log22.妖精竜捜索
三人は、そのまま気の向くままに妖精島を散策してみた。
三人が降り立った島に唯一存在する水源である湖はそこまで見通せるほど透き通っており、飲むと状態異常が回復するという特殊効果を持っていた。
そして森にはそのまま食べられる果実がたくさんなっており、多種多様な果実が減ったまんぷくゲージを満たしてくれる。
精霊樹の傍など、錬金術や魔術の触媒に使われる多様な属性結晶を入手することができた。この島を飛ばす原動力になっているだけあって、純粋な精霊の力が宿っているらしい。……その分、より強力な精霊モンスターも現れたが、アラーキーの協力もあり何とか事なきを得た。
……だが、どこへ行っても妖精竜の巣らしいものは見当たらなかった。
「はてさて、どこに妖精竜の巣があるやら……」
妖精島に降り立って、早一時間。精霊モンスターの撃破数ばかり重ねたセードー達は、ゲートのある小高い丘の上で小休止を取ることにした。
通った森でもぎ取ったリンゴのような朱い木の実をしゃくりと齧りながら、セードーは小さくため息を突いた。
「これでこの島は一通り回ったと思いますが……どこにもありませんね、妖精竜の巣」
「だなー。ここが妖精竜の群生地として指定されてるなら、巣くらいはあると思うんだがなぁ」
レモンのような黄色い木の実を齧るアラーキーも小首を傾げながら地図を見下ろす。
見たこともない青い木の実を齧るキキョウは、肩を落としながらアラーキーの手元の地図を覗き込んだ。
「どこか、見て回ってない場所ってありましたっけ……?」
「まあ、見てない場所は腐るほどあるわな。平原も湖も森の中も、とりあえず見ただけだし」
回った場所を指折り数え、そして実際に地図をなぞって確認しながらアラーキーは顔を上げる。
「それぞれをもっと慎重に見て回るとなると、それなりに時間がかかるからなぁ……。二人とも、時間の方はどうだ?」
「俺はそれほど。そもそも一人暮らしですし、特別な用事もありません」
アラーキーの言葉に、セードーはそう口にする。
そもそも彼は三か月謹慎の身だ。時間だけなら、腐るほどある。
その辺りの事情はアラーキーも知っている。彼の言葉に、小さく頷いた。
「OK。ならあとは、キキョウだけど……」
アラーキーがそう言いながらキキョウの方へと視線を向ける。
すると、キキョウは小さく肩をすくませ、それから申し訳なさそうに俯いた。
「……そ、その、ごめんなさい。私は、一日のログインは四時間まで、って、母に言われてるんです……」
「んー、そっかー。じゃあ、仕方ないなぁ」
アラーキーはキキョウの言葉を受け、なるたけ彼女が不安にならないよう軽い調子で声を上げた。
実際、彼女のように門限ならぬログイン限のある未成年は珍しくない。
イノセント・ワールドの一回のプレイにおけるログイン制限時間は四時間。それを過ぎると強制ログアウトとなり、そこから一時間の間はログインすることができなくなる。そして一時間を超えれば、もう一度ログインしゲームをプレイすることができるようになる。
単純に連続でイノセントワールドをプレイした場合、一日二十四時間で五回のログインが可能な計算となる。一時間もあれば食事もとれるし、軽い仮眠もとれる。廃人、と呼ばれるプレイヤーたちはこう言ったプレイスタイルを確立している者も少なくない。
とはいえ、世の親がそれだけのプレイを許すわけもない。理解があれば多少は緩和されるが、大体の学生は一日一ログインが限界となるだろう。
「じゃあ今日はどっか一エリアを制覇するくらいにするか。イベントは一週間あるし、時間をおけば他のプレイヤーから情報も上がるだろうしな」
アラーキーはそう言いながら、セードーへと目配せをする。
