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207/215

log207.消滅

 迸る闇の波動の奔流は、破壊音が遠ざかってゆくと、その勢いを失ってゆく。

 やがて振動も破壊音も静まり返り、アバロンの屋上にはぽっかりとした大穴だけが残された。


「………」


 ウォルフが慎重にその大穴を覗き込んでみると、そこが覗けないほどに深い縦穴が刻まれているのが分かった。

 アバロンの巨大さを考えれば、底が窺えないのはある程度納得できるが……。


「……セードー、どんだけ強なっとるんや、これ……?」

「おっかねぇな、オイ。これ、遺物兵装(アーティファクト)のスキルでも最上位クラスの破壊力だぞ?」


 ウォルフの隣に立ち、同じように穴を覗き込んだリュージがポツリとつぶやいた。


「シャドーマンと一緒に底までいっちまったわけだが……まあ、さすがにこれで終わるよな?」

「むしろ、これで終わらへんかったらどないすんねん。これ以上の火力が出せるのんが、他におるんかいな?」


 ウォルフが胡乱げに問いかけると、リュージは笑いながら肩をすくめた。


「いねぇなぁ。そうなると、あとはもう運営窓口に駆け込むくらいか? 皆で訴えてBANしてもらおうぜ!」

「そうなる前に、勝手にBANされとるやろ……」


 能天気ともいえそうなリュージの返答にウォルフが肩を落としながらため息をつく。

 ……と、その時だ。どこか遠くのほうで、何かが壊れる爆発音が響き渡った。


「――を?」

「なんだ今の?」


 二人が首を傾げる間に、爆発音は何度か響き渡る。

 その場にいる全員があちらこちらを見回しながら、音の出どころを探ろうとするが、場所が場所なのでアバロン全体の様子を窺うことも難しい。

 やがて爆発音は小さな音響だけを残して静まり返り――。


「………んぉ!?」


 突如、アバロン全体がガクリと下に下がった。

 唐突な浮遊感覚に、ウォルフは慌てて口元を抑える。


「うぉえ!? なん、今、アバロン!」

「落ちた……っていうか、今も落ちてないかこれ!?」


 リュージも慌てて地面に掴みかかるように堪えながら、大きな声で下がる。

 先ほどよりもはっきりと、アバロンが落下しているのがその場にいる全員に感じ取れた。

 風が吹き荒ぶ轟音が、下から上へと抜けていく辺り、今度こそアバロンは下へ向かって落下し始めたのだろう。

 アバロンの降下を感じ、ランスロットが怯えたような声を上げた。


「そ、そんな……! 難攻不落のアバロンが落ちるなんて……!」

「いったい何故だ!? アバロンのメイン動力は、設定上一千年以上持つはずなのに……!」


 続けてアスカが叫んだ言葉に反応し、エタナが悲鳴を上げる。


「アァー!? そうでした思い出しました!! アバロンのメイン動力、シャドーマンに破壊されてるんですよぉー!!」

「え、ちょ、それマジか!?」

「は、はい! 私たちがシャドーマンを発見した時……!」


 グラグラという揺れまで発生し始めたアバロンに耐えながら、キキョウはアラーキーに応えた。


「シャドーマンは、エンジンルームの大きな結晶を壊してたんです! その中にあった、何かエネルギーを吸収しているようでした……!」

「今にして思えば、アバロンのメイン動力全部吸収してたから、あの大暴れだったんですね!!」

「感心してる場合じゃないでしょう!?」

「おいおいおいおい! 現GMと元関係者! なんとかなんねーのか!?」


 サンは鋭く叫び現状の改善策を求めるが、ランスロットはもとよりアルトも浮かない顔色で首を横に振るばかりであった。


「す、すいません! 僕は、円卓の騎士(アーサーナイツ)の運営には、その……!」

「アバロンはメイン動力が死んだ際には、四基のサブ動力で飛行を続けます。当然、サブ動力ではアバロンを浮かせ続けることはできませんので、サブ動力が生きている間にアバロンを着地させる必要がある……というのがメイン動力停止イベントの際に判明している解決策なんですが……」


