Next log.イノセント・ワールド
―――イノセント・ワールド。
科学が発達し、マインド・ダイブと呼ばれる高度な技術が、子供の遊びにも応用できるようになった時代に、無数に存在するVRMMORPG……その一つである。
中世、あるいはファンタジーと呼ばれる世界観を基幹としたゲームで、この作品の最大の魅力は“自由度”とされている。
オープンワールドとして作成されたゲーム世界に侵入できない場所はなく、プレイヤーの行動にも……犯罪行為などを除けばだが……まったく制限はかからない。その気になれば、農業や鍛冶以外にも、プレイヤーやNPCを相手に商業を確立させることさえできる。何をするのもプレイヤー次第。あらゆる遊びのための場所と道具を提供する世界……それがイノセント・ワールドとも言われている。
十万、二十万もプレイしていれば御の字と呼ばれるVRMMO業界において、DAU(一日相当プレイ人数)が百万を超えていることからも、その人気の高さが窺えるだろう。
五年超、という長さのサービス期間も、世界中の人がこのゲームの存続を望むが故の長さだ。ほぼ無課金、メディア展開などを目指していないゲームのものとしては、驚異的と言える。
……そんな、数多あるVRMMOの中でも頂点に最も近いとされるゲームに、今日、また一人の少女が、初めてのログインを果たした――。
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「ふぁ……!」
少女が足元に重力を感じた瞬間、その体を賑やかな喧騒が包み込む。
突然の日の光に思わず瞳を閉じた彼女の頬を、優しく風が撫でてゆく。
風の中に混じるのは、深緑を思わせる若葉の香りばかりではない。おそらく、そこら中に広がっているであろう、露天が作った料理の香ばしい香りも、少女の鼻孔を擽った。
「安い安いお魚はいかがかなー!? ヴァナヘイムからの直送! ツキジ・エクスプレスの商品だよー!」
「お魚……サンマはないでありますか?」
「あーっと、すまない! サンマはないなぁ! 代わりにサバ・アジはどうだい!?」
「今日のデュエル、カードはどうなってんだっけ?」
「あら、知らないの? 闘者組合と異界探検隊よ?」
「レートは4:6……微妙な数字だな?」
「ああ、ほら。どっちも遺物兵装持ちだからな……」
「早く夜影竜のデュエル始まらないかな!?」
「私、閃光剣士の試合が見たーい!」
「……どっちもコブ付なのに、なんでそんなに熱くなれるの?」
街を行きかう人たちの活気が、熱となって少女の体を熱くする。
目の前に広がる光景。現実ではありえない風景。それでいて、当たり前の世界の姿。
少女は、一瞬でイノセント・ワールドという、一つの仮想空間の中へと飲まれていく。
「こ、これが……イノセント・ワールド……! わぁ……!」
少女は瞳を輝かせて、右を左を見回す。
そこの露店では武器を売っている。
少し視線を伸ばせば、魔法のお店だろうか? 古びた書店の姿が見える。
ちょっと後ろを見てみれば、小さくてふわふわした毛むくじゃらドラゴンと、店先で戯れている者の姿も見える。
なにをすべきか。でも、なにをしていいのか?
