log187.決断
「……ランスロット。私は、貴方からGM権を取り上げに来たのではないのですよ?」
「ええっ?」
アルトはやんわりそう言って、差し出された王の守護剣をランスロットへと押し戻す。
思っても見ないアルトの言葉に、ランスロットは王の守護剣を抱えながら目を白黒させる。
アルトはそんなランスロットを静かな眼差しでまっすぐ見据えながら、自分が何をしに来たのかを告げる。
「ランスロット……私はね。貴方に聞きに来たのですよ」
「聞きに……?」
「ええ。円卓の騎士の現ギルドマスターとして……貴方は、円卓の騎士をどうするつもりなのですか?」
「え」
アルトの静かな問いに、ランスロットは一瞬呆ける。
思ってもみなかったアルトの質問を前に、ランスロットは首を振る。
「ど、どうするなんて……。今の僕に、円卓の騎士を指揮する権利なんてありません……。ノースの言うとおりになっていた僕になんて……」
「例え書類上のことであっても、貴方は円卓の騎士のギルドマスターだ。円卓の騎士がどんなギルドに堕ちようと、その事実は変わらない」
「………」
「だからこそ問います。ランスロット、貴方は円卓の騎士をどうするつもりなのですか?」
「……どう、って……」
重ねられる問いを前に、ランスロットは言葉を詰まらせる。
「………」
「ランスロット」
「…………!」
「ランスロット」
二度名を呼ばれ、ランスロットは体を微かに振るわせる。
大声で怒鳴られるより、心を抉るような罵詈雑言よりも、今のアルトの呼びかけは重たくランスロットの胸に突き刺さる。
今、彼は、円卓の騎士のGMであるランスロットに問いかけているのだ。
「ランスロット」
「…………っ」
三度、名を呼ばれ。
「………………決められ、ません……」
ランスロットは、そうこぼした。
「………」
「決められるわけ、ないです……。僕は、円卓の騎士のGMとして、何も……何もしてこなかったんです……。今更、何か、できるわけ、ありません……」
ランスロットは今更ながらに、己を恥じる。
円卓の騎士のGMに相応しいか否か……そんな話ですらなかったのだ。
今まで、円卓の騎士のGMとして何かしてきたか、何かできたのか。
アルトの呼びかけの中で、それを思い出そうとした。しかし、思い出せなかった。
今まで、円卓の騎士の全ての方針はノースによって定められてきたのだ。
ランスロットのGM就任。スートの廃止。総隊長親衛隊の設立……。
円卓の騎士内部の改造にさえ、ランスロットは口を出さなかった。
言葉巧みなノースに乗せられ、ランスロットはただただ円卓の騎士の改悪を見守るだけだったのだ。
そんな自分に円卓の騎士の今後など、決められるわけがない。
「ランスロット」
弱音を吐くランスロットを前に、アルトは静かに言葉を重ねる。
「貴方のそれは言い訳に過ぎない。そんな御託を聞きに来たわけじゃない」
「っ!?」
「ランスロット。貴方は、円卓の騎士を、どうする気ですか?」
アルトの冷然とした物言いに、ランスロットは信じられない思いで彼の顔を見上げ。
「―――っ!!」
今度こそ、言葉を失う。
まっすぐに、冷たくランスロットを見据えるアルト。
ランスロットの返事を待つその姿はどこまでも本気で。
先の言葉の通り、ランスロットの言い訳などみじんも許さないと、言外に告げていた。
ランスロットは思わず、アルトの後ろに控えるアスカに助けを求めるよう、視線を向ける。
「………」
アスカもまた、冷然とした雰囲気のアルトを前に戸惑っているようであったが、しかし彼に口を挟むことなく背筋を伸ばしてアルトの背後に控えていた。助力は期待できそうにない。
「おらっしゃー」
「くぬぅあぁぁぁぁぁ!!!」
少し離れた場所から、激しい剣戟音が響き渡る。あちらの戦いが終われば、リュージにしろノースにしろ口を挟んできそうだが、実力が拮抗しているのかその気配も一切ない。