 今なお落下し続けるアバロンを体で感じながら、アルトは無念そうにため息をついた。


「……こうもはっきり落下しているとなると、サブ動力も死んでしまったと考えるべきでしょう。先の爆発音が、サブ動力の限界を告げる物だったのかもしれませんね」

「……ってことになれば、とっと脱出するのが吉じゃねぇの?」


 揺れ続けるアバロンにあって、何故か両足でまっすぐ立ちながら首を傾げるリュージ。

 そんな彼を見上げながら、アルトは小さく頷いた。


「そうですね。幸いにも、我々には脱出手段がありますし……今、アバロンがある座標は大半が海です。小島ないはずですし、被害は最小限で済むでしょう」

「……津波とか、大丈夫かしら?」

「もうその辺考えないようにしようか、うん」


 ミツキの不安げな発言を、アラーキーは首を振りながら遮り、音頭を取るように声を張り上げる。


「よし、それじゃあみんな脱出準備を――!」

「ま、待ってください!」


 脱出を促そうとするアラーキーを遮り、キキョウは大穴を指差す。


「セ、セードーさんがまだ穴の中に! 助けに行かないと!」

「あ、そうか! じゃあ……!」


 アラーキーはクルソルからフラムを呼び出す。


「よし! ミツキさん、皆を先導して脱出してくださいな!」

「アラーキーさんは!?」

「俺はセードーを助けに行きます!」


 アラーキーはさらにインベントリから即席義足なるアイテムを取出し、欠けた左足にはめ込む。


「こん中で一番Lvが高くてしぶといのは俺ですからねぇ! 何、脱出手段はフラムだけじゃないし、何とかなりますよ!」

「………」


 力強い笑みを浮かべてみせるアラーキーをじっと見つめていたミツキは、その瞳の中にある確信の色を信じて小さく頷く。


「……わかりました、お気を付けて」

「ええ! そんじゃお前ら先に逃げろよー!」


アラーキーは言うが早いか、インストラクターを使って穴の底へと降り始める。

 ミツキはそれを見送ると、アバロン屋上にいる全員に呼びかけを始めた。


「――それじゃあ、みなさん! 早く脱出を! アバロンはダンジョンのルールが適用されているようだから、ここから街へはワープできませんよ!」

「よし! アスカ、また乗せて――」

「すまんが、私の後ろはランスロット様の席になった」

「す、すいません……」

「おいぃぃぃ!?」

「吠えてないで、そっちの妖精竜(フェアリードラゴン)に乗ればいいじゃんか」

「ちょうど、アラーキーさんが減って、サンさんも乗れますしね! ……あまり喜ばしくはないですが」

「ちくしょー! けどふあふあ羽毛のドラゴンもいい!」

「楽しそうやな、自分……。さて、ワイもエリアルボードを……」


 各々脱出の準備を整え始める一行。

 その中で、キキョウは不安そうにセードーが消えた大穴を見つめる。


「……セードーさん……」


 あれほど深い大穴だ、彼がすぐに出てこれないのも仕方ないかもしれない。

 だが、もはや完全に崩壊しきったアバロンに彼を残して脱出するのも憚られた。

 ギリギリまで、待とうか……。そう考え始めたキキョウの肩を、ミツキが優しく叩く。


「キキョウちゃん」

「ミツキさん……」

「気持ちはわかるわ。けど、今脱出しなければ、逆に彼らの足を引っ張ることになるわ」

「………」


 ミツキは真剣な表情で、キキョウを諭す。

 セードーには、エリアルボードが。そしてアラーキーはインベントリに個人用の脱出用道具くらいは忍ばせているだろう。

 だが、キキョウにはそう言った特殊なアイテムの持ち合わせはない。彼らの持ち物が、人間二人の使用に耐えうるとも限らない。


「………」


 キキョウは大穴を見つめるが、ミツキはキキョウの肩に置いた手に力を込める。


「キキョウちゃん」


 呼びかける声の中に、微かに硬いものが混じる。

 おそらく、聞き分けなければ力尽くなのだろう。

 キキョウはそれを察し、小さく頷いた。


「……わかりました……」

「……なら、急ぎましょう。フラムちゃんが、勝手に飛び立つ前に」


 ミツキはそう言って、キキョウの手を取って引っ張り始める。

 やや強引にその場を連れ出され、後ろ髪を引かれるような思いをしながら、キキョウは呟いた。


「セードーさん……どうか、ご無事で」


 キキョウのその小さな呟きは、崩壊を始めるアバロンの中へと消えていった。






_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/






「ウグ……アァ……」


 アバロン最深部。メイン動力を供給するための、エンジンルーム。

 シャドーマンが全身の激痛から目覚めたときには、そこまで押し戻されていた。

 カクンと首を上に上げると、途方もない縦穴が天井に開いており、小さな米粒のような空がそこから覗いていた。


「アー……ウー……」


 全身に響く痛みと倦怠感。そして、一番初めの場所まで戻されてしまったという事実に辟易し唸り声を上げるシャドーマン。

 そんな彼の傍に、ゆっくりと歩いてくる人影があった。


「ウー……」

「目を覚ましたか」


 気だるげにシャドーマンがそちらに視線を向けると、闇の中から現れたのはセードーと呼ばれる戦士であった。

 すでに全身を覆っていた漆黒のオーラは消え去り、彼自身もここまでシャドーマンを押し込むのに無傷とはいかなかったのか全身に細かい傷を負いながらも、しっかりと両足で歩きシャドーマンへと近づくセードー。

