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log183.元始之一撃

「水蛇の羽衣!」


 そうして広げたミツキの手の間に水流が生まれる。

 薄く延ばされた水流はさながら川のようにも見えるが、ミツキの手の動きに合わせてたわみ、浮かび上がり、彼女の首元に羽衣のように浮かび始めた。

 そうして小さく微笑むミツキを見て、イースは注意深く杖剣を振るう。


「羽衣……? 聞いたことのないスキルだ」

「ウフフ。マッシブギアで解禁されたところを見ると、あまり知名度は高くないでしょうね?」

「はん。ビビってんじゃねぇよイース! あんなペラい水で、テメェのミサイルが落とせるわけねぇだろ!」

「………」


 喚くベルザを忌々しげに一瞥したイースは、すぐに視線を外しミツキへと向き直る。

 ミツキの顔には笑みが浮かんでいる。少なくとも、追い詰められているような状況ではないし、やけっぱちで出したスキルでない以上、何らかの自信があるのだろう。

 それを推し測るには……やはり仕掛けるしかあるまい。


「……氷牙よ!」


 イースは宙に浮かぶ氷牙飛翔弾(アイス・ミサイル)へ呼びかける。

 イースの呼びかけに応えた氷の牙は、彼の身を守るように一度周囲を周回する。

 そしてイースはミツキを睨みつけ、杖剣を彼女へ向けてまっすぐに振るった。


「射抜け、氷牙よっ!」


 そして氷の牙はイースの指揮に従い、ミツキへ向けて殺到する。

 弾丸もかくやという速度で飛翔する氷の牙を前に、ミツキはゆらりとした動きで体を動かし……。


「――ハッ!」


 鋭く腕を一閃させる。

 彼女の腕に絡みついた羽衣が、まっすぐ飛んでいた氷の牙に触れ、一切を打ち砕いてゆく。

 だが氷の牙はそれだけでは終わらない。ミツキの羽衣に触れた瞬間、辺りの空気ごと氷結し、巨大な氷の塊と化す。

 ミツキの羽衣はその氷を纏ってしまい、重みによって垂れ下がる――。


「……あ? 今、当たったよな?」

「……なるほど」


 ――というようなことなく、今も悠然とミツキの肩周りを揺蕩っている。

 イースの放った氷牙飛翔弾(アイス・ミサイル)は、支えを失い力なく廊下へと落着していた。

 ミツキの羽衣がいまだ健在なのを見て怪訝そうな表情になるベルザと違い、イースは何となくミツキのスキルの正体を掴み始めていた。


「その羽衣とやら……見たまま水、ということかな?」

「お察しの通り」


 ミツキはイースの指摘に微笑み、羽衣を軽く振るって見せる。


「この水蛇の羽衣……見ての通り、水なの」

「んなの見たらわかるだろうが、バカにしてんのか!?」

「バカはお前だ、ベルザ」


 ミツキの言葉に激昂するベルザ。

 そんな仲間の様子に嘆息しながら、イースはミツキの方を見やる。


「一定時間、水流を羽衣のように扱うことができるスキル、といったところか。厄介だな」

「……フフ」


 流れる川は、本来尽きることはない。

 たとえ表面が凍ろうとも、その下は依然と流れとなり、そして生命を育むものだ。

 そんな川の流れのように、ミツキの新たなスキル“水蛇の羽衣”は一定時間決して尽きることなく、ミツキの装備として残り続ける。

 例え〈氷〉属性の攻撃を受けて凍ったとしても、その凍った部分は流れより離脱し、羽衣はまた元の形に戻るのだ。

 そのことを察したイースを見て、ミツキは少しだけ笑みを深めた。


「あ? どういう意味だそれ?」

「早い話が、氷で封じられんということだ」


 イースの言葉をいまいち理解しきれないベルザ。

 彼に理解させることを早々に諦めたイースは、端的にそう締めくくった。

 なんとなく馬鹿にされたことは分かったベルザであったが、そのことに言及することはせず、ミツキを睨みつけて槍を構えた。


「はん。しょっぺぇ〈水〉如きで、この俺のオブシダンランスを止められるわけがねぇ! そのご自慢の羽衣ごと、ぶち抜いてひん剥いてやるよぉ!」

「あら、お下品」


 露骨に下卑た笑みを浮かべるベルザを見て、ミツキは顔をしかめる。彼の視線が彼女の胸元に集中しているのも原因の一つだろう。


「よく見たらいい体してるじゃねぇか……! 侵入者騒ぎは御免だが、目の保養になるんならありだなぁ!」

「………」

「そういう目で見られるのは、好きじゃないわね……。どうせなら、未来の旦那様に見てもらいたいわ」


 ベルザの物言いに閉口するイースに、苦言を呈すミツキ。

 そんな二人の様子には構わず、ベルザは大声で笑いながら一歩前に出る。


「ハッハハハ!! 言ってろよ! 所詮女なんざ、男を喜ばせるためのもんだろうが! それをわからせてやるよ!」

