log205.一撃必殺
シャドーマンの体から吹き上げた炎が天を突き、夜空を焦がし赤色に染め上げてゆく。
その焔柱の中から飛び上がるようにリュージの姿が現れる。
「ハッハァー!」
愉快そうに歓声を上げながら空中で何回転か決めた後、リュージは器用に手と足でアバロン屋上へと着地する。
なかなか見事な受け身技術だ。炎の突き上げる勢いで弾き飛ばされたリュージの体は地上三階分は上がっていた。そこからクッションなしで着地するのは、ステータスが伴っていても難しいだろう。
セードーはそんなリュージを見ながら、感嘆の吐息を吐いた。
「見事……」
『アァァァッツゥゥゥゥイヨォォォォォォォォ!!??』
その吐息を吹き飛ばすように、焔柱を蹴散らして、シャドーマンが暴れはじめる。
鋏の片方が根元からはじけ飛び、さらにもう片方も刃の一片がへし折れ、駆け抜けようとバタバタ動く足も、不恰好に欠け落ちている。
全身の甲殻はもはやベコベコに歪み、大きく裂けたその隙間から驚くほど白い光が覗いている。
それを見て、セードーは己の心臓を貫いた時のシャドーマンの掌を思い出す。
「あの光……」
「かったいはずだねぇ……。シャドーマン、残ったデータ全部防御にツッコんだのね!」
カネレはニヤリと笑いながら、ジャカジャカとひたすらにギターをかき鳴らし始める。
キィィィン……と小さな耳鳴り音のような物が聞こえ始め、彼の目の前に小さな光球が生まれた。
「けれども甲殻を完全に再現しきれてなかったから、中をデータで埋め込んだわけだ……! 計算上、物理的破壊力を発揮できない僕らじゃ壊せないわけだ……!」
カネレはひたすらにギターを鳴らす。
そのたび、彼の目の前にある光球が大きくなり、耳鳴り音も高鳴ってゆく。
やがて辺りの全てを飲み込むようなジェット音と共に、けたたまし稲光を発す光球を生み出したカネレは高らかに吼える。
「けぇどぉ!! その防御は、計算上の破壊力に弱い!! 竜騎兵の火力が勝利の鍵さ!!」
「今なんぞ不愉快な――!!」
「落ち着けリュージ」
焔王片手にカネレを殴りに向かうリュージを、セードーは素早くひっ捕まえる。
自身の肩を掠める焔王に身を竦ませながら、カネレは必殺の一撃を放った。
「おぉう!? 前口上なしでいかないと危険が危ない! プゥラズマァァァァァ!! ブレェェェェスゥゥゥゥゥゥ!!!!」
空を裂く轟音と共に、光球が弾け、光の柱がシャドーマンの体に突き刺さる。
『ウワァァァァァァァァァ!!??』
シャドーマンの悲鳴と共にプラズマブレスは巨大甲殻類の体を貫通し、残った甲殻の半分ほどを吹き飛ばす。
シャドーマンが入っていると思しきこぶこそ残っているが、巨大甲殻類はその中身である白い輝きを大きく晒し、ふらふらと頼りなく体を動かすばかりとなった。
カネレはシャドーマンの体が動くのを見て、ショックを受けたように額を叩く。
「あーっとぉ!? 思いのほか脆かったぁ! 今ので一発ダウンだと思ったのにぃ!」
「手ぬるい! ぶち壊すなら――!!」
エイスは鋭く叫びながら前に出る。
素早く手印を結び、長い長い呪文詠唱を瞬く間に終わらせ。
「――このぐらいやれぇ!!」
一撃で、シャドーマンの全身を凍てつかせてしまった。
白い輝きを封じるような、蒼が生まれ、一つの彫刻としてその場に君臨する。
エイスはさらに手印を結び、氷の棺を打ち砕かんとする。
だが、それを遮るような鋭い気勢が、はるか後方から響き渡る。
「―――ッッッシャアァァァァァラァァァァァァァァァァァ…………!!」
「!?」
背後からでも体を突くような気迫を受け、エイスは思わず振り返る。
だが、声を上げた本人――ウォルフの姿を見ることは叶わない。
疾空路まで使って距離を稼ぎ、ソニックボディがマッハボディへと昇華するまで時間を稼ぎ、音速の領域へと至った彼の拳は、瞬きも許さずシャドーマンへと突き迫る。