八方ふさがりで味方もなく、ランスロットは孤立無援でアルトの無言の圧力に押しつぶされそうになっている。
何故、自分が。何故、優しいアルトが。
そんな無為な問いかけが脳内を駆け巡るが、それに応えてくれるものがいるわけではない。
「ぁぅ……!」
思わず嗚咽が漏れ、涙と鳴き声が溢れそうになる。
しかし、アルトからの圧力はなにも変わらない。泣こうが喚こうが、それで済ますつもりはないのはランスロットにもわかった。
「………」
何らかの答えを、ランスロットが返すまで……アルトは同じ問いを繰り返すのだろう。
「……ランスロット」
「ひぅ……!」
四度の問い。その言葉の裏に込められた嚇怒に感づき、ランスロットは思わず叫んだ。
「み、皆で決めたいですっ!!」
……しばし、沈黙が流れる。
ランスロットはそれに耐え切れず、立て板に水を駆けたように喋り出した。
「ぼ、僕がGMとして決まったとき、ノースはみんなと形だけでも話し合いました! 結果いろんな人が出ていっちゃったけど、でも残ってくれた人もいて、祝福してくれた人もいて……! だから、今の僕がGMとしてできることはみんなと話して、円卓の騎士をどうするのか決めることだと思います! 円卓の騎士を辞めるにしても、続けるにしても、僕じゃ決められませんし! だから、あの……!」
言いながらも、この発言は問題の先延ばしにしかならないことに気が付き、やがてランスロットの声は尻すぼみになってゆく。
「だ、だから……だから……い、今いる皆と……話が、したい、です……」
アルトのさらなる逆鱗に触れてしまったと思い、ランスロットは顔を伏せる。
「――なるほど、わかりました」
「……ふぇ?」
しかし、予想に反して聞こえてきた声は穏やかなものだった。
ランスロットが顔を上げると、先ほどの雰囲気がすっかり霧散し、いつものような優しい眼差しのアルトと目が合った。
「あ、あの……」
「皆と話し合ういうのもまた選択肢です、ランスロット。決められないと逃げるのは言い訳ですが、何かをしたいというのは前進です。たとえそれが、問題の先送りでもね」
「うぅ……」
アルトの言葉に身を縮ませるランスロット。
そんな小さな従弟の姿を微笑ましそうに見つめながら、アルトはゆっくり口を開く。
「……結局のところ、貴方の問題は自分で何も決めてこなかったことにあります。ランスロット、決断には力がいるでしょう?」
「……はい」
アルトの質問に、ランスロットは頷く。
先の雰囲気の中で、ランスロットに“皆と話し合う”と決断を口にするだけでも勢いが必要だった。
「ですがそれが重要なのです。決断に力が伴うのは、その決断に責任が伴うからです。その責任が組織の頂点に立つ者の力となり、どんな組織であれ立派に形を成すのです。……しかし、貴方は決断をしてこなかった。全ての決定をノースに任せ、貴方は責任を背負わなかった。それが、円卓の騎士堕落の第一歩だったのです」
「……はい」
何も言い返せず、ランスロットはまた俯く。
その通りだろう。GMになるのもノース任せだった彼には初めから何の決定権もなかった。しかしその結果、円卓の騎士はノースの私物と化してしまったのだ。
「つまるところ、貴方に足りなかったのは決断する意思だった。……しかし、貴方は決断した。皆と話し合い、円卓の騎士の今後を定めると決めた。ならばその決定に、私は及ばずながらも助力しますよ」
「アルトさん……」
そうして微笑むアルトの後ろから、アスカがポツリと問いかける。
「……ところでアルト様。アルト様が円卓の騎士に戻ってきていただければ、円満解決だと愚考している次第なのですが……」
「私は円卓の騎士を一度捨てた身。そんな私を迎え入れるなどと、今の円卓の騎士の人たちが許すはずもないでしょう」
「そうでしょうか……」
不満げなアスカ。彼女としては、円卓の騎士にアルトが戻ってきてほしいのだろう。しかしアルトは頑として首を縦に振らない。
