log196.集結
シャドーマンの合図とともに、カエルはあんぐりと口を開ける。
同時に汚らしいゲップの音が辺りに響き、カエルの喉の奥から紫色に染まった気体があふれ出す。
どう見ても毒々しい色のそれを見て、サンは悲鳴を上げた。
「げぇー!? 汚ねぇ! ブレス吐くんなら、もっとがっちり吐けよぉ!!」
「毒ガスブレスか……? 毒消しは……あったはずだが」
「がっちり吐かれたら敵わんわ、あんなん!!」
ウォルフは一度拳をぶつけ合い、気合を入れると目の前の地面に向けて右手を勢いよく振り下ろす。
「ツイスター、いったれぇ!」
ウォルフのパンチの拳圧は地面にぶつかると渦巻き、そのまま大きな竜巻と化してカエルへと向かう。
カエルの吐いた毒ガスブレスを巻き上げ、吹き散らし、竜巻はカエルの体へとぶつかる。
カエルは一瞬竜巻の風圧に耐えたが、すぐに根負けし仰向けにひっくり返っていった。
ウォルフはカエルへの一撃が決まったのを見て、ガッとガッツポーズを取った。
「ッシャァ! カエル程度でワイの拳は止まらんぞぉ!」
「吠えてる場合か! 構えろ!!」
「へ?」
しかしサンは鋭くウォルフに激を飛ばし、彼の斜め右前方辺りに貼山靠を叩き込む。
何もない空間……のはずだったが、サンの背中は見えない何かにぶつかり、衝撃を辺りに伝える。
「うを!?」
「目に見えねぇモンスターまでばら撒きやがった……! ご丁寧に、ご本人まで消えてな!」
「目に見えないだけでしたら、場所は分かりますよ……!」
ウォルフの後ろに下がったエタナは素早く呪文を唱え、両手を広げて風を巻く。
「ウィンド・ソナー……!」
まかれた風はエタナの手足となり、見えないモンスターたちがどこにいるのか、エタナの手の中に伝えてゆく。
「……! 右方向に団体で十体程! 左側には三体程度ですが、結構体が大きいです!」
「ありがとうございます、エタナさん!」
「大まかに場所が分かればやりようはある!」
エタナの言葉に、キキョウとセードーが駆け出す。
右側にキキョウ、左側にセードー。
キキョウは棍を高く掲げ上げ、突き下ろすような構えを取る。
そして見えないモンスターの気配が感じ取れる位置まで移動し、スキルを開放する。
「光陰幻槍・五月雨!!」
キキョウを視点に、扇状に広がる光陰流槍。威力と距離は光陰流槍ほどではないようであるが、広い範囲に広がるモンスターを殲滅するにはうってつけの技のようだ。
クリティカルの快音が響き渡るのを聞きながら、セードーは一気にモンスターたちの中へと潜りこむ。
「………っ!」
そして自身の周囲にそびえる気配に向けて、構えた拳を振り上げてゆく。
「昇破掌底っ!!」
下から叩き上げるように放たれた掌底が、見えぬ何かの体に食い込み、次々と打ち上げてゆく。
「ッシャラァァァァァ!!」
セードーに追いついたウォルフが、打ちあがったそれらを、勘を頼りに叩き伏せてゆく。
シャドーマンが放ったモンスターたちを打ち倒し終えたウォルフは、エタナの方へと振り向く。
「よっしゃつぎやぁ!! シャドーマンはどこや!?」
「いえ、それがっ……! どこにもいなくて! 少なくとも、私のウィンド・ソナーの範囲外にいるんです!」
「なんやてぇ!?」
「今の奴に逃げる選択肢はない……。どこにいる?」
エタナの言葉を聞き、セードーは辺りを見回す。
モンスターの姿が見えないのは、そういう種類のモンスターを使ったからだろうが、シャドーマンが姿を消すのはスキルのためのはず。ならばその姿は必ずどこかになければおかしい。
「―――」
全神経を集中させるセードー。
エタナの言うとおり、シャドーマンの気配が感じられない。
少なくとも、姿が見えていた段階では漠然と感じていた奴の気配さえ、途絶えてしまっている。
まるで、どこか別の場所に移動してしまったように。
「……っ!」
そこでセードーは思い出す。
そもそも、奴が何故シャドーマンなどと呼ばれているかを。
「影だ! シャドーマンは影の中だ!!」
「なんやと!? チィ!」
叫び、セードーは素早く飛び上がる。
シャドーマンの名前の由来……。それは確か、影の中から奴が現れたからだ。
「っ! そうでした……!」
「ああっ!? 忘れてました!!」
セードーの忠告を聞き、その場にいた全員が一斉に飛び上がる。
