log195.駆上
エタナ、キキョウ、セードー、シャドーマン。
この四者による第一回アバロン頂上到達競争は、さながら障害物レースの様相を呈していた。
「ひぇええええ!!」
あられもない悲鳴と共に、大股開きでアバロンの傾斜を駆け上がるエタナ。スパッツ履きとはいえ、下半身ミニスカートの女子とは思えない姿である。
とはいえそれも止むかたあるまい。何しろ後方より迫るシャドーマン、その両椀が何やら巨大に膨れ上がり、前を走る三人の体を抉らんと迫っているのだから。
「シィィィ!!」
「この巨碗……! 毛深さと爪を見るに、熊のようだな」
「冷静に分析してる場合じゃないですー!」
すっとぼけた表情でシャドーマンの一撃を捌くセードーに、悲鳴じみた抗議を上げるキキョウ。
STR強化型のセードーは闇衣も相まって危なげなくシャドーマンの剛腕を捌けるが、DEX強化型のキキョウではかするだけでも割と危険である。
「あぶ、ない!? けど……!」
光陰流舞で迫る剛腕を躱し、キキョウは一気にシャドーマンの懐に忍び込む。
「巨碗のリーチ、懐ならぁ!!」
今のシャドーマンの両腕は軽く見積もって5メートル前後。そんな巨碗では、当然懐まではカバーしきれない。
光陰流舞の特性を生かし、剛腕のすり抜けて接近するキキョウ――。
「――シィ」
――彼女を、シャドーマンは人間の両手で迎え撃つ。
長く伸びた剛腕、その中から強引に人間としての両手を引きずり出したのだ。
「なっ!?」
肉を引きはがす嫌な音……はさすがにしなかったが、所々データ化し、ちりちりと数字のような欠片が飛ぶシャドーマンの両腕。
しかしシャドーマンはそれには一切かまわず、迫ってきたキキョウにその両手を打ちこむ。
「シィィ!」
「くっ!」
一瞬怯んだキキョウであるが、すぐに気を取り直し、棍を振るう。
迫るシャドーマンの拳を最小の動きで躱し、下から掬い上げるような一撃を見舞う。
シャドーマンは一歩だけ下がることで、キキョウの一撃を回避する。
キキョウは棍を振り上げた勢いで、背中の方に棍の反対側を突き、後方へバク転しながら逃れる。
シャドーマンはニヤリと笑い、剛腕を操りキキョウの体を捕まえようとする。
「光陰、流槍!」
しかしキキョウの体は一瞬で光の槍と化し、シャドーマンの体を突き抜ける。
鈴なりの音共に、シャドーマンの体が微かに後ろへと下がる。
それとともにセードーはシャドーマンの真上へと飛び上がる。
「五体武装・闇衣……」
纏った闇の波動を腕に集中し、大きく振り上げ、シャドーマンの頭上を狙いそのまま落下。
「チェストォォォ!!」
渾身の力を籠め、シャドーマンの頭に手刀を振り下ろす。
闇の波動の力とセードーの全力の籠った一撃が、シャドーマンの体をアバロンの外周の中へと叩き込む。
べろべろと、シャドーマンの剛腕が空気の抜けた風船のように弄ばれるのを横目に、セードーとキキョウはアバロンの屋上へと向かう。
……そして数秒後には、シャドーマンが穴から体を引きずりだし、セードー達を追いかける。
「マァーテェー!!」
遊んでいる子供そのものの満面の笑みを浮かべながら追いかけてくるシャドーマンを見下ろしながら、セードーはため息を一つつく。
「さすがに疲れるな……」
「耐久力が桁外れです……。シャドーマン、倒せるんでしょうか?」
「………」
セードーと並んでアバロンを駆け上がるキキョウの不安そうな言葉に、セードーは黙り込む。
実際、ここに上がってくるまでにもかなりの数の攻撃を叩き込んでいる。
光陰流槍を始めとする攻撃スキルはもちろん、キキョウの杖術にセードーの空手、それぞれの必殺の技も打ちこんでいる。
だが、シャドーマンには応えた様子がない。それどころか、今も元気にセードー達を追いかけてくる始末だ。
