log189.動力炉侵入
進むにつれ薄暗くなる廊下。そして増えてゆく惨劇の後。
無数の爪痕や爆発痕を横目に見ながら微かに体を震わせるエタナが、涙ながらに先を行くセードーへと問いかけた。
「セードーさぁん……。なんでこんな傷だらけの場所通るんですかぁ。なんか、雰囲気で過ぎて怖いんですけどぉ……」
「エタナは気にならないか? 爪痕はベアクロー・ラビットのせいかもしれないが、それにしても傷跡が多すぎる」
セードーの言葉に同意するようにキキョウも頷く。
「はい……。私たち以外に円卓の騎士の皆さんを襲うにしても、あまりにも無差別すぎる気がします。これじゃあ、人を襲うためにここに来たみたいです」
「うう……。まあ、確かにそう言う感じではありますが……」
エタナは廊下の中に傷跡を見て肩を抱き、体を震わせながらセードーに問いかける。
「でも、レアエネミーがアバロンまでやってきたのなら、それが原因では? レアエネミーは、一度遭遇したら倒されるまでプレイヤーを追いかけ続けますから」
「かもしれないが……円卓の騎士の人間が我々でも初見必殺できるベアクロー・ラビットに後れを取るのか?」
「……確かに」
セードーの反論を受け、エタナは小首を傾げた。
今のところセードー達は円卓の騎士の人間に後れを取るどころか優勢を取れてすらいる。が、これは本人たちの技量によるところが大きく、イノセント・ワールド内の常識で考えるとイレギュラーな状況と言える。
今まで相対してきた円卓の騎士の者たちは、少なくともLv50は超えていた。相応にゲームの経験を積んだ者たちが、奇襲に特化したベアクロー・ラビット程度を始末できないとは考えづらい。キキョウが一撃で倒せたことからわかるように、ベアクロー・ラビットの能力はそう高いものではないのだ。
「じゃあそうなりますと……ここで戦っていた人たちは、一体何に負けたんでしょうか?」
「わからない。それが気になるから、傷跡を追っているんだ」
セードーは慎重に先を見据える。
「この傷を生み出した輩が、こちらに友好的とは思えない。今回のケンカに勝つ前に、背中を打たれてはかなわないからな」
「はぁ……確かに、それは困りますねぇ」
エタナは納得したように頷く。
何があるのかわからない、というのが確かに一番怖い。
何があったのか確認できるのであれば、それに越したことはないだろう。
「じゃあとりあえずセードーさんの言うとおりにするとして……この通路、どこへ通じてるんでしょうか? だんだん、一本道になりつつある気がしますが……」
呟きながら辺りを見回すエタナ。
明るく、採光性も十分だった外周廊下付近と比べると、すっかり暗く、光も不十分であり、油断すると足元を取られてしまいそうな場所だ。
廊下もまっすぐとどこかを目指して進んでいるようであり、傷跡もまっすぐにどこかを目指しているように見える。
と、キキョウが何かを発見して声を上げた。
「あ。見てください、ここに案内板がありますよ!」
「おお、それは僥倖です! なんて書いてあるんですか!?」
「ええっとですね……え……えん……おおむ?」
「なんだ、えんおおむって」
「ご、ごめんなさい!? 案内板が爪で削られちゃってて……」
キキョウが申し訳なさそうに指差す案内板は、確かに爪で容赦なく抉られており、かろうじて読み取れる部分は次のとおりとなっていた。
[en※※※※※・※oom]
「……確かに読めんな」
「えーっと、多分右半分はroom……つまり部屋ですから……何か重要な部屋があるんでしょうかね?」
「なるほど……」
エタナの言葉にセードーは小さく頷き。
「ではノースがいる可能性も多少はある……か?」
「いえそれはどうでしょうか……? マッピングしておいたルートを辿りますと、アバロン中心部には向かってますけど、大分下ってますし……」
セードーが口にした可能性を、エタナは首を振って否定する。
彼女が取り出したクルソルの中に描かれたマップを見れば、確かに中心に向かって地図が描かれているが、高度的には若干下り気味だ。
いくらノースが用心深いだろうとはいえ、こんなところに常駐しているとも思い難い。
「そうか……まあ、行ってみればわかるか」
「そうですね」
「結局はその通りなんですよねー」
三人は削れた案内板の解読をあきらめ、先に進むこととした。
幸いなことに、あとは一直線のようで脇道の存在も見られない。
しかしその分戦闘は集中しているようで、物々しい戦いの爪痕の数は若干増えているように見受けられた。
「これは……激戦だな」
「うはぁ……。ここだけでも、十人以上の人がやられてますよ……?」
「ひょっとして、私たちのところに来る人がほとんどいなかったのは、こっちの方で戦っていたからなんでしょうか……?」
遭遇する人間の少なさに対する回答の一つを得ながら、セードー達は歩みを進める。
廊下にまで刻まれた傷跡に足を取られそうにながら進むと、ついにどこかへの出入り口へと到達する。
おそらく侵入者が強引に押し入ったのだろう。扉はかろうじて蝶番によって壁にぶら下がっているような状態だった。
「扉が破壊されているな……」
「いったい誰が……」
セードー達は軽く駆け足となり、破壊された扉をくぐり抜ける。
その向こうに広がっていたのは、大きな大きな機械であった。
「……なんだ、これは……?」
