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log180.八極拳

「おりゃぁぁぁぁぁ!! 灼・火・崩・拳ッ!!」

「ぬうぅぅぅ!!」


 赤く輝くサンの拳がサースの巨体を吹き飛ばす。

 煌びやかな鎧に身を包み、分厚い盾を手にしたサースであったが、さすがに装甲無視スキルで攻撃されては一たまりもないようだ。

 二度、自身の攻撃がサースを吹き飛ばしたことに気を良くしたサンは、勢いよく腕を振るい演武の動きを撮りながら意気揚々と叫んだ。


「どぉだウスノロ騎士! 八極拳と装甲無視スキルの威力! そろそろおっ死んでもいいんだぜっ!?」

「くぅ……! 女と見て手を抜いてやっていればいい気になって……!」


 吹き飛ばされ、二度も膝を突かされたサースは唸り声を上げながら立ち上がる。

 負け惜しみにしか聞こえないサースの言葉を聞き、サンは得意満面に胸を張った。


「へっへーん。言い訳は男らしくないぜぇ?」

「ふん……図に乗って。そのレベルで装甲無視スキルは想定外だが、手の内はこちらを一撃で倒せるレベルで見せるのだったな……」


 サースは盾を構え直し、サンを睨みつける。


「イノセント・ワールドのスキルツリーは幅広く、奥深い……。あらゆる属性や性質に対する隙を突くスキルもあれば、当然その逆もある!」

「……? なんだって?」


 サンは訝しげに眉を顰める。

 隙を突くことの逆とはなんぞや?

 呆けて見えるサンを見て、サースはフルフェイスヘルメットの奥の瞳をニヤリと歪めた。


「粋がるのはここまでということだ……。減衰(ディケイ)!!」


 そしてサースは一つのスキルを唱える。

 スキル発動と同時に、サースの全身がうすぼんやりと輝き始める。

 どうやら強化系のスキルのようだ。しかしサンには聞いたことのないスキルであり、その効果を推し量るには彼女の経験値は不足していた。


「? なんのスキルかしらねぇが……」


 押して押して押し通る。それが、通信とはいえ八極拳の功夫を積んできた彼女が学んだ戦い方だ。

 再び灼火崩拳の構えを取り、サンは駆けだした。


「八極拳の前にはちゃちい強化スキルなんざ無意味なんだよぉー!!」

「ハッ! 殴ってくるがいい! 力の差を思い知らせてやるわぁ!!」


 対し、サースは盾を構えサンの灼火崩拳を受け止めようとする。

 先ほどと同じ構図を前に、サンは勝利を確信しニヤリと笑みを浮かべる。


「へ! ご自慢の盾をぶち砕いてやらぁ!! 灼火――!!」


 引いた拳を震脚と共に解き放つ。


「――崩拳ッ!!」


 赤く輝くサンの拳と、鈍い輝きを放つサースの盾が再びぶつかる。

 そして放たれた衝撃はサースの盾を――。


「……なっ!?」


 ――貫かなかった。

 先ほどまでと異なり、彼女の崩拳はサースの体勢どころか盾を構える腕さえ崩すことができずに、ピタリと盾とぶつかった場所で止まってしまった。

 自身の思わぬ結果を前に硬直するサンに、サースは追撃を掛けるように盾を振るった。


「どうした小娘ぇ!? 衝撃盾撃(インパクト・バッシュ)!!」

「うごぁっ!?」


 ワンインチパンチの要領で放たれた盾の一撃を受け、サンは後ろへ向けて吹き飛ばされてしまう。

 ごっそり減ってしまったHPを前に、サンは動揺を隠しきれずに悠然と立ちふさがるサースを見上げる。


「な、なんで……!? さっきまでは、普通に吹っ飛んでたじゃねぇか……!?」

「クァハハハ!! 悔しいかね!? だが貴様と私のLv差は元々50程度はあるのだ! ステータスの格差を考えればこれが当然の結果なのだよ……!」


 サースは身に付けた鎧を自慢げに叩きながら、一歩前に出る。


「ついでに教えてやろう! 減衰(ディケイ)は装甲無視対策スキルの一つでな! こちらの装備している防具類の装甲値が半減する代わりに、相手の攻撃の装甲無視特性を完全無効化することができるのだよ!!」