それが分からず、少女はもてあました興奮を地団太踏むような形で発散することしかできない。
「――そこの初心者さん! こちらをお向きなさい!」
「え? 私?」
そんな彼女に、声をかける姿があった。
思わず少女が振り返ると、そこにはチョウチョを模したようなマスクを被った、ゴスロリファッションの同い年くらいの少女と、その後ろに控える騎士っぽい格好をした少年の姿があった。
チョウチョのマスクを被った少女が両手を腰に当てながら、堂々たる姿で少女にこう告げる。
「ワタクシは初心者への幸運というものです! 貴女、このゲーム、初めてですわね!?」
「え、あ、はい。えーっと?」
高圧的……というほどではないが、それでも居丈高っぽいチョウチョ仮面の物腰と物言いを前に、少女は若干引いた。実際、一歩下がった。
そんな少女の様子を見て、少年がやや遠慮がちにチョウチョ仮面の袖を引いた。
「ちょっと、アンナちゃん……初心者で、しかも同い年なんだから、そのキャラ作りはまずいよ。あの子、ちょっと引いちゃってるし……」
「……だって仕方ないじゃないですの!? ワタクシ、ホントに顔も知らない人に声かけるの初めてなんですのよ!?」
「うん、僕も。アラーキー先生も割と無理難題言うよね……」
「“お前らもそろそろ初心者を導けるようになろうぜ、うん!”とか言うんですもの……! しかも、この子見つけてワタクシ達けしかけたら、そのままどこかへ行ってしまわれますし……!」
「最初の一回ぐらい、付いてきてくれると思ってたんだけど、そんなことぜんぜんなかったよね……」
「ううう……! ちょっと前に入った新入りと二人でとか、ソロで魔王攻略するような難易度じゃないですのー! アラーキーの鬼畜! 鬼!」
「……え、なにこれ? 新手のドッキリ?」
そのまま自分を無視してぼそぼそ話し合い始める二人を見て、少女はどうしたものかと辺りを見回す。
誰かどうか、助けを求められる人物がいやしないかと思ってのことだが、周りの人は三人の様子を気にする風でもない。
たまにプレイヤーらしい人がこちらを見てくれるが、チョウチョ仮面の方を見ると何かを納得したように頷いて、そのまま視線を外してしまう。
……まさかとは思うが、この即興出し物はいつものことなのだろうか。
「……どうしよう」
「あ、ほら。色々反応に困って固まっちゃってるよ、あの子……」
「そんな言うなら、貴方が何とかしなさいなランスロット! 元円卓の騎士のGMでしょう!?」
「お飾り看板GMだった僕に何期待してるの!?」
ついには涙目になりだしたチョウチョ仮面に押し出され、騎士っぽい少年が少女の前に立たされる。
初めこそは抵抗らしいことはしていたが、最終的には色々諦めて、少年は愛想笑いを浮かべながら、口を開いた。
「あー、えーっと、その……僕たち、初心者への幸運っていうギルドのプレイヤーなんだけど……」
「勧誘なら間に合ってます」
「あ、うん、ごめん。説得力がないと思うんだけど、そういうのじゃないの」
断固とした態度でNOを突き付ける少女の様子に、少年……ランスロットは慌てて手を振った。
「僕たちはー、そのー、初心者支援型ギルドでー……」
「初心者支援? なにそれ」
「えーっと、このゲーム、いろいろ自由ではあるんだけれど、導入用のプロローグクエスト周りが、なんていうか、不親切なんだ。だから、そういうので初見さんたちがつまずいたりしないよう、僕たちみたいなプレイヤーが、プロローグクエスト部分だけ代行してるんだ」
「プロローグ自体は、省略しても構わない、本当に基本的なことしか致しませんの。ワタクシも初めは真面目にプレイしてたんですけれど……生のイモで、挫折いたしましたの……」
「生? イモ? 何の話?」
「まんぷくゲージってわかるかな? 経験値を溜めるのに必要なゲージ。あれを溜めるための説明に、生のイモが出てくるんだ。それをそのまま食べろって……」
「え、なにそれ。生のおイモなんて食べられるわけないじゃない! ……あ、安納芋みたいなすごい甘い品種とか?」
「ううん。生のジャガイモ。僕持ってるんだけど、これ」
