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log188.その頃のセードー達

 遠くから響いてきた反響音のようなものを耳にし、セードーは小さく頷いた。


「またどこかで、誰かが雌雄を決したか……。破裂音のようだし、ウォルフだろうか」

「でもウォルフさんにこんな大きな音出せるスキルありましたか?」

「〈風〉スキルでしたらハウリング系列で……でも〈風〉属性としては燃費悪いですから、取ってないかもですけど」


 口々に聞こえてきた音に対する所感を口にしつつ、セードー達はアバロンの中へ中へと進んでゆく。

 外周部に開いた大穴よりアバロンの侵入に成功して、そろそろ三十分は経つだろうか?

 侵入当初こそ、ちらほらと現れた円卓の騎士(アーサーナイツ)構成員との戦闘でセードー達も忙しかったものだが、今歩いているアバロン内部の通路には人影が一切なく、実に静かにアバロン侵攻が進んでいると言えた。


「……というより、本当に人がいません……。さっき倒した人たちって、リスポンしますよね?」

「するはずですけど……ひょっとして、リスポン地点がここじゃないのかもしれませんねー。普通はギルドハウスになってるものですけど……」


 プレイヤーにとって一番最初のリスポン地点はミッドガルド、シーカー達の拠点となるフェンリルとなる。いわゆる、初期リスタート位置という奴だ。

 そのまま、フェンリルをリスポン地点として使い続ける者もいるが、リスポン位置はプレイヤーが自由に定めることができる。

 リスポン位置指定の最低条件は、復活する場所が安全であること。この条件さえ満たせば、極端な話、ボス部屋前をリスポン位置として指定することも不可能ではない。そのためのスキルとして、救護テントの類が存在するのだ。

 とはいえ、いつまでもボス部屋前が安全なわけもない。条件が満たされなくなれば、フェンリルがリスポン地点として再設定されてしまう。そのため、特殊な稼ぎでもしない限りは自分が所属するギルドのギルドハウスをリスポン地点として設定するのが、イノセント・ワールドプレイヤーたちの習わしとなっている。

 当然、空中要塞であるアバロンもリスポン地点として設定可能なはずであるが、それにしてはセードー達に再び襲い掛かってくる円卓の騎士(アーサーナイツ)の者たちがいないのが引っ掛かる。


「来ない分には問題はないが、奇襲されると面倒だな……。早くノースを探し出さなければ」

「どこがノースの部屋ですかねぇー。ああいう類の小ズルい人間は一番安全な場所に隠れてるってのが相場ですけれど」

「あ、待ってくださいー」


 セードーとエタナが元気に前進するのを、キキョウがチョコチョコ追いかける。

 ……先ほどの反響音がノースの最期を知らせる音だというのを知らない三人は、ずんずんとアバロンの奥へと足を踏み込んでいく。

 行くともある曲がり角の一つを曲がり、その先の光景を目にしたセードーは怪訝そうに眉をしかめる。


「……にしても、円卓の騎士(アーサーナイツ)の旗艦と聞いたアバロン……こうも大荒れになっているのは何故だ?」

「激しい戦いの後ですね……。いったい、何があったんでしょうか?」


 キキョウは壁に刻まれた痛々しい爪痕を撫でながら小さく呟く。

 狭い廊下の中に、縦横無尽に刻まれた爪痕。その後に人型のようが見えるあたり、おそらく誰かが犠牲になったに違いない。

 こうした戦いの後は、セードー達が今まで通ってきた場所にも散見された。

 初めは、別々に侵入を果たした仲間たちが戦った跡かとも思ったのだが、それにしては傷跡がおかしいのだ。


「……この爪痕、今まで通ってきた場所にあったものとおそらく同じ生き物が作ったものだろうな」

「傷の長さだけで私の身長より長くないですかこれ……。イノセント・ワールドには摩訶不思議生物がたくさんいますけど、こんな狭い廊下でこんな大きな化け物が暴れられるものでしょうか……?」


