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203/215

log203.変容

 ――巨大な一対の鋏と三対の足を持つ、巨大甲殻類の姿となってアバロンの屋上へと降り立った。


「なぁぁぁんでぇぇぇぇやぁぁぁぁねぇぇぇぇぇぇんんんんんんん!!??」


 その場にいた全員の心を代弁してくれるウォルフ。

 二足歩行の人型からの、唐突過ぎる甲殻類へのジョブチェンジ。いっそ華麗ともいえるシャドーマンの転身に、セードーは戸惑いながら一歩下がる。


「……こんな変身スキルがあるのか……? さすがはイノセント・ワールド……」

「いやいやいやいや! さすがにないし! さすがにないからこれは!!」


 イノセント・ワールドの開発にも関わっているカネレが必死にセードーの言葉を否定する。


「これはあれかな……? 今持ってるデータを全部、防御に転身したのかな……? 甲殻類推しの理由はわかんないけど、仮にそうだとすると、ちょっとやっかいかな……」

「どういうことだ?」

「あのカニ装甲が、シャドーマン本体と繋がってるとは思えないから……」


 巨大甲殻類が巨大なハサミを振り上げる。


「カニ装甲をぶっ叩いても、シャドーマンにダメージが入れられないってこと!」

「そういうことか!」


 振り下ろされた鋏を跳んで回避し、セードーは巨大甲殻類を見上げる。

 一般的な甲殻類……特にカニと呼ばれる種類のものに特に似ているように見える。

 食物を摂取するための口は見当たらず、目にあたる器官も見当たらない。

 代わりにあるのは、シャドーマンが収まっていると思しきこぶ状の部位と、そこにびっしりと張り付いた複眼状の器官だ。

 ギラギラと鈍色の装甲を輝かせながら、巨大甲殻類はセードーとカネレへと迫る。


『シナナイ……シンデ、タマルカ……!!』


 こぶ状の部位の中から聞こえてくる、シャドーマンの声。

 くぐもってはいるものの、彼もまた必死になって生き残ろうとしているのだろう。

 セードーはそれに応える様に、拳を固める。


「……貴様も死にたくないか。俺も死にたくないし――」


 セードーは足を曲げ、力強く飛び上がる。


「――死なせたくもない! ここで止めさせてもらうぞ!!」


 飛び上がったセードーはこぶ状の部位にめがけて空中歩法(エアキック)で加速し、足刀蹴りを叩き込む。


「チェリャァァァ!!」


 硬いものを打ち据える、鈍い打撃音が当たりに響き渡る。

 だが、一撃ではシャドーマンの装甲を完全に破壊することが叶わない。


「チッ」

『シィィィィ!!』


 中空で一瞬停止したセードーの体めがけ、巨大甲殻類の鋏が振り下ろされる。

 セードーは空中歩法(エアキック)で宙を蹴り抜き、体を回転させながら鋏の一撃をやり過ごす。

 そして回転の勢いのまま、もう一度こぶに蹴りを打ちこむが、帰ってくるのは固い殻の感触ばかり――。


『シャァァァァ!!』

「うぉ!?」


 そして次撃の硬直を狙い、巨大甲殻類の鋏がセードーの体を捉えた。

 慌ててガードするセードーだが、ガードの上からたたきつけられた鋏の衝撃で、その体はアバロンの屋上の中にめり込んでしまう。


「ぐぁ……!」

「おっとセードー!?」

「大人しくくたばれカニモドキィィィ!!」


 カネレとエイスは素早く前に出て、魔法を放ち、巨大甲殻類をセードーから放そうとする。

 しかし巨大甲殻類は二人の魔法を喰らってもびくともせず、複眼状の器官から閃光を解き放った。


『シィリャァァァァ!!』

「うわぁ!?」

「きゃぁぁ!!」


 閃光と共に放たれた白い稲妻が、カネレとエイスの傍へと迫る。

 そうして二人に注意が向いた隙に、セードーは何とか巨大甲殻類から距離を取ることに成功する。

 全身が発する痛みの信号に顔をしかめながら、セードーはカネレ達のいる場所までなんとか下がる。


「づぁ……! カネレ、エイス、すまない……!」

「いいってことさ!」

「挨拶してる場合!? 次、来るわよ!」


 エイスの指摘と同時に、再び巨大甲殻類の複眼から稲妻が解き放たれる。


「セードー避けて! これも触ったら削れるよ!!」

「了解した!」

「凍てつけぇぇぇ!!」


 白い稲妻に触れぬよう駆け回りながら反撃を試みる三人。

 しかし硬い殻に身を包んだシャドーマンには、三人の攻撃は届くことがない。


「攻撃が通らない……!」

「カネレ! ブレスは!?」

「むりむり! 準備に時間がかかりすぎるもん!」

『シィィアァァァァァ!!』


 打開策を見つけられぬ三人に、巨大甲殻類の鋏が迫る。

 セードー達は、それを何とか回避する。


「カニてなんやねん……! カニってなんやねん……!!」

「もし! そこのシーカーさん!!」


 目の前に現れた不条理の塊に、届かぬ講義をひたすら吐き続けるウォルフの元に、キキョウに連れられたエールが現れる。

 地面を力なく叩くウォルフに、エールは必死に語りかけた。


「どうか、立ち上がってください! あの者を打ち倒すため、力を貸してください!!」

「打ち倒す? あれを?」

「はい! 今ならば、データが固形化している今なら皆さんの攻撃も通じます! カネレと……セードーさんの攻撃が届くよう、あの外殻を破壊するのを手伝ってください!!」

「はぁ」


 気乗りのしない風情のウォルフを置いて、エールはリュージの方へと駆け出していった。