「え、ちょ!? ま、待ってくれよ!!」
一瞬反応の遅れたサンも、皆を追って真上へと飛び上がる。
その瞬間、サンの体を引っさらおうとしていたらしいシャドーマンの体がサンの影の中から現れる。
「うげぇ!? あたしの影ん中にいたのかよ……!」
空中歩法でシャドーマンの射程から逃れつつ、サンはゾッとしたように呟く。
シャドーマンはやや残念そうな表情になりながら、再び影の中へと潜りこんでゆく。
「――今です、アラーキーさん!」
「よっしゃぁー!」
だが、その体は一気に引きずり出されてしまう。
水面から飛び出すイルカのごとく、シャドーマンの体が宙へと浮かび上がったのだ。
シャドーマン自身が飛び上がったようには見えない。その体に見えたのは、月明かりの中に浮かぶ糸のような物。
「っ! 今の声……!」
セードーが素早く声のした方へと視線を向けると、大きく腕を振り上げたアラーキーと、その隣に立つミツキの姿が見えた。
「シャドーマン一本釣りぃ! ミツキさん!」
「はいっ!」
釣り上げたシャドーマンを引き寄せながら叫ぶアラーキーに応え、ミツキが跳ぶ。
糸によって手繰り寄せられるシャドーマンの体を取り、ミツキは空中でその体を投げ飛ばした。
「地獄落としぃ!!」
地に足つかぬ空中で、ぐるりと体捌きのみで回転し、遠心力を加えての投げ技。
シャドーマンはミツキの妙技を受け、そのまま一直線に地面へと落下してゆく。
「うぉ……! 空中で投げ技!」
「いくらゲームやゆうて、どうなっとんのやホンマに!」
落下するシャドーマンを追い、駆けるセードーとウォルフ。
地面への落着と同時に仕掛けるべく、二人は拳を固めた。
そしてシャドーマンの体が地面へと叩きつけられ。
「――魔雪雹弾射――」
同時に吹き上げる刃雪の嵐。
「ちょ、おま!?」
「ちぃ!」
慌てて足を止め、飛び退く二人。
その間にシャドーマンは立ち上がり、軽く頭を振る。
「フゥー……」
そうしてゆっくり顔を上げ、笑みを浮かべた。
「―――シィ」
「まだ余裕のようね……」
「こいつがシャドーマン……。初めて見たけど、聞いてた以上に不気味な感じじゃないか、うん」
ミツキは軽く上着を抑えながらシャドーマンに近づき、アラーキーはナイフを片手に彼女へついてゆく。
シャドーマンはぐるりと自身を取り囲む者たちを見て、それから両手を上げる。
顔に笑みを張り付けたまま、次の呪文を唱えた。
「――魔刃雪氷陣――」
吹き荒ぶは刃雪の竜巻。シャドーマンを中心に現れた刃の竜巻は、その範囲を一気に拡大していった。
「うぉ……!?」
「きゃ……!」
刃雪の猛威に思わず顔を手で覆うアラーキーとミツキ。
彼らだけではない。竜巻の範囲は普通のそれをはるかに上回り、アバロンの屋上全てを覆いかねないほどの規模で、セードー達に襲い掛かった。
「ぐぉあ!?」
「んぎゃぁー!?」
セードーとウォルフは強風にあおられ、屋上を転がる。
「いやぁー!? なんですかこれぇー!?」
「んごがぎぎぎ!?」
「か、風が強くて、立って、いら、れ……!」
少し離れた場所に立っていたキキョウたちも、竜巻の脅威に翻弄されてしまう。
シャドーマンは唯一無風の竜巻の中心に立ち、自身の周りで翻弄されるセードー達を見て、笑みを深める。
「――シィ」
そして、さらなるスキルでセードー達を翻弄してやろうと、上げていた両手を下し、何らかの印を結ぼうとする。
「―――だぁぁぁぁ…………いぃぃぃぃ…………!!」
その時、ずいぶん遠くの方から誰かの声が聞こえてくる。
具体的には、シャドーマンの頭上……アバロンよりはるか上空からだ。
「?」
いったい何者なのだろうか?と、不審に思ったのか。シャドーマンはついっと自身の頭上を見上げる。
「れぇぇぇぇぇぇぇぇっかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁざぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんんんんんん!!!!」
彼の頭上に現れたのは、巨大な炎を携えたリュージであった。
刀身に纏わせた莫大な炎をリュージは、一切の遠慮なしにシャドーマンの脳天へと叩きつけた。