「――女性ってのは、丁寧に扱うもんだぜ童貞」


 不意に、冷めた声が場に響き渡る。


「でなきゃ、後ろから刺されても文句は言えないってなぁ!!」

「おがぁ!?」


 ついで響くのは電撃の流れる音。

 激しい雷撃音を響かせたベルザは、弾かれたように振り返る。

 手にしたナイフに稲妻を宿らせたアラーキーは、蔑む瞳でベルザを見つめていた。


「てんめぇ……!!」

「女性経験のなさ丸出しだな。欲望の捌け口は空気嫁にでも向けておきな」

「上等だコラァァァァァ!!」


 怒りをあらわにしたベルザが、吼えながらアラーキーへと掴みかかる。

 しかし分身傀儡(オフシュート)でそれを躱し、アラーキーはそのままイースの側面へと回り込む。


「品性を疑うね。こんなのと手を組んでるなんてな」

「私もだ。頭が痛いよ……」


 アラーキーの挑発を受けながし、氷牙飛翔弾(アイス・ミサイル)をイースは出現させる。


「だが、仕事は仕事だ。スマートに済ませよう!」

「そうかい!」


 アラーキーはナイフを構え、ミサイルの接近に備える。

 イースは杖剣を振るい、ミサイルを一発飛ばす。

 耳元を掠めるそれを見送るアラーキー。その背後で、壁が勢いよく凍る音がした。


「うひぃ。やっぱり凍るかね!?」

「凍るともさ!」


 ミツキの羽衣と違い、アラーキーに凍結を凌ぐ手段はない。

 眼前に漂う無数の氷牙飛翔弾(アイス・ミサイル)を前に、アラーキーは困ったように眉尻を下げた。


「どうしたもんかねぇ」

「大人しく死んだらどうかね!?」


 イースは叫び、ミサイルを発射する。

 アラーキーを目指すミサイルは、側面から伸びた水蛇の羽衣によって打ち落とされてしまった。


「ん!?」

「させませんよ!」


 羽衣を鞭のように振るいながら接近してくるミツキ。

 手元に羽衣を巻き戻しながら、ミツキは力強く微笑んだ。


「水月流護身術の真髄、お見せしましょう!」

「おっしゃぁー! 二対一で沈めちゃるわ!」


 イースを目標と定め、一気に攻撃を仕掛けようとする二人。

 しかし、そんな二人の前に、黒槍が立ち塞がる。


「勝手に殺してんじゃねぇぞクソが! ぶち殺してやるよぉ!」

「おっと低能出現。経験値低そうだし、帰ってくんない?」

「クソがァァァァァァ!!」


 アラーキーの露骨な挑発にあっさり引っかかり、ベルザは大振りで槍を振るう。

 力み過ぎのその一撃をあっさり回避し、アラーキーはイースの方へ改めて狙いを定めた。


「さてはて。このまま一気に決めさせてもらえるかねぇ、うん!?」

「チッ……! こちらとてそうやすやすとは!」

「テェイ!」


 振るわれる羽衣の一撃を、氷牙飛翔弾(アイス・ミサイル)を盾代わりにして防ぐイース。

 四者の戦いは、徐々に乱戦の様を呈し始めていた。


「ウルァァァァァァ!!!」

「ちょいなぁ!」


 黒の剛槍を捌き、その隙を巧みに突き雷撃を打ちこむアラーキー。


「アイス・カッター!」

「シッ! ヤァァァ!」


 迫る氷の円盤を打ち落とし、イースへ羽衣による突きを見舞うミツキ。

 壁に穴を穿つ威力を見て戦慄するイースは、アラーキーへ向けて氷牙飛翔弾(アイス・ミサイル)を放った。


「穿てッ!」

「うぉ!?」

「やらせませんよ!」


 ベルザへ攻撃していたアラーキーは危うくその一撃を避けそこなうが、ミツキの羽衣がアラーキーを守った。

 それを見て、ベルザが大声を上げながら突きかかってゆく。


「余裕かましてんじゃねぇぞくそがぁぁぁぁぁ!!」

「八つ当たりしてんじゃねぇよ!」


 しかしがら空きになっていた足元を、アラーキーによって文字通り掬い上げられる。

 そのままスッ転ぶベルザに止めを刺そうとするアラーキーを、イースは氷牙飛翔弾(アイス・ミサイル)によって防ぐ。


「させんよ!」

「おっと!?」

「ハッ!」


 アラーキーを攻撃した瞬間を狙ってきたミツキの一撃を、また氷牙飛翔弾(アイス・ミサイル)を犠牲にして凌ぐイース。

 ベルザの首根っこを掴んで立ち上がらせながら、イースは二人を睨みつけた。


「えぇい、てこずる……!」

「そちらこそ、やりますね!」

「お前さん、その足手まといを捨ててった方がいいんじゃないかね?」

「なんだとテメェ!!??」


 またアラーキーの挑発に乗るベルゼを見下ろし、それからイースは一つ頷いた。


「……それもそうかもしれんな」


 そう呟いたイースは言うやいなや、ベルザの体をアラーキーとミツキの前へと放り出した。


「……は?」

「え?」

「っだぁ!? おい、イース!?」