シャドーマンはアバロンを駆け上がりながら、氷柱を無数に出現させる。
「マテー!」
「――ッ! エェイ!」
飛来する氷柱群を叩き落とすキキョウ。
セードーも裏拳で氷柱を落としながら、シャドーマンをじっと見据える。
「……」
「ハハ、アッハハー!!」
実に楽しそうな笑顔を浮かべるシャドーマン。
その顔から感じる印象は……かつて殺すと告げ、対峙した時のものと比べてだいぶ印象が変わっていた。
……かねてより抱いていた疑問が、ふとセードーの頭の中をよぎる。
「……やはり……」
イノセント・ワールドという世界。カネレの言葉。そして、シャドーマンの存在。
セードーは、ポツリとつぶやく。
「……もう少し、かもしれんな」
「え? 何がですか?」
セードーのつぶやきに、キキョウは首を傾げる。
しかしセードーはキキョウの問いに答えることなく、屋上の方へと視線を向けた。
「――屋上まで、あとどのくらいだろうか。かなり登ってきてると思うが」
「ふ、二人ともー! 早く登ってきてくださーい!!」
セードーの疑問に答えるように、真っ先にアバロンを登りきったエタナが、屋上から手を振っていた。
「思った通り、屋上はすごい広いです! まっ平らです! ここなら、存分に戦えるはずですー!!」
「エタナさん! ……セードーさん!」
「ああ!」
セードーとキキョウは振り返り、シャドーマンを見下ろす。
シャドーマンは複数の属性の魔法弾を用意し、今まさにこちらに放とうとしているところであった。
「ハッハハァー!」
「五体武装・闇衣!」
セードーは闇の波動を纏い、右腕を大きく引く。
「――エレメント・ブラスト――」
そしてシャドーマンが魔法弾を放つのと同時に、目の前の空間へ拳を叩きつけた。
「暗具砲!!」
闇の波動を纏った衝撃波が、シャドーマンの放った魔法弾をすべて叩き落としてゆく。
そしてがら空きになった正面へ向け、キキョウは駆け出してゆく。
「光陰幻舞!」
そして五体へと分身し、シャドーマンへと飛び掛かってゆく。
「「「「「やぁー!」」」」」
まず一人目が、棍を横薙ぎに振るう。
シャドーマンはそれを飛んで躱すが、二人目が逃げ道を塞ぐように飛び上がり棍を打ちつける。
シャドーマンは両手でそれを防ぐが、そのまま叩き落とされ、残った三人が一斉にシャドーマンの体を棍で突いた。
「「「鐘突きぃ!!」」」
シャドーマンの体を貫くように押し込まれた三本の根が、シャドーマンの体をアバロンから弾き飛ばす。
「―――?」
ぽかんとした表情で、アバロンから落下してゆくシャドーマン。
そのまま、落ちてくれればあるいは楽なのだが、それより先にシャドーマンの姿が鈴なりの音とともに消える。
「っ! 光陰流舞!」
「今度はどこに出る――?」
キキョウとセードーは素早く周囲に警戒する。
右、左、前、後ろ、頭上。
素早く互いの死角をカバーするように動き、三百六十度、全方位へと警戒を飛ばす。
……だが、一瞬で姿を現すはずのシャドーマンはセードー達の周囲に現れることはなく――。
「っきゃぁぁぁ!?」
「っ!」
「エタナさん!?」
代わりにエタナの背後に現れ、一瞬で彼女の足を掴み、アバロンの屋上から宙吊りにしていた。
「ちょ、何するのですか、年頃の乙女にぃ!? スパッツでも恥ずかしいものは恥ずかしいんですよ?」
「――? ハズカ、シイ?」
今更スカートを手で押さえ、シャドーマンに猛抗議するエタナだが、シャドーマンは意味が解らないというように首を傾げる。
シャドーマンは首を傾げたまま、エタナへと問いかけた。
「ナニ、ソレ?」