 その歩みは、セードーとシャドーマン、その両者の手が届く位置で止まった。


「………」

「………」


 涼しげな顔で自身を見下ろすセードーを、シャドーマンは一生懸命に睨みつける。


「……ウー」

「何か、言いたそうだな」


 唸り声の中に含まれる感情を読み取り、そう問いかけるセードー。

 そんな彼に、シャドーマンは吼えた。


「オマエノセイデ、モウアソベナイ! モウ、オレノカラダハボロボロダ!!」


 そう叫ぶシャドーマンに、セードーは軽く肩をすくめてみせる。


「それを自業自得という。お前は多くのことを学び……そして、多くの知識を喰らった。その過程で、どれだけの人を喰らい尽くした?」

「ワカンナイ! カゾエテナイ!」

「だろうな。だが、それだけ積み重ねていたのだ。人を呪わば穴二つ……己の為してきた行為は、それだけの威力をもってお前に跳ね返ってきたわけだ」

「ウー!」


 セードーの言葉に、シャドーマンは納得がいかないとでも言いたげに体を動かす。

 と言っても、もう体力もないのかじたばたと体をうごめかすばかりであったが。

 そんな幼子としか思えないシャドーマンを見て、セードーはやれやれとでも言いたげにため息をついた。


「……ハァ。今にして思えば、あの時、お前を殺さねばならんと感じた理由は、無知ゆえの殺意が理由だったか」


 何も知らぬが故、あらゆる全てへ向けられた殺意。何の区別も知らぬそれを前に、セードーは直感で止めねばならぬと感じた。

 意志なき殺意は……ただの暴力にしかならない。糧を得るためでもない、己のためでもない、そんな殺意を……セードーはただ止めねばならぬと感じたのだ。

 だが、今目の前に倒れているシャドーマンから、そんな気配は感じない。むしろ、今のシャドーマンから感じるのは――。


「ウー! オレハシニタクナイ! モットアソブ!」

「そうか」


 セードーは軽く頷くと、掌を差し出す。


「なら、手を取れシャドーマン。そんななりでは、立ち上がるのも難儀だろう」

「ウー! ……ウ?」

「何が理由かは知らんが、アバロン自体が壊れ始めている。このままだと、確実に死ぬぞ」


 遠くから聞こえてくる爆発音や、アバロン全体の揺れを感じつつ、セードーはシャドーマンに手を差し伸べる。


「死にたくないなら、手を取れ」

「……ウー」


 シャドーマンはセードーの掌を見つめ唸りながら、その意図が読めぬとでもいうように首を傾げた。


「……テヲ、トル? ナンデ?」

「死にたいのか?」

「シニタクナイ」

「なら手を取れ。助けてやる」

「タスケ、ル? ナンデ?」

「死なせたくないと思ったからだ」

「ナンデ? サッキマデ、コロスツモリダッタ」


 シャドーマンの言葉に、小さく頷く。


「ああ」

「ナラ、ナンデタスケル?」

「……そうだな」


 シャドーマンの問いに、セードーはこう答えた。


「例え敵でも、戦いが終われば友となる……という奴か」

「……トモ?」

「ああ。強敵と書いて、友と読む、という奴だ」


 セードーは、もうすでにシャドーマンから脅威を感じていなかった。

 確かに、やりすぎたろう。先の戦いの中、不可解な方法でアラーキーにリュージ、そしてセードーに激痛を与えたのは確かだ。

 だが、戦いの最中、シャドーマンはセードーの攻撃によって痛みを知り、死にたくないと叫び、防御に徹した。それは、シャドーマンの中に恐れが生まれたということだろう。

 痛みと恐れを知れば、その先や違うものも学べるだろう。