 爪痕の写真を撮るエタナの言うとおり。

 アバロンの廊下は、空中要塞という響きから想像するものよりは広いものだ。少なくとも狭苦しさは感じず、三人が横に並んでも普通に歩ける程度の幅はある。高さも中々のものだ。少なくとも、ジャンプしなければ天井には手が届かない。空という密室に存在する建造物としては、かなり優雅な空間の取り方と言える。アバロンが巨大なのも、うなずけるというものだ。

 そんな廊下の中に刻まれた爪痕……。斜めに刻まれたそれの幅は、比較的小柄なエタナやキキョウの身長など優に超える長さだ。

 そして刻まれた三本傷の幅は人間二人並べたほどもある。掌だけでも、五メートルはありそうな巨大生物がここで暴れたのだろうかと、想像するに難くはない。

 ……問題は、そんな巨大生物がどうやってアバロンの廊下を進むのかという話なのだが。


「ここに来るまでに何かが爆発したような跡や、燃えたような跡もあった。単純に考えれば魔法使いか何かが通ったと見るべきか?」

「けれど、魔法使いさんは私たちの仲間にはいませんよね?」

「ついでに言えば、破壊跡はどれもこれも属性解放後の威力ですよ、あれ。魔導師が一個小隊組んで通ったんですかね?」


 エタナは自分の発言のバカバカしさを鼻で笑い、首を横に振る。


「まあ、ないですよねー。ケンカを売られた皆さんならともかく、わざわざ円卓の騎士(アーサーナイツ)を襲う理由が他の人たちにあるわけないですし」

「ですよね……。あ! ひょっとして、リュージさんたちでしょうか!? リュージさんと一緒にいた人が、名うての魔法使いさんとか!」

「クローバー・アルトが、か……どうなんだ、エタナ?」

「いえ、魔法は使いますけど、そこまで特化してたわけじゃないと思いますよ? クローバー・アルトのもう一つの二つ名は陽炎。その姿が歪んで見えるほどの速度で動く、剣士だったと言われてます」

「陽炎……?」

「はい。彼が持つ副属性〈陽炎〉から取られたんだそうで」

「そんな属性もあるんですね……」


 エタナによれば、陽炎を初めとする気象現象を冠する副属性は、〈風〉に属するものだという。

 〈風〉に限らず、各属性の副属性は、それぞれの属性にとってかかわりの深いものが多いらしい。


「〈火〉だったら熱に関わる現象、〈水〉なら水そのものの形態変化、〈地〉でしたら鉱石周りですかね? まあ、〈地〉属性に雷の副属性があったりするんで、一概には言えませんけどね」

