log206.決着
「やった……!」
小さく歓声を上げたのは、ランスロット。
天を突くようにシャドーマンの体を貫くセードーの手刀。
「………っ!!」
己の心臓を貫かれ、シャドーマンは目を剥き、両手足をだらりと力なくぶら下げている。
血の代わりに白い輝きが、セードーの手刀が突き刺さった場所からぽろぽろと零れ始めた。
「………」
セードーは己が手にかけた相手を、ただじっと静かに見据えている。
まっすぐ伸ばした手刀を抜くことなく、まるでシャドーマンが次にどう出るかを窺っているようにも見える。
心臓を貫かれ、もはやシャドーマンは再び動くことなど――。
「―――ぅ、ァ」
――できない。できるわけがない。そのはずだった。
だが己の体を、真芯を貫かれた激痛の中で、シャドーマンは微かに体を動かす。
人差し指がピクリと動き、見開かれた両目の中に微かな輝きが蘇る。
口から微かに苦悶の呻きが零れる。もはや、まともに発声することも叶わないのだろうか。
シャドーマンの瞳が揺れ動きながらもセードーを捉え、その拳が弱々しくも何とか固められてゆく。
「――ウゥ……アァァァァァ!」
シャドーマンは残る全霊を振り絞るかのように声を上げ、固めた拳を振り上げる。
体が動くたび、突き刺さったままの手刀が動き体に激痛を与えてゆくが、それさえかまわずシャドーマンは拳を振り抜かんとする。
「――五体武装ッ!!」
次の瞬間、セードーは己が最も頼りにするスキルを解き放つ。
全身から闇の波動を発し、それを己の武具とする五体武装・闇衣。
セードーが解き放ったそれがシャドーマンの身を打ち、決死の一撃を凌ぐ。
「ウグァ!?」
「――シャドーマン」
セードーは夥しい量の闇の波動を纏いながら、静かにシャドーマンへと語りかけ始める。
「この世界に生まれ落ち、貴様は生を知った。生きるためには、何かを喰らわねばならない。それは真理だろう」
「ア、ガ……!」
押し寄せる闇の波動を前に、シャドーマンはセードーへ返答を返すことすらままならない。
セードーはシャドーマンの返事を待つことなく、先を続けた。
「だが、それだけでは駄目だ、シャドーマン。それでは知っただけだ……理解したことにはならない」
「………!?」
「何かを喰らうのであれば、何かが失われる。そのこと知らねばならない……」
セードーが身に纏う闇の波動、その勢いが徐々に増す。
さながら炎か竜巻か。彼の纏う波動は、生き物のように蠢き、激しく脈動する。
「ナ、ナニヲ……!?」
「知るがいい、シャドーマン!! 己が喰らうときは、等しく己が喰われるということを!!」
セードーは叫び、さらに闇の波動を迸らせる。
「さあ、出番だ!! 喰らい尽くすがいい――!」
彼の纏う波動が、少しずつ何かの形を成してゆく。
鋭い牙。熱い鱗。長い口――。
それはさながら、口伝で言い伝えられる伝説の生き物――。
「――夜影竜よっ!!」
「―――!!」
――龍そのものであった。
シャドーマンを丸呑みにせんとばかりにアギトを開いた夜影竜が、セードーの体の中から溢れ、今シャドーマンの体を捉える。
「オオオォォォォウリャァァァァァァァァァ!!!!」
裂帛の気勢と共に、シャドーマンの体が宙に浮かび上がる。
セードーの体から解き放たれた夜影竜が、天へと昇りシャドーマンの体を打ち砕こうとしているのだ。
夜影竜が天へと昇る光景を見て、ランスロットがさらに歓声を上げた。
「すごい……! すごいです、セードーさん! もうあんな必殺技が使えるんですね!!」
「え、ちょう待って。なんで? あないなスキル、セードー覚えてたん?」
逆に愕然としているのはウォルフだった。
まあ、当然と言えば当然だろう。セードーとは四六時中プレイを共にしている。だが、セードーがあんな龍召喚の必殺スキルを覚えているなど一言も聞いたことがないのだ。
あんぐり口を開けている彼の隣で、カネレがポロンとギターを一鳴らしした。
「あれも、このイベントの効果の一環だよ~♪」
「おおっ! やはりこれは、何らかの特殊イベントなのですね!」
カネレの一言を聞いて、エタナが勢いよく食いつく。
クルソルを手帳に持ち替え、エタナはカネレへと近づいていった。
「これがイベントで、その効果の一環ということは、セードーさんの身に何が起こったのでしょうか!?」
「それはまだ秘密~♪ ネタばらしは全部終わってからの方が、楽しいでしょ~♪」
「あぁん、いけずです! そう言わずに、教えてくださいよぉー!」
エタナはカネレの肩を掴んでガクガクと前後に揺すり始める。よほど彼の言葉が気になっているようだ。
激しく揺さぶられながらも、カネレは余裕の表情で首を横に振った。
「あっはっは~。まだイベントは終わってないよ~? そんな、気を抜いていていいのかな~?」
「何を言います! あの必殺技を喰らって、シャドーマンが無事でいるはずがないでしょう! これで終わり――」
エタナはそう言って、天に昇る夜影竜を指差す。
瞬く間に駆け抜けた夜影竜……その牙にかかったままのシャドーマンは、身動きもとれぬままにその体を――。
「――あっ!?」
その時。驚きの声を上げたのは誰だっただろうか。
あるいは、その場にいた全員だったのか。
龍の牙に捕えられていたはずのシャドーマンの体が、ポロリと夜影竜の鼻先から零れ落ちたのだ。
シャドーマンの体力が尽き、夜影竜が捕え続ける意味がなくなったのだろうか? あるいは、昇龍の勢いが強すぎるせいで、シャドーマンの体が牙から抜け落ちたのか?
