log19.マンスリーイベント
10月12日、タイトルおよび一文修正。
ウィークリー→マンスリー
「はふぅ……お腹いっぱいですぅ……」
「いやはや、聞きしに勝る一品だったな……蜂鳥の卵のふわふわオムレツは……」
結局オムレツだけではなく、他にもいろいろ食べてしまった二人は、ミッドガルドの街道を腹ごなしに歩いていた。
ミッドガルドは今日も賑わっている。街路では露店が立ち並び、中にはその場で料理をして販売している出店のようなものもあった。
香ってくる香ばしいにおいをかいで、キキョウがゴクリと喉を鳴らす。
「……焼き鳥おいしそうです」
「今はまんぷく状態だから、またあとでな」
思わずといった様子で焼鳥屋の屋台を見つめるキキョウの手を引いてやりながら、セードーはクルソルを取り出す。
「まあ、まんぷく状態でも飯は食えるが……無駄はないに越したことはないだろう?」
「うう、そうですよね……。これはゲームですから、つい食べ過ぎちゃいます……」
「女性は体重のことで悩みが多いとも聞くしな。このゲームなら、お腹いっぱい食べても問題ないわけだ」
見れば、甘味を片手に談笑しながら歩く少女たちの集団も見える。
この辺りはVRの利点の一つだろう。この世界のプレイヤーたちには病気もなければ怪我もない。どちらも状態異常としては存在するが、永続して効果を発揮する状態異常も特に存在はしない。
つまり太ることもなければ、やせるために我慢する必要もないのだ。
「そう考えると、ダイエットには効果的なのかもしれんな。まんぷく状態であれば、満足感も味わえることだし」
「……そうですね」
セードーの軽い冗談に、キキョウは暗い声で返す。
おや、と思ったセードーがちらりと見やると、どこか暗い表情をしたキキョウの顔がそこにはあった。
(………言い過ぎたかもしれんな)
内心冷や汗を流しながら、セードーはクルソルを弄ってみる。
「……まあ、それは置いといて。先生やカネレは、最近はどうしているのかね」
「……そうですね、この一週間、特に会ってませんしね」
セードーの話題転換に、キキョウは軽く首を振りながら答えた。
ギアシステムが解禁されて以来、二人はアラーキー達に会っていなかった。
二人の都合が合わなかったというのもあるが、とりあえず好きに遊んでみろ、とアラーキーに言われたためだ。ギアシステムが解禁されるまでがチュートリアルであり、後は好きに遊んでみるのがイノセント・ワールドである、と。
その言葉に従い、二人はミッドガルド内で発見できるクエストを一つ一つこなしていった。食材採取系クエストの傾倒していったのは……まあ余録だろう。
「セードーさんは、アラーキーさんとはリアルの知り合いなんですよね?」
「知り合い、と言ってもよく会うわけじゃないがな」
セードーはメール欄を開きながら、キキョウの言葉に答える。
「メールのやりとりが、一日に何回かある程度だ」
「そうなんですかー」
「うむ。昨日なんかは、食材採取系クエストをやっていると言ったら、ヴァナヘイムという町を紹介されたな」
「ヴァナヘイム、ですか?」
「ああ。ここから南の方へ行った海辺にある街らしくてな。そこでは魚を食べることができるらしい」
「お魚ですか!?」
キキョウは魚の言葉に食い付き、目を輝かせた。
「あ、あの! このゲーム、お刺身とかは食べられますか!?」
「もちろんいけるらしい。海産物が名物だけあって、その手の料理が豊富に振る舞われているらしい」
「はうぅ……! ヴァナヘイムですかぁ……!」
ヴァナヘイムの名を呟きながら、キキョウは南の方へと視線を向ける。
このミッドガルドは、四方に広がるイノセント・ワールドのフィールドのほぼ中心に存在するだけあって、ほぼすべてのものが揃っている。
武器や防具、あるいは食材に知識情報……あらゆるものが行き来し、そして集う街。それがミッドガルドだ。
