log198.絶叫
レーザー音とでもいうべき、空間を裂く鋭い音が響き、セードー達へ白色の光線が襲い掛かる。
先に放ってきた巨大な光線に比べれば辺り面積は狭いが、その数が回避を容易ならざるものとする。
「チッ!」
「光陰流舞!」
セードーは隙間を縫うように回避し、キキョウは無敵移動で一撃を凌ぐ。
降り注ぐ白い光線の雨はアバロンの屋上を穿ち、音もなくその部分を抉り消してしまう。
「触ったら消える系!? どんだけ威力高いんだこれ!」
「一発でも直撃を喰らったらアウトですね……!」
どこか一部でも光線の中に持っていかれてしまえば、それだけでシャドーマンの次撃を待つだけに成り果てるだろう。そうなるのだけは、避けねばならない。
その場にいたほぼ全員が、それぞれにシャドーマンの放った一撃を躱し、白色の光線に触れぬよう努める。
――ただ一人。
「…………ずぁ………っ」
いの一番に皆へ注意を促したはずのアラーキーだけが、力なく地面に膝をつく。
いや、よく見れば、彼の左足は膝から下がごっそりと欠け、その破片と思しき踵部分だけがコロリと彼の背後に転がっていた。
うめき声と共に、そのまま前のめりに倒れ込んだアラーキーを見て、セードーが動揺の声を上げる。
「先生!? 一体どうして……!」
少なくとも、彼は一番、最初にシャドーマンの攻撃に反応した。ならば、セードー達が躱した今の一撃程度、無傷で凌げてもおかしくはないはずだ。
倒れたアラーキーに駆け寄るセードーは、彼の両手の指先から無数の糸が伸びているのを見た。
素早く視線を巡らせ、その糸の先を探すと……そこにはへたり込んだエタナと、勢い余って転んだようなポーズのランスロットがいた。
「よ、避けそこねたと思ったら、体が勝手に横にずれました……! わ、私自身――」
「あ、いたた……!」
(先生……二人を庇って……!)
アラーキーはあの一瞬、さらに降り注ぐ光線の合間を縫って、エタナとランスロットの二人を救ってみせたのだ。
その技量とシャドーマンの攻撃にもひるまぬ精神力に賞賛を惜しむつもりはないが、今はそれどころではあるまい。
片足を失ったアラーキーに駆け寄ったセードーは、急いで彼の体を抱き起す。
「先生! 大丈夫ですか!?」
「づ……ぐぁ……!?」
途端、アラーキーが顔を歪め強いうめき声を上げる。
それはまるで、突然湧き上がった激痛を何とか抑え込もうとしているかのようだ。
アラーキーは一度ビクンと体を跳ねると、欠けてしまった足を抑える。
「足……! 足、が……!」
「足? 足がどうしたんですか?」
「足がいてぇ……! な、なんだこりゃぁ……!」
「痛い……?」
アラーキーの言葉にセードーは怪訝な顔つきになる。
イノセント・ワールドにおいて、触覚はあっても痛覚はない。
どれだけ頬をつねられようが、爪の間に針を差し込もうが、プレイヤーは痛みを感じることはない。とはいえ、疑似痛覚のような物を感じることはある。頬をつねられればなんとなく痛いし、爪の間に針など考えるのも恐ろしい。
これらの疑似痛覚はある種の防衛本能のような物と言われており、生きた人間が作り物の世界に馴染まぬよう、体が反応しているらしい。
……だが、アラーキーの表情や声、動作はそう言った疑似痛覚の類には見えない。
膝を抑えるその姿は、斬り落とされた足からそれ以上の出血をしない様に耐え忍ぶように見えなくもない。
「ぐぁ……! ちくしょう、何が起きたんだ……! 足ん中に、火掻き棒突っ込まれたみてぇだ、うん……!」
「先生!」
「アラーキーさん!」
アラーキーの異常に、ミツキも彼の元へと駆け寄ってくる。
ミツキは素早くアクアボールを出し、アラーキーの欠けた足に当てる。
回復効果を含んだアクアボールが、アラーキーの減ったHPを回復してくれるが、彼の感じているらしい痛みは軽減してはくれないようだ。
痛みに耐え、顔を歪めるアラーキー。
そんな彼に狙いを付けたのか、屋上に着地したシャドーマンがニヤリと顔を歪めた。
「――シィ」
「……! チッ!」
セードーはアラーキーをミツキに預け、素早く立ち上がり拳を構える。
だがシャドーマンはセードーの構えを待つことなく、光陰流舞で一気に間合いを詰める。
その右腕は、奇妙なほどに白色に輝いていた。
「シィィ……!!」
