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log184.勝機の繰糸

 飛んでくるミサイルを叩き落とし、ミツキは接近してくるベルザに備える。


「ハッハァ!!」


 笑い声と共に突き入れられる黒槍を水蛇の羽衣を使って捌く。

 そして不用意につっこんできたベルザの顔面を羽衣で貫こうとするが。


「空牙っ!」

「っ!」


 それはさせぬと無形の槍を解き放つイース。

 かろうじて空牙の一撃を回避するミツキに、ベルザの横薙ぎの一撃が迫る。


「おらぁ!」

「くっ!」


 ミツキは槍に手を触れ、乗り越える要領でその一撃を回避する。

 その後距離を取ろうとするミツキを離さぬよう、イースは新たな魔法を解き放つ。


「アイス・カッター!!」

「……!」


 弧を描き、ベルザを跳び越えて放たれた氷の円盤はミツキの背後でぶつかり合い、巨大な針の玉と化す。

 その気配を背中で察し、ミツキはギリギリで踏み止まった。

 そうして動きの止まったミツキにベルザの追撃が迫る。


刃風竜巻(ストーム・ブレード)ォ!」


 逆巻く風が刃と化し、ミツキの全身を斬り刻まんと迫る。

 ミツキは水蛇の羽衣を体に巻きつけ防御を測るが、ただの水では鋭い刃を防ぎきることは不可能であった。


「……つっ!」


 ミツキの体を斬り刻む刃風。

 鋭い斬撃が走るたび、ミツキの白い柔肌が露わになってゆく。


「ハッハァ! いい格好だなぁ!!」


 黒槍を払い、ベルザはミツキの姿を見て嘲笑う。


「威勢よく乗り込んできた癖に、敵にストリップさらす気分はどうだぁ!? こっちはいい気分だぜぇ!?」

「………」


 あまりにも下卑た物言いに、イースは思わず口をへの字に曲げる。

 ミツキは刃風を凌ぎ、水蛇の羽衣を身に纏いながらベルザをまっすぐに睨みつける。


「風通しがよくなったわね。こちらも悪い気分ではないわよ?」

「……チッ。つまらねぇ」


 毅然とした態度のミツキを見て、ベルザは不愉快そうに顔をしかめる。


「テメェもあれか、女を捨てるとか抜かす口か? 下らねぇ。女なんぞが戦いの場にしゃしゃり出てきて粋がってんじゃねぇよ、クソが」

「あらあら? 随分な偏見ね。戦いが男だけのものだなんて、誰が決めたのかしら?」


 ミツキは悠然と水蛇の羽衣を手繰りながら、攻撃の隙を見出そうとする。

 それを察し、氷牙飛翔弾(アイス・ミサイル)を呼び出すイース。

 ベルザはそんな両者の攻防を一切気にせず……あるいは気が付かず、ミツキをねめつける。


「ハッ! ……下らねぇ。大昔っから戦場にゃ女は出てきてねぇじゃねぇか。大勢を決す大一番にゃでてこねぇ癖に、主権利権ばっかり主張しやがって……。そんなに表に出たきゃ、女しかいねぇ国でも作ってみろや」

