log182.廊下にて邂逅
外周廊下内に、鋭い金属音が響き渡る。
互いに己の武器を振るった男たちが、一足飛びに距離を取る。
一人は二振りのナイフ。もう一人は長大な大槍。
出会いがしらの一閃を前にして、ナイフを携えた男……アラーキーは一つ嘆息して目の前の男……ベルザを睨みつける。
「人に会ったらまず挨拶。これ、人間としての常識だろう、うん?」
「うっせーんだよ侵入者風情が! だったら、人んちの横っ腹に大穴開けんのは常識に含まれるのかよ!?」
「こいつぁ一本取られたねぇ、うん。言われてみれば、確かに常識はずれだな」
軽く肩をすくめるアラーキーを見て、ベルザは苛立たしげに槍を横に払った。
「鬱陶しい野郎だぜ……! Lv80超えてるからって余裕綽々ですってかぁ?」
「お前さんの後ろのお兄さんもLv80超えてるっぽいけど、そこんとこどうなのよ?」
「………」
ベルザの後ろに立つイースに話が振られるが、彼は答えることなく杖剣を構える。
そしてアラーキーの背後に立っていたミツキが、アラーキーの背後からベルザへと問いかける。
「私たちがお会いしたいのは、円卓の騎士のGM代行のノース様です。できるのであれば、貴方がたからお取次ぎ願いたいのですけれど?」
「ハッ! おい、イース! 侵入者がなんかほざいてるぞ!?」
「貴様らをノースに会わせる道理なし。ここで帰ってもらおう」
淡々としたノースの返しを聞いて、ミツキは小さく頷いた。
「まあ、そうでしょうね。わかっていました」
「互いにもはや言葉なし、ってか。わかりやすいのはいいことだがねぇ」
ナイフを両手に構え、アラーキーはやや腰を落とす。
「少しは人との会話を試みた方が、人生の潤いになると思うぞ? うん」
「しゃらくせぇんだよぉ!!」
ベルザは一つ吼え、アラーキーに一突き入れる。
轟と空を刳り貫く音とともに繰り出された一閃を、アラーキーはナイフで何とか捌く。
「っとぉ!? 思った以上に重たいじゃない……!?」
「ハッ! 思ったよりもよわっちいのかぁ!?」
アラーキーの体を横に弾き飛ばすように、ベルザは槍を横に薙ぐ。
アラーキーはその一撃を後ろに跳んで回避した。
「Lv80超えて癖に、今まで何してきたんだテメェは!?」
「人の役に立ちそうなスキルばっか取ってきたからなぁ。初期盗賊だから、家事に料理に裁縫に、色々さ」
「ハッ! 身の毛もよだつ生き方だ! 他人のために汗流して、何が楽しいんだ!?」
一歩踏み込んでアラーキーの腹を狙った一突きを、ミツキは両手で受け止めた。
「あらあら。世の中で働くお父さんはみんな他人のために汗を流すもの。そこに楽しみを見出すのが、何か悪い事かしら」
「よく言うぜ、この、あ、ま……!?」
掴まれた槍をミツキごと引こうとベルザは力を込めるが、槍はびくともしない。
にこやかにほほ笑むミツキの両腕によって、ガッチリ固定されているのだ。
闘者組合の中では補助よりとはいえ、STRに特化した育成を行っているミツキ。そのSTRと彼女が鍛え上げてきた柔術の技術によって編み出された捕縛術は、ベルザでは抜け出すこともできなかった。
「んだよこれ……!? て、てめぇ、なんのスキル使ってんだ!?」
「あらあら、スキルなんて使ってないわ? これは自前の力よ?」
「嘘言ってないのが怖いんだよねぇ……」
セードーを通じ、ミツキの実力の一端を聞いているアラーキーは手にしたナイフをベルザに向かって投げつける。
しかしその一投は前に出てきたイースの杖剣によって弾かれる。
「おっと」
「その手を離してもらおうか」
ベルザは言うやいなや、詠唱無視で空牙を解き放つ。