「チィィィ!!」
一瞬で迫るシャドーマンに、相討ち覚悟で拳を打ちこもうとするセードー。
そんな彼の横から、緋色の大剣が勢いよく振り下ろされた。
「おらっしゃぁ!!」
片手で振り下ろされた焔王が、轟音と共にアバロンの廊下を砕き割る。
シャドーマンはリュージの一刀を横っ飛びに避け、輝く右腕を振るいながらリュージの方へと視線を向ける。
「ムゥ……」
邪魔されて若干ご機嫌斜めなのか、口元はムスッとへの字に曲げられていた。
リュージはそんなシャドーマンに構わず、焔王を担ぎ直しセードーに目配せする。
「今のうちに、とりあえずそのおっさんを退けとけ」
「……すまん」
「アラーキーさん!」
「っづぅ……!」
ミツキと共にアラーキーに肩を貸し、痛みに耐える彼をシャドーマンから遠ざける様に動く。
その間に、リュージは微かに火を噴く焔王を手に、シャドーマンへと駆け出す。
「っだっしゃぁぁぁぁ!!」
「シィィィィ!!」
シャドーマンはリュージを迎え撃つように咆哮を上げ、輝く右腕を振り上げる。
リュージはそれを左手で打ち払おうとする。
だが、輝くシャドーマンの右腕に触れた瞬間、リュージの左腕は木っ端微塵に砕けた。
「っがぁ!?」
シャドーマンの腕に触れた左掌のみならず、肩までの腕部すべてが一瞬で消し飛んでしまう。
途端叫び声を上げるリュージ。
全身に走った激痛に、彼の表情が苦悶と共に歪む。
「……シィ」
「っどらぁ!!」
それを見てニヤリと笑うシャドーマンの脳天に、リュージは何とか焔王を叩き込んだ。
シャドーマンは一瞬でアバロンの屋上にめり込むが、不十分な威力の焔王では抑え込むことはできずに容易く弾き返され、そのまま脱出されてしまう。
リュージはシャドーマンを追いかけようとするが、左半身に激痛が走り、そのまま焔王から手を離し力なく膝をついてしまった。
「っだぁ!? くそぉ……!」
「え……ちょ、どういうことですか!?」
「痛みなんて……ゲームで感じるはずがないのに!?」
エタナとアルトが二人の様子を見て、悲鳴を上げる。
明らかに、異常が過ぎる。
ノイズの走る世界。許容範囲以上のダメージを軽く耐え抜くエネミー。そして、痛みを感じるプレイヤー。
もはや、バグというのもどこかおかしい。いったい、今、何が起こっているのか。
理解のできない事象が恐怖を呼び、エタナの足の動きを止める。
その恐怖を感じ取ったのか、シャドーマンがゆらりとエタナの方へと振り向いた。
「……?」
「ヒッ!」
シャドーマンの視線に縫いとめられたかのように、エタナは体をびくりと震わせる。
足がガクガクと揺れ、痙攣したかのように肩が震え始める。
アラーキーとリュージの様子を見て……あるいは自分がそうなってしまうかもしれない未来を想像したのだ。
「……! シャドーマンを止めるぞ!」
「言われんでも!」
「行くぜオラァァァァァァ!!」
アスカ、ウォルフ、サンがシャドーマンの進路を遮るように立ち塞がり、己の武器を構える。
シャドーマンはそんな三人の姿にゆらりと笑い、右腕を輝かせる。
「また……! あの手に触れるなよ!?」
「わかってるっての! ウォルフ!」
「しくるんやないで!?」
三人は言葉を交わし合い、一拍の後に一気にシャドーマンに襲い掛かる。
「はぁぁぁぁ!!」
「シャラァッ!!」
「でりゃぁぁ!!」
咆哮と共に放たれる攻撃は、シャドーマンの逃げ場を覆い、包囲する。
だが、シャドーマンは光陰流舞でその包囲網を脱出し、エタナへと迫る。
「うぉ!?」
「今のは……!」
「キキョウの!?」
三人が驚く間に、シャドーマンはエタナへと迫る。
「………」
「あ……あ……!」
エタナは、動けない。
迫るシャドーマンの、輝く右腕に視線が釘付けとなり……己の身に迫る恐怖に、足を縛られる。
シャドーマンはそれを見て、笑みを深め。
「―――!」
勢いよく右腕を振り上げ、エタナへと一気に迫る。
瞬間、鈴の鳴る音が響いた。
「! キキョ――!」
「光陰流舞!!」
エタナを守るように現れたキキョウが、彼女と共に光陰流舞で消え失せる。
一瞬で移動できる光陰流舞、その真価が発揮された瞬間であったが……。
「―――!」
シャドーマンはキキョウの移動した方向を睨み、自身もまた光陰流舞で移動する。
相手も同じ技を持っているのであれば、その真価も潰されてしまう。