小さく唸り声を上げる従者の様子に苦笑しながら、アルトは言葉を続けた。
「……ランスロット。円卓の騎士の存続を話し合うのは良いですが、結局その行く末を定めるのはギルドマスターたる貴方なのです」
「………」
「大おじい様が生み出したこのギルド、止めるも進めるも貴方の腹積もり一つ。それをゆめゆめ忘れないよう、肝に銘じておきなさい」
「……はい」
「そして……貴方がどの道を選んだとしても、私は貴方の味方でいましょう。貴方が決断する意志を忘れない限り、ね」
「アルトさん……」
アルトのその言葉に、ランスロットは胸が熱くなるのを感じる。
円卓の騎士のGMに就任した時よりも、アルトが味方してくれるというその言葉がなによりも身に染みた。
現実では誰よりも忙しく動いているというのに……ゲームで過ちを犯した自分を叱るためにここまで来てくれたアルトへの感謝で、ランスロットの小さな胸はいっぱいになったのだ。
それに応えるには……もっと強くならなければならない。ゲームの腕でもLvでもなく……何よりも強い、決断する意思を持たねばならない。
「――わかりました! ありがとうございます!」
ランスロットは立ち上がり、勢いよく頭を下げる。
その声の中に、細くともしっかりとした芯が入ったのを感じ、アルトは満足げに頷いた。
「日取りは追って教えて……いえ、アスカ。貴方が定めてもらえませんか? 貴方なら、私のスケジュールも知ってるでしょう?」
「ハッ! 必ず近いうちに良い日取りをセッティングいたします!」
「お願いしますね、アスカ」
アルトは頼れる従者に命令を終え、椅子から腰を上げる。
「さて、それでは目の前の問題を一つ片づけましょうか……」
そしてそう呟いて、ランスロットが持つ王の守護剣に手をかける。
「ランスロット、少しだけこれを借りますね?」
「え? じゃあ、トレードで所有権を……」
「ああ、大丈夫ですよ。いちいちトレード画面を開くのも手間ですしね」
アルトは笑ってそう言うと、王の守護剣を鞘から引き抜く。
そのまま白銀の刃を手に持ちながら、戦っているリュージとノースの方へと歩みを進め始めた。
アルトの行動の意味が分からず、ランスロットは首を傾げる。
「アルトさん……? そのままじゃ、王の守護剣は……」
「ランスロット様はご存じではありませんでしたか?」
アスカは、そんなランスロットに声をかけた。
「アルト様がお持ちの、遺物兵装について……」
「おっしゃい! 今のはいい一発だった! さあもう一回だ!」
「しゃらくさいぃぃ……!」
どことなく適当なリュージの一言を前に、ノースはブチ切れる寸前の頭の血管を抑えながら、手にした刃を高く掲げ上げる。
「もう遊びは終わりだ……! エクスキューショナー!!」
ノースが己の遺物兵装の名を叫ぶと、彼の手の中にある刃が禍々しく歪む。
「必中必殺のエクスキューショナーで貴様の首を跳ねてやる……!」
「おう? 致死属性に必中載せか? またスキルの無駄遣いして……」
リュージはノースの遺物兵装の能力を察し、懐から紅い宝石のようなものを取り出す。
そんなリュージの前に、アルトが踏み出してきた。
「ありがとうございます、リュージ。あとは私が」
「お? 話し合いは終わったのか?」
「ええ。……完璧とは言い難いですが、満足のいく結果でした」
「そうかい。なら、時間稼ぎした甲斐はあったかね」
リュージはそう呟きながら、カグツチを背負い直し、その場をアルトに任せる。
王の守護剣を片手に引っさげたアルトは、ノースと正対した。
「さて、ノース……待たせたな」
「ちっ……! だが、順番が変わっただけだ! 貴様を殺し、あの男を殺し、アスカも殺し、いっそランスロットも殺すか!?」
ノースは哄笑を上げた。
「ハッ、ハハハハ! そうだな、それもいいかもしれんな! このボロ船を乗り捨てる前に、あのガキの絶望面も拝んでおくか!?」
「悪趣味だな。とても同意しかねるよ」