空間が槍のように歪み、一直線にミツキへ向かって突き進む。
「あら?」
ミツキはベルザの槍から手を離し、空牙を回避する。
ミツキの拘束から逃れられたベルザはたたらを踏むが、すぐに体勢を立て直し、槍を構える。
「チッ! おい、イース! あのクソ女の動きを止めろ!!」
「容易に言うな。いくらアバロンが広いと言っても、廊下の中ではどんな魔法も危険すぎる」
血気に逸るベルザを諌めるように、イースは杖剣を構え、アラーキーとミツキをけん制する。
「それに、貴様もここでは自慢の槍スキルも発動できないだろう? それでどうする気だ」
「チッ……」
イースの言葉に、ベルザは小さく頭を振る。
確かにイースの言うとおり、彼らが今いる廊下は大人が両手を広げて二人並んだ程度の広さ。
槍を横に振るう程度であれば特に問題ないが、それは中央を陣取り続けられればの話。
戦いの中で右か左にでも寄ろうものなら、もう槍を横に振るうスキルは使えなくなってしまう。
対し、アラーキー達はどちらも間合いの狭い武器を使っている。そもそもミツキに至っては武器すら持っていないが、それでもベルザの槍を掴んで封じる芸当を見せた。
場の状況は、ベルザの方に不利と言えるだろう。
イースにしても、密閉空間に近い廊下では大火力の魔法を使うのは憚られる。フレンドリファイアはなくとも、視界が塞がれれば相手に対して優位に働くこともあるのだ。
「言うからには、考えがあるんだろうな?」
「……任せろ。良い案がある」
ベルザの言葉にそう答えるイース。
そうして作戦を話し合う二人を見ながら、アラーキーもミツキと話し合う。
「……んで、実際にやり合ってみていかがなもんで?」
「どちらも武器の扱いには不慣れに見えます。いえ、初心者というわけではなく……リアルでは普通の人でしょう」
ミツキは数回の立会いの中で、ベルザ達の武術経験を推し測っていた。どちらも素人であると。
ミツキはベルザ達との間合いを測りながら、アラーキーへと答える。
「おそらく、戦術はスキルや魔法が中心でしょう。槍と剣の立ち回りに関しては、アラーキーさんでも十分切り抜けられると思います」
「いやいや。俺のような一般人を、一流武術家と同じくくりで語られても困りますよ?」
「あらあら? そう言って、先ほどのナイフ捌きはなかなかのものでしたよ?」
ミツキはいたずらっぽく微笑んで、アラーキーへウィンクを投げる。
アラーキーはそんなミツキに小さく苦笑しつつ、ナイフを握り直す。
「ハハハ。セードー一押しのミツキさんにそう言ってもらえるなら、多少訓練した甲斐はあるんですかねぇ、うん」
「あら、一押しなんですか? 私」
「らしいですよ? まあ、あいつのことだから武術的にでしょうが」
「あらあら……」
少し残念そうに肩を落とすミツキだが、すぐに気を取り直してベルザ達へと向き直る。
「まあ、それは後でセードー君に問いただすとして……私が前に出ますね?」
「了解。じゃあ、俺が援護しましょうかね」
ミツキの言葉に小さく頷くアラーキー。
「――ッ!」
「っとぉ!」
一拍の呼吸の後、両者は同時に駆け出した。
ベルザとイースは前に出てきた二人を見て、各々の武器を構える。
「あぁ!? 前に出るのかよ、正気か!?」
「空牙っ!」
イースは空牙を放つが、その一撃はあっさりと回避される。
その間にさらに踏み込んだミツキが、ベルザの槍に手を触れる。
彼女がぐっと槍を掴むのを感じ、ベルザは慌てて槍を大きく薙いだ。
「っくそ!?」
「あら?」
今度は無理に握り締めることなく、ぱっと手を離すミツキ。
そうして開いた空間に、アラーキーがさらに一歩踏み込んでくる。
