log177.激昂
「おらっしゃーい!」
「く……!?」
アバロン下部、岩石部。
今もまだ未改修状態であり、ダンジョンであった頃合いの名残から迷宮としての形を残す部分では、リュージが紅く輝く焔王を振り回しながら円卓の騎士の重装騎士たちと大立ち回りを演じていた。
常人に見切れないほどの速度で振り回される焔王をギリギリ躱し、リュージに一気に接近する重装騎士。
「死ねぇ!!」
手にした馬上槍でリュージの胴体を貫こうとするが、リュージは返す刀で重装騎士の首を強かに斬りつける。
「おりゃー」
「ごっ!?」
気の抜けた掛け声とは裏腹に、重装騎士の首は一発で跳ね飛ばされる。
そのまま崩れ落ち、リスポン待ちとなった仲間の姿を前に、残された重装騎士たちが及び腰で叫ぶ。
「お、俺たちのLvの半分程度のはずなのに……!」
「なんて奴だ……! 〈火〉属性の対策防具着てるはずなのに……! チート野郎が!!」
「物知らんやっちゃなぁー。何かあったらチートチートとバカの一つ覚えみたいに」
呆れ混じりの嘆息を吐きながら、リュージは真っ赤に輝く焔王を肩に担ぎ直す。
「お前らの言ってる対策ってあれだろ? 炎上の状態異常。防具やら武器やらにダメージのいく奴。残念だけど、俺、炎上付与のスキル取ってねぇーから。スキル硬直嫌いだし」
「〈火〉属性には武器に熱を帯びることで、相手の装甲を無視することができるようになるスキルがあるんですよ。燃費の悪さと、習得時期の遅さで割と無視されがちですけれどね」
リュージの後ろに控えるアルトも、ため息を一つ付き呆れたように及び腰の重装騎士たちを見つめる。
「相手の属性に対し対策装備を用意するのは良いですが……その恩恵を活かしきれていませんね。これが円卓の騎士の今を支える騎士たちとは情けない……」
「なんだとぉ……!? 円卓の騎士を捨てた野郎がほざきやがる!!」
及び腰であった重装騎士の一人が、手にした重斧を握りしめ、あらん限りの力を込めて地面を叩き割る。
「今更のこのこ出てきて、こっちのやってることにでしゃばるんじゃねぇよ!! もうお前らフォーカードの居場所なんざねぇんだ!」
「……ええ。貴方達の言うとおりでしょうね」
アルトは微かに顔を伏せる。
仮面のせいで表情は窺えないが、微かな悔恨が声色に現れていた。
「私が……あるいは捨てていなければ、こうはならなかったでしょう」
「だろうなぁ! 今更遅いがな!!」
重装騎士は一声吠え、アルトに向かって駆け出す。
重武装の騎士としてはかなりの速度だが、リュージの先の一撃に比べれば遅すぎる。
しかし、リュージは横をすり抜けてゆく重装騎士を止めない。
代わりに、残った騎士たちの方へと視線を向け、焔王を握り直した。
「おおおぉぉぉぉ!!!」
咆哮と共に、重装騎士はアルトへと重斧を振り下ろす。
アルトは静かにその一撃を見据え――。
「――アクセル」
一瞬の間に、重装騎士の後ろへと斬り抜ける。
振り切った刃や重装騎士の着ていた鎧を紙のように斬り裂き、そのHPをごっそりと削り取る。
袈裟切りに引き裂かれた鎧を抑え、重装騎士が膝をつく。
「うがぁ!? くそ……!」
「………」
アルトはそのまま後ろへと振り返り、返す刀で逆袈裟に斬り捨てる。
たった二撃でリスポンに追いやられた重装騎士を見下ろしながら、アルトは小さく呟いた。
「……すまない」
「いつも思うけど、対人でのその謝罪はいるんか?」
アルトが一人倒す間に、残った全員を屠り終えたリュージは軽く首を傾げながらアルトへと問いかける。
「なんつーか、見てて鬱陶しい気が」
「まあ、リュージの言うこともわかります。これは、私の癖のようなものですよ」
リュージの質問にばつが悪そうに頬を掻きながら、アルトは剣を鞘に納めた。
「私は立場上、対立の場に立ちやすく、そして力の弱いものを無理やりやり込めることも少なくありませんから……。傲慢なのは認めます。しかし、謝らずにはいられないんです」
「そっかー。まあ、わかる気はすんなぁ。俺も割と努力をすっ飛ばすことがあるし、恨まれることも少なくないし。リアルで」
アルトの答えにリュージは同意するように頷きながら、焔王を背負い直す。
そもそも深い考えあっての言葉ではなかったのだろう。すぐに話題を切り替えるように天井を……アバロン上部を見上げた。
「で、どうするよ? 大したことないとはいえ、人数寄越したってことはこっちに結構警戒してる気がするけど? 今この要塞、百人もいないべ」
「でしょうね。今の円卓の騎士の人数をさらに減らし、少数精鋭で固めているようですからね、一応」
アルトはリュージと同じようにアバロンの上部を見上げながら、しかし小さな疑問を口にした。
「……しかし、それにしては対応が早すぎる気がしますが」
「早いって?」
「我々が突入してから五分以内に遭遇したじゃないですか。こんなダンジョン部にプレイヤーを常駐させるだけの余裕があるとも思えません」
「アバロン広いもんなぁ。五百人いてようやくだっけか」
以前アルトに連れられて中を探検した時のことを思い出し、リュージはげんなりと首を振る。
その時にはすでにアバロンは円卓の騎士の旗艦として機能していたが、それでも辟易する広さだ。一千人収容できる、というより一千人くらいいないと楽な運用はできないとその時思ったものだ。
だが今の円卓の騎士……特にノース旗下のプレイヤーたちでは広大なアバロンをカバーしきれないだろう。
そんな中で、このダンジョン部での早い遭遇。アルトはそのことが引っ掛かるようだ。
「……遭遇した時も狼狽えていたようでした。我々ではなく、別の何かを探していたようにも見えますが……