そう言って、ランスロットは土の付いたジャガイモを取り出す。
少女はそれを見て、ランスロットを見て、首を横に振った。
「……食べらんないよ、これ」
「いや、食べられることは食べられるんだよ。プレイヤーはすごいお腹が丈夫って設定だから。ただ、ものすごく美味しくないだけで」
「食べられないよ! 食べたくないよ、こんなの!」
「ワタクシも、同じこと言いましたわ……。なんとなく、ワタクシ達の存在理由、わかってくださいました?」
「うん、ちょっぴり」
ようやく少女は目の前の二人の存在を受け入れられた。
なるほど、生の芋を食えなどというクエストが存在するのであれば、こうしてプレイヤーがその部分だけを代行したがるというのもなんとなくわかる。
「とりあえずそれはわかったよ。……それで、貴方たちは?」
「ワタクシ達は初心者への幸運というもので」
「いや、それは聞いた」
「僕はランスロット。それで、こっちはアンナちゃん。二人とも、初心者への幸運の所属だよ」
アンナのボケを軽く流しつつ、自己紹介をするランスロット。
二人の名前を聞いた少女は何度か口の中で二人の名前を唱え、それから自分の名前を名乗った。
「私、ライト。ライト=ウェイ。よろしくね、二人とも」
「はい! よろしくお願いしますね、ライト!」
「ライト、ウェイ? ……まさかね」
少女、ライトの名を聞き、アンナは嬉しそうに彼女に握手を求める。
ライトがその握手に応じている間、ランスロットは微かに首をかしげるが、すぐに気を取り直してライトに向き直った。
「それじゃあ、ライトちゃん。まず、何をしてみたいかな?」
「え? なにをって……」
「ランスロット! 何も知らない初心者に、何をしたいなんてご法度ですわよ! 何をしていいのかもわからないのに、何をしたいだなんてバカじゃありませんの!?」
「いたい痛い!? いや、ゲームを始める前に、何かやりたいこととか考えてプレイするかなって思って! だったら、まずそこから始めたらとっかかりやすいかなって思って、いたい!?」
「あ、待ってアンナ。そのくらいで。ちょっとランスロットの頭がへこみそうだから」
バコシバコシとランスロットの頭を扇子で叩くアンナを、ライトは慌てて制止する。
結構えげつない音がしていたが、鉄でも仕込んであるのだろうか。
「まったくランスロットは……。まあ、意見自体は悪くないわね」
「なら叩くことないじゃない……」
「おだまりゃっ!」
「へぶしっ!?」
ランスロットに止めのソバットを叩き込んだアンナは、クルリと一回転して澄ました表情でライトを見つめる。
「……それで、ライトさん? 何か、見たいものとかありますかしら?」
「いや、急にそんな顔されても。えーっと……」
ライトはアンナの凶行に対する反応に困りながらも、自分が何をしたいかを考えてみる。
……と言っても、学校でも割と流行っていたゲームをようやく買ってもらえたところなので、何をしたいとかの希望があるわけではなかったのだが。
少しだけ考えて、そう正直に言おうと思い、ライトは口を開こうとする。
――その時だ。
「チェイリャァァァァァァァァァ!!!」
「うぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
裂帛の気迫。気合の一閃。響き渡る轟音。
衝撃が弾けるように散り、周りにいた人間たちが突如歓声を上げた。
「な、なになに!?」
慌ててライトは辺りを見回す。
思いのほか、二人と話し込んでいたため周りの様相が一変していたことに気が付かなかった。
辺りの出店はすっかり店じまいを完了し、代わりに設置されたのは観客席だろうか? 携帯に便利そうな長椅子が、そこかしこに設置されていた。
突然のことに戸惑うライトに対し、アンナと起き上がったランスロットは彼女の頭上を見上げてポツリとつぶやいた。
「……決闘開始、早くありませんの……?」
「うん……早い。覚えてた時間より早いよ……」
「ちなみに何分?」
「三十分くらい」
「決闘ってなによ!?」
