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log200.決意と覚悟





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 どこまでも続く、白日の世界。

 水平線の彼方まで見渡せる、無限の荒野。

 イノセント・ワールドをプレイする際、最も最初に降り立つ世界。

 イノセント・ワールドでHPが0となり、倒れたときに意識だけが現れる場所。

 一般的には半ログアウト空間と呼ばれている場所に、セードーは倒れていた。


「………」


 瞳を閉じ、大の字のまま微動だにしないセードー。

 あるいは死んだかのようにも見える彼の様子であったが、微かな呼吸音とともに胸は上下している。

 彼は生きていた。ゲーム内で、シャドーマンに胸を貫かれ、彼の意識はここに飛ばされていた。


「………」


 彼は瞑目する。

 その脳裏に浮かぶのは、シャドーマンに貫かれた心臓。

 灼熱そのものともいえる激痛。全身を一瞬で貫いたかのような衝撃。

 ――ではなかった。


「………」


 痛みそのものは一瞬で駆け抜け、確かに全身を支配した。

 しかし、その後すぐに全身から感覚は消え失せ、気が付いた時にはこの空間にいた。

 今まで、生きるための山の生き物を殺したことのあるセードー……いや、真樹にとって、先の感覚は驚くようなことではなかった。

 死は誰にも等しく訪れるものであり、唐突に全てを奪い去るものだ。

 致死に至る一撃の重さは、師より学んだ技の数々により重々承知していた。

 痛みもあっけなさも、真樹にとっては想像の範疇にあるものでしかなかった。


「………」


 彼の胸中に浮かぶのは、先の自分の行動だった。

 キキョウの行動を先読みし、身を挺してシャドーマンの一撃から彼女を庇った。

 彼女の性格から、自身の身に及ぶ危機から誰かを遠ざけるのではないかと、真樹は漠然と思った。故に転移するなら一人で、そして誰の手も届かない場所に転移すると考えた。

 アバロン屋上は広い。キキョウの持つ光陰流舞の転移距離を考えると、転移先の候補はいくつかあったが、エタナを逃がすとなればその候補先もいくつかは潰れる。

 そこから先は完全に運任せであったが、結果として真樹はシャドーマンからキキョウを庇うことに成功した。


「………」


 決断し、行動に起こした瞬間は何の疑問も浮かばなかった。

 そうしてキキョウを守り、この場に送られた瞬間、ふとした疑問が湧いた。

 自身が何故、彼女を守ろうと考えたか。

 イノセント・ワールドは、ゲームだ。どこまでいってもゲームのはずだ。

 アラーキーやリュージが、シャドーマンの攻撃によって激痛を覚えたのだとしても、本当に体を痛めているわけではない。あのタイミングでキキョウが攻撃を受け、自分と同じような状況に至ったとしても、問題はないはずだ。

 むしろあの瞬間、キキョウを攻撃するシャドーマンを背後から強襲し、少しでもダメージを重ねるのが、効率的であったはずだ。


「………」


 しかし、真樹はそうしなかった。

 真樹は、自身のそうした行動に疑問を覚えていた。

 自身の行動に、理由付けはできる。

 真樹にとって、キキョウは特別な存在だ。

 このゲームをプレイして、初めてのフレンド。一番最初に、出会ったプレイヤー。自身と同じく武術を志す人間。

 完全には分からないが、その容姿は穏やかな少女そのものだと思う。彼女がはにかむように微笑んでいるのを見ていると、自分の胸が暖かくなるのを真樹は自覚している。

 ありていに言えば、真樹はキキョウのことを想い始めていた。恋というほどはっきりした形のものではないが、友人というには暖かすぎる想いを。


「………」


 キキョウを庇った理由はこれでよいとして、ならば庇うという行動に至ったのは何故だ?

 キキョウを救うのであれば、身を挺する必要はなかったはずだ。

 シャドーマンの凶行の場には間に合った。運が幾分手伝いはしたが、シャドーマンの一撃を放つ前に現場には到達していた。

 ならばあのタイミングで攻撃を仕掛け、シャドーマンに攻撃を仕掛ける方がいくらか賢かっただろう。

 何故、そうしなかったのか?


「………」


 攻撃は最大の防御。真樹はこれを言葉としてではなく、行動として学んだ。

 山籠もりの中、自身の身体能力など軽く圧倒してしまう野生動物たちとも時には戦い、そして命を狩り糧としてきた。

 一匹の猫と一人の人間。これらを檻に閉じ込め戦わせる場合、人間に刀を持たせてようやく対等になると言われる。いくら人を殺し得る技術があろうと、守勢に回ろうものならそのまま押し切られ、殺されてしまう。

 殺される前に殺す。これが、野生動物に人間が対抗しうる少ない方法だ。

 そのため、真樹は防御よりも攻撃を好む。山籠もりの経験が、防御よりも攻撃を優先させるのだ。


「………」


 だが、真樹は攻撃しなかった。攻撃するよりも、防御を行った。

 キキョウが一人、シャドーマンの囮となり、その身に攻撃を受けようとしているのを直観で悟り、反射的に防御を行った。

 己の身を挺し、キキョウの身を守ろうとした。

 真樹は、それが不思議でならなかった。普段の自身なら、シャドーマンに一当てくらいはしていただろう。

 何故、そうしなかったのか。


「………」


 キキョウが、自身の命を捨てるような行動に出て焦っていたのだろうか。

 あの瞬間、真樹の割り込みがなければキキョウは確実にシャドーマンにやられていただろう。

 キキョウ自身は、シャドーマンと刺し違えるかのように攻撃を行おうとしていたが、それが通用していたかどうかは怪しいものだ。

 キキョウのあのタイミングの行動は、自殺的ともいえるだろう。


「………」


 そんなキキョウを守ろうとした。その心に偽りはない。

 だがそれで自身が死んでしまっては、意味がない。そんなことで、キキョウを守れたと言えるだろうか?

 真樹は自問する。何故、あそこで自分が命を捨てるかのような行動をとったか。


「………」


 死とは、あらゆる可能性を奪う最悪の可能性。

 死してしまえば、その先には何もなく、死そのものが何かを生むことはない。

 イノセント・ワールドはゲームだ。だからこそ、こうして死なずにいられたが、これが現実であれば真樹は確実に死んでいる。

 そうまでして、キキョウを守り――。


「………いや」


 真樹は目を開く。

 そうまでして……ではない。

 逆だ。キキョウだからこそ、命を懸けて守りたかった。

 反撃に転じたところで、確実にシャドーマンが攻撃の攻撃を止められたか? よしんば止まったところで、手からの直接攻撃から口からの光線や、掌からのレーザーにあの距離で転じられていたら? 手の一撃にしたところで、後ろにいたキキョウごと貫かれていた可能性も否定できない。