「ずいぶんな逆フェミニストねぇ……。何か女の子に嫌な思い出でもあるのかしら?」

「うっせぇんだよ! 悔しけりゃ勝ってみせろやぁ!!」


 ベルザは吼え、閃衝波(ソニックブーム)をミツキに向けて放つ。

 ミツキはそれを足さばきで回避するが、彼女の移動先に向けてイースはミサイルを放った。


「っ!」

「あの男がいなくなった途端に守勢に回るようなド屑がよぉ! ベラベラ大口叩いてんじゃねぇよ!!」


 素早くミサイルを叩き落とすミツキに向けて、一歩踏み込みベルザは黒槍を突き込む。

 水蛇の羽衣を両手でもって、ミツキは黒槍の側面を払う。

 瞬間、高速で回転する黒槍。


愚直回転(スピン・ブロウ)ッ!!」

「!?」


 岩肌すら削りかねない高速回転に飲まれ、水蛇の羽衣が一気に霧散してゆく。

 羽衣はすぐに元の姿を取り戻すが、横薙ぎに振るわれるその一撃がミツキの脇腹を掠める。


「ふっ!」


 廊下を蹴り一足飛びに回避するミツキ。

 ベルザの一発が直撃することだけは避けられたが、脇腹の布が槍の回転に持っていかれる。

 脇の下から腹部にかけての肌を大きく露出するミツキ。サラシに守られた、たわわに実った大きな乳房もよく見える。

 そんなミツキの姿を前に、ベルザは一段と下卑た笑みを深めた。


「いいねぇ……さっこうだねぇ……! 飼うんなら、テメェ見てぇなだらしねぇ体を持った女がいいねぇ!」

「……もう少し言葉を選べないのか、ベルザ」


 イースがベルザの物言いに苦言を呈す。さすがに聞いていられなくなったのだろう。


「あまりにも聞き苦しい。品位どころか頭の中身も疑いたくなる」

「あぁ!? テメェどっちの味方だよ!」

「………」


 さすがに露わになってしまった胸を隠すように腕で支えるミツキは、じりっと足を擦りながらベルザ達との間合いを測る。

 幸い……と言っていいかどうか。今の自分の姿のことでベルザとイースとの間に亀裂が生まれ始めたようだ。

 突くのであれば、その隙だろう。


(何とか片方……落とし切れれば)

「大体にしてお前の言動、女に飢えているようにしか聞こえん……。少しは自重できんのか」

「うるっせぇんだよ、三下風情が! 所詮ノースの腰巾着しかできない分際で、人に指図してんじゃねぇぞ!?」

「……言うに事を欠いて貴様……!」


 いよいよ険悪と言って問題ないベルザとイース。

 ベルザはもとより、イースの注意も一瞬ミツキから離れた。


「その三下にさえLvが及ばん分際で……!」

「言うじゃねぇかもやし野郎が! その魔法ごと……!」

「ッ!!」


 その決定的な瞬間を逃さず、ミツキは一息に駆け出す。

 間合いを詰めるのはごく一瞬。蛇のごとく伸びる腕がイースとベルザの襟首を掴んだ。


「へぁ!?」

「おぐっ!?」


 ベルザは間抜けな声を上げ、イースは一瞬息を詰まらせる。

 ミツキはそのまま二人を強引にでも投げ飛ばそうとした。

 しかし、次の瞬間イースの体から衝撃波が放たれたのだ。


「なっ!?」


 その衝撃波は、ミツキの体にダメージを与えるほど強力ではなかった。

 しかし、彼女を吹き飛ばし、その動きを止めるのには十分な威力を持っていた。


「ク、この女……!」

「舐めやがってぇぇぇぇぇ!! 螺旋剛槍撃スパイラル・スマッシャーァァァァァ!!」


 開いた間合いを埋めるように、ベルザの突き出した必殺の一撃がミツキを襲う。


「クソッ……!」


 ミツキはらしくない悪態をつきながらも、何とか体を螺旋剛槍撃スパイラル・スマッシャーの影に潜り込ませる。螺旋剛槍撃スパイラル・スマッシャーの余波で、ミツキの着ていた巫女服の上半身部分が完全に吹き飛んでしまった。