アラーキーのアイコンタクトを受け取り、小さく頷きながらセードーはキキョウの肩に手を置いた。
「先生の言うとおりだな。キキョウ、君はどこに妖精竜の巣があると思う」
「え、あ、その……」
キキョウはセードーの言葉を聞き、アラーキーの顔を見る。
どちらもキキョウを気遣うような優しさが込められている。
キキョウはそんな二人の優しさから目を背けるように、視線をより俯かせた。
「……そ、その……お二人は、私のことを気にしないで、イベントを楽しんでください……」
「おいおい、つれないこと言うなよキキョウ。こういうイベントは、皆でやってこそ、だぞ?」
アラーキーはキキョウの言葉に、眉を顰め咎めるような声を上げる。
「で、ですからお二人だけで……」
「むさくるしい男二人で、かわいい妖精竜を見つけて来いってか。キキョウも冗談きついねぇ」
「キキョウ。そもそも、俺はともかく先生にも仕事はある。このゲームをプレイする時間が限られているのは、君だけではない」
そしてセードーは諭すように口にしながら、キキョウの前へと回る。
しゃがみこみ、俯いたキキョウに視線を合わせて、ゆっくりと自分の気持ちを口にした。
「それに……君とこのゲームをプレイできないのは、どこかさびしい」
「せ、セードーさん……」
「前に一度だけ、一人でログインしたことがあるが、どうしてもゲームのプレイに身が入らなかった」
セードーはキキョウから視線を外すことなく、その目を見つめる。
「俺は、君とこのゲームをプレイしたい」
「………」
恥ずかしげもなくそんなことを言い出すセードー。
キキョウはそんな彼の真摯な態度に、軽く胸を打たれたかのようによろめく。
そしてアラーキーは、何とも言えない絶妙な苦笑いを浮かべて二人のやり取りを見守っていた。
(人との交流を覚えろとは言ったが、いたいけな少女を口説き落とせとは一言も言ってないぞ、うん……)
セードーの成長とはいえなさそうな一面を見て、小さくため息を突くアラーキー。
そんな彼の頭上に、一筋の影が差す。
「……ん?」
見上げると、一匹の妖精竜が彼らの頭上を飛び回っているのが見えた。
何とはなしにその動きを目で追ってみるアラーキー。
やがてその妖精竜は三人の上での周回を止め、一旦距離を取り……。
「……ん?」
そして一直線に三人のいる場所への滑空を始める。
凄まじい速度と、大気の壁を纏いながら迫る妖精竜の姿は、さながら弾丸のようにも見える。
「おいおい……!? 二人とも、ヤバいぞ!」
「え?」
「む」
アラーキーは慌てて自分たちの世界に入り込んでいたセードーとキキョウに呼び掛ける。
二人はアラーキーの声に顔を上げ、迫りくる妖精竜の姿を認識した。
「な、なんですか!?」
「わからんが、逃げた方がよさそうだ」
セードーはサッと立ち上がり、キキョウも一緒に立ち上がらせる。
少しよろめいたが、キキョウは自分の足で立ち、慌ててその場から離れる。
セードーも飛びのいた瞬間、妖精竜がその場を高速で通過していく。
「たわばっ!?」
二人に注意を促していたせいで一瞬動くのが遅れたアラーキーが、慌てて回避運動を取る。
その場に伏せた彼の頭上を掠め、妖精竜は再び空へと帰っていった。
…だが、一撃では終わらない。もう一撃彼らに加えるべく、妖精竜歯旋回を開始し始めた。
妖精竜を見上げ、キキョウは不安そうに口を開く。
「ど、どうなってるんでしょうか……?」
「わからん。だが、いつの間にか妖精竜とエンカウントしていたことだけは確かのようだ」
セードーはクルソルを取出し、画面を確認する。
クルソルは通信機器やインターフェイスのほかに、今の自分が何かとエンカウントしているかどうかを確認する機能もある。
