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log178.シャドーマンの強襲

「いちいち怒鳴るな! 聞こえてんだからもっと小さな声でしゃべれ!」


 付近の伝声管より響いたノースの叫び声に、ベルザは怒鳴り返す。

 場所はアバロン内で最も長い外周廊下。随伴兵代わりにイースが付いてきている。

 ノースはベルザの怒鳴り声を聞いても調子を変えることなく、そのまま叫んだ。


『そんなことはどうでもいいっ! それよりも、奴は……シャドーマンは見つかったのか!?』


 ノースの質問に、ベルザは苦虫を噛み潰したかのような表情になり、小さく答えた。


「……まだだ」

『まだぁ!? 奴が現れてからもう一時間位経つんだぞ!? すぐにでも首をへし折るなどと抜かしてたのはどこのどいつだ!!』

「うるせぇな! 仕方ねぇだろ、見つかってねぇんだ!!」


 ノースの叫び声に、ベルザは逆切れし始める。

 ――事の起こりはほんの一時間ほど前のこと。ノースたちは知る由もないが、丁度セードー達が食事休憩を兼ねたログアウトに入り始めた頃のこと。

 彼らとは逆に食事休憩を終え、再ログインを果たしたノースたちを待っていたのは、アバロンを強襲されてしまったという部下の情けない報告であった。

 しかも強襲してきた相手は、シャドーマン。今、イノセント・ワールドで最もホットな話題を提供している正体不明のPKであり、つい先ごろ円卓の騎士(アーサーナイツ)が宣戦布告した相手だ。もっとも、円卓の騎士(アーサーナイツ)が本当に宣戦布告したのはセードー達、闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの方だったのであるが……。

 肝心の闘者組合ギルド・オブ・ファイターズを強襲する前に、シャドーマンご本人に強襲されてしまい荒れるアバロンをノースは何とか鎮め、シャドーマンの討伐へと配下の者たちを向かわせる。

 数で押せば、シャドーマンの一人や二人程度、倒しきれずとも追い返すことはできるだろう……と安易に考えていたのだが……。


「大体広すぎるんだよ、アバロンがよぉ!! さっき聞いた報告の場所にシャドーマンがいねぇって、何度繰り返させるんだボケがぁ!!」

『貴様がノロクサ歩いてるからだろうがぁ!! 無駄にDEXにステ振ってるんだから全力で走らんか貴様ぁ!!』


 ここに来て、アバロンの広大さがノースたちへと牙を剥いた。

 今、アバロンに集まっているノースの配下はざっと百人程度。対し、アバロンは最大一千人を収容可能な大要塞だ。ここでいう収容可能、というのは「このくらい人数が集まっても大丈夫」という意味になる。つまりその気になれば一千人をあっさり超えた人間がアバロンに集うことができるわけだ。実際、過去のイベントにおいては円卓の騎士(アーサーナイツ)を旗本とする大ギルド同盟が、ざっと千五百人集まったこともある。それだけ集まっても、日常生活に何ら支障がない辺り、ゲームであることを差し引いてもアバロンの広大さは計り知れないものがある。

 ……しかし人数が集まるには好都合なこの広大さ、当たり前であるが少人数で運用するにはあまりにも無理があった。見張りのために用意されたモニタールームにすら人を立てることができなかったのだ。

