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「セードーさん!! セードーさん! しっかりしてください!!」
キキョウは倒れ伏したセードーを抱き上げる。
仰向けにしたセードーの顔は生気を失い、顔面蒼白。
キキョウの両腕にかかる彼の体の重さは、完全に意識を失った人間のそれだ。
もはや死に体としか言いようのないセードーを目にしたキキョウもまた、顔から血の気を失った。
「セっ……!? セードーさん!!」
「セードーさん! っていうかHP見えないんですけど!? もう、リスポンしてもおかしくはないんじゃ……!?」
キキョウに救われたエタナもセードーに駆け寄り、回復魔法を準備する。
「リスポンしないなら、まだHPはあるはず……! ヒールウィンド!!」
エタナの回復魔法が、セードーを中心に広がり、範囲内のプレイヤーのHPを回復させてゆく。
キキョウとエタナの、すり減っていたHPはみるみる回復してゆく。だが、セードーのHPは回復することなく、意識を取り戻すこともなかった。
「セードーさん……!? そんな、どうして……!」
HPが0になれば、問答無用でリスポンするのがイノセント・ワールド。このゲームに、蘇生魔法は存在しない。
セードーの体が消えていないということは、リスポンしないということ。
そしてリスポンしないというのであれば、彼のHPは残っていて、回復魔法の影響を受けるはずなのだ。
だが、セードーは目を覚まさない。依然として、彼の体に力は入らない。
チリチリと、消滅した彼の両腕の先からこぼれるノイズが、キキョウたちには血に見えて仕方がなかった。
セードーが倒されたことに激高したウォルフは、キキョウたちの叫びを聞き、シャドーマンへの怒りを募らせる。
「コラぼんくらぁ!! おどれ、セードーに何しくさったんじゃァ!!」
両腕に風を纏わせ、ウォルフは勢いよくシャドーマンに殴りかかる。
「――シィ」
シャドーマンは小さく微笑み、ウォルフの一撃を回避し、さらに見せつける様に腕を輝かせ始めた。
セードーの両腕と心臓を破壊したそれを見て、ウォルフは一瞬怯む。
だが、一時の恐怖は友を破壊された怒りに塗りつぶされ、ウォルフの顔にはさらなる怒りが迸った。
「―――やれるもんならやってみぃ。おどれのタマごと、逆にぶち砕いたるわぁ!!」
ウォルフの怒りに呼応するように、彼の両腕の風は渦巻き激しさを増す。
さらなる怒りでシャドーマンを叩き伏せんとするウォルフ。そんな彼を援護しようとサンとアスカもシャドーマンへと駆け寄ってゆく。
「迂闊にシャドーマンに挑むな、ウォルフ! まだそいつの攻撃がなんなのかわからないんだぞ!?」
「なんだっていいじゃねぇか! セードーが一発でやられる程、あいつの攻撃はやべぇってことだ……!」
「ヤバいで済ませていいのか……?」
未だ起き上がらぬセードーを片目に見るアスカ。
エタナとキキョウは必死にセードーに回復魔法やアイテムを使用するが、セードーに回復の兆候は見られない。
イノセント・ワールドの仕様上、リスポンしなければ回復魔法やアイテムの影響を受けるはず。それらが一切見られない今のセードーは、一体どんな状態になっているのか……。
そして、セードーをそんな状態に追いやったシャドーマンの攻撃……。輝く腕による一撃は、いったいどのようなものなのか。
「……ちっ」
理解不能な現象を前に、アスカの心は恐怖に乱れる。
しかしそれを何とか抑え込み、ショートソードを握る手に力を込める。
「……だが、ヤバいというなら、現況を叩くのは先決!」
「そういうこった! ウリャァァァァ!!」
サンは震脚と共に崩拳をシャドーマンに叩き込む。
シャドーマンはその一撃を回避し、その逃げ道へとアスカは回りこむ。
「ハァァァァ!!」
ショートソードによる二連撃を、シャドーマンは輝いていない方の手で受け止める。
生身の人間のように見えるシャドーマンの腕から、鋼を斬りつけた時の高音が鳴り響く。