「マッハサイクロンンン!!! ナッコォォォォォォォォォォォ!!!!!」
『キャァァァァァァァァァ!?』
その場にいたものが見れたのは、シャドーマンの体が氷の棺ごと打ち砕かれる姿。
無音のままに砕け散り、数瞬遅れて音と衝撃波を伝えたその一撃は、シャドーマンの入っているこぶを真上へと跳ね上げた。
およそ、三分の一だろうか。まだ多量の氷を身に纏ったシャドーマンは、ゆるゆるとアバロンの屋上へと落下してゆき。
「――ウィング・セイバー!!」
一対の、白い羽根の剣を携えたアスカによってその身を捕捉される。
両手に持っていたショートソードの刀身を、白銀の羽根へと変じ、空を飛翔するアスカ。
先のウォルフの一撃には及ばずとも、霞むほどの速度を持ってアスカはシャドーマンを削ってゆく。
「ヤァァァァァ!!」
一閃。二閃。三閃。
美しき羽根の刃が振るわれるたび、シャドーマンの身を包む氷は削り取られてゆく。
『イヤ、ダ! マダ、マダ……!!』
やがてその身を包むコブに、薄氷が僅かに付着する程度まで削りとり。
「ハァァァァァァ!!」
アスカは止めとばかりに両手の剣を振り下ろし、シャドーマンの体を叩き落とした。
鋭い斬撃音と共に落下してゆくシャドーマンの体を追い、キキョウとサンが駆け出してゆく。
「サンちゃん! 私が援護しますから、思いっきりやってください!!」
「おうさ! さっきぶっ飛ばされた分、ばっちりお返ししてやるぜぇ!!」
地面に叩きつけられ、コブに残った残った薄氷が砕け散る。
『ウギャァ!?』
もはやその身を守っていた甲殻類はいないが、コブにはまだうっすらとひびが入っている程度であった。
おそらく身を守る最終手段となるのが今、シャドーマンが身に纏っているこぶ……。一際頑丈に作られているのだろう。
その砦を打ち砕くべく、サンが力強く踏み込んでゆく。
「行くぜぇぇぇぇぇぇ!! 貼――!!」
その背を追いかけていたキキョウが、棍を背負いながらスキルを発動。
「光陰幻武!!」
その身を五つに分け、サンに先行するようにシャドーマンのこぶの周囲に跳んでゆく。
キキョウの分身がシャドーマンを包囲し終えたタイミングを見計らい、サンは轟音とともに震脚を踏みしめる。
「山――!!」
キキョウの一人がその背に手を触れ、インパクトの瞬間を見計らい、スキルを準備し。
「コォォォォォォォォ!!!!」
「「「「「光陰流舞!!」」」」」
サンの渾身の一撃が発動の同時に、その体を転移。
五人がバトンを渡すようにサンの体を転移し続け、シャドーマンの周囲をサンの体が一瞬で飛び回り。
『――――!?』
シャドーマンの悲鳴さえ掻き消す轟音と共に、辺りに衝撃を伝えた。
空気を振るうサンの五連貼山靠を前に、エタナはクルソルのシャッターを切りながらも恐れ戦いた。
「なんですか今のぉー!?」
「攻撃の瞬間をワープで増やしたの!? そ、そんなの、ありですかぁ!?」
その隣で震えていたランスロットも、今は別の意味で体を震わせる。
あまりにも常識はずれの攻撃法だ。キキョウの光陰流舞は一瞬でワープする移動技……それをスキルが使える分身技である光陰幻武と合わせて使用し、一瞬ではあるもののサンの体を五つに増やし、その必殺の一撃を五回一度にシャドーマンにぶち当てて見せたのだ。
遠くでミツキに肩を借りながらそれを見ていたアラーキーは、ごくりとつばを飲み込む。
「いや、理論上は言われちゃいたが……それを実行に移してみせるってなぁ、どういう技量なんだ、うん……」
「――杖術は、棒という武器の特性上、多面的な攻めが可能な武術……それゆえ、間合いや攻撃の間などを測る力が鍛えられていたのでしょう」
今までにない力を見せるキキョウの背中を見つめながら、ミツキは楽しそうに微笑んだ。