アルトは静かに言いながら王の守護剣を前に突き出す。
柄を持ち、刃を地面に向け、まるでノースに捧げようとしているかに見える。
それを見て、ノースは鼻で笑った。
「ハッ! なんだそれは? 今更捧げものでもしようというのか!?」
「……ノース、ひょっとして忘れたのか?」
ノースの言葉には答えず、アルトは小さく呟く。
「私が持つ、遺物兵装の能力を」
「なに?」
「偽典・遺物読本」
アルトがその名を読んだ瞬間、彼が手にしていた王の守護剣の数が増え、扇状に広がる。
「なぁ!?」
その数、実に二十本。姿見だけであれば寸分違わぬ王の守護剣が、アルトの目の前に広がったのだ。
それを見て、ノースはアルトが持つ遺物兵装の能力を思い出す。
「遺物複製……! 遺物兵装をコピーする能力……!」
「そう。能力やスキルは劣化するが、その数を二十に増やすことができるのが私の偽典・遺物読本……」
アルトが剣を構える。
同時に、宙に浮く二十の王の守護剣がその動きに追随する。
「さあ、ノース。お前の罪を数えろ……!」
「ほざくなぁ!!」
ノースは叫び、アルトに向かって駆け出す。
アルトもまた、ノースを迎え撃つように駆けだす。
大上段に己の武器を構えたノースが、アルトに向けて刃を振り下ろす。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
醜く歪んだノースのエクスキューショナーがアルトの体を斬り裂こうとする。
しかし、アルトの体は一瞬陽炎のように歪み、その一撃をするりと抜ける。
「っ!?」
ノースが驚く暇もあればこそ、アルトはすれ違いざまに手にした王の守護剣をノースのがら空きの胴体に突き刺した。
甲高い音を立て、容易く鋼の鎧を貫いて、王の守護剣はノースに牙を立てる。
「ぐぉ!? なん、だと!?」
胴体に刺さった王の守護剣に驚き、慌てて抜こうとするノース。
しかしアルトはそれを許さない。今度は背中、肩の付け根辺りに王の守護剣が突きたてられる。
「おがぁ!? ア、アルトォ!!」
叫び、刃を振るうノース。
しかし掠りもしない一撃はむなしく空を切り、がら空きの脇腹に新しい王の守護剣が突き刺さる。
「がふぅ!?」
さらに一本。さらにさらに一本。
ノースの体に、次々と王の守護剣が突きたてられてゆく。
胸、肩、足、腕、腹……。
さらに喉や顔面にまで刃を突き立てられ、ノースは声を上げることも間々ならなくなってゆく。
「……! ……!?」
動くことさえできず、声も上げられぬノース。
全ての王の守護剣を突き立て終えたアルトは、少し離れた場所に降り立ちハリネズミのようになったノースをちらりと見やる。
「……数えきれない罪を背負って」
そしてそのまま憐れなノースから目を背け、指を構える。
「そのまま砕け散れ、ノース」
アルトが、指を弾いた瞬間、何重にも反響する炸裂音が響き渡る。
複製された王の守護剣が、アルトの風を増幅し、ノースの体の中で弾けたのだ。
目を覆うばかりの強風が一瞬で過ぎ去ったあと、残った本物の王の守護剣がノースのいた場所に突き刺さる。
微塵の欠片さえ残さず、ノースはアバロンから消え失せていた。
「もう、この艦船の廊下を踏むこともないだろう。安心するがいい、ノース」
アルトは王の守護剣を回収し、ランスロットの元へと歩き出した。
遺物兵装・偽典・遺物読本
「かつて円卓の騎士に所属し、スート・クラブの頂点に立っていた、アルト・グレインが持つ遺物兵装。プレイヤーと共に成長し、プレイヤーがスキルを選択する遺物兵装としては珍しく、コアの段階で選択される特殊スキルである遺物複製を持つ遺物兵装。遺物複製とは、使用するプレイヤーが所有権を持たない遺物兵装を複製するというもの。複製された遺物兵装は能力が六割ほどに減じ、保有スキルも、汎用のスキルに置き換えられる。使いどころは難しいが、極めて強力なスキルの一つである」