ライトが涙目でそう質問すると、二人は無言で彼女の頭上を……より正確には彼女の背後上空で繰り広げられる光景を指差した。
「な、なになに!?」
ライトは素早く振り返り、上を見上げる。
そこでは、信じられない光景が繰り広げられていた。
「エエェェェイリャァァァァァァァ!!!」
「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
漆黒の装束が空を舞い、緋色の大剣が空を裂く。
交叉は一瞬。続きざまに鳴り響く轟音。
一体、何撃放たれたのか。連続した衝撃音、破裂音は幾重にも重なり、機関銃のような音を響かせた。
交叉した二人はそのまま空中で体を捻り――そのまま中空に立った。
いや、よく見れば、両者の足元……そして二人が戦う空間のあちこちに、目に見えないほど細いワイヤーが張り巡らされている。それを足場に、両者は戦っているのだ。
黒い装束で身を包んだ男、セードーは腕を組んで直立し、紅い大剣――焔王を担いだ男、リュージは古い時代のヤンキーのようにワイヤーの上に座り込んだ。
「――見事な鍛錬だ、リュージ。それほどの大剣を持って、あれだけの数の打ち込み……。お前が武術を修めていないというのが信じられないぞ」
「そりゃどーも。涼しい顔して全部受け流しておいてよく言うぜ。そっちこそ、ホントにその遺物兵装に威力補正ないのかよ?」
「ああ、ないぞ?」
そう言ってセードーは腕組みを解き、両手に付けた黒い手甲を示す。
彼が身に付けている手甲は、手首の当たりから、肘までをカバーしている。手首や肘の動きを邪魔せぬように、何枚かの装甲板を組み合わせており、実際腕組みも容易に可能だ。
飾り気もなく、面積も必要最低限……どこまでも実用重視で作られた、武術家のための手甲であることが窺える。
その表面を軽く撫でながら、セードーはリュージに語る。
「この手甲……夜影甲は、あくまで防具……。俺の武器は鍛え上げた五体であり、固めに固めたこの拳だ。装備による威力補正など、求めてはいない」
「それでこっちの肩鎧、ワンパンで吹っ飛ばすか? どんだけSTR重視だよ」
リュージは苦笑しながら、肩に手をやる。
彼が身に付けている胸部鎧、その左肩の部分が完全に欠け落ちていた。
「かすっただけで防具破損……。Lv的にゃかわんねぇハズなのに、かなわねぇなぁ」
「当たれば、こちらは一発でやられるのでな。初手より全力で当たらせてもらった」
風にたなびくマフラーの奥で、セードーの瞳が鋭く閃く。
「何より時間制限もある……。一切加減はせんぞ……」
「ヒデェ話だぜ。一試合、たったの三分。ボクシングでも、一応三倍の時間数だってのに」
リュージが苦笑しながら上を見上げる。二人が戦う場の上空には、電光掲示板上のものが浮かび、残りの試合時間を示すタイマーの役割を果たしていた。
タイマーが小さな電子音と共に、決闘の残り時間が半分を割ったことを示す。
「――っと、割と本気で時間ねぇな。一気に、かたぁ付けますかね」
リュージは言うなり赤い結晶を口にくわえ、焔王を両手でもって背に担ぐ。
そして歯で結晶を噛み砕き、溢れた炎を焔王に喰らわせ――。
「イグニッション!!」
「ならばこちらも……!」
言霊と共に、一気に力を開放する。
炎を纏い全力の構えを取るリュージを前にし、セードーもまた己の全霊を尽くさんとする。
「五体武装――」
だらりと両手を下し、セードーは全身から闇の波動を迸らせる。
闇衣であれば、それを纏い己の武器と為すのだが、今セードーが放ったスキルは違った。
少しずつ、少しずつ……闇の波動が形をなし、その姿を現し始める。
「――夜影竜……!」
セードーがその名を呼ばわると同時に、鎌首をもたげた夜影竜が、声なき咆哮を上げる。セードーの体より溢れる闇の波動から姿を現した夜影竜を前に、リュージは不敵に笑う。
「へへっ……前は驚きのあまり、一発ノックアウトだったが……今日は違うぜ……」
「リュージッ! 負けるんじゃないぞ!!」
観客席より高い位置にある、控え選手席からソフィアがリュージを見上げて声援を送る。