 自分の言うことを聞き入れてくれないウォルフに業を煮やした……わけではなく、ひたすらにこの場にいる全員に声をかけて回っているようだ。

 ウォルフはそんなエールの姿に首を傾げつつ、アスカとサンを助け起こしているキキョウたちの方へと顔を向けた。


「……なんや、ずいぶん印象違うやんな? エール司祭長て、あんなキャラやったかいな?」


 メインクエストやギアクエストで相対する際の彼女は、重大な使命を背負った小さな少女そのものといった様子だと、ウォルフは記憶している。

 幼さを感じさせない、強い使命感と偉大さを帯びた、年相応の少女らしからぬ表情を持ったNPC……それが、エール司祭長だったはずだ。

 しかし、今ウォルフの目の前を駆け抜け、リュージと、その傍まで移動していたアラーキーに必死に語りかけるエールからは、普段の様子は全くうかがえない。


「お願いします! あの人たちを―――!!」


 今、巨大甲殻類と化したシャドーマンと戦う三人を援護してほしいとお願いするエールは、年相応の少女そのままだった。

 目に涙を浮かべ、何度も頭を下げ……。そこには、使命感も偉大さもありはしない。ただ、懸命に助けを乞う少女の姿がそこにあった。


「……なんや普通のおにゃのこやな。イベントにしても、キャラ変わりすぎちゃうか?」

「それは私も若干思いますが……」

「うぅ……」


 うめき声を上げるサンを抱き起しながら、エタナは努めて明るく声を上げる。


「その方がらしくないですか? ほら、そういうレアイベントっぽいです!」

「レアイベント……ねぇ」


 ウォルフは不審満面の表情で、巨大甲殻類と戦うセードーを見やる。


「でぇぇぇいぃぃぃ!!」


 黒いオーラを身に纏いながら、甲殻に全力で突きいれるセードー。

 先ほどと違い対して効果を上げていないようだが、少なくとも人間状態のシャドーマンには絶大な効果を上げていたのは、纏っているオーラのおかげだろう。

 それを思い出し、ウォルフは陰鬱なため息をついた。


「……せやったら、ワイらは巻き込まれ損やな。レアイベの恩恵に預かっとるのはセードー一人や。どうせやったら、皆になんか知ら効果があるとかやったらよかったのになぁ……」

「けど、ウォルフさん……」

「くっ……!」


 頭を振りながら立ち上がろうとするアスカに手を貸しながら、キキョウは一つ問いかける。


「確かに巻き込まれましたけど……けど、このままでいいんですか?」

「………」


 キキョウのその問いに、ウォルフは無言のままに頬を膨らませる。

 いいわけがない。ただ一方的に殴り倒されて、そのままで済ませるなど良い訳がない。そう、言外に訴えているのがよく分かった。

 さりとて、このままセードー達に手を貸すのも納得いかない、といった様子だ。

 そんなウォルフに、アラーキーが声をかける。


「おーい、お前ら!」

「あ、アラーキーさん! 御怪我は!?」

「エール司祭長のおかげで、痛みはなくなったよ! こっちは、セードー達の援護に入る!」


 ミツキに肩を借りているアラーキーと、右腕一本で焔王を振り回すリュージ。

 二人とも満身創痍というべき状態だが、それでもセードー達に加勢するつもりのようだ。

 そんな二人の様子を見て、キキョウは不安そうに問いかける。


「痛みがないからって、無理ができるような状態じゃ……」

「なぁーに、俺だって伊達にこのゲーム長くないさ。片足もげたくらいじゃ、まだまだ戦えるっ、うん!」

「まあ、おっさんならなぁ……」

「リュージも無理をせず。皆さんは、どうされます?」

「私たちは――」


 アルトからの問いかけにキキョウが答えようとすると、それより早くウォルフが答える。


「ワイらもすぐに行くさかい、先いっとってくれや!」

「あらそう? ウォルフ君たちはシャドーマンに叩き伏せられてたわけだから、無理しないでね!」


 ウォルフの返答に、ミツキはそう答え、アラーキーに肩を貸しながら移動を始める。リュージとアルトも、それに続いた。

 彼らの背中をブスッとした表情で眺めるウォルフを、キキョウは安堵したような微笑みで見つめた。


「ウォルフさん……」

「……まあ、あれやんな。仮にも紳士のスポーツ修めとるんや……。泣いてる女放って、自分だけほなさいなら、はないわな」


 そう言いながら、ウォルフは立ち上がる。

 まだ現状にはっきりと納得がいったわけではなさそうだが、それでも握った拳を下すことはしないと、ウォルフははっきり宣言する。


「――せやったら、憂さ晴らしも兼ねて、シャドーマンぼっこぼこにしたろうやんか! なぁ、お前ら!?」

「ええ、そうですね!」

「おぉう……なんだかわかんねぇけど、もちろんだぜ!」


 キキョウもまた、力強くウォルフに同意し、サンはふらふらしながらも同じように頷く。


「してやられたのは私も同じだ……できれば、借りは返したい……!」

「そして私はそんな皆さんの雄姿をスクショに納めさせていただきます!」


 アスカはショートソードを握りしめ、エタナはクルソルを握りしめ。それぞれの目的を力強く口にする。


「オーケー。せやったら……」


 ウォルフは凶悪な笑みを浮かべながら、巨大甲殻類を睨みつけ。


「――ブッ飛ばしたらぁ!!」


 咆哮を上げ、シャドーマンへと駆け出していった。




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