log194.墜落
まるで初めから据えられたかのような大穴の縁を蹴りながら外を目指すエタナとキキョウ。
溶けた形跡すらない破壊跡を見て、エタナは改めて身震いを起こした。
「これ……溶ける間すらなく消滅したってことですよね……? ゲームってわかってますけど、それが余計に怖いですよぉ……」
「そうですね……」
エタナに同意するように頷くキキョウ。
このゲームにおける破壊跡は、おおむね現実の物理法則に従う。力尽くで引き裂けば物体は歪に歪むし、炎で炙れば溶けたり焦げたりする。
これはドラゴンを始めとする超常存在であっても同じで、一般的なドラゴンブレスであれば、その超高温によって物質は溶けるか灰になるかの二択となる。
だが、エンシェント・ドラゴンの終末の閃光はそのどちらでもない。一条の破壊光線は、あらゆる変化を許さず、ただ通り道の物体を消滅させた。
さすがは999999ダメージを対象に押し付けるスキルといったところか。
「さすがに、連発はできないようです……というか連発されたら終わります!」
「避ける間もなさそうですしね……。けど、シャドーマンはどこでエンシェント・ドラゴンと遭遇したんでしょうか? 遭遇例、ほとんどないんですよね?」
キキョウの純粋な疑問に、エタナは小さく頷きながら答える。
「ああ、はい。イノセント・ワールドが始まってから、遭遇例が二桁に届かないは伊達ではないようで、大型イベントの際も、まったく姿を現しません。……ただ、ここ半年以内にプレイを開始した人以外は、ひょっとしたら一回くらいは出会ってるかもしれませんね」
「え? どういう意味です?」
「一度出現しますと、“エンシェント・ドラゴン撃退!”という突発イベントが発生するんですよ。エンシェント・ドラゴンが出現しますとイノセント・ワールド中のダンジョンから、ボスクラスを除くモンスターが全員消えましてね……。そんな状態を何とかするためにエンシェント・ドラゴンを追い返そうという趣旨のイベントです」
強大過ぎるモンスターを前に、ボス以下の弱小モンスターは自然と姿を隠してしまうという設定らしい。
モンスターが出てこなければ、それらの素材を利用するシーカーとしては商売あがったりだろう。まあボスは平常運転らしいので、そちらの素材を狙う者たちにとってはむしろ稼ぎ時らしいのだが。
「なるほど……撃退に成功すると、どうなるんですか?」
「いちばん大きいのは経験値でしょうかね? メタルゴブシリーズを一週間追いかけるよりも多くの経験値が、イベントに参加したプレイヤー全員に配布されます。それ以外にも、結構な量のレアアイテムが手に入るんです。設定上、エンシェント・ドラゴンは時間と空間のはざまにいるとか言われて、イノセント・ワールド上の全てのモンスターの性質を備えるとのことで……」
モンスターが出ないなりのメリットは当然あるらしい。経験値もレアアイテムも、相応の実入りとなるだろう。特に経験値は、撃退に貢献しきれずとも平等に入るらしい辺り、運営も太っ腹なモンスターを用意したと言える。
まあ、イノセント・ワールドが始まって二桁以下の遭遇率では完全平等とも言い難いだろうが。
「それはすごいですね……。半年以内というのはどうしてです?」
「それはもう、半年前にエンシェント・ドラゴンイベントが発生したからです。実は私も参加しまして、おかげでいろんな装備がレベルアップですよ!」
「それは美味しそうなイベントですね……」
「何が美味しそうなんだ?」
そうこうするうちに追いついてきたセードーは、美味しそうという言葉に小首を傾げてキキョウを見やる。
「この後の祝賀会で食べる料理の話か?」
「え? いや違いますよ! なんで私を見るんですか!?」
「いや、キキョウがおいしそうって言うから……」
「まあ、その話は後にしましょう! いつの間にか外に出られましたし!」
エタナの言うとおり、シャドーマンが開いた穴から外周部に到達することができた。
動力炉までの道筋までまっすぐ開いた穴を見やりながら、セードーはポツリとつぶやく。
「さて……ここからどうするか。叶うなら、平坦な場所でやり合いたいが……」
「そうですね。視界が開けた場所の方が、奇襲には対処しやすいです」
セードーの意見に同意しながら、キキョウは辺りを見回す。
アバロンは全体としてはドーム状の構造物となっている。
飛空艇としてはかなり巨大であるため、外周部だけでも平坦な部分は多いが、同時に高低差もかなり激しい。
普通の人間型モンスターが相手であればこの高低差を活かして逆に奇襲なども仕掛けられるが、今のシャドーマンにそれが通用するかどうかは怪しいものだ。
最悪、段差ごと終末の閃光や類似スキルによって薙ぎ払われる可能性もある。
戦うに最適の場所を探す二人に、エタナはメモ帳を捲りながら提案する。
「では、アバロンの屋上はいかがでしょうか? イベント時には演説場として用いられ、一千人が整列してもまだ広いと聞きます。今のシャドーマンと戦うにはうってつけではないでしょうか?」
「なるほど……」
セードーは上を見上げる。