 おかげで、単身で乗り込んできたシャドーマンを捉えきることはほぼ不可能となってしまっていた。


『貴様がそうして何もしないでいるうちに、厄介事が次々舞い込んでいるのだぞ!! 口先だけ動かしてないで、手を動かせぇ!』

「テメェが言うかそれを!? 大体にして、乗り込んできたのはほんとにシャドーマンなのかよおい!!」

『意味が解らんぞ、どういう意味だ!!』

「……そのままの意味だ、ノース」


 今まで黙っていたイースが、伝声管の会話に割り込む。

 そして機械人形(オートマン)が集まってきた壁をゆっくりと撫で、伝声管の向こうのノースに感じたままを伝えた。


「……とてもではないがシャドーマンとは思えない。誰か、レアエネミーを連れてきたんじゃないか?」

『イースまで何を言っている!?』

「今外周廊下にいるんだがよ、あっちこっちベコベコに壊されてるぜ? シャドーマンって素手で殴ってくる奴だろ? そんなのが切り傷やら爆発跡やら残すのかよ?」


 ベルザもまた、惨劇の後をゆらりと眺める。

 機械人形(オートマン)が黙々と修復をするその跡は、さながらボス戦でもあったかと錯覚するほどに破損していた。

 大きな三つの鉤爪跡、何かが破砕したかのような炸裂跡、おそらく強い圧力で押しつぶされたのだろう圧潰跡……。

 おおよそ五、六。ここを通ったであろうプレイヤーを惨殺したであろう、致命的な破壊跡がベルザ達の通っている外周廊下に残されていた。

 どうしてプレイヤーがやられたとわかるのかといえば……破壊跡にくっきりと人型が残っているからだ。破壊跡の中心にくっきりと。


「たぶん、発見を報じた者たちがやられたのだろうな……。聞いていた話と、だいぶ違う」

『……それは本当にシャドーマンがやったのか? 侵入者は他にもいる。そいつらがやったのかもしれんぞ?』

「報告じゃ、(はい)ってきたのは上層部廊下と地下ダンジョン部って聞いてるけどなぁ? ほんの五分もしねぇ内に外周部の捜索部隊とエンカウントできるんなら、テメェいっぺんやってみろや」


 ノースの指摘をバッサリ切り捨て、ベルザは唾を吐き捨てる。


「下らねぇ御託並べてねぇで、次の居場所をとっとと探せや。シャドーマンの野郎、うろうろ逃げ回りやがって……!」

「逃げ回るというより、おちょくられている気がしてきたな……。ことごとくスカされている」

「ハッ! 俺たちのことビビッてんだろぉ? とっとと見つけて叩き潰してやるよぉ!!」


 ベルザは意気を上げるように自慢の黒槍を振り回す。

 そのままの勢いで壁に傷跡を付けながら、先を進み始めた。……壁についた傷跡は、シャドーマンが残したと思われるそれとは比較にならないほど、小さなものであったが……。


「ハァ……」

『待て、イース』


 小さなため息とともにベルザを追おうとしたイースを、ノースが呼び止める。


「なんだ? 放っておくと奴は勝手に先に……」

『下に入ってきた侵入者、片割れがアルトだ』

「……クローバー・アルトか?」

『そうだ。奴は今、アバロンの中にいる』


 アルトの名を聞き、イースは動揺したように体を震わせた。


「……今更、何をしに来たのだ、彼は。彼は……ここを捨てたのだろう?」

『そうだな、イース。貴様にGM権を託し、奴は休止した……』

「………」


 イースは黙り込む。

 かつて、アルトの副官、クローバーの1であったのが彼、イースだ。

 アスカは彼の正体に関して気が付いたことはないが、何のことはない。キャラリセットで名前を変え、フレンドをすべて解消し、一度ギルドを抜け、その上で仮面を被っただけだ。VRMMOでも、変装の概念は存在するのだ。


『だが今再び、このアバロンへと乗り込んできた。何故だと思う?』

「………」


 イースは黙りつづける。ノースの指摘に、何か思うところがあるのだろうか。

 ノースはイースの返答を待たずに、言葉を続ける。


『奴はこう言った……。後始末をしに来た、とな』

「あと、しまつ……」

『そう、後始末だ……』


 ノースがつばを飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。


『……おそらく、アルトはランスロットからGM権を奪還し、そのまま円卓の騎士(アーサーナイツ)を解体する気だ』

「……! あのアルトが……!?」

『ああ、そうだ……! あのアルトがだ! ここまで乗り込んできたのも、ランスロットと話をするためだろう……!』


 ノースはギリッと伝声管越しに聞こえるほどに歯ぎしりをし、イースに指示を飛ばした。


『俺はランスロットのところへ行く! あのガキのことだ、アルトに言われればホイホイGM権を渡すに違いない……! そうなる前に、奴をログアウトさせてしまう! イース、貴様はシャドーマンを探し、とっとと消せ! その後は、このアバロンに乗り込んできた愚か者どもの番だ!!』