「前ががら空きだぜ!?」
「ほざくな!」
前に出てきたアラーキーを見て、イースは素早く杖剣を地面に突きたてる。
瞬間、アラーキーの足元から一本の岩の牙が生える。
「分身傀儡!!」
アラーキーはそれに分身をぶつけて破壊する。
分身傀儡は本来、モンスターのヘイトを強制的に集めるスキルだが、単発の魔法に対してはデコイとしても機能する。
そして消える分身越しに、アラーキーはワイヤー付のナイフを投げ飛ばした。
「チィ!」
二度目のナイフ投擲を前に、イースは苛立たしげに杖剣を振るうが、ナイフは寸前で軌道を変える。
アラーキーが手元にワイヤーを引いたことで、弾かれるはずのナイフが引き戻されたのだ。
「ッ!?」
「足元注意ですよ?」
そして、ワイヤーの下を潜るように踏み込んできたミツキが、イースの襟首を掴む。
「おぐ!?」
「そぉれ!」
そしてそのまま、ミツキはイースの体を投げ飛ばす。
大の男が宙を舞い、そのまま廊下に背中から叩きつけられる。
「ブホッ!?」
轟音と共に廊下はひび割れ、イースは息を詰まらせる。
そのままとどめとミツキは拳を握るが、それをベルザは許さない。
「っらぁぁぁ!!」
「あらあら!」
鋭い槍の一突きを回避し、ミツキは大きく飛びのく。
「逃がす――!」
「おっと、後方確認は大事だな、うん?」
そのままベルザは追撃を掛けようとするが、その無防備ともいえる背中へアラーキーは飛びかかった。
逆手に持ったナイフを、ベルザの首筋に思いっきり突き立てた。
「これでどうよ!?」
「おっが!?」
ベルザは不意打ちの一撃を喰らい、思いっきり体勢を崩す。
しかし、アラーキーのナイフはベルザの首筋には突き刺さらない。それどころか、薄皮一枚貫けない。
ベルザの体の表面に、薄い膜のようなものが張られているからだ。
「! 魔法装甲か!」
「くそがぁぁぁ!」
即座にその正体を悟り、後ろへ飛び退くアラーキー。
ベルザは振り返りながら槍を振るい、その穂先から閃衝波を放った。
アラーキーはナイフを盾にその一撃を防ぐが、さすがにナイフ二本だけでは凌ぎきれずに後ろへと吹き飛ぶ。
「おぅわぁ!?」
「アラーキーさん!」
ミツキは声を上げるが、間にはベルザとイースがいる。迂闊に踏み込めない。
アラーキーを吹き飛ばしたベルザは、倒れたままのイースに乱暴に蹴りを入れた。
「オラ、イース! いつまでも寝てねぇで起きろ!」
「ごふっ!? あ、あまり人に蹴りを入れるな……!」
「あらあら……。仲間は、大切にするものよ?」
ベルザの暴行を前に、ミツキは顔を険しくするが、当の本人はどこ吹く風で鼻を鳴らした。
「ハッ! 何もできずに女に伸された輩をどう大切にしろってんだ!?」
「ゴホッ! ……そう吼えるなベルザ。すぐに貴様の期待に応えようじゃないか……」
ベルザは不敵にそう言うと、即座に一つの魔法を唱えた。
「氷牙飛翔弾……!」
瞬間、イースの周りに、一抱えほどありそうなツララが数にして十本出現する。
何の支えもなく宙に浮かぶツララを前に、ミツキは警戒を強める。
「あらあら……。氷系の遠距離攻撃は、着弾点で凍るから嫌なのよね」
〈水〉の副属性にあたる〈氷〉。魔法の威力が発生した地点で敵やプレイヤーを拘束できる〈氷結〉効果が発生することから利便性が高く、多くの魔法使いプレイヤーに愛される属性だ。
だが敵に回るといささか厄介な属性となる。ミツキは小さく頷き、両掌を合わせた。
「でしたら、私も一つ必殺技を見せましょうか」
そう呟き、ミツキは一つのスキル名を唱えた。
なお、副属性は新しいスキルを解除するためのシステムの模様。