 その扱いにベルザは文句を言うが、イースが唱える呪文を聞いて即座にその口を閉ざした。


「ワレ キョムヲ イザナウモノ ワレ ハメツヲ モタラスモノ バンブツノオウ スベテノホロビヲモタラスモノヨ ワガイニオウジ ワガテキヲホロボセ 」

「げぇ!? まずい!!」

「え? え?」


 呪文の正体に気付いたアラーキーは慌ててミツキを連れて距離を取ろうとするが、呪文の完成に間に合いそうにない。

 苦し紛れに、アラーキーはイースへと怒鳴り上げた。


「おい!? さすがに味方ごとはないんじゃねぇか!?」

「……味方? 俺の射線にいるのか?」

「……! アラーキーさん、あれを!!」


 ミツキが気が付いた時には、ベルザの姿はイースの後方、はるか彼方にあった。

 こちらを見て勝ち誇っているベルザの手には、呪符のようなものが握られている。


簡易転移符(ショートワープ)ぅ!? 準備いいなオイ……!」

「砕け散れ、侵入者ども……!」


 そうして逃げようとするアラーキー達の背中を、イースは容赦なく打ち砕かんとする。


元始之一撃(グラウンド・ゼロ)ォォォォ!!!」

「チィッ……!!」

「アラー……!!」


 アラーキーとミツキの声が、爆音の中に消えてゆく。

 瞬間、アバロンの外周廊下の一部が、核熱閃光の中へと消えていった。






「……ハ、ハハハ!! 聞いてたがスゲェなこりゃ!!」


 爆音、衝撃、閃光……。

 イースの放った元始之一撃(グラウンド・ゼロ)がもたらした破壊が収まるまで大人しくしていたベルザは、眼前に広がる光景を前に驚嘆の声を上げる。

 それはそうだろう。なにしろ、巨大な要塞の一部が完全に球形に抉れているのだ。

 元始之一撃(グラウンド・ゼロ)……。何の属性も持たない単一魔法の中でも最強を誇るものの一つで、平たく言えば核爆発を目の前で起こすというものだ。効果範囲は術者の目の前半径十メートル範囲。爆破は球形に広がり、その内部を核熱で焼滅させるという魔法である。

 この魔法の重要な点は“属性を持たない”ことに尽きる。ある程度までの威力の魔法であれば、だれでも習得することが可能であるが、一定以上の威力や効果を持つ魔法に関してはその魔法に関わる属性を取得する必要がある。

 しかし魔法には属性を持たないものも存在する。そうした魔法はどれだけ威力が高かろうとも、ステータスの条件さえ満たせば習得できるのだ。

 元始之一撃(グラウンド・ゼロ)によって減ったMPを回復しながら、イースは誇らしげに頷く。


「……っはぁ。当然だろう。私が持つものの中でも最高の一手だ。伊達にレア魔導書掘りに腐心してきたわけではない」

「ハッハァ! こいつさえありゃ、残った連中の掃除も楽に終わりそうだ! じゃあ、さっさと次を――」


 勝ち誇り、無事な廊下を進もうとしたベルザの頬を、冷たい一閃が通り過ぎた。


「――ッ!?」

「いかせませんよ……!」


 ベルザの頬を掠めたのは、水蛇の羽衣。

 空中歩法(エアキック)で抉れた廊下を飛び移ってきたミツキは、ベルザ達の前に立ちふさがった。

 着ている防具はそこかしこが焦げ、今にも崩れ落ちそうになっている。相当量のダメージを受けたのが窺えた。

 無事なミツキを見て慌てて黒槍を取り出しながら、ベルザはイースへと吠えた。


「オイ、イース! なんで生きてんだこいつ!!」

「……まあ、元始之一撃(グラウンド・ゼロ)とて完璧じゃない。装甲貫通などの特殊効果はないし、壁一枚隔てれば威力も多少減衰する」


 イースはアラーキーがいないのを確認し、確信をもって告げた。


「先の男〈雷〉属性を持っていたな。属性としては〈地〉に属す。おそらく、アース・ベースか何かで女を守ったんだろうな」

「ええ……。私にアース・ベースと大地硬化(アースプロテクト)を残して、アラーキーさんは……」


 ミツキは一瞬目を伏せ、そしてベルザとイースを睨みつける。


「……さあ、私はまだ戦えます。ここは、通しませんよ!」

「フン……。二対一で勝てる気でいるか?」

「ハッ! いいじゃねぇか、イース……」


 ベルザは気丈に立ち塞がるミツキを見て、舌なめずりをする。


「剥く楽しみは残ってたんだ……。せいぜい、いい声で鳴けよ!」

「足元を掬われるなよ?」


 もはや死に体ともいえそうなミツキを前にしても油断なく構えたイースは、氷牙飛翔弾(アイス・ミサイル)を呼び出す。


「………ッ」


 ミツキは歯を食いしばり、水蛇の羽衣を身に纏った。




なお、単一魔法のレア度は遺物兵装(アーティファクト)と同じくらいの模様。

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