 そうして伏せた彼女を、イースのさらなる一撃が襲った。


「虚空閃ッ!!」

「!?」


 極小範囲の空間に防御無視のダメージを与える魔法。

 ミツキの体を覆うように放たれたその一撃が、アバロン外周の廊下一部を抉る。

 向こう側もわからないほど歪んだ空間を見て、ベルザは声を上げる。


「やっちまったか!?」

「いや……!」


 イースはベルザの言葉に首を振り、抉った空間の向こう側を睨みつける。

 イースの視線の先に、上半身をサラシだけで包んだミツキが呆然とした表情でへたり込んでいるのが見えた。


「あの一瞬で飛んだか……! 大した女だ!」

「ハッ! あの格好もそそるもんだが……!」


 ベルザはミツキの姿を見て下卑た笑みを浮かべるが、すぐに黒槍を脇に構えた。


「だがもう遊びは終わりだ! あのクソ女、微塵に砕いて海にばらまいてヤルァ!!」

「油断のならん女、これ以上好きにはさせん!!」


 ミツキへの認識を改め、己も杖剣を構えるイース。


「今の…は……。そうか……ッ!!」


 イースとベルザの二人が己に向かって駆け出そうとするのを見て、ミツキもまた立ち上がり構える。

 そして力強く廊下を踏みしめ、ベルザとイースに向かって、彼女も勢いよく駆け出したのだ。


「ッ!?」

「ハッハァ!」


 そんな彼女の姿を見て、イースは驚愕し、ベルザは哄笑した。

 明らかに理にかなわぬ行為を前に、ベルザは不審を覚え踏み止まる。

 あまりにもバカバカしい姿を前に、より力強くイースは黒槍を突き入れんとする。

 そうしてミツキとベルザの姿が重なる寸前のことだ。


「――ストリング・バインド」

「「!?」」


 イースとベルザ、二人の体が一瞬にして硬直した。

 まるで宙にくくりつけられてしまったかのように、イース達の体の自由が奪われる。


「なる、ほど……! そういうことか……!」


 イースは頭の片隅でそんな状況に妙に納得し。


「んだこれ!? どうなってんだぁ!?」


 理解しえない出来事にベルザは半狂乱になって叫ぶ。

 今にも泣きだしそうなベルザであったが、彼がそれ以上不可解な事態に悩む必要はなかった。


「水月流護身術……!」


 ミツキが駆け抜け様、ベルザの襟首をひっつかんだからだ。


「おげっ!?」


 蛇のように近づいてきたミツキの両手が、ベルザの襟首を取り、彼の気道と動脈を締め上げる。

 リアルであれば一瞬で昏倒しそうな力強さだが、幸いなことにゲームであったためベルザは意識を手放さずに済んだ。

 ……いや。


「やぁぁぁぁ!!」

「うお、ぉぉぉあぁぁぁぁ!!??」


 この場合は、気絶した方が幸せだったのかもしれない。

 ミツキの白く細長い両手に襟首でもって振り上げられたベルザは、そのまま壁と廊下に叩きつけられ始めたのだ。


「百万・獄潰しぃぃぃぃ!!」

「……! ……!? ……!!」


 悲鳴さえ上げられずそこかしこに叩きつけられるベルザ。

 轟音と共に外周廊下が揺れ、そこかしこにひび割れが生まれる。

 そしてミツキは止めとばかりに、水蛇の羽衣でもってベルザの体を包み込み。


「落ち、なさぁぁぁぁいぃぃぃぃぃ!!!」

「…………!!??」


 全霊の力を持って外周廊下の壁へと叩きつける。

 ひび割れを起こし、すでに限界に達していた壁はその一撃でもって崩壊し、ベルザの体はアバロンの外へと勢いよく放り出されてしまった。

 ……その後、ベルザがどうなるかなど言うまでもないだろう。

 ベルザを倒したミツキは、ゆらりと立ち上がり、イースを見る。


「………!!」


 先のベルザの惨状を目の当たりにしたイースは、己に降りかかるであろう未来を想像し恐怖に震える。

 しかし、そんなベルザの恐怖を救うように、彼の背後から小さな拍手の音が上がった。


「いやぁ、お見事! 柔の技ってのは、たまに手品にしか見えないことがあるけど、今のなんかはその極致ですねぇ、うん」

「……フフフ。お恥ずかしい限りです」

「……!」


 その声を聞き、表情を和らげるミツキ。

 正体に心当たりのあったイースは、何とか首を後ろにめぐらせ、その姿を視界に入れる。


「……やはり、な……!」


 彼の視線の先にいたのは、元始之一撃(グラウンド・ゼロ)の中に消えたはずの、アラーキーであった。


「貴様、生きていたか……!」

「当然。伊達に生き汚い、Lv80越えの〈地〉属性持ちじゃないさ」


 アラーキーはそう言って肩を竦めるが、決して無事では済まなかったようだ。

 普段着ている鎧防具ははじけ飛び、今はアンダーシャツにズボンというとても軽装な姿となっている。

 ミツキは立ち上がり、露わになった柔肌を隠すように腕を組みながら、アラーキーに問いかけた。


「……先ほど助けていただいた時にご無事は確信しましたが……どうやって助かったんです? あの一撃、アラーキーさんでも耐えきれるものでは……」

「そりゃもちろん。なんで、元始之一撃(グラウンド・ゼロ)で出来た穴から落ちたんですよ。元始之一撃(グラウンド・ゼロ)が広がるのは一瞬だから、穴も一瞬で出来たしね」


