無事なのを確認して、ホッとした様子のアラーキーはインベントリから取り出したロープを下に降ろした。
「ほら、これで上がって来い!」
「はい、わかりました」
降りてきたロープを掴み、セードーは上へと上がろうとする。
その時、彼の頬を微かに風が撫ぜた。
「ん……?」
頬に感じた感触に、セードーは辺りを見回す。
「どうした、セードー?」
「いえ、風が……」
セードーが落ちた穴は、人が掘った穴のようには見えなかった。いや、穴というのも正確ではないのかもしれない。
彼が今いるのは、木の根の檻の中だ。周りの壁は根っこが絡まり、その隙間を土が埋めている。自然の地形としてみると、かなり不自然な形だ。
まあ、この奇妙な地形自体はゲームによくある変な地形ということで納得できよう。だが、風が吹いているのはおかしい。
セードーはしゃがみ込んで尻餅をついた部分を軽く触る。木の根はみっちりつまり、風が通る隙間のようなものは見当たらない。
「………」
「おーい?」
上からアラーキーが声をかけるが、それに構わず壁を撫でていく。
絡まった木の根は風を通さないかのようにつまっているのが手触りでわかったが、一部分だけ中身の薄い個所があるのが分かった。
目を凝らしてみれば、そこには土がなく、隙間風がかろうじて通ることのできる穴が開いている。
握った拳を何度か打ち付けてみる。奥の方に空洞のある音が、響いた。
「……ここからか」
「セードーさん? あのー……」
「ハァッ!!」
キキョウも不思議そうに声をかけてくるが、セードーは答えずに壁に拳を叩き付けた。
乾いた音を立てて木の根の壁が破壊され、その奥に続く洞穴が姿を現した。
セードーが目を凝らすと、妖精竜が一匹は這って進むことができそうな空間が見えた。
「ふむ、これは……」
「おい、セードー! 何やってんだ!?」
いきなり聞こえてきた破壊音にアラーキーは声を荒げる。
さすがに答えなければまずいか、とセードーは顔を上げて答えた。
「いえ、何やら先に進めそうな空洞が見つかったんです」
「何、空洞?」
アラーキーは怪訝そうな顔をする。
その隣にはいつの間にか妖精竜も近寄ってきていて、何やら気まずそうな表情でセードーを見下ろしているのが見えた。
「はい。せっかくですので、ちょっと潜ってみます。とりあえず、クルソルはお返ししますね」
「ああ、おいおい待て待て!」
クルソルを投げて返そうとするセードーを慌てて止め、アラーキーは穴の縁に手をかける。
「先走るんじゃない、セードー! お前が行くなら、俺も行くぞ!」
「……よろしいので?」
「ばかいえ、落とし穴の先にある空洞なんて、いかにも隠しっぽい個所を見逃せるか!」
アラーキーはそのままひらりと穴の中へと体を踊りこませる。
そして危なげなく着地し、セードーからクルソルを取り返した。
「お前ひとりにおいしいところもっていかせるかってんだ、うん!」
「さっき一番おいしいところを持っていった人のセリフではないですね」
セードーは小さく苦笑し、上を見上げる。
「キキョウ、君は――」
「ま、待ってください!」
セードーがキキョウへと声をかけると、それを遮ってキキョウは穴の中へと飛び込む。
そのまま穴の底へと着地すると、小さく息をついてセードーを見上げてきた。
「あそこで待ってろ、って言われても困ります! 私も、行きますよ!」
「……いや、待ってろというより、どうするか聞きたかったんだが……」
彼女の言葉に、セードーは思わず頬を掻く。
まあ、狭い穴倉より、広い草原で妖精竜と一緒に居た方がいいかもしれないと思ったのは事実だが。
最後に、穴の縁で取り残された妖精竜を見上げ、それからアラーキーはクルソルを掲げ上げた。
「よーし、戻ってこいフラム!!」
アラーキーがそう呼びかけると、フラムと呼ばれた妖精竜が一声鳴く。
その姿は一つの光へと変じ、小さな玉へと縮むとそのままアラーキーのクルソルの中へと引っ込んでいった。
セードーはそれを見て、小さく頷く。
「なるほど。そうやってペットを管理するのですね」
「ああ、まあな。ホントはクルソルの中じゃなくて、ギルドハウスとかマイハウスの中で放してやるのがいいんだがな。緊急措置って奴だ」
「あ、見てください!」
そうやって話をしていると、セードーが踏み破った穴が埋まっていく。
今まで踏みしめていた大地から土と木の根が伸び、穴が開いていた部分を塞いでいってしまったのだ。
「……なるほど。こうして落とし穴が生まれる、と」
「どうして勝手に穴が埋まっちゃったんでしょうか……?」
「ゲーム的には隠し通路が見つからないように、ってところかね」
インベントリからペンライトを取り出しながら、アラーキーは楽しそうに続ける。
「設定的には……妖精樹が生えるほどに強い精霊の力に満ち溢れた島だ。空いた穴に蓋をするくらい、自然の自浄作用が強いんだろうさ」
「なんにせよ、この洞穴は何らかの隠しイベントに繋がっているのは間違いない、というわけですね」
セードーは、いささか興奮した様子で自らが見つけた穴の中を覗く。
ぽっかりと開いた穴はどこに繋がっているのかは窺えないが、奥から風が吹いているのは分かる。どこかに繋がっているのは、間違いないようだ。
アラーキーはセードーに並んで穴の中を覗きこみながら、彼より興奮した様子で頷いた。
「ああ、その通りだセードー。こいつは大発見だぞ……!」
「どこに行くにせよ、何もないということはないでしょうね」
「まったくだ……! こういう瞬間があるから、このゲームはやめられないんだよ!」
アラーキーは振り返り、暗闇に少し怯えた様子のキキョウへと声をかけてやる。
「大丈夫かキキョウ?」
「は、はい! 大丈夫です!」
「よっしゃ! 先頭が俺、次にセードー、最後にキキョウがこの中へと潜っていくってことでいいか?」
「ライトを持っているのは先生ですからね。それでいいです」
セードーの言葉と、キキョウの無言の同意を受け、アラーキーは実に楽しそうに穴を覗き込んだ。
「そいじゃまあ……隠し穴の探索と参りますかぁ……!」
なお、セードーは落とし穴に落ちたのではなく、その存在に気が付けなかったのがショックだった模様。