リュージは愛しのソフィアに振り返ることはなかったが、その声を受けて全身の炎を迸らせた。
「愛しい嫁の声援がぁ!! 俺の心を滾らせるぅ!! この勝負貰ったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「変わらんな、ホント……」
リュージの言葉に呆れつつも、セードーは己の拳を握りしめる。
「……悪いが、こちらも負けるつもりはない」
「セードー君! 頑張ってください!!」
ソフィアのいる反対側の控え席から、キキョウの声が上がる。
セードーもその声援を受け、夜影竜を滾らせた。
「キキョウも見ているのでな……! 勝たせてもらうぞ!!」
「上等!」
二人は同時に跳ぶ。
リュージは剣を。セードーは拳を。
「いくぞおらぁぁぁ!!」
「チェリャァァァァ!!」
同時に振り上げ、気勢と共に叩きつけ合う。
「大! れぇぇぇっかぁぁぁぁぁじぃぃぃぃぃんんんんん!!!!」
「龍咆!! せいけんづきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!!!!」
紅蓮を纏った大剣と、黒曜の龍と化した正拳が正面からぶつかり合い、辺りに紅と黒の入り混じった衝撃波を撒き散らす。
最大威力の技のぶつかり合いを前に、周囲の観客は歓声を上げた。
「――なに、あれ………」
目の前で巻き起こる超常的な戦いを前に、ライトは開いた口がふさがらない。
イノセント・ワールドは、もっとファンタジー的なゲームだと友人たちに聞いていたのだ。
だが今目の前で繰り広げられる戦いはファンタジーとは程遠い。どちらかと言えば、少年漫画的、特撮的戦いだ。
衝撃波の余波で張られていた糸が解け、それを張っていたらしい男性の悲鳴が上がる。
「うぉーい!? 人が一生懸命作った舞台を一瞬で台無しにしてくれてぇ!! お前ら裏方稼業に対してもっと言うことあるんじゃないかぁ、うん!?」
「でも、楽しいんでしょう? 裏方」
「楽しいさぁ、ちくしょー!!」
文句を言いつつ舞台修復に勤しむ男に、巫女服の女性がおかしそうに問いかけると力強い肯定が返ってくる。
それを尻目に、控え席に残るプレイヤーたちが上空で繰り広げられる戦いを眺めながら、ヤジを飛ばし始めた。
「はよ落とすか落とされるかせぇ、セードー! 次はワイや! そこのすまし顔吹っ飛ばしたるねん、はよ変われー!」
「吹っ飛ばされないさ! 逆に吹っ飛ばすよ!」
「フ、勇ましいな……。だが、こちらも負けん! 決着を付けよう、キキョウ!」
「もちろんです、ソフィアさん! 私も、負けませんよ!!」
「お前らいいよなぁ、ライバルがいて……。今日のあたしの相手どっちだよ?」
「私がします! いいよね、マコちゃん!?」
「別にあたしゃ構わないけど。勝ち目あるの、あんた?」
観客はそんな控え選手たちのやり取りを見て、また歓声を上げる。
さながら興業……プロレスか何かのような有様だ。
ここだけ切り取って、このゲームがファンタジーだと思う人間はいないだろう。
唖然となるライトの隣に立ち、アンナが憐れんだような表情になる。
「驚きました?」
「お、驚いたなんてもんじゃ……なんなの? これが、イノセント・ワールドだっていうの?」
「もちろん違いましてよ? これは、イノセント・ワールドで定期的に開催されている、マンスリーイベントの一環……」
「月一、一週間単位で行われるイベントの一つで、今月は“ギルド対抗決闘選手権”っていうのが開催されてるんだ。そのものずばり、ギルド間対抗決闘での獲得ポイントを競うイベント」
「ポイント獲得数が上位のギルドには、レアアイテムを始めとした豪華賞品が。上位にランクインせずとも、獲得ポイント数に応じた便利アイテムが手に入るというイベントで、ポイントが入るのはミッドガルド内と決まっていますの。おかげで、ここ数日のミッドガルドはあちらこちらがお祭り騒ぎのような様相を呈していますの」
「そ、そうなんだ……」
ひときわ強い歓声が上がる。どうやら、先の決闘に決着がついた様だ。