そして今彼が手にしているクルソルの画面は朱く染まり、その中にはエンカウントの文字が浮かび上がっていた。
「何か特殊な条件を満たしたようだな……先生、わかりますか?」
「いや、わかんねぇ。一通り見て回るのが条件か……?」
アラーキーは呟きながら、己の武器であるワイヤードナイフを取り出す。
「なんにせよ戦闘だ。この際だ、あの妖精竜とっ捕まえて、俺の騎乗ペットにしちゃるわ!」
「では、協力します。キキョウ、君はどうする?」
セードーは軽く拳を握りながら、キキョウへと振り返る。
「場合によっては、妖精竜を倒してしまう可能性がある。いやなら……」
「……いえ、戦います」
セードーへと微笑みながら、キキョウは前へと一歩出る。
彼の気遣いには気づいているが、そんなものは不要だと無言のままに宣言するように。
「確かに、妖精竜が死んじゃうのは嫌ですけれど……だからといって、襲い掛かってくる相手に無抵抗を貫くのは違うことだと思いますから」
「……そうか、ならいいさ」
セードーはキキョウの言葉に頷き、顔を上げる。
妖精竜が再び、彼らに向かって突進してくるところであった。
「ではひとまず、あの妖精竜を先生の騎乗ペットとしようか」
「はいです!」
キキョウは棍を取出し、構える。
風を纏って突進してくる妖精竜が、彼らの眼前まで迫ってきた。
「おっとぁ!?」
「よっ!」
アラーキーは横っ飛びに回避。
キキョウもまた、妖精竜の攻撃軌道上から飛び退く。
そしてセードーは。
「コォォォ……!」
練気法を発動し、両手を大きく振るう。
「ハッ!」
そして妖精竜の横っ腹に腕を打ち付け、大地を踏みしめ、力強く捌く。
妖精竜の体は、強引に軌道を逸らされ、その表情は苦悶に歪む。
「両椀中段受け……!」
「おい、気を付けろよ!?」
捌かれた妖精竜はそのまま地面へと墜落し、痛々しげな鳴き声を上げた。
無理やり妖精竜を地面へと叩き落したセードーへ、アラーキーは声を上げた。
「妖精竜の強さがよくわかってないんだ! 最悪死に戻るぞ!」
「……そうですね、気を付けます」
視界の端でHPが半分程度まで減るのを認識しながら、セードーは小さく頷く。
そして振り返ると、妖精竜が四本の足で地面を踏みしめ、こちらを怒りの眼差しで睨みつけるところであった。
「……こいつも、やる気のようですね……」
「まったくだな、おい! 仕掛けてきたのは、そっちだってのによ!」
「……!」
全長は5メートルほどだろうか。少なくともサイクロプスよりは小さいが、それでもオーガなどよりははるかに大きい。
イベント告知の羊皮紙では愛くるしさを前面に押し出したかのように描かれていた妖精竜は、はっきりとした敵意を持って今セードー達と相対している。
その姿から感じるのは紛れもない威圧感であり、脅威であった。
「……当初の予定とはいささか異なりはするが……」
セードーは小さく呟きながらゆっくりと構えを取る。
「竜との戦闘……味あわせてもらおうか……!」
セードーが構えを取るのと同時に、妖精竜は大きく鳴き声を上げる。
天を引き裂くような鋭い鳴き声と共に、周囲に雷鳴がとどろいた。
その頃の異界探検隊
「ヒャッハァー! 妖精竜は消毒じゃぁ!!」
「消毒してどうする! ああ、こら、撃つなぁ! 燃えてる、毛皮燃えてる!」
「可哀そうだよリュージ! もっと違う方法で!」
「じゃあせめてテイミング取り直してこい! でなきゃペットタグ! あれ持って来い!」
「そんな高級品うちのギルドにゃないわよ!!」
「あー! 別の妖精竜がきたであります! なんか怒ってるであります!」
「ひょっとしてこの子の家族!?」
「上等ぉ! 諸共消毒して(ジュゥ」
「リュージが一瞬で消毒されたぁ!?」
現在苦戦中。