「特性無効化!? そんなんありかよ……!」

「これはシールドギアに発現するスキルだよ! そして元々私の防御力は円卓の騎士(アーサーナイツ)でも随一を誇る……。装甲無視なんぞを早期に取得してしまうような早熟な娘では、我が防具を貫く火力はあるまいよ!!」


 サースは愉快気に叫びながら、手にした盾を地面へと叩きつける。


「そしてくらえぃ! グラン・バッシュ!!」

「ッ!」


 続く攻撃の気配にサンは飛び退こうとするが、遅かった。

 地面へと盾を叩きつけた衝撃が走り抜け、サンの全身を容赦なく打ち据える。


「うわぁぁぁ!?」

「クハハハァ!! 私が取得している〈地〉属性のスキルの味はいかがかね!? 〈地〉属性には装甲+のパッシブスキルもある……そしてこれは減衰(ディケイ)の影響を受けない! この意味が分かるかね小娘ぇ!!」

「くっそ……!」


 サンは立ち上がり、拳を固める。

 再び赤く輝く拳を構え、サースへと突撃してゆく。


「おおおぉぉぉぉ!!」

「はっはぁ! ムダだぁ!!」


 サースはサンの目の前に盾をかざし、彼女の攻撃を待ち構える。

 そして灼火崩拳が決まった瞬間、サースの盾が輝いた。


反響盾撃(カウンター・バッシュ)ゥ!!」

「うがっ……!!」


 盾の輝きと同時に、自身の放った一撃がそのままダメージとして返ってきたサンは、弾き飛ばされた腕を抑えて後ろへと飛び退いた。


「はっはっはぁ!! 我は南方の将、サース! 我を打ち据えんとす敵すべてを滅ぼすもの! タンク型スキル構築の真の恐ろしさは受け身に回ったときに発揮されるものよぉ!!」

「ちっくしょう……!」


 サンは素早くポーションを呷り、HPを回復させる。

 空になった瓶を投げ捨て、口元を拭うサンに向けて、サースは盾を叩きつけるように振るう。


空砲(エア・カノン)!!」

「うぉ!?」


 盾を振るった際の衝撃が、サンの体に伝わってくる。

 その一撃は彼女のHPを削り取るような攻撃力を持っていなかったが、その動きを止めるには十分であった。


「そこへグラン・バッシュゥ!!」

「うあぁぁぁ!!」


 地面を伝わる衝撃が、再びサンの体を打ち据える。

 仰向けに倒れ、転がってゆくサンを見て、サースは嘲る様に哄笑を上げた。


「はぁーっはっはっはぁ!! 脆いなぁ! 弱いなぁ! 小さいなぁ!! その程度でよく、円卓の騎士(アーサーナイツ)へと喧嘩を売ろうと思ったじゃあないか!?」

「うぐ……」


 サンは何とか両手を突き、立ち上がろうとする。

 だがサースは再びグラン・バッシュを発動し、サンの体を転ばせる。


「あぐ!」

「はっはぁ!! 所詮女子供なんぞこの程度! どれだけLvを、スキルを重ねようと、真の強者の前には膝をつくばかりじゃあないか!!」


 サースはゆっくりとサンへと近づいてゆく。


「さっき八極拳がどうとかなどと言っていたが、所詮は女も学べる程度の武芸! 盆踊りにも等しい惰弱な武術だろう!? そんなものでこのサースに立ち向かおうとは片腹が痛いわ!!」