「……トモ……ダチ?」

「まあ、そういうことだな」


 シャドーマンが知らぬだけだというならば……教えてゆくことはできるはずだ。

 師がそうしたように……何か道を示してやることはできるだろう。


「無為に殺すばかりが戦いではない……。戦うことを……互いを知ることを通じて、友となれる。そんな道もある」

「………」


 今のシャドーマンは、無垢な子供ようにセードーには感じられた。

 なら……殺す必要もない。教えていけばいい。彼が、知らないことを。


「……トモ…ダチ」

「ああ、そうだ」

「――トモダチ!」


 シャドーマンは繰り返し、笑みを浮かべ、セードーの手を取ろうとする。

 だが、それは叶わなかった。


「「……あ」」


 セードーの手を取ろうとした、シャドーマンの手が光の泡となって消えたのだ。

 互いに呆けたような表情で、消えたシャドーマンの手を見つめる。

 ……いや、手だけではない。

 肩。足。頭。

 シャドーマンの全身から光の泡が立ちのぼり、そして少しずつシャドーマンの体が消え始めたのだ。


「ア、ア……」


 体が消えていくことに戸惑いを覚えるシャドーマン。

 その瞳に浮かぶのは、小さな恐怖。せっかく覚えた新しい道を前に躓いてしまうことに対する恐怖が、はっきりと浮かんでいた。


「………っ」


 セードーはそんなシャドーマンの姿を見て、微かに歯を食いしばり。


「……シャドーマン」


 そして、シャドーマンの目を見る。

 もうすでに、消滅が首まで迫っているシャドーマンは恐怖に満ちた目で、セードーを見つめ返した。

 そんなシャドーマンの目を見て、セードーははっきりとこう言った。


「……また、会おう。この世界のどこかで」


 離別の言葉ではなく、再会の約束。

 消滅の恐怖に怯える友にしてやれる、最後のことだ。

 シャドーマンはセードーの言葉を聞き――。


「――ウン! マタ、ドコカデ!!」


 強く頷き、笑顔で消えてゆく。

 笑顔のまま、光の泡の一粒まで消え去ったシャドーマン。

 彼がいた場所を見下ろし、セードーはポツリとつぶやいた。


「……死を、超える。その、何と難しい事よ……」

「――おぉーい、セードォー!!」


 俯くセードーの元に、アラーキーが降り立つ。

 義足をえっちらおっちらと引きずりながら辺りを窺うアラーキーは、セードーに向けて訊ねた。


「シャドーマンは!?」

「――たった今、消えたところです」


 シャドーマンのいた場所を見下ろしながら、セードーは立ち上がる。


「……惜しい奴を亡くしました」

「惜しい?」

「ええ。あれ程に向上心に満ち溢れた輩は、そうはいない……。ひょっとしたら、頼もしい存在にもなりえたかもしれませんね……」

「……? そうか。まあ、ひょっとしたらまた会えるかもしれんし、そう気を落とすな」


 セードーの言っていることの意味は分からなかったアラーキーだが、とりあえずそう慰め、セードーに天井を指し示す。


「……それより、今は脱出だ! ここはダンジョン扱いだから、ワープはできないぞ!」

「ええ、了解です」


 セードーはエリアルボードを取出し、脱出の準備を整える。

 その胸に……生まれ落ちたばかりの命を取り落した重さを感じながら。




トモ、ダチ。


ハジメテノ、トモダチ。


モット、アソビタカッタ、ナァ……。

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