「ムッカー! 私に恥じらいがないとでも言いたいのですか!? 確かにさっきは全力疾走であらゆる全てを無視しましたけど、それは命の危機が迫っていたからでですねぇ!!」
文字通り目の前の迫る危機を前に、色々ネジが吹き飛んだのか激昂するエタナ。
しかし、激昂するエタナをシャドーマンはきょとんと見下ろすばかりである。
「あれ、ひょっとしてシャドーマン何もわかってないんじゃないでしょうか……?」
「……まあ、顔を見れば一目瞭然だな」
ひたすらすれ違うエタナとシャドーマンを見上げつつ、セードーたちは全速力でアバロンを駆け上がる。
……今まで、シャドーマンの興味はセードーとキキョウに向いていた。
それがいきなりエタナに移った理由は分からない。だが、エタナのガードが完全に意識から抜け落ちていたせいで、今エタナがピンチに陥っているのは確かなのだ。
「間に合ってください……!」
「いささか遠い……!」
キキョウがMPを回復しながら駆け上がる。
セードーは残る距離を目算で測り、光陰流舞で間に合うかどうかを考える。
記憶の中にあるキキョウの光陰流舞の射程と、残った距離……もう少し走っても、まだ差が埋まらないように、セードーには思えた。
「光陰流舞でも……! キキョウ! 俺が飛ばす! そこから光陰流舞で――!」
「え!?」
拳を固めて叫ぶセードー。
キキョウがその言葉を聞き終えるより早く、シャドーマンはエタナの足を握った手を大きく振りかぶる。
「ああ、ちょ、ま、いやぁぁぁぁ!?」
「っ! いかん……!」
「あ!? 光陰流舞!!」
エタナが投げ飛ばされそうになっているのを見て、キキョウは光陰流舞で一度飛ぶ。
しかし、彼女の体はまだアバロンの屋上の届かない。
……光陰流舞は一定距離を一瞬で飛ぶスキル。だが、一定以上の距離を飛ぶには、どうしても一拍、間を置く必要があるスキルなのだ。
「―――シィ」
「だめぇぇぇ!!」
キキョウがもう一度飛ぶより早く、エタナの体がシャドーマンの手により容赦なく投げ飛ばされる――。
「貼っ! 山っ! 靠ォォォォォ!!!」
――瞬間、烈火のごとき少女の叫びが、一発の震脚と共にシャドーマンの体を容赦なく弾き飛ばした。
「―――!!??」
「きゃっ!?」
「おっと、あぶない!」
必殺の一撃を喰らい、エタナから手を離すシャドーマン。
あわや落下しかける彼女の体を、風を纏った少年が受け止め、一息つく。
「フゥー! 間一髪やったなぁ、オイ!」
「つか、何でシャドーマンがここにいんだよ!? 聞いてねぇぞ!」
「サンちゃん! ウォルフ君!」
危ういところでエタナを救った二人は、そのまま落下していくシャドーマンの姿を見て、驚いたような表情になっている。
円卓の騎士にケンカを売りに来ただけで、あのPKとまた出会うとはさすがに思わないだろう。
安堵のため息をつきながら、キキョウたちに遅れて屋上へ上ったセードーは二人に注意を促した。
「理由は不明だが、見ての通りだ。それより、構えろ二人とも」
「あん? 構えろって、今シャドーマンは――」
サンがシャドーマンの落ちていった辺りを指差すのと同時に、アバロンの屋上に轟音が響き渡る。
「なんや!?」
ウォルフとサンが音のした方に振り返ると、巨大なカエルに乗ったシャドーマンがいつの間にかアバロンの屋上に現れていた。
セードーは闇衣を纏い、二人へ言葉を続けた。
「――今のシャドーマンは、以前よりはるかに手強くなっている。手札は、あれだけじゃないぞ」
「……みたいやな?」
軽く顔を引きつらせながら、ウォルフもエタナをおろし、ファイティングポーズを取る。
「――シィ」
シャドーマンはニヤリと笑みを浮かべると、スッと片手を上へと上げた。
なお、下着類はアクセサリーとして存在し、現実顔負けの素敵装備が存在する模様。




