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「………ッ!」
キキョウは徐々に追い詰められ、足場の端まで追いやられてしまう。
「――シィ」
シャドーマンの顔が凶悪に歪む。
そして深く腰を落とし、右手を手刀の形に固める。
「シィィヤァァァァァ!!」
鋭い気勢と共に放たれる手刀。
キキョウの体を貫かんと放たれたその一撃は、虚しく空を突いた。
シャドーマンが突きを放つ直前、キキョウは棒高跳びの要領でシャドーマンの頭上へと飛び上がったのだ。
「紫電打ち!」
「っ!」
そしてシャドーマンの頭上から、しなりを付けた棍の一撃を見舞う。
肉を打つ激しい音が響き、シャドーマンが膝をつく。
その背後に着地したキキョウは、振り向きざまにさらなる一撃を放った。
「旋風突きぃ!」
手の中で回転させた棍が旋風衝棍を纏い、シャドーマンに迫る。
「―――!」
ふらふらと立ち上がりかけたシャドーマンは、迫る一突きをとっさに掴んだ。
――瞬間、棍が生み出した螺旋の衝撃をもろに受け、手がねじ切りかけられる。
「っ!?」
シャドーマンは慌てて棍から手を離す。
そうしてがら空きになった胴に、キキョウはさらに一突き叩き込んだ。
「鐘突きぃ!」
押し込むように、棍の石突を空いた掌で強かに叩く。
加速した棍の先端がシャドーマンの胴に突き刺さり、その体を強く弾き飛ばした。
「―――!?」
体に受けた衝撃を逃がすようにシャドーマンは空中歩法を駆使して後ろの足場へと逃れる。
「逃がしません!」
それを追いかけるキキョウ。カランと、涼やかな鐘の鳴る音が響き、キキョウの姿がシャドーマンより先に足場へと現れる。
「っ!」
「やぁぁぁぁ!!」
足場に着地しかけたシャドーマンの体を、キキョウの一撃が襲う。
寸でのところで棍を受け止めることはできたが、シャドーマンの体はまた別の足場に向けて弾き飛ばされてしまう。
空中歩法で下の方へと落下しないように空中を逃れるシャドーマン。今度は足場まで比較的距離がある。キキョウの光陰流舞でも、一瞬で回りこむのは不可能――。
「光陰――」
――ならば、一撃で貫いてしまえばいい。
「流槍ォォォ!!」
キキョウが叫んだ瞬間、彼女の体は光の槍となりシャドーマンの体を貫いた。
鈴なりのような涼やかな音が、動力炉内に響き渡った。
「!?!?」
体を貫かれたシャドーマンの体が、上へと弾き飛ばされる。
ふわりと、シャドーマンの体が宙に浮かぶ。
「決まりましたね!」
セードーに抱えられながら足場を移動するエタナは、歓声を上げる。
追い詰めた、と思わせてからの一点攻勢。
流れるような攻撃の流れをスクショにも収めることができ、エタナはご満悦だ。
対するセードーの顔はまだ険しい表情になっている。
「いや……油断にはまだ早い」
キキョウたちからやや離れた足場に着地し、エタナを下してやりながらセードーはシャドーマンから視線を外さない。
「いくら殴ってもHPバーも出なければ、クリティカル音すらしない。おそらく、ダメージもさほど積み重なってはいない」
「そうでしょうか? あれだけ殴られればシャドーマンだって、堪えてるはずですよ!」
ゆっくりと落下し始めたシャドーマンの姿をスクショに収めるエタナ。
そんな彼女に、セードーは思い出させる。
「――エタナ。シャドーマンは、一度見ただけの俺の技を完全に模倣してみせた」
「え? ………そういえば」
「そして先にみせた魔法……おそらく奴は――」
セードーがその先を口にするより早く、シャドーマンは口を開いた。
「―― オ ボ エ タ ――」
耳障りなノイズと共にシャドーマンの顔が愉悦に歪む。
次の瞬間、シャドーマンの姿が光と共に消える。
「っ!?」
キキョウは目を見開き、そして背後に現れた気配を感じ慌てて振り返ろうとする。
だが防御は間に合わず、無防備な脇腹に鋭い足刀蹴りが突き刺さった。
「おぐっ……!」
今度はキキョウの体が、木の葉のように吹き飛んでゆく。
シャドーマンは蹴り抜いた足を振り払い、キキョウに狙いを定める。
「――シィ」
そうして再び、光の中へと消える。
一瞬でキキョウの元に飛んだシャドーマンは、キキョウの体を遠慮なく蹴り上げる。
「シャァッ!」
「っ!」
キキョウは棍で蹴りを受け止め、上へと弾き飛ばされながら辺りを見回す。
付近に、何とか一回で移動できそうな足場があった。
「光陰流舞!」
スキル発動と共に光となり、一瞬で足場へと移動するキキョウ。
減ったMPを回復するべく、MPポーションを取出し、その中身を呷ろうとする。
だが、手にしたポーションがシャドーマンの突きによって弾き飛ばされてしまう。
「あっ!?」
「――シィ」
キキョウと共に飛んだシャドーマンは、キキョウに向けて一突き入れ、さらに手刀で彼女の体を弾き飛ばそうとする。
キキョウは慌てて後ろに向かって飛び、シャドーマンの一撃を回避する。
シャドーマンは拳を固め、キキョウへと追い迫る。
「シャァァァァ!!」
狙いを定めない拳の乱打。キキョウはそれを横っ飛びに回避する。
瞬間、シャドーマンの拳の軌道がグネリと曲がる。
横に飛んだキキョウに追いすがるかのような一撃が、彼女の腹を打ち据えた。
「きゃぁ!?」
キキョウの体が足場を転がる。