だが半面、ここでは手に入らないものも多い。それはより強い武器や防具だったり、深い専門的な知識であったり。食材で言えば、保存の効きにくい生魚などはまず手に入らない。あらゆるものが存在する反面、それぞれを極めるにはやや不利な街なのだ。
なので、ある程度レベルが上がればそれぞれの街に赴き、自分の欲しいものを手に入れる必要がある、というわけなのである。
不足している生魚成分を思い、キキョウはポツリとつぶやいた。
「……私、貝がいいです。貝大好きです。ホタテが欲しいです」
「俺は赤身だな……。大トロとか贅沢は言わん。マグロが食いたい」
「マグロ、いいですね……イカとか食べます?」
「タコも大好きだ」
「おいしいですよね、どっちも……」
「うむ………」
しばし二人の間に南からの風が駆け抜け、じゅるりと言う唾を飲み込む音が響く。
「……時期が来たら、行きましょう。ヴァナヘイム」
「うむ、真っ先に行こう。ヴァナヘイム」
「なんかキャッチコピーみたいになってるな、うん」
往来のど真ん中で、そんな食欲満点の決意を固める二人を見て、呆れたように呟く人影が一つ。
声に振り返ると、そこに立っていたのは一週間ぶりの友人の姿であった。
「先生。お久しぶりです」
「あ。お久しぶりです、アラーキーさん」
「おう、久しぶり。一週間ぶりだな二人とも」
頭を下げるセードー達に鷹揚に手を振りながら、アラーキーは巻いた羊皮紙を片手に歩み寄ってきた。
「何やら食道楽を満喫してるみたいだな、二人とも」
「ええ。異世界ならではの食材とか、一人暮らしですと食べづらい料理ですとか……」
「普段お腹いっぱい食べられないので、すごく幸せです……」
「そうかそうか。それもこのゲームならではの楽しみ方の一つだからな。満喫してるようで何より」
幸せそうな二人の様子に満足そうに頷きながら、アラーキーは手にした羊皮紙をずいっと差し出した。
「まあ、それだけじゃなんだ……ここらで一つ、運動でもしてみないかね、二人とも? うん」
「は? 運動、ですか」
「うむ、そうだ。とりあえず、読んでてくれ」
セードーはアラーキーから羊皮紙を受け取り、それを開いてみる。
キキョウにも見えるようにしながら、その内容を読み上げた。
「“妖精竜の捕縛に挑戦してみよう!”……? なんだか怪しげなキャッチコピーですが、なんですかこれ」
「そいつはな、月一くらいの感覚で行われるマンスリークエストってやつなのさ」
疑問符を頭に浮かべるセードーに、アラーキーは説明を始める。
「基本的にゃ、なかなかお目に掛かれないレアエネミーなんかを特定の地域で解放して、運のないプレイヤーでも狩れるようにしようっていうクエストなんだが……今回はちと趣向が違うらしくてな」
「と、いいますと?」
「うん。実はその妖精竜、一ヶ月くらいあとで実装される騎乗ペットでな。今回のイベントは、その先行配信って奴なのさ、うん」
騎乗ペットというのは、言葉の通り乗り物として利用できるペットモンスターの事である。
オープンワールドであるイノセント・ワールドのフィールドは極めて広大な敷地面積を誇る。全ての場所に歩いてゆけるのがオープンワールドVRMMOの特徴だが、さすがに本当に歩いてゆくのは骨だ。そのため、何らかの移動手段を用いて移動するのが一般的となっている。
ミッドガルドには輸送ギルドというNPC経営のギルドがあり、そこが運用する馬車が一般的な長距離移動手段になるが、騎乗型ペットを所有していれば馬車を使わずとも長距離移動が簡単になるのである。
騎乗ペットにもさまざまな種類が降り、馬はもちろん、牛や豚、あるいは爬虫類だったりゴーレムのようなものまで種類として存在する。
「今回先行配信される妖精竜はな、ドラゴンタイプの騎乗ペットだ。ドラゴンタイプの騎乗ペットはレアエネミーとして登場する奴を倒す必要がある」
「つまり、妖精竜を倒せば騎乗ペットとして使うことができる、と?」
「そう言うことだ」