「っく……! 何で出来てるんだ、こいつの腕は!?」
アスカは斬りつける力加減を間違えたせいでしびれる腕を振りながら、シャドーマンから距離を取る。
シャドーマンはそのままアスカを追いかけようとするが、その横っ面に右腕を叩き込んだ。
「シャラァァァァァ!!」
轟音と共にシャドーマンの体が吹き飛ぶが、即座に受け身を取って何事もなく立ち上がる。
それを見て、ウォルフはさらに咆哮を上げた。
「ああっ!? 効いてへんてか!? 上等じゃコラァ!!」
ウォルフは握りしめた拳を振り上げ、シャドーマンへと打ちこもうと駆け出す。
だが、それより先にシャドーマンは輝く拳を地面へと叩きつける。
次の瞬間、半球状の白く輝く衝撃波がシャドーマンを中心に広がり、ウォルフたちの体を打つ。
体を突き抜ける衝撃波。ウォルフはそれを気にせず、そのまま走り抜けようとする。
だが、それは叶わなかった。
「くぁ……!?」
体が、動かない。
駆け抜けようとする体勢のまま、ウォルフの体は硬直してしまったのだ。
衝撃波に体を縫いとめられたのは、ウォルフだけではなかった。
「な、なんだ!?」
「体が……!?」
彼のすぐそばにいた、サンとアスカの二人も身体が動かなくなっていた。
今シャドーマンが放ってみせたのは、スタン効果のあるスキルだったのだろうか?
だが、ウォルフたちにそれを考える時間はなかった。
動きの止まったウォルフたちに向けて、シャドーマンが輝く口を見せつけたからだ。
「げぇ!?」
「マズイマズイマズイ!!??」
「こんなくそがぁぁぁぁぁ!!」
慌てふためき、叫び、そして全力でスタンから抜け出そうとする三人だが、どんな仕掛けか体はびくともしない。
シャドーマンはそんな三人の慌てる姿を楽しむように、ことさらゆっくり体をのけぞらせ――。
「――カァッ!!!!」
口の中から、真っ白な光線を解き放った。
シャドーマンの口の中から放たれた光線は、瞬きの間に三人を飲み込み――。
「――オン、ステェイジッ!!!」
――次の瞬間、突然の妨害にあい、一撃で吹き散らされてしまった。
己のリスポンを覚悟していたウォルフは半目で目の前に現れた人物の背中を睨みつける。
「なん……なんや!?」
ウォルフの目には、いきなり目の前の人物が現れたように見える。
つばの広い帽子に、ド派手なカラーのポンチョ。背負ったギターを前にまわし、その人物はやかましくギターの弦をかき鳴らした。
「皆さま大変お待たせしましたー!! ギルド・初心者への幸運所属! 無駄に歴だけ長いプレイヤー、貴方のカネレ・カレロが只今参上いたしましたよぉー!!」
「カネレ……カレロ……?」
「トッププレイヤーの一人である、カネレ・カレロ……!? 何故ここに!?」
突然の来訪者を前に、サンは怪訝そうな顔になり、アスカは名前を聞いて驚愕する。
イノセント・ワールドをプレイしているのであれば、誰しも一度は名を聞いたことがあるほどに、知名度のあるプレイヤー……それが、カネレだ。その名が知られている理由は、普通のトッププレイヤーとはいささか事情が異なるが。
ミツキに支えられながら、未だ痛む片足を抑えるアラーキーが、脂汗をにじませるような表情でカネレの方を睨みつける。
「カネレ……お前、どうやってここに……」
「フフーン、ヒーローには謎が多いものさ! ――エール」
「はい!」
カネレがその名を呼ばわると、彼の影から飛び出したエールがまっすぐにセードーの元へと向かった。
エールはセードーの傍まで駆け寄ると、ぽっかりと開いた彼の胸に両手を重ねておいた。
「失礼します!」
そうして重ねられた彼女の両手からは、柔らかい輝きが零れ始める。
その輝きはゆっくりとセードーの体を覆い、やがて全身を包み込んだ。
「え……? って、なんでここに司祭長様が!?」
「え、なんですこれ。やっぱりこれってイベントなんですか!?」
突然のエールの出現に、キキョウとエタナは戸惑い、驚く。