『おおっと、決着ぅぅぅ!! 竜斬兵、彼女の声援で頬が緩んじゃったかなぁー? 夜影竜の勝利だぁ!!』
「貴様カネレぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 人の黒歴史を穿り返すなぁぁぁぁぁ!!」
「あだ名で呼んだだけだろう……。ほら、次の選手のために場を開けるぞ」
「っしゃぁ! ジャンケン勝ったぁ!! レミ、出てこいやぁ!!」
「いっくよぉー!!」
ギターを喧しく鳴らすポンチョ姿の男の実況にリュージが吼え猛るが、体は動かずセードーに足を持って引きずられて退場。
次の試合の選手であるレミとサンが空中へと身を躍らせた。
それを見上げて、ライトはポツリとつぶやいた。
「……なんで、あんな楽しそうなんだろ」
「え?」
「……あんな……あんな風に、笑顔で暴力が振るえるなんて……」
メイスを振るうレミと、槍を振り回すサン。
どちらも満面の笑みを浮かべている。
そんな二人を見て、理解ができないと言わんばかりのライトに、ランスロットが静かに語りかける。
「……確かに、暴力的だよね。ああして、人に向けて武器を振り回すなんて」
「………」
「けど、あの人たちだって、本当に暴力を振るうのが好きなわけじゃないさ。今はそういうイベントが起こっていて、それに参加するにはああするのがルールになってる。だから、皆、笑顔で応援したり、戦ったりしてるんだ」
ランスロットの言葉に、ライトはいわく言い難い表情になる。
「……戦うのが、皆好きなの?」
「――そうではありませんわよ」
今度はアンナが前に出て、小さく笑ってこう語る。
「イノセント・ワールドは所詮ゲーム……。どこまでいっても作り物ですわ。……けれど、唯一作り物じゃない、本物がこのゲームにはあるんですの」
「本物……?」
「ええ……それは、皆と一緒に遊ぶということですわ!」
「このゲームはMMO……つまり、皆と一緒に遊ぶためのゲームなんだ」
繰り広げられる戦いの光景を背負い、二人は新しくこのゲームを始めた初心者に声をかける。
「ライトにとって、この光景は暴力的で、信じがたいものなんだよね……。そう思う気持ち、僕にも少しわかるよ」
「確かに今はマンスリーイベント……この決闘がイノセント・ワールドのメジャーですわ。けど、だからと言ってそれにいやいや従うのは良くありませんわ」
二人はゆっくりライトに向かって手を伸ばす。
「だから、僕たちと一緒に遊ぼう? イベントに参加するのばかりがこのゲームじゃない。いろんなダンジョンに潜ったり、現実では見られないような綺麗な景色を見たり」
「魔法を学んだり、武器を作ったり……お料理をしたり! このゲームなら、何でもできますわ! そのためのお手伝いをすることだって、できますもの!」
「………」
ライトは伸ばされた二つの手を見つめ、そして優しく微笑む二人の顔を見る。
「……私」
「「……ライト。貴方は、このゲームで、何をしたいんですか?」」
「――私、私ね?」
その問いかけに、ライトは答える。
小さく、しかしはっきりと、こう答える。
―二人と一緒に、遊びたいな……!―
___To be continue? →
遺物兵装・龍鱗鋼=夜影甲
カネレがセードーのために用意した、彼専用の遺物兵装。仕様上、トレードさえすればすべてのプレイヤーが使用できるが、その力を完全に引き出せるのはセードーのみである。
セードーの希望により、武器としての性能はないに等しく、純粋な防具として作られている。攻撃の威力増加やステータス強化などの機能もなく、防具として見た場合もセードーの現在Lvに見合ったものではあるが、遺物兵装としてみた場合は少々劣るステータスである。
この遺物兵装の真価は、セードーのスキルを進化させる“技巧進化”にある。
セードーの持っているすべてのスキルはこの技巧進化により、通常より一段階から二段階進化する。特に著しく進化するのは属性系スキルであり、五体武装・闇衣が進化した五体武装・夜影竜が最もわかりやすい進化例となる。
この夜影甲を入手したおかげで、セードーに夜影竜の二つ名がつくこととなった。