「―――ッ!!」


 サースの一言を聞き、サンはギッとサースを見上げる。


「……今、なんつったよ」

「んん? 八極拳なぞ、大したこともない武術だと言ったのだよ! 今、貴様が身を以て証明しているではないか!!」

「………ッ!!」


 己の言葉を重ねるサース。

 彼の侮辱の言葉を前に、サンの表情が険しくなった。

 それはさながら、猛火のように。激しい怒りが燃え上がっているのが見て取れる。


「八極拳が、大したことないだと……!?」

「はっはっはぁ!! 怒ったか? 怒ったのかぁ!? しかし現実はその通りと告げているだろうが!!」


 サンを踏みつぶさんと、サースは鋼鉄のブーツを振り上げ、彼女の小さな体を踏みつぶそうとする。

 しかしサンは一瞬で飛びのき、サースの踏み付けを回避する。


「チィ!」


 サースは素早くサンの飛びのいた方向に盾を構え、彼女の攻撃に備える。

 しかしサンは俯き、拳を握りしめ、小さく震えるばかりであった。


「テメェに、八極拳の、何が分かるんだよ……!!」


 彼女の声色には悔しさが滲む。

 自身の非力さ。足りぬ実力。サースに対し真っ向から言い返せない事実。

 様々な想いがないまぜになった、苦々しい想いが伝わってくるような、そんな声だった。

 だが、そんな彼女の声はサースには届かない。


「はっ! 言いたいことがあるならハッキリ言えばよいではないか!! 聞く耳は持たんがなぁ!!」


 サースは盾を振るう。

 瞬間、サンの立っている場所に無数の岩の牙が生え、彼女の体を斬り刻まんとする。


「ッ!!」

「脆く弱い、女の身の上に生まれたことを呪うがいいさ!! そんなほそっこい体で、私を吹き飛ばそうというのが笑わせるというのだよぉ!!」


 サンへ襲いかかる無数の岩の牙。

 サースは彼女を嬲るように、わざと彼女への直撃を避けて岩の牙を放つ。


「女が弱いだの、脆いだの……!!」


 サンは歯を食いしばり、岩の牙を避け、一歩ずつサースへと近づいてゆく。


「そんなこと言わせないために、あたしは八極拳を学んだんだ……! 誰も、あたしのことを弱いだなんて言わせないために……!!」

「無為無駄無謀!! 貴様が貴様であるだけで、貴様は弱いんだよぉ!!!」


 さらにサースは岩をサンの頭上へと召喚し、彼女を押しつぶそうとする。

 重ねるように彼女の歩く先に岩の牙を召喚し、サンの逃げ道を潰そうとする。


「あたしが弱いかどうかは―――!!」


 しかし、サンは震脚を持って岩の牙を打ち砕く。

 そして自身の頭上へ岩が落ちてる寸前に、滑るようにサースの前へと踏み込んだ。

 八極拳の歩法として伝わる活歩。震脚の踏み込みでもって、一瞬で間合いを詰める特殊な歩法。

 それを前にしても、サースの余裕は崩れない。

 彼には万物を弾く盾がある。そして万難を弾く鎧がある。その絶対の防御力が、サースの余裕となり。


「―――テメェの身で、確かめろぉ!!!」


 ―――そして、決定的な隙となる。

 サースと激突する寸前、サンは再び震脚を踏む。

 その一歩をサースは攻撃直前のインパクトと読み、力強く盾を構えた。

 しかしサンはその一歩を持って横に滑るように移動する。

 本来は直線を描く動きを、サンは無理やり円の動きへと変えたのだ。


「貼――!」


 ……本来は荒唐無稽なはずのその動きは、まるで初めからその通りであったかのようにしなやかで。


「山――!」


 サースは背後を取られたことさえ悟れず、来るはずのない攻撃に備えて盾を構える。


「コォォォォォォォォ!!!!」


 そして、三度目の震脚。

 爆発を意味する八極の名の通り、弾けたかのような轟音を響かせたそれにサースが気が付いた時には、彼の体は外周の外へと弾き飛ばされていた。


「―――なん」


 サンの最後の一撃は、ついに彼の装甲を貫くには至らなかった。

 至らなかったが……サースの体を砲弾のように打ち出すことに成功したのだ。

 頑丈な鎧は、サンの一撃を余すことなく受け止め。

 無防備であった背中は、サンの一撃の支えにすらならず。

 Lv80オーバーを誇る、重量級タンクであったサースの体はあっけないほどに、アバロンの外周を跳び越え、何もない大空へと飛び立ってしまったのだ。


「だ、とぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」


 サースが己の現状に気が付いた時には、すでに彼の体はアバロンの最下層さえ通り過ぎてしまっていた。

 サンなど足元にも及ばないその防御力の代償となる重量が、彼を慢心と共に海の底へと落したのだ。


「………確かに、あたしは弱いさ」


 サースを弾き飛ばしたサンは、呟く。


「だから……あたしは功夫を積むんだよ……! 弱いなんて、言われないように……!」


 強い決意を込めたその呟きは、吹き荒ぶ風にも負けぬ強さが籠っていた。




サースVSサン


勝者・サン


決着:決闘場(ドーム)アウトによる、TKO。

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