ふむ、とセードーは一つ頷く。
騎乗ペットは維持にある程度エサ代がかかるが、幸いにもセードー達のプレイスタイルは金がかからない。今回のイベントを頑張って、騎乗ペットを入手するのも一興だろう。
「キキョウ、君は――」
どうする?と問いかけようとしたセードーは、キキョウの様子がおかしいことに気が付く。
目は大きく見開かれ、セードーが手にした羊皮紙の一部分を食い入るように見つめているのだ。
「……キキョウ?」
「あ、アラーキーさん!!」
セードーは再度問いかけるが、キキョウは興奮しているようで無視される。
興奮したままのキキョウは、セードーから羊皮紙をひったくり、アラーキーへ食いかかるようにして質問を浴びせかける。
「こ、これ! これ本当なんですか!?」
「んん? どれの事だ?」
キキョウが手にし、指し示す一文。
それをアラーキーとセードーは覗き込んでみる。
そこに書かれているのは、「うまくいけば妖精竜の幼生が発見できるかも!?」という一文であった。
「……妖精竜の幼生……ということは?」
「まあ、妖精竜の赤ちゃんだわな」
「はわぁ……!」
キキョウは熱に浮かされたように、天を仰ぎ見る。
羊皮紙に描かれた妖精竜の姿は、幻想物語に出てくるような愛くるしい姿だ。
全身をふわふわの毛で覆われた獣のような姿だが、顔はまさしくドラゴンという勇ましさ。可愛らしさとカッコよさを同居させたかのような、秀逸なデザインと言えた。
そんな妖精竜の姿に、どうやらキキョウは魅了されたようだ。
セードーは少し考え、それから尋ねる。
「……じゃあ、妖精竜の赤ちゃん、探すのか?」
「はい! はいです! ぜひ見つけましょう探しましょうモフりましょう!!」
キキョウは興奮したままセードーを見つめて一気にまくしたて上げる。
セードーは、彼女の瞳の中に渦巻のようなものが見えた気がした。
「……そうか、わかった。つき合おう」
「はい! ああ、早く始まらないかなぁ……!」
キキョウは手を組み、どこか遠くを見上げる。
そんな乙女の姿にアラーキーはやれやれと言った様子で首を振る。
「やれやれ。キキョウちゃんも女の子だねぇ」
「それはそうでしょう。ところで先生」
「んー?」
「何故これを俺たちのところに?」
セードーが素直に疑問に思ったことを口にすると、アラーキーはビシリと動きを止めた。
「こんな愛らしいモンスターと触れ合えるというのであれば、女性を誘った方が良いのでは?」
「そ、そりゃもちろん初心者のお前たちがこの手のイベントへ参加し損ねないようにだよ! 決まってんだろぉ!!」
アラーキーは声を震わせながら、セードーへと振り返りガッキと肩を掴んで鬼気迫る表情になる。
「決してカネレの奴がイベント開始当日エイスと行動すると言い出したことに対し嫉妬し、知り合いの女性PCに片っ端から声をかけたけれどすべてに振られ、さらに男にさえ振られてしまったわけでは決してないからな………! うん!!」
「……いえ、わかりました。わかりましたから離れてください」
おおよその事情を呑み込み、セードーはアラーキーを引きはがす。
夢見る乙女と荒れ狂う男の姿に呆れつつも、一人羊皮紙の中を読み込んでいく。
「やれやれ……。えーっと、場所は浮遊島“妖精島”。ゲートより、該当エリアに直接移動し……」
ぶつぶつと呟きながら羊皮紙の中を読み進めるセードーは、最後の一文を読む。
「なお、イベントの際には――?」
目に留まった一文を読み、その内容を理解し、セードーは微かに目を見開く。
「―――」
そして、羊皮紙を握りしめる。
「なる、ほど……。早くイベント当日になると、いいですね」
「ええ、本当に!」
「ホントに早くイベントにならねぇかなぁー! チクショウメェー!!」
吼え猛る友人たちの隣で、セードーは羊皮紙を見つめ続ける。
微かに、口の端を上げながら。
なお、妖精竜の見た目は聖○伝説のフラ○ーっぽい模様。