エールは、運営が用意したイベントNPC。基本的にメインクエストの受領や、ギアシステムを始めとするプレイヤーを強化するサブクエストの受領を担当する関係で、フェンリルの大聖堂から動くことは決してない。
そんなNPCが突然現れ、セードーを治療するかのように動いているのを見て、エタナは安堵のため息をつく。
これが、メインクエストや何らかのサブクエストの類だと思ったのだろう。そうであれば、セードーの異常もイベントの一環と捉えることができる。
エタナのようにそこまで頭が回らなかったキキョウは、セードーの治療を始めたエールに問いかける。
「司祭長様……! セードーさんは!?」
「意識は無事逃げています……! あとは、シャドーマンの影響を抜ければ……!」
エールはキキョウの問いにそう答えるが、それを聞いたカネレは彼女へ突然声をかける。
「エールー? 喋り過ぎは禁物だよー?」
「――! わ、わかってます!!」
カネレの言葉にエールは一瞬ハッとなり、口をキュッと引き結んで治療に専念し始める。
ただ、なんというか……治療よりも余計なことを言わない様に気を付けているかのような雰囲気が漂っているが。
「司祭長様……?」
「あー。司祭長様の治療は邪魔しないで上げてねー?」
キキョウが重ねて質問を続けようとするが、カネレはそんな彼女にそうお願いし、それからようやくシャドーマンの方へと向き直った。
「さて、と……。シャドーマン? 一応はじめましてだねぇ」
「―――?」
己の一撃を完全無力化されたシャドーマンは、不思議そうに小首を傾げ、目の前に立つカネレを見つめる。
だがすぐに気を取り直したように仰け反り。
「――カァ!!」
再び白色の光線をカネレに向かって吐き出した。
先ほど、ウォルフたちを飲み込もうとしたときほどの大きさではないが、人一人程度であれば確実に焼滅させ得る大きさの光線はまっすぐにカネレへと突き進み。
「――氷壁防御」
突如出現した氷により遮られ、氷が砕け散ると同時に霧散する。
「―――!?」
「残念だったねぇ。それと同じことができるの、君だけじゃないんだよ~?」
「………」
カネレの背後から現れたのは、エイス・B・トワイライト。かつてシャドーマンに敗れた少女は、横目でシャドーマンを睨みつける。
二人目のトッププレイヤーの出現に、エタナはさらなる驚愕の声を上げた。
「エイス・B・トワイライト!? っていうか、今、ホントいきなり現われませんでした!?」
「角度的には見えなかったなぁ、俺……」
「無理して喋ろうとしないでください、リュージ!」
アルトに肩を借りているリュージはうめき声と共にそう発言する。
だが、彼は今ちょうどカネレの背中が見える位置にいた。そんな彼が、位置的に見えなかったというのは考えにくい。
しかし、カネレはそれ以上誰かに考える余裕を与えようとしない。
「――さぁって?」
カネレがギターをかき鳴らす。
途端に、その場にいた全員の視界のノイズが激しくなった。
「!? なんやいきなり!?」
「しばらく我慢だよ~? すぐに終わるからね~」
カネレはそう言いながら、さらにギターを鳴らす。
ノイズは音も伴い始め、さらに激しさを増す。
そのノイズの嵐の中、シャドーマンは己の両手を見つめ驚愕の表情となった。
「―――!?」
「シャドーマンさん、シャドーマンさん♪ 君は少しやりすぎましたー♪」
おどけたように言いながらも、ギターをかき鳴らす手を止めないカネレ。
顔に張り付けたような笑みを浮かべながら、カネレはシャドーマンに告げる。
「――死んでもらうよ? データ余さず、完全に」
「―――!!」
その言葉を聞き、シャドーマンは初めて笑顔以外の表情を浮かべる。
それは、焦燥と嚇怒。
シャドーマンは自身の胸の内に宿る感情を、目の前でギターを奏でる男へ向ける。
カネレはそれをまっすぐに受け止めながら、ギターをさらに強くかき鳴らした。
・・・・・・
………………。
イ ヤ ダ … … 。




