log20.妖精島上陸
どことも知れない森の中に、一人の少女が佇んでいる。
「………」
スカートに深い切れ込みの入ったドレスの上に、軽装鎧を装備した、冷たい印象を見る者に与える美少女だ。
彼女の名はエイス。今のイノセント・ワールドをプレイする者ならば知らない者はいないと言われる、トッププレイヤーの一人だ。
エイスは大きな木の幹に背中を預けながら、じっと何かを待っていた。
しばらくすると、がさがさともの音を立てて彼女の傍に人影が現れた。
「まったー? エイスぅー」
「遅い」
おどけたような声を上げて現れたのは、カネレだ。
いつもの姿で現れたカネレを切れ長の双眸で睨みつけながら、エイスは木の幹から背中を離した。
「いつまで待たせる気だったの? あんたにメールを送ったの、三日も前なんだけど?」
「いつもの通りおきついお言葉……。僕にだって付き合いがあるんだからさぁ」
エイスの辛辣な物言いに、カネレは苦笑を溢す。
「まあ、遅れたのは悪かったよー。ほら、今日は妖精竜のイベントの開始初日だろー? その調整で、ちょっと手間取っちゃってねぇ~」
「妖精竜……」
エイスはピクリと眉根を上げて反応するが、すぐに何もなかったかのように取り澄ます。
もっとも、それを見逃すカネレではない。すぐに意地の悪そうな表情でエイスへと追及を始める。
「おやおやぁ? 気になりますか、エイスさんってばぁ? 何しろ妖精竜は先行配信のレアペットですもんねぇ、デュフフフ」
「………」
「おがぁー!?」
エイスは無言でカネレの顔面にアイアンクローを叩き込む。
「いだだだだだ!? すいませんすいません、もう何もいいません! だから顔は、顔は勘弁ぐぃぉぉぉぉぉぉ!!??」
「……フンッ!」
呻くカネレの醜い様子に鼻を鳴らし、エイスは勢いよく手を離す。
カネレは顔を押さえ、その痛みにしゃがみ込んだ。
「ぉぉぅぅぅ……」
「くだらない詮索はいいのよ。それより、一週間経ったのよ? 奴の動きはどうなったの?」
「うう……渾身のイベントに気をかけてもらえるのは嬉しいのです……。まあ、それはともかく」
カネレはぶつぶつつぶやきながら、エイスを見上げて彼女の質問に答える。
「今んとこ、なーんもなし。影も形も噂も煙もありませーん」
「………嘘おっしゃい。今まで、何の動きもなかったことなんてなかったでしょう。誰かが見ているはずよ」
カネレの言葉に、エイスは表情を険しくした。
「あんたは無駄に顔見知りが多いのだけが取り柄でしょうが。その情報網を駆使しても見つからないんじゃ、あんた生きてる意味があるの?」
「なんという厳しいお言葉ぁ……けど見つかってないもんは見つかってないからねぇ」
もはや狂気と言ってもいいレベルのエイスの言葉にもひるまず、カネレは笑いながら立ち上がった。
「どっかに潜りこんでるのかもねぇ。彼にとっては、生き残ることが最優先のはずだ。だったら、方法が確立できるまでは、じっと我慢してる可能性もあるしね」
「……人を襲うのが奴らの存在意義でしょうが」
エイスは苦々しげに吐き捨てると、カネレに背を向ける。
「おっと、エイス。妖精島に行くのかい?」
「いいえ。奴がいる限りは、安心できる要素は微塵もない。別の情報口を当たるわ」
それだけ言うと、エイスはどこか別の場所へと転移してしまう。
カネレは傍若無人なエイスの行動に、また苦笑を深める。
「焦ってるねぇ……。まあ、仕方ないかな」
そう呟いて、カネレもまた移動を始める。
背中のギターを構え、誰に聞かせるでもなく奏でながら空を見上げた。
「今日はせっかくのイベント初日だし~♪ 皆はっきり楽しんでよぉ~♪」
彼が見上げるその先には、植物の蔦に覆われた巨大な島がゆったりとした速度で群れを成して浮遊していた。
「ついに来ましたイベント初日!」
「妖精竜を捕まえろ! イベント開始だぁぁぁ!!」
「テンション高いな二人とも……。ともあれ、この日が来たな」
イベントを知ってから三日後。無事に開始された妖精竜捕獲イベントの会場である、妖精島へとやってきた三人は。入り口ゲート付近で歓声を上げていた。
彼らの周りにはプレイヤーたちがたくさん集まっており、さっそく妖精竜を捕まえに動いている者がいたり、あるいは知り合いを待って談笑をしている者たちもいた。
「さすがに人数が多いな……。サイクロプスイベントの時の二倍か三倍はいそうだ」
「はいですー。レベルも様々ですし、持ってる武器もいろいろです!」
「まあ、この間のギアクエストはレベル10までの奴しか集まってなかったからなぁ」
アラーキーは苦笑しながら、周りを示してみせる。
「が、今日のイベントはほぼすべてのプレイヤーが参加できる! となれば、当然人数だって集まるさ。まあ、今回は浮遊島群が舞台だから、この島に全てのプレイヤーが集まるわけじゃないがな」
「らしいですね」
セードーは頷きながら、軽く島を見回す。
小高い丘のようになっている場所にゲートが発生しており、そこからプレイヤーたちは妖精竜を探すための冒険を始めることになる。
先遣隊が調査したという名目のイベントアイテムである、妖精島の地図をセードーは広げた。
かなり広大な敷地を誇る妖精島には草原に湖や森など、一通り島と呼ぶために必要な舞台はそろっているようだ。
特に目立つのは、島の中心部にある大きな木だろうか。どこからでも見ることができるらしいその巨大な樹は、妖精樹と呼ばれるもので、七色の葉を実らせた不思議な樹であった。
