log197.異常
哄笑を上げ続けるシャドーマン。
周囲に集う戦士たちがその様子を窺うように包囲を縮めつつある中、彼は勢いよく右腕を天へと掲げ上げた。
「―――ハァァァァァ!!!」
満面の笑みと共に掲げ上げられた右腕、その先の固めた拳から辺りに向けて強い輝きと衝撃波を放った。
「っ!」
「うぉ!?」
辺りに集う戦士たちの不意を完全につくその一撃は、全員の体を打ち据える。
「きゃ……!」
「油断し……!」
体が吹き飛んでしまうほど強烈なものではない……。だが、体の中を突き抜けるような凶悪な衝撃波。
矛盾した二つの感覚を感じたセードーの視界が、一瞬ぶれる。
「ん……!?」
いや、ぶれるというのは正しくはない。正確に言えば、ノイズが入った。
壊れたテレビが流す砂嵐。それが、光の明滅と共にセードーの視界の中に移りこんだのだ。
「これは……!?」
「なんやこれ!? いきなり、目ん玉ん中に!?」
隣に立つウォルフも突然の光景に驚きの声を上げ、目を抑えている。
「目の中がチカチカしますよぉー!?」
「ぎゃー! なんかざーって音が聞こえてくる気が!?」
さらに、あちらこちらから悲鳴が立て続けに上がっている。
(俺だけじゃない……! これは、一体!?)
セードーはちらつく視界を何とかシャドーマンの方へと向け、次の動きに注意する。
この状態で攻撃を喰らえば、間違いなく終わる。回避も防御もままならないだろう。
だが、シャドーマンは動かない。掲げ上げた右拳からひとしきり衝撃波を放ち続け、それからおもむろに左拳も天へと突き上げた。
「ハァーッハァァァァァ!!」
異様とも言えるテンションの高さで天を突くシャドーマンの拳。
彼の左拳が天を突いた瞬間、セードーの視界をまばゆい輝きが支配し。
「っ……! ……光が、おさま――――なんだ、これは!?」
次の瞬間、世界が一変していた。
先ほどまではとっぷりと沈み込んだ宵闇の帳を這っていた空は、今では見る影もない。絶えず虹彩の変わり続ける、痛々しい色合いへと化していた。
整然と整えられていたアバロンの屋上。おそらく一千人が集まり、キング・アーサーの言葉を賜っていたであろう場所も、あちらこちらがボロボロに成り果ててしまっていた。
……いや、ただボロボロになったわけではない。
「……なんですか、これは。これが……アバロン……!?」
アルトの愕然とした声が、その場にいた全員の耳に突き刺さる。
姿、形自体はおそらくアバロンのままのはずだ。
だが、その所々がノイズの入り混じったようなボロと化し、今にも崩れ去ってしまいそうな危うさを醸し出していた。
時折ノイズが震え、そこから0と1の数字が零れ落ちている。アバロンを覆いつくサンという数のノイズは、時折空中にも浮かび、そのたびに0と1の数字を吐き出している。
何もかもが異様と化した世界……見たこともない、イノセント・ワールドがそこに広がっていた。
「なん、ですか……これは……」
「……俺もこのゲーム長いけど、こんなショッキングなイベント映像は見たことがねぇわ、うん」
言葉と色を失ったアラーキー。おそらく、今この場にいるプレイヤーの中で一番経験豊富なのは彼だ。そんな彼をして見たことがないイベント映像。
「……これは、あれか。あたしら超レアイベントに一番乗り!?」
「いや、確かにレアですが! こんな心臓に悪いレアイベントいりません!!」
グッと握り拳を作る、超ポジティブシンキングなサンの言葉にエタナがすかさずツッコミを入れる。
「だってこんな……! 今にも崩壊しそうなイノセント・ワールドなんて!」
「この場にいるだけで、崩壊に巻き込まれちゃいそうです……」
怖気づくようにジリっと下がるエタナに同意するキキョウ。
実際、かなり不安定な状況になっているのか、目に見える砂嵐のようなノイズは絶えず場所を変え、0と1を吐き出して回っている。変に動けば、自分の体にもノイズが移ってきてしまいそうだ。
一体何が原因で、こんなことが起こり得るのか。仮にこれがイベントだとすれば……シャドーマンは一体、どんなレアエネミーとして設定されているのか。
「……なんやなぁ。イノセント・ワールドの運営って、案外趣味悪いんかいな」
「趣味以前の問題な気がするがな」
少し不審を覚えた様子のウォルフと共に、拳を構えるセードー。
シャドーマンはゆらりと両手を下し、それからセードーの方へと視線を向ける。
「――シィ」
にやりと、口の両端を持ち上げるシャドーマン。獲物を見つけた肉食獣に似ていると、セードーは何となく思った。
「……仮にイベントなら、諸悪の根源を叩けばどうにかなる」
混乱で沸騰しかけた頭を振るって抑え込み、セードーは力強くシャドーマンへと駆け出す。
「ならば今は、一心に拳を振るうのみ……!」
「ハッ! これが終わったら、運営に投書したろうやんかぁ!!」
同じように駆け出すウォルフ。
シャドーマンはそんな二人を見て、ふと顔を下げ――。
「……! ウォルフ! 避けろ!!」
「あ?」
その口元からこぼれる光を見て、セードーは素早く横に飛ぶ。
「へ? え、ちょ――!?」
突然のセードーの行動に、ウォルフはタイミングを逃してしまう。
次の瞬間。
「――――ッ!!」
声にならぬ大絶叫と共に、シャドーマンの口から白色の閃光が放たれる。
「は!? おまっ―――!!」