エタナの言うアバロンの屋上、それを確認することは敵わなかったが、アバロンの全景を考えれば彼女の言う場所は確かに戦いには最適の場となるだろう。
「ではそこを目指して昇ろう。途中で皆にメールを――」
クルソルを取り出すセードー。
そのタイミングで、アバロン内部が大爆発を起こした。
「ッ――!?」
爆炎と閃光が穴の中から溢れだし、アバロン全体を揺るがす。
本日、二度目の振動。それと同時にアバロンが悲鳴を上げた。
全身が歪み、軋むような悲痛な音共にアバロンの高度が少し下がったように感じる。
「――これは、まさか?」
「……え? これ、落ちてません?」
下降高度は数センチ程度だろう。……しかし、今確実にアバロンは落ちた。
キキョウはごくりと生唾を飲み込む。
「……動力炉が死んで、アバロンそのものも死にはじめたんでしょうか……」
「ま……まずいですね、これ……」
まさかの事態に、エタナも顔を引くつかせる。
笑う様に頬の端を引きつらせながら、エタナは控えめに提案する。
「――いっそシャドーマン放置しません? アバロン落下に巻き込めれば、確実に死にますよこれ」
エタナの提案は、至極真っ当な意見だろう。
うまくいけば、わざわざ危険を冒す必要もなくシャドーマンは死ぬ。この大質量に巻き込まれて墜落すれば、さすがに助からないだろう。
しかし、セードーは緩やかに首を振る。
「残念だが、その意見には――」
同時に、噴き上がる炎と共にシャドーマンが姿を現した。
「シィィィ!!」
「……ハッ!? しまっ!」
笑顔を浮かべたままシャドーマンは右腕を大きく振りかぶり、エタナに向かって振り下ろす。
セードーは踏込と共に両足を大きく回し、回し受けの要領でシャドーマンの体を捌く。
「足廻し受けっ!」
「シ?」
腕ではなく足による廻し受け。曲芸にしか見えないそれによって捌かれたシャドーマンの体の方向は強引に変えられ――。
ごぎんっ!!
――振り下ろされた付近の外周部が容赦なく抉られた。
車一台は優に三枚下しにされていたであろう爪痕を前に、エタナは慄く。
「げぇ!? クロー系のモンスタースキルですか!?」
「シャドーマンは逃がしてはくれまい。最悪、脱出した後もついてくるぞ!」
「ここで、倒してしまいましょう! ですが、エタナさん! 今は!」
「すたこらサッサですよぉー!!」
大慌てで外周部を駆け上り始めるエタナ。
幸い、アバロンの外周部は突起物が少ないが傾斜は緩やかだ。わざわざ中に入らずとも、屋上へ上り切ることはできるだろう。
自身の体を捌かれたことが不思議なのか、シャドーマンは首を傾げながら何度か爪を振るう。
そのたびに、周辺外周部が削れて行く。恐ろしい威力だ。
セードーはシャドーマンの動向を油断なく見据えながら、キキョウを促す。
「キキョウ。先に行ってくれ」
「……はい!」
キキョウはわずかに逡巡したが、すぐに頷きエタナを追いかける。
セードーはその姿を見上げつつ頷き、拳を固めシャドーマンを見やる。
「さて。出てきてそうそう悪いが――」
そして空中に跳び上がり、拳を引く。
「今しばらく、穴の奥にいてもらおう!」
「?」
セードーの方にシャドーマンが振り向く。
同時に闇の波動を纏い、セードーは拳を振り抜いた。
「暗具砲!!」
闇の波動を纏った衝撃砲が、シャドーマンの体を打ち据える。
拮抗は一瞬。シャドーマンの体を突き抜けた衝撃は、そのままシャドーマンの体を穴の奥へと叩き込んでゆく。
「―――?」
自身の身に起きたことが理解できないでいるかのような間抜けな表情で落ちてゆくシャドーマン。
強敵のマヌケな表情を見続けられないことを惜しみつつも、セードーは空中歩法で外周部に戻る。
そのまま外周部を飛び上がりながらエタナとキキョウの後を追う――。
カラァン。
――鈴の音と同時に襲い掛かる蹴りの一撃を、セードーは間一髪のところで受け止めた。
「……忘れていた、それがあったか……!」
「シィィ……!」
キキョウの光陰流舞。あらゆる接触判定を無視し、一定距離を移動する移動用スキル。
使い方を間違えると壁の中でHPが0になるのを待つしかなくなるが、移動先が把握できていれば、このように穴の底から地上へ這い出すことも可能となるスキルだ。
「厄介な技を覚えたよ、つくづくな!」
「アッハハァー!」
セードーはシャドーマンの顔面を狙って拳を突き入れる。
笑みを浮かべつつ、首を傾げて回避するシャドーマン。
お返しとばかりに手刀の一撃がセードーの首を薙ぐが、それをギリギリ回避しながらセードーは勢いよく足を振り上げる。
「斬空脚ッ!!」
同時に足尖より放たれる斬撃。
シャドーマンはそれをあっさり回避するが、後方に残っていた外周部に深い斬撃痕を残しながら斬空脚は突き進んでゆく。
「ハァー……」
「………」
シャドーマンはそれを物珍しそうに視線で追いかける。
その間に、セードーはアバロンの屋上へと向かう。
「ァー………………ア。マテー!」
セードーがいなくなったのにしばらくして気が付いたシャドーマンは、セードー達を追いかけるようにアバロンの外周部を登り始める。
なお、威力は衝撃砲の方が上だが、有効射程は斬空脚の方が上らしい。