「………わかった」


 伝声管の向こうのノースは、慌ただしく伝声管を離れたようだ。イースはベルザを追うべく、外周廊下を駆け出した。






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 ヴァル大陸の中心で、全てのプレイヤーにとっての基点となる街、ミッドガルド。

 そのさらに中心に存在し、全てのプレイヤーにとって始まりとなるであろう組織、フェンリル。

 そのまたさらに中心に座す、メインクエストをクリアしていくうえで避けては通れぬ大聖堂。

 その中では、荘厳なBGMを塗りつぶすように、場違いに陽気なギターの音がやかましく鳴り響いていた。


「さーて~♪ あの子も元気に大暴れー♪ はてさてこの先どうなるのやら~?♪」


 その喧しい音源であるギターの持ち主、カネレは実に楽しそうにギターをかき鳴らしていた。

 そんな彼の目の前には、丸く大きな水晶が浮かんでおり、その中にはアバロンの内部で大暴れするシャドーマンの姿が映し出されていた。

 一体いかなるシステムなのだろうか。遠方を写すためのシステムはイノセント・ワールド内に存在するが、それとてカメラの代わりになる使い魔と、その映像を受信し出力のできる専用スキルを取得した魔法使いが必要になるはずだが、この場にいるのはカネレ以外にはNPCのエール、そして魔法剣士であるエイスだけであった。

 魔法剣士のエイスにはこの映像魔法は必要なスキルではないだろうし、エールはメインクエスト専用のNPC。それ以外の、不要な機能は割り当てられていないはずなのだが……。

 そんなエールは一歩前に出て、不安そうな表情で水晶の中のシャドーマンを見つめる。


「ずいぶん暴れてるね……。彼は、何を覚えたんだろう……?」

「さてね~♪ こうして敵を殺して回る以上、そこに楽しみを覚えたのかもしれないな~♪」


 エールの言葉にカネレはそう返しながら、クルリとエイスの方へと視線を向けた。


「……で?♪ 君はあそこに行かないのかい、エイス?」

「………」


 エイスはカネレの言葉に答えない。

 大聖堂の長椅子の一つに腰掛け、水晶に背中を向けて膝を抱えている。水晶の中で暴れているシャドーマンの方を、決して見ようとしていない。

 そんなエイスの様子を見て、カネレは小さく肩をすくめた。


「……負けたのがそんなにショックかい? 君らしくないねぇ。奴は私が殺す……!って君はどこ行ったんだい?」

「………」


 挑発するようなカネレの言葉にも、エイスは反応を返さなかった。

 よほど、シャドーマンに敗北したことがショックだと見える。

 カネレは少し目を見開き、それから苦笑して水晶の方へと視線を向けた。


「ま、たまにはそういうときもあるよね~♪ シャドーマンの方には、セードー達もいってるし~♪ 倒すだけなら何とでも~♪」

「けど、彼らも一度は負けてるんでしょう? 大丈夫かな?」


 エールは険しい表情で、水晶の向こう側を見る。


「シャドーマン……そろそろ向こうに干渉しようとしない? きっと、気が付いてるはずだよ……?」

「んー。そうなったら、そうなったでー」


 カネレは呟き、それから困ったように首を傾げた。


「……僕が、あの子を、殺さないと、だよねー……」


 そうならなければいいのに。言外に、そんな願いを込めながら、カネレはシャドーマンの動向を見守り始めた。




アハハハ! タノシイナァ! ムコウニ、モットタノシソウナノモイル!!

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