シャドーマンはニヤリと笑い、キキョウに向けて掌を向ける。
「――ファイア・ブレード――」
聞こえてきた壮年の男性の声とともに、魔方陣から炎で出来た剣が現れる。
炎の剣は一度空間を薙ぎ、倒れたキキョウに向けて縦に振り下ろされた。
「くっ……!」
打ち据えられた腹を抑えながら、キキョウは炎の剣の一撃を躱す。
地面に叩きつけられた炎の剣は、次の瞬間、弾けて大きな花火と化した。
ギリギリで躱したキキョウの体を、弾けた爆火が焼いてゆく。
「きゃぁぁ!!」
体を襲う炎熱が、容赦なくキキョウからHPを奪ってゆく。
また転がってゆくキキョウに、シャドーマンは掌を向ける。
「――エアロ・クラッシュ――」
キキョウの頭上から、風の塊が降り注ぐ。
強風の圧力によって、キキョウの体が足場にはりつけになってしまった。
「あぐっ……!」
圧力はキキョウの体を軋ませ、その身から動く力を奪ってゆく。
強風の圧力が去った後も、キキョウは立ち上がることができない。
見れば、頭上に浮かぶHPバーは赤く、力なく明滅していた。
「あ、う……」
瀕死状態に陥ったキキョウの視界がぐらりと歪む。
「――シィ」
シャドーマンは、キキョウに止めを刺すべく彼女へ近づいてゆく。
固めた拳を、倒れたキキョウへ叩きつけるべく大きく振り上げる……。
「――チェストォォォォォ!!」
「っ!」
だが、その寸前シャドーマンの頭上に影が差す。
同時に聞こえてきた気勢。シャドーマンは素早く後ろへ下がる。
そしてシャドーマンのいた場所に、セードーの手刀が振り下ろされる。
足場が物々しい音を立てて大きく揺れる。
一拍置いて、キキョウの傍に風を纏ったエタナが降りてきた。
「キキョウさん! 大丈夫ですか!?」
「エタナさん……セードーさん……」
「キキョウ、一旦下がれ。あとは請け負う」
セードーはキキョウにそう告げながら、シャドーマンと正対する。
キキョウはクシャリと顔を歪めると、エタナの体に縋りついた。
「ご、ごめんなさい……! 私、シャドーマンに……!」
「ああ、キキョウさん……! 大丈夫ですって! ねぇ、セードーさん!」
「無論。むしろ、シャドーマンの特性にはっきりとした結論が出た」
油断なく拳を構えながら、シャドーマンを睨みつけるセードー。
「奴は一度対峙した相手……もっと言えば、一度見た技術やスキルを完全に模倣できるようだ。如何な理由かはわからんが、今までも相当なプレイヤーを喰らっている……。奴の手札、おそらくあれだけではないぞ」
「コピータイプって奴ですねぇ……。けど、あんな多彩に技を覚えるエネミーなんて聞いたことがありませんよ……!」
「俺もないな」
キキョウに回復魔法を掛けながら呟くエタナ。
彼女に同意するように頷きながら、セードーはポツリとつぶやいた。
「……それに、以前よりはるかに気配が濃くなっている。成長しているのか?」
「え? セードーさん、何か言いました?」
「攻めるなら早いうちがいいが、ああなってしまうと迂闊に手も出せないな」
エタナにそう言ってごまかし、セードーは腰を落とす。
「手の内が全く読めん……。迂闊な攻め方をすれば、逆に攻め落とされる」
「うぅ……」
キキョウががっくり項垂れる。自分の技がコピーされてしまったのがショックなのだろう。
キキョウの光陰流舞は使い方を間違えなければ、圧倒的に優位に立ち回れる移動技だ。シャドーマンがその使い方を完全に学び終える前に、叩き伏せる必要があるだろう。
セードーはまっすぐにシャドーマンを見据える。
「――だからと言って、やることも変わらんか」
そして身に闇衣を纏い、シャドーマンへと駆け出していった。
「行くぞ、シャドーマン!!」
「――シィ」
シャドーマンはニヤリと笑い、セードーに掌を向ける。
瞬間、セードーの体が弾丸のように加速した。
「っ!?」
「チェストォォォォ!!」
垂直に飛び上がる要領で地面を蹴り、可能な限り低く滑るようにシャドーマンの懐に飛び込んだセードーの拳が、シャドーマンの腹を打ち据える。
そのままセードーは固めた拳でシャドーマンの腹を何度か殴り抜けた。
「ハァァァァ!!」
伸び上がるようなアッパー、抉りこむようなフック。
そして大振りのハンマーパンチがシャドーマンの体を吹き飛ばした。
「―――っ!」
「まだまだ!」
何とか踏み止まるシャドーマンへ追いすがり、セードーは拳を固める。
「はぁっ!」
踏み込み、振り上げたセードーの拳がシャドーマンの顎を打ち上げる。
鈍い音共にシャドーマンの体が仰向けに跳ね上がった。
「――シィ」
「っ!」
その時、シャドーマンが笑みを浮かべる。
余裕か、愉悦か、はたまた別の感情か。
少なくとも、まだ何かある。
そう感じたセードーは、さらにシャドーマンへ一撃叩きつけようとする。
だが、その一撃が届く前に、シャドーマンが体を起こす。
――口の中に、巨大な光点を宿しながら。
「っ!?」
「カァッ!!」
次の瞬間、シャドーマンの口の中から莫大な光が生まれる。
光は巨大な波動となり、セードーの目をその輝きで焼く。
――アバロンを貫く光線と、轟音。
それらの存在をアバロン内にいる者たちが感じたのは、その瞬間だった。
なお、プレイヤースキルを完全にコピーできるモンスターは、イノセント・ワールドには存在しない模様。