次の瞬間、竜巻の代わりに辺りを熱波が吹き荒れ、セードー達の冷えた身体を温めていった。
「おわっちぃ!? なんやいきなりぃ!?」
「炎……!?」
「よっす、セードー。元気にしてた?」
リュージは剣を叩きつけた反動を利用し宙返りを打ちながら、セードーの傍へと着地する。
そして、リュージの周囲にアルト、アスカ、ランスロットの三名が降り立った。
「あれがシャドーマン……」
「何故ここに……? いや、先にケンカを売ったのはノースだったが」
「……!」
アルトは興味深そうに、アスカは不思議そうに、ランスロットは驚いたように。
三者三様の反応で、シャドーマンの姿を見やる。
「んごご……! って! おんどれ、円卓の騎士の腐れルーキー!! なんでここに……!」
「あ、う」
過ぎ去った熱波を何とか耐えたウォルフが、突然現れたランスロットをビシリと指差し、大声を張り上げる。
その声と内容、双方にしり込みしたランスロットは、たじろぎ一歩下がってしまう。
「おうおう、おんどれようもまぁ、ワイらの前に……!」
それを見てウォルフはさらにランスロットを追い立てるように立ち上がり、前に出る。
だがそれを、セードーとアルトが止めた。
「やめろウォルフ。場末のチンピラじゃあるまいに、無暗に絡むな」
「憤られるお気持ちは察します。ですが、彼にはまだやらねばならないことがある。お相手は、その後にいたしましょう」
「アルトさん……うう……」
「……なんやん、いきなり……」
二人に止められ、意気消沈したウォルフは、拗ねたようにそっぽを向いた。
「ちょう、からこうただけやん……。そんなん、マジになって言うことないやん」
「俺はセードー。貴方は?」
「私はアルト。通りすがりの、おせっかいな男です」
「少しはワイに構ってー」
いじけはじめたウォルフを放っておいて互いに自己紹介を済ませるアルトとセードー。
油断なくシャドーマンの方を窺いながら、セードーはアルトへ問いかける。
「ランスロットはともかく……貴方は戦えるので?」
「ええ。非才の身なれど、尽力させていただきます」
アルトはレイピアを抜き払い、構える。
その所作を見て、セードーは納得したように自分も拳を構えた。
「腕に自信ありと見た。頼らせてもらおう。リュージもな」
「俺のことは忘れててもよかったのよ?」
リュージは苦笑しながら、焔王を構えた。
「まあ、個人的には、シャドーマンとやらに興味はあったけどね」
「そうか……なら気を付けろ。興味本位に手をつっこめば、手首ごと噛み千切られるぞ」
「何それ怖い。まあ、気を付けるわ」
セードーの忠告に身震いしながら、リュージはシャドーマンに視線を向ける。
リュージの一刀によって叩き伏せられていたシャドーマンは、ゆっくりと立ち上がるところであった。
「―――」
そして、ぐるりと自身の周りを見回す。
「……っ!」
「ちっ、まだ倒れてねぇとか……」
「頑丈ですね……」
棍を構えるキキョウ、拳を構えるサン、クルソルを構えるエタナ。
「底が見えない……。というか、レアエネミーにしても、ダメージ表現位あってもいいんじゃないの? うん」
「改めて相対しますけど、不気味な存在です……」
油断なくナイフを構えるアラーキーに、ゆらりと手を振るミツキ。
「つか、人間タイプって珍しいよな?」
「イレイザーなども人の形をしていますが、完全な人型となると……」
「私も、聞いたことがありません」
「………僕も」
今までの経験から、シャドーマンの正体を探ろうとするリュージ、アルト、アスカ。その影に隠れるランスロット。
「相変わらず元気なやっちゃの……。もう立ちおったで」
「ボケを殺されたお前とタメを張るレベルだな……」
「なあ今それ言う必要あるん?」
辛辣な相棒に青筋を立てるウォルフ。
そして、襟首を掴まれながらも冷静にシャドーマンを見据えるセードー。
―――役者は、揃った。
「――フ、ハ、ハハ、ハハハ………」
シャドーマンは笑みを溢し、空を見上げ、大きな声で笑う。
「ハハハハ、ハハハハハ、ハハハハハハハハ!!!!」
今この場にある全てが愉快でたまらない……。そう主張するかのごとく、シャドーマンの哄笑が辺りに響き渡っていった。
……シャドーマン、タノシソウダネェ。
ダカラコソ……マチガエタラダメダヨ?