 まあ、ちゃんと落ちられるかは運任せだったけど、などと嘯きながら笑い声を上げるアラーキー。

 アラーキーの解答を聞き、イースは納得したように頷いた。


「なるほど……。今、俺の体を縛っている糸……。それが、貴様の身を助けたということか」

「お察しの通り」


 アラーキーはそう言って笑い、片手を上げる。

 そこに身に付けられているのは、彼が愛用しているハーフフィンガーグローブと、細長い糸を巻き取るための小型の糸巻機だ。

 両手に装着されているそれを撫でながら、アラーキーは自慢げに呟いた。


「空間滑車、無限弾倉、直接打撃、強度無限……。思いつく限り“便利”に強化した、俺だけの遺物兵装(アーティファクト)、インストラクターさ」

「インスト……そうか。貴様、初心者への幸運(ビギナーズラック)の……」


 アラーキーの遺物兵装(アーティファクト)の名を聞き、彼の正体に至ったイースは一瞬だけ目を見開き、数瞬の沈黙ののちに口を開いた。


「……俺の負けだ。投降する」

「ほう? 殊勝じゃないか」

「ノースの元へも案内しよう……。なので、拘束を解いてくれ。そちらの指示に従う」


 全てをあきらめたように目を伏せ、イースはアラーキーの反応を待つ。


「へぇー、そうか」


 アラーキーは小さく頷き、掌を上げ……。


斬糸乱舞(ワイヤードテンペスト)


 手のひらから無数の斬糸を解き放ち、イースの体を粉々に斬り刻んだ。

 直接打撃……あらゆる特性、魔法を無視し、HPにのみダメージを与える貫通系の最上位スキルにより、イースは悲鳴を上げる間もなくHPを0にされ、リスポン行きとなった。

 イースのいた場所を見つめながら、アラーキーは軽く肩をすくめる。


「悪いけど、一度敵対した奴を無条件で信用できるほど人間はできてないんでね。この戦いが終わった後なら、話は聞いてやるよ」

「……あらあら」


 ミツキは小さく呟く。彼が手を下さねば、不意を突いて自分がやるつもりだったのだ。

 ミツキの側からは見えていたイースの眼差し……あれは、腹に一物抱えたものの目だったから。

 ミツキはアラーキーに向かって、申し訳なさそうに微笑んだ。


「すみません、アラーキーさん……。貴方のお手を煩わせてしまうなんて」

「いやいや。せっかくここまで来たんだ。一人くらいは分けてくださいな」


 アラーキーは軽く肩を竦めながら、自身の背後を見やる。

 ぽっかり穴の開いた廊下は機械人形(オートマン)たちが修復を始めているが、今すぐには渡れないだろう。


「こっちはもう渡れないな、うん……。向こう側に回るしかなさそうですなぁ」

「そのようですね……。行きましょうか」


 ミツキはそう言って、先行しようとする。


「……あっと、ミツキさん!」

「あ、はい?」


 そんなミツキを、アラーキーは呼び止める。

 彼の声にミツキが振り返りかけると、その肩に半袖のジャケットが羽織りかけられた。


「あら……?」

「その格好じゃ、セードー達の前にゃ出られないでしょう? 俺にゃ、眼福ですけどね」


 軽く笑ってそう言いながら、アラーキーは自身も予備のジャケットを羽織る。


「とりあえず、〈地〉属性に合わせて強化してあるんで、そこらの鎧よりゃ頑丈です。着といて、損はないですよ、うん」

「あらあら……ありがとうございますね、アラーキーさん」

「なーに、色々いいものみせてくれたお礼ですよ。ジャケットは、洗って返してくれればいいですからね」


 アラーキーは笑いながらそう言って、新しいナイフにワイヤーを接続する。

 ミツキはジャケットの前を何とか閉じ、それから微かに微笑んだ。




遺物兵装(アーティファクト)・インストラクター

初心者への幸運(ビギナーズラック)の狂犬とも呼ばれることがあるプレイヤー、アラーキーが使用する遺物兵装(アーティファクト)。何もない空間に糸をひっかける“空間滑車”、武器の消費を無視できる“無限弾倉”、HPへの直接ダメージ“直接打撃”、武器そのものの耐久力を無限にする“強度無限”など、武器そのものの性能の代わりに様々な副次効果を持つ多目的汎用型遺物兵装(アーティファクト)。普段の冒険からレアエネミー狩りまで様々な局面での使用を想定されているが、もっぱら活躍するのは対人戦だったりするらしい」

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