「そうなんですか……」


 エタナの説明に感心するキキョウ。

 セードーは二人の様子を見て小さく微笑んでいたが、不意に表情を引き締めて二人を制した。


「……待て」

「え?」

「ど、どうしましたかセードーさんっ!?」

「何かいる」


 セードーの制止に素早く棍を構えるキキョウ。

 エタナは慌ててクルソルをカメラのように構えつつ、セードーの背中に隠れた。


「なにかって……なんですか!?」

「わからん。気配が妙に小さい」


 セードーはエタナを好きにさせてやりながら、視線を廊下の奥にこらす。

 T字路になっている廊下……その辺りで、何か小さなものが動いたのが見えた。


「……なんだ? 一体」

「人じゃない……ですね。……っ」


 キキョウがつばを飲み込みながら、そろりと前に出た。


「あ、キキョウさん!?」

「……気を付けろ、キキョウ」

「はい!」


 セードーはキキョウを止めず、もしもの時に備え彼女をカバーできる位置へ動く。

 少しずつT字路へと近づく三人は、やがて曲がり角で動いていた影の正体を知った。


「………?」

「……って、兎ですかぁ?」


 素っ頓狂な声を上げたエタナの言うとおり、そこでもぞもぞ動いていたのは小さな兎だった。

 口を動かしながら、何かを食んでいるらしい兎は、ぴょこんと耳を動かしながらセードー達の方を見る。

 緊張感をはらんだセードーの声から、一体何がいるのかとビビっていたエタナはほっと一息ついた。


「ああ、驚いた……。セードーさんがあんまり真剣な声を出されるものですから、一体どんな化け物が――」

「! セードーさん、あの兎!」


 しかし緊張を解かなかったキキョウは、兎を凝視しあることに気が付く。


名前が表示されません(・・・・・・・・・・)!!」

「へ?」

「……俺もだ。となれば、こいつ……」


 キキョウの言うとおり、兎を注視してもその名前が分からないことに気が付くセードー。

 無害なNPCタイプの動物なら、注視すれば名前くらいは表示される。

 しかし、目の前の兎は名前が表示されない。これが意味するところは――。


「レアエネミー……しかも遭遇したことないタイプか……!」

「……ハッ! 確かに名前が!?」


 エタナも目の前の兎の正体に気が付いた瞬間、兎の眼が不気味に輝く。

 そして空間が歪み、兎の耳の辺りに巨大な一対の掌が現れる。

 まるで巨大なクマの手だけを具現化したようなその掌を前に、エタナが悲鳴を上げた。


「えええぇぇぇぇ!!?? まさかのベアクロー・ラビットですかぁ!?」

「知っているのか、エタナ!」

「無害なNPCを装う擬態系のモンスターの中でも上位に入る戦闘力の……!」


 エタナが説明しようとしたとき、巨大なクマの手が唸りを上げて彼女に迫る。


「ひぇぇぇ!?」

「熊か……現実なら、どうにもならん状況だな!」


 セードーはそう呟きながら闇衣を纏い、熊の魔の手からエタナを庇う。

 空間が爆ぜるような轟音が響き、セードーの体が僅かに沈み込む。


「ぐぅ……!」

「せ、セードーさん!」

「大事無い……! 死ななければ安い!」


 さらに迫る二撃目を前に、セードーは全身を躍動させて熊の手を弾き、腕で大きく円を描く。


「コォォォ……!」


 まっすぐに突き入れられる熊の剛爪を回し受けで捌き、セードーは鋭く叫ぶ。


「キキョウ!」

「はいっ!」


 弾き、捌いた熊の手はいまだセードーを射程に収めている。

 光となり、それをすり抜けたキキョウは無防備な本体へと躍り掛かる。


「橘流杖術……!」


 棍を握り、大きく振りかぶるキキョウ。

 ベアクロー・ラビットは、そんなキキョウから跳ねて逃げようとするが、光の速さにはいささか遅い。


「雷落とし!!」


 手のみならず足まで掴み、文字通り全体重を乗せた棍の一突きを見舞うキキョウ。

 ベアクロー・ラビットは一瞬だけ原型を留めたが、次に瞬間には水が弾けるような音共に消滅する。

 それに合わせ、巨大な熊の手も溶けるように消え去った。

 キキョウは地面に着地し、棍を一振るいする。


「――ふぅ。HPは、大したことなかったですね」

「ああ。レアエネミーにもいろいろいるということか」

「そもそもが、奇襲からの一撃必殺が持ち味ですしね、ベアクロー・ラビット……」


 セードーも軽く腕を振るって、熊の手から受けた衝撃を逃がす。

 エタナは写真を撮り損ねたことを悔やみながら、不審そうに呟いた。


「しかし、なんでこんなところにレアエネミーが……? アバロンって、モンスターがポップする環境なのでしょうか?」

「どうなんですかね? でも、モンスターが湧いちゃうんじゃ、ギルドハウスになりませんよね?」

「だろうな。……とりあえず、先に進もう。もう、レアエネミーもいないだろうしな」

「……そっちに進むんですか?」


 セードーは言いながら、先を指差す。

 ……奥の方に、大きな爪痕が残された方を。




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