 だが真樹は防御に徹した。手を交差させた十字受け……生来の使い方ではなかったが、シャドーマンの攻撃を真樹一人で留めるには十分な力を発揮した。

 結果、真樹はゲーム内で死亡したが、キキョウは生きているはずだ。あとは、皆が何とかしてくれるだろう。


「………そうか」


 真樹の胸中に、一つの心が生まれる。

 それは、今まで考えたこともない心。

 真樹は、殺す覚悟を持つ。それは相手を殺そうとすれば、自分が殺される可能性も持つことを自覚する心だ。

 今、心の中に芽生えた心はそれとは逆の心だ。


「………これが」


 それは……守る覚悟。自身が殺されても、たった一人を守る心。

 きっと誰もが持ちえる、強い心だ。大切な人を守りたいと思うのは、誰もが持ちうる心だ。

 真樹は自覚なく抱いた心に従い、キキョウを守ったのだ。


「………だが、なぁ」


 しかし真樹は顔をしかめる。

 確かにキキョウを守ることに成功した。しかし、それは一時のことに過ぎない。

 あとのことは仲間任せであり、自身は何もできなくなってしまう。

 守ることは、覚悟である。しかし、そこで終わっていいのだろうか。

 真樹は天に拳を固め、グッと握りしめる。


「………」


 天を突く己の拳を見つめ、真樹はあの日を思い出す。

 師と出会った、あの日。

 強い力と技を目の当たりにし、それに憧れたあの日。

 その憧れの根にあったのは、ヒーローのように誰かを守りたいという、力への渇望だった。

 だが、守るということの意味を理解せず力を学んだ真樹は、いつしか力を磨くことのみを腐心するようになった。

 それが、悪い事だったわけではない。だが、初心を忘れた真樹は、殺す覚悟は身に付けたが、守る覚悟を身に付けることはできなかった。

 それを自覚できた今……真樹は考える。


「………」


 己を殺し、誰か一人を守ったところで先はない。これでは、ただの無駄死にだ。

 誰かに後を託すこともできよう。しかし、それは覚悟ではない。

 ならば、本当に誰かを守るためにはどうあるべきか……。


「………ならば、俺が為すべきことは………」


 死は、その身に訪れれば絶対となる。

 抗うことは叶わず、ただ無に還るのを待つばかりだ。

 だが、完全ではない。訪れる前に、死に対抗することはできるはずだ。


「………超える」


 そう、死を超える。

 目の前に現れた死の脅威を、己の力でもって超える。

 そうすれば、己が死なず、一心に守りたいものを守り続けることができるようになる。

 真樹にとっては、そのための力が空手であり、そのための技が外法式無銘空手なのだ。


「………厳しい道のりだな」


 己の力と技を磨き、死を超え、キキョウを守り続ける……。

 口にするのは容易いが、実行に移すには果てしない道のりだろう。

 いついかなる時もキキョウと共にあれるわけではない。

 真樹の力と技をはるかに上回る脅威など、世界中にいくらでもあるだろう。


「………だが、悪くない」


 真樹はニヤリと笑う。

 己の力と技を磨き、守りたい大切な人を守る。

 一生を賭けるには、十全すぎる命題だろう。

 真樹は勢いよく体を起こし、そのまま立ち上がる。


「師は……あの人は、血に染まった己の道に迷いながらも、俺の力を授けてくれた……。いつの日か、俺が自らの道を見つけることを願って……」


 アレックス・タイガーとの会話の中で知った師の懊悩。

 自身には片鱗も明かさなかったそれを知った真樹。

 力と技を授けられた者として、それに応えるにはどうしたらよいか……。

 ずっと考えていたが、その道の一端をどうやら見つけられたようだ。


「……この道が正しいかどうかはわからないが……師よ。どうか御照覧ください。正道真樹の道の行く末を――」


 僅かな瞑目。師への黙とうをささげる真樹。

 そして目を見開いた真樹は、固く拳を握りしめる。


「……さて、まず第一に、あの場へと戻らなければならないわけだが」


 そこで困ったように眉尻を下げる。

 決意を固め、覚悟を決めた。

 ただ、それを発揮する場へどう戻ればよいのかわからない。


「……どうしたものか」


 どれだけ体を鍛え、技を磨こうとも、イノセント・ワールドがゲームである以上、その仕様からは逃れられない。

 死亡から復帰するには五分間、この場にいなければならない。


「何とか戻りたいが……どうしようもないか……?」


 その場をうろうろと回りながら、真樹は右手で顎に軽く触れる。

 と、その時。


「……ん?」


 右手が、微かに輝いた。

 いや、正確には右手に巻いたサラシの下が、だろうか。

 不審に思い、真樹は軽くサラシを解く。

 すると、その下で輝いていたのは、夜影竜の紋章(シャドウペイント)であることが分かった。


「これは……?」


 戸惑う真樹の前で夜影竜の紋章(シャドウペイント)の輝きは強さを増し。


―  ……―


 真樹は、その輝きの中で、微かな声を聞く。

 かつて戦い……そして同胞として認めてくれた好敵手の鳴き声を。


「……ああ、そうか。今まで、ずっとそばにいてくれたのか?」


 声の主の存在に妙に納得しながら、真樹はゆっくりと右腕の紋章を撫でる。

 ……その事実が、おぼろげながらこの世界の真実というものを真樹に悟らせる。


「……ならば、頼もうか。俺の戦いの……水先案内を!」


 セードーは叫び、右腕をまっすぐ前に突き出す。

 そのセードーの言葉に呼応するように、輝きは強く増し、さながらセードーのための道を作るように伸びてゆく。


―シャァァァァァァ!!―


 響き渡る、夜影竜(シャドウドラゴン)の鳴き声と共に。




 ……世界の真実だなんて、大それたものでもないか。


 ただ当たり前にそこにある。それが……世界の姿だものな。

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