辺りを見回すと、いくつものチューブが中央に機械から伸び、アバロンの各所へと枝を伸ばしているようだ。
大きな機械には作業用と思しき足場があり、そこかしこの破損した部分より真っ白な蒸気を吹き出している。
機械にも無残な破壊跡がいくつも残されており、そこからは無数の火花が飛び散っていた。
「ここ、どこなんでしょうか……?」
「えん……ルーム……あ、そうか!」
目の前に広がっている光景を見て、先の案内板がなにを示しているのか閃くエタナ。
彼女がその答えを口にしようとした時。
「――っ! 危ない!」
「へ? ひゃ、あぁぁぁ!?」
セードーがエタナの体を抱きかかえて飛び上がる。
「せ、セードーさん!?」
突然の出来事に嬉し恥ずかし悲鳴を上げるエタナだが、すぐのその悲鳴は喉の奥へと引っ込んでゆく。
何しろ、自分が立っていた場所に巨大な鉄の板が突き刺さったのだ。
「ぎょっ!? なんですかあれ!?」
「わからん。誰かが戦っているのか……?」
セードーはエタナを抱えたまま、巨大な機械を見上げる。
頂上と思しき場所では、激しい光の明滅と時折何かの流れ弾が飛び交っていた。
セードーと同じ場所まで飛び上がってきたキキョウが、棒高跳びの要領でどんどん先へと進んでゆく。
「ん? キキョウ!」
「行きましょう、セードーさん!」
キキョウはセードーに言うなり、あっという間に機械を登っていってしまう。
どこか焦っているようにも見えるキキョウを見上げながら、セードーは首を傾げた。
「どうしたんだキキョウ……?」
「さあ……」
エタナは小さく呟き、それからセードーの袖を引っ張った。
「それより、キキョウさんを追いませんと!」
「む。ああ、そうだな」
エタナに促され、セードーはエタナを抱えたまま、機械の上を飛び上がってゆく。
「悪いが上まで連れて行く! 下す手間が惜しい!」
「かまいませんよ、役得です! それより、ここですけど、多分アバロンのエンジンルームです!」
「エンジンルーム?」
「はい! アバロンは空中要塞なわけですけど、飛び上がるための動力を供給するための部屋です! となれば、ここにも当然強力な防衛機構があるはずなんですけど……!」
「先にここに来たやつは、今、その防衛機構と戦っているわけか……!」
先ほどの鉄の板が飛んできた原因を悟り、セードーは顔を険しくする。
防衛機構が侵入者に勝っているなら、あんな残骸が降り注ぐわけがないだろう。
複数にせよ、単独にせよ、今、上で戦っているものは相当の手練れのはずだ。
「一戦交えるとなれば、覚悟した方がいいな」
「できれば穏便にお願いします! 我々の目的は、円卓の騎士なんですから!?」
「わかっている」
叫ぶエタナに生返事を返しながら、セードーは強く飛び上がる。
そして先に飛んでいたキキョウに追いつき、機械の最上部に据えられた足場に着地した。
すでに足場に着いていたキキョウは、呆然としたような表情で一点を見つめていた。
「なんで……ここに……!?」
「どうしたキキョウ? 一体何が――」
エタナを下してやりながら、セードーはキキョウが見ている方向を見る。
そこには、上半身だけの巨大人型兵器……の残骸が存在していた。
戦いは、防衛機構の大敗で終わったようだ。破壊されている部分を探す方が難しいほどに、防衛機構は破壊しつくされていた。
そして防衛機構の胸部……おそらくアバロンの動力炉そのものと思われる場所に、一人の人間が立っていた。
「――あれは」
長いマフラーをたなびかせながら、防衛機構の胸部に取りついたそいつは、無造作に防衛機構の胸部装甲を引っぺがす。
人間の膂力などとっくに超越したその破壊力で放り投げられた装甲板が、遠くの足場を破壊する。
「え……あの格好って……!?」
破壊された胸部装甲の向こうには、人の体の大きさを優に超えるほどの巨大さを越える、透き通った白色の結晶が収められていた。
淡い発光を繰り返すその結晶に、そいつはゆっくりと手を伸ばし。
「――シィ」
禍々しい笑みと共に、目の前の結晶に思いっきり指をくいこませた。
ビキリと大きな音を立てて、結晶の表面が白く曇る。
同時に結晶から強い光が溢れだし、指をくいこませたソイツの体へと吸い込まれてゆく。
光が溢れるたびに結晶は力を失ってゆき、ビシリビシリとひび割れが広がってゆく。
「………っ」
やがて結晶からあふれ出す光は消え失せ、白い結晶は沈黙し――。
ガシャァーン………。
と、音を立てて砕け散っていった。
地面に落ち、さらに砕ける結晶。
同時にアバロン全体が激しく振動し始め、セードー達のいるエンジンルームが真っ赤な光で満たされる。
赤は危険色。おそらく、防衛機構の心臓が破壊されたことで、アバロンのメイン動力が完全に死亡したのだろう。
「………」
しかしセードー達はアバロンの惨状など目に入らないかのように、ソイツに視線を注いでいた。
「――ハハ、ハハハ、ハハハハッ!!」
そいつは大きな声で笑う。
とても、とても愉快に笑う。
そうしてマフラーを翻しながら、セードー達へと振り返った。
「ネェ! アソボウヨ! マタ、アタラシイオモチャガ、テニハイッタンダヨ!」
そいつは……シャドーマンはそう言って、また笑う。
シャドーマンが笑うたび、彼の体から夥しい量のオーラが溢れだした。
なお、アバロンがダンジョンであった当時は、動力炉防衛機構がラスボスだった模様。