シャドーマンがキキョウの傍に現れる。
「……っ!」
彼女は棍を握りしめ、シャドーマンと正対する。
広いアバロンの屋上、キキョウとシャドーマンの立っている場所は誰の手も届かない場所。
全員の射程の外に、キキョウたちは立っていた。
「キキョウ、さん!」
「んえ!?」
……エタナも含めて。
いつの間にか自身の隣に現れたエタナを見て、サンはキキョウとエタナを見比べる。
と、サンはエタナの傍でキキョウの分身がうっすらと消えていくのを見つける。
「光陰幻舞!? キキョウ!!」
キキョウの持つ、スキル発動が可能な分身スキル。
それによって、キキョウは己とエタナのワープする場所を別々にしたのだ。
「あんの……アホゥ!!」
「無茶を……!」
サンは、ウォルフは、アスカは。
「キキョウちゃん!」
「いけません、今のシャドーマンは!!」
「あ、ああ!!」
ミツキは、アルトは、ランスロットは。
キキョウに向かって手を伸ばす。
彼女を助けようと、手を伸ばす。
しかし、誰の手も届かない。シャドーマンの振り上げる、輝く右腕からキキョウを守ることはできない。
「シィィィィ!!」
「っ!!」
シャドーマンは腕を振り上げ、キキョウは棍を振るう。
互いの一撃が、お互いに炸裂する――。
「キキョウッ!!」
その一瞬に、セードーは割り込んだ。
「セッ!?」
奇跡のような一瞬。間に合うはずのない、割り込み。
ほとんど、勘に頼ってキキョウを追ったセードーが、偶然彼女の行動に先回りに成功したと、遠くに遠ざけられたアラーキーが気付いた次の瞬間。
「シィィィィ!!」
「―――っ!!」
シャドーマンの、右腕が、セードーの交差した両手ごと、彼の心臓を貫いた。
「―――」
一瞬、世界から音が消える。
永遠ともいえる一瞬が、キキョウの目の前で流れる。
「――――」
ことさら、ゆっくりと引き抜かれるシャドーマンの右腕。
未だ輝くそれが、セードーの胸から引き抜かれた。
「――」
瞬間、セードーの体から力が抜け、彼は両膝をつく。
肘から先を失った両腕はだらりと垂れ下がり、微かなノイズを血の代わりに吐き出した。
そしてセードーの体は前のめりに倒れ込み――。
「―――キャァァァァァァァァァァァ!!!!」
キキョウの絶叫が、世界の音を取り戻した。
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「まずいよ、カネレ! いよいよ、シャドーマンのデータ量が、向こうに干渉できるレベルだよ!」
水晶の中に移るアバロン屋上の攻防を見て、エールは悲鳴じみた声を上げる。
「戦ってる皆も、シャドーマンのデータ量に影響され始めてる……! セードー君、このままじゃ死んじゃうよ!」
「あー……そうだねぇ……」
エールにそでを引かれたカネレは、悲しげな表情で悲鳴を上げるキキョウを見る。
崩れ落ちたセードーの体を抱き上げ、叫ぶキキョウ。
セードーの仲間たちは皆激昂したように、シャドーマンへと襲い掛かり始める。
シャドーマンは、顔を歪めながら、輝く右腕で周りを迎撃しようとしている。
「……シャドーマン、上手くいけば、この世界に馴染めると思ったんだけど……」
カネレはそう言いながら立ち上がり、ポロンとギターを一鳴らしする。
「……このままはまずいね。向こうに行って、セードー達を助けないと、ね……」
「早く早く!」
エールはカネレを急かしながら水晶球に触れ、巨大なゲートを生み出す。
カネレは生み出されたゲートを眺めながら、未だ長椅子の上で膝を抱えるエイスへと声をかけた。
「エイス? 君はいくかい?」
「―――行くわ」
エイスは一拍置いてカネレの言葉に答え、ゆらりと立ち上がる。
「……届かない、としても……シャドーマンは……」
「うん、そうだね。彼はもう……殺さないと駄目だねぇ」
カネレはそう呟き、微かにうつむく。
「……ホント、あと少しだったんだけど……」
カネレはそう呟き、何かを振り払うように勢いよく頭を上げた。
「―――っさぁて! 皆を助けに行きますかぁ!?」
ことさら、自分に言い聞かせるように明るい声を上げ、カネレはエールが作ったゲートをくぐっていった。
……クフ。
クハ、ハハ、ハハハハハ!!
コレガ、コレガ、コレガァ!!