――いや。
「―――シィ」
誰もがはっきりと見た。シャドーマンが笑ったのを。
龍の牙からシャドーマンが抜けたのではない……。シャドーマンが、龍の牙から脱出したのだ。
あの土壇場、ほとんど力も入らないような状況から、シャドーマンは己の危機を脱してみせたのだ。
龍は零れ落ちたシャドーマンに気が付いてかつかずか、そのまま天へと昇り続けていってしまう。
「あの野郎……!」
「まだ動けるの……!?」
シャドーマンの生命力に、サンとミツキが驚嘆の声を上げる。
心臓を貫かれ、闇の波動に身を晒され、それでもなお、シャドーマンは戦う意思を見せているのだ。
シャドーマンは空中で体を捻り、地面の方を見る。夜影竜を解き放ったセードーの方を。
輝き始めるシャドーマンの右腕。先ほどから放っている怪光線を、セードーへと解き放つつもりだろうか。
「! セードーさんっ!!」
キキョウは素早く視線を夜影竜が解き放たれた場所へと向ける。
あれだけの大技を放った後だ。スキル後硬直が発生し、セードーの体が動けない可能性が極めて高い。そんな状態で、シャドーマンの一撃を喰らってしまえば、今度こそセードーの体がこの場から消え去ってしまう。しかもリスポンするのではなく、シャドーマンの手によって。
今から飛べば、シャドーマンが攻撃するより早くセードーを救うことができる。
キキョウは、光陰流舞を発動しセードーを助けようとする。
「―――え?」
だが、彼がいるはずの場所を見て、キキョウは呆けたような声を上げた。
「………?」
キキョウと同じ場所を見て、シャドーマンもまたぽかんとした表情をその顔に浮かべていた。
セードーが夜影竜を解き放った場所……先ほどまでセードーが立っていた場所に、彼の姿がないのだ。
龍が昇り始めた場所は、闇の波動の影響か、まるで波紋が広がるようにいくつもの同心円の破壊跡が生まれていた。
だが、その中心にいるべきセードーの姿が見当たらない。
「―――ッ」
シャドーマンは緩やかに降下しながらアバロンの屋上を見回す。
その場にいる者たちは、それぞれにシャドーマンを見上げたり、セードーがいないことに気がついたりしているが、その中にもセードーの姿はない。
一体、どこに消えたのか? 彼にも、何らかの瞬間移動スキルがあったのだろうか?
アバロン屋上へと落下し続けるシャドーマン。月明かりに照らされている彼に、突然影が差した。
「―――あ!」
また、誰かが声を上げる。その声に反応し、誰もがシャドーマンを……より正確にはその頭上を見上げ、そして声を上げた。
「龍が……!」
「戻ってきてる!!」
「っ!」
シャドーマンは天を見上げる。
己の体を喰い破らんと天へ昇り続けていた龍が、今度は自分めがけて降りてきたのだ。
シャドーマンめがけて突っ込んでくる龍の口が、声なき咆哮と共に開く。
「――外法式無銘空手――!」
その中に、彼がいた。
五指を曲げ、固く握りしめ。
脇を引き締め、腕を引き。
まっすぐに、己を見据え。
「――奥義・仮初――!」
その身に龍を纏い。
漆黒の気迫を滾らせ。
天より下り、駆け抜け。
「――夜龍・羅刹・断劾撃ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「―――――っ!?!?!?」
必殺の一撃を、シャドーマンへと叩き込んだ。
重力の落下。身に纏った龍の波動。固めた拳。
それらすべてが入り混じったその一撃は、シャドーマンの五体に深くめり込む。
シャドーマンの体を打ち抜いた衝撃が輪のように広がるのが見えた、次の瞬間には二人の体はアバロンの屋上へと激突。
「オオオオオォォォォォォォォォ!!!!」
だが、それでは止まらぬと言わんばかりにセードーの気勢が迸る。
大気を震わせ、アバロンを揺らし、漆黒の龍はその身に宿る力をすべて解き放たんとする。
「―――!?」
誰かが悲鳴を上げるが、それは龍のあげる破壊の咆哮に打ち消される。
あるいはそれは、シャドーマンのものだったのだろうか?
だが、その悲鳴の主が誰なのかはっきりする前に、闇が再び天を衝く。
セードーとシャドーマンが激突した地点を中心に、闇の波動が吹き上がり、アバロンの屋上に十字に罅を入れる。
戦いの決着をつける鐘の音の代わりに、アバロンの屋上は破壊の悲鳴をけたたましく上げた。