ウォルフの叫び声さえ飲み込み、閃光は辺りを光と轟音で包み込む。
誰かが悲痛な叫びをあげ、別の誰かが絶叫するが、それらは誰の耳にも届かない。
アバロン全てを包み込む轟音はその場にいる全員の体を揺らし、釘付けにしてしまう。
……そして、一瞬の暴威が過ぎ去ったあと。そこには何も残らない。
綺麗に、そこには何もなかったと主張するかのような傷跡だけを残し、閃光が通った後からは何もかもが消え去っていた。
「――――ッ!?」
最悪の状況を前に、キキョウは顔から色を失い、口を手で覆う。
「ウォルフ……! あんの、バカヤロウ!!」
仲間がやられたのを目の当たりにし、サンは目を見開き激昂する。
「―――シィ」
シャドーマンは目前の結果に満足そうに笑みを浮かべ、次の獲物を探すように首を巡らし。
「ぐぅふあー!? 死ぬかと思た!! あとサンコラァ!! 誰がバカやねんだれがぁ!!」
アラーキーのインストラクターによってボンレスハムのようになったウォルフが、元気にアラーキーの足元で叫び声をあげた。
「……生きてんのかよ!?」
「おう無事やったわい!! いや、死んだと思ったまじで!!」
「ギリギリではあったけどな、うん。こう見えて、俺は手癖が悪いのさ」
寸前でウォルフの救出に成功したアラーキーは緊張をほぐすようにホッと一息つき、それから不可解そうにシャドーマンの方を見る。
「しかし……なんだ今のスキル? 見たことがないぞ……?」
「何って、終末の閃光じゃないですか!! 喰らったら一撃死確定の、チートスキル!!」
アラーキーの言葉にエタナは叫び、身震いする。
「今回は助かりましたけど……次は誰か犠牲になるかもしれませんよ!? また撃つ前に、シャドーマンを――」
「終末の? あれが?」
だが、今の一撃に懐疑的なのはアラーキーだけではなかった。
リュージとアルトの二人もまた、納得のいかない表情でシャドーマンの方を見やる。
「終末の閃光って、あんな白かったか……?」
「私の見間違いでなければ……芯の部分がもっと赤いというか橙というか……そう、太陽のような感じだったと思いますが」
シャドーマンが今しがた放ってみせた一撃……エタナが終末の閃光と呼んだそれは、芯まで白い一撃であった。
自身の記憶と合致せぬ終末の閃光を前に首を傾げる熟練者たちをよそに、ミツキとサンがシャドーマンへと駆け抜けてゆく。
「考えてる場合かよ!! またあれぶっ放されたら、確実に誰か死ぬぜ!?」
「エタナちゃんの言うとおり……! 次が撃たれる前に、シャドーマンを倒しきる!」
「イヒ?」
駆け寄るミツキの方へと振り向こうとするシャドーマンの傍を、ミツキは素早く駆け抜け――。
「ハッ!!」
――その一瞬の間にシャドーマンの腕を取り、関節を締め上げ、その体勢を大きく崩す。
それを狙いサンが力強く震脚を踏み抜く。
「オリャァァァァ!!!」
見事な貼山靠が炸裂し、鋭い破裂音と共にシャドーマンが吹き飛んでゆく。
それを追い、アスカが回りこんでゆく。
「彼女の言うとおりです……! お二人も、攻撃の手を!」
握りしめたショートソードで吹き飛んできたシャドーマンを二度、斬り裂く。
受けた斬撃により、地面に叩きつけられるシャドーマン。その真上に、セードーが跳び上がった。
「チィィィ……!!」
闇の波動を纏い、鋭く構えた手刀でシャドーマンの五体を狙う。
「チェストォォォォ!!」
空中歩法で加速し、一気に落下するセードー。
シャドーマンの体を狙った一撃は、しかし寸前で回避されてしまう。
バク転の要領でセードーの一撃を回避したシャドーマンの胴に、鋭いウォルフのボディーブローが炸裂する。
「――ッ!」
「ハッハー! さっきの御返しじゃボケェ!!」
得意満面でそう叫んだウォルフは、続けざまに左拳を大きくスウィングする。
鞭のごときフリッカージャブは、シャドーマンの右頬を的確にとらえた。
乾いた空気の破裂音と共に、シャドーマンの体が後ろへと飛ぶ。
その先で待ち構えていたリュージが、焔王を肩に担いだ。
「んー。まあ、やるこたぁ変わらんかね」
「そうでしたね……戦いの中で、戦いを忘れていました」
己の遺物兵装によってコピーした焔王を構え、アルトはリュージの反対側に立つ。
飛んできたシャドーマンめがけ、二人は容赦のないダブル焔王スイングを決めた。
鈍い斬撃音とともに、シャドーマンの体が勢いよく真上へと跳ね飛ばされていく。
「やった……!」
一気呵成の攻勢を見て、ランスロットが喝采を上げる。
あれだけの攻撃を連続で喰らい、無事でいられるわけがない。幼い少年はそう信じた。
「………」
対し、アラーキーはじっとシャドーマンの動きを睨みつける。
アラーキーとて伊達に場数を踏んでいるわけではない。
異常な状況と、それを引き起こした元凶。それらが、この程度で終わると思えるほど、アラーキーは楽観的にはなれなかった。
「――――シィ」
吹き飛ばされた、シャドーマンがニヤリと笑う。
「―――みんな避けろぉ!!」
アラーキーは忠告と同時に、シャドーマンの両手が輝く。
「シャァッ!!」
空中で体を捻ったシャドーマンは、仰け反った勢いで両手を振り下ろし、無数の白い光線を辺りへと解き放った。
……ンン。
チョット……アソビスギカナァ?
ソレイジョウハ、ダメダヨ?