「そしてキキョウちゃんは、きっと誰かと一緒に戦うことで最も力を発揮する子ですから、あの必殺技も一発で決められたんですよ」
「へぇ……って練習なしですか!? どんだけ!?」
今のがぶっつけ本番であるらしいことを悟り、エタナは目を剥いた。
あまりにも、ありえない。あんな技を一発で成功させたこともそうだが、ぶっつけであんな技を使ってみようと考えるのも、ありえない。
「常識はずれな逸般人も、ここまで来るといっそ天晴ですね……」
「――あ!?」
エタナがぐったり肩を落とすと、ランスロットが悲鳴を上げる。
一体何事かと顔を上げてみれば、シャドーマンがこぶの中から飛び出し、サンたちの頭上を大きく跳び越えたところであった。
シャドーマンは先の一撃を受けたとは思えないほど身軽な挙動で大きく跳びあがり、アバロンの屋上に着地したところであった。
『クッソ……!』
「……え!? まさか、効いてないんですか……!?」
シャドーマンの動きを見て、エタナも悲鳴を上げる。体の節々が白く輝いているシャドーマンは、地面に着地しキキョウたちの方を睨みつける、
サンとキキョウの力を合わせた一撃……それを喰らった甲殻のこぶはシャドーマンが抜けだしたときにバラバラに砕け散っている。
最初にシャドーマンを襲った手榴弾連鎖爆破など比較にならないほどの衝撃がシャドーマンに集中したはずだというのに……シャドーマンはまだ動くのか。
その事実に慄くエタナ。だが、アラーキーはそんなエタナにこう言った。
「何、気にすんなエタナちゃん! 動けるっつっても、もうこれで終わりだよ」
「で、でも! あんなの喰らって動けるシャドーマンを誰が一体――!」
「終わりなのさ、もう」
慌てふためくエタナに、アラーキーは穏やかな表情で一方を指し示す。
「もう……シャドーマンの身を守る防具はない。それで十分なのさ」
「ええ、そうですね。これで、彼の拳がシャドーマンに届くのですから」
「え――」
エタナは一瞬何のことか首を傾げ――。
「――チィィエェェイストォォォォォォォォォォォ!!!!」
「っ!」
空を裂く裂帛の気勢を耳にし、慌ててそちらの方を向く。
声の主は、セードー。
地面に着地したシャドーマンに追いつき、その頭上から拳鎚を振り下ろしたのだろう。地面に叩きつけられたシャドーマンが、鈍い音を立てて空中へと跳ね上がるところであった。
「アグゥ……!?」
「はぁぁぁ……!」
クルクルと宙を舞うシャドーマンを前に、セードーは大きく腕を回す。
ぐるりと円を描くように固めた拳を回し、それぞれの腕で半円を描く。
「――オオオォォォォリャァァァァァァァァァ!!!!」
そして、描き終えた両腕を一瞬腰に引き、そのまま宙に浮かぶシャドーマンの体を無数の拳で打ち据える。
それはさながら嵐。拳の嵐が、シャドーマンの体を逃がさぬよう、その身を捉え宙に浮かび続けさせる。
嵐に捉えられたシャドーマンは何とか打ちつけられる拳をガードしようと腕を上げるが、そんなものは嵐の前には何の役にも立たない。体に残った微かな白い輝きさえ、セードーが纏う漆黒のオーラに吹き散らされ、その身から失ってゆく。
「ウグァァァ……!?」
「シャドーマン!!」
無数の拳の乱撃は唐突に止む。
拳の嵐によって上へ上へと運ばれたシャドーマンの体が己の頭上を越えたとき、セードーは拳を打つのではなく、一度に引いた。
「先にもらった、胸の傷――!!」
そして引いた右手を鋭く手刀に構え、露わとなったシャドーマンの上体を見据える。
「今、返すぞぉぉぉぉぉぉ!!!」
シャドーマンの体が、緩やかに下降を始める。
その瞬間、目にもとまらぬ素早さで繰り出されたセードーの手刀が、シャドーマンの心臓を貫いた。
「チェイリャァァァァァァァ!!!」
「アッガァァァァ!!??」
己の心臓を貫かれ、シャドーマンは痛々しげな悲鳴を上げた。