「調べるとなれば、地図を頼りに歩いて一日程度でしょうか」
「どうだろうなー。イベントモンスターとのエンカウントは当然あるだろうし、もっとかかるかもしれないぞ? 一応一週間、この妖精島とミッドガルドその他のゲートとつながってるわけだしな」
「なるほどー」
セードーが広げた地図を覗き込み、どう動くか話し合い始める三人。
そんな彼らに、一人の少年が近づいていった。
「ようご両人。今日は保護者も一緒か?」
「む? ああ、鷹の目か」
セードーがその声に顔を上げると、そこに立っていたのはホークアイだった。
以前と同じように肩目を瞑っているが、背に背負っているのは長弓ではなく、狙撃銃になっていた。
それを見て、セードーは小さく頷いた。
「なるほど。欲していたものは手に入ったということか」
「ああ。まあ、おかげでレベルはそこそこしか上がってないけどな」
ホークアイは苦笑しながら、背負っている銃を軽く叩いてみせる」
「こいつの名前はモシンナーガン・M1000。この世界じゃ、割とメジャーな狙撃銃なんだとさ」
「ほほぅ、M1000か。渋い趣味だな」
「そうなんですか?」
「ああ。入手のしやすさと整備に必要な素材が安価なのが利点だが、威力を見ればもっといいのはほかにもあるしな。さてはお前さん……」
アラーキーが面白そうな流し目をくれてやると、ホークアイはニヤリと笑って頷いた。
「ボルトアクションの銃が好きでね。特にモシン・ナガンM1891/30が好きなんだ」
「やっぱりな」
セードー達はアラーキー達の会話の意味が解らないが、ホークアイが口にしている銃はM1000の元ネタとなっている銃だ。フィンランドのとある狙撃手が特に愛用したことでも有名だ。
「入手するにはニダベリルまでいって特定のイベントをこなす必要があるんだが……セードー達と同じってことは、苦労したろうに」
「まあな。けど、こいつが使えるんなら苦労も一入さ」
アラーキーの言葉に、ホークアイは笑って答える。
と、そんな彼に駆け寄る少女の姿があった。
「ホークアイ! なにしてるのよ」
赤い髪の毛と顔半分を覆うような大きめの眼帯を嵌めた小柄な少女だ。
背中にはショットガンと思しき銃を背負っていた。
少女はホークアイの袖を引いて、どこかへと導こうとしている。
「みんな待ってるわよ! さっさとしなさい、新入りのくせに!」
「ああ、っと悪かったよ、サラ。今いくから待ってろ」
ぐいぐいと手を引こうとする少女――サラに辟易したようにそう告げながら、ホークアイはセードー達へ顔を向ける。
「……じゃあなご両人。なんかあったらギルド“銃火団”を訪ねてくれ。俺はそこに所属しているからな」
「ああ、わかった」
「それじゃあ、また会いましょう」
セードー達へのあいさつを終えたホークアイは、そのままさらに引きずられてパーティメンバーたちの元へと向かった。
見れば、そこに立っていた者たちは、それぞれ異なる銃器を手にしている。おそらく、そういった武器をメインに使う者たちが集うギルドなのだろう。
「ギルド……か」
「そのうち私たちも、考えないといけないですね」
「そうだな」
セードー達は互いに頷き合い、アラーキーへと向き直った。
アラーキーは、ホークアイとの会話を見てか少しだけ嬉しそうな顔をしていた。
「……セードー。お前にも、リアルじゃないとはいえ知り合いができるようになったんだなぁ……」
「え? ああ、鷹の目のことですか。先日のギアクエストで知り合いまして」
アラーキーの言葉に小さく頷きながら、セードーはもう一人のことを思い出す。
「……そう言えば、サンシターもここに来ているのだろうか」
「あ! そうですね、ひょっとしたら会えるかもしれません!」
「おお、他にも知り合いがいるのか!」
「はい! サンシターさんって言って……確か異界探検隊ってギルドに所属してるんです!」
「島はほかにもあるから会えるかどうかはわからんが……探してみるのも悪くないかもしれんな」
セードー達は笑いながらも、他のパーティと同様にゲートからの移動を開始する。
「さてと。とりあえず、まずは妖精竜を探すとしますかねぇ」
「そうですね。妖精竜の幼生を探すのが我々の目的とはいえ、肝心の妖精竜がどんなふうに暮らしているかがわからなければ、どこにいるのか探しようもありませんしね」
「はいです! ああ、楽しみですよー!」
ひとまず平原をめざし移動を始める三人。
イベントは始まったばかりであるが、周りを動くプレイヤーたちの表情は期待に満ち溢れている。
そんな中で、セードーはぼんやりと自らの目的について考える。
(はてさて……。このイベントにおいて、どのような行動をとれば、出会うことができるのか……)
うっすらと微笑みを浮かべ、小さく胸の内でつぶやく。
(邪影竜……。会えるとよいのだがな)
その頃の異界探検隊
「ああ!? サンシターさんが死んじゃった!」
「リュージ君ひどい!?」
「いやいけるはずだって! サンシターの母性と包容力で「ほら怖くないよ?」ってやれば妖精竜もイチコロだろ!! 狂犬と名高いマコだって、コロッとやられて」
「何抜かしとんだこのすかたんがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
とりあえず、パーティ内で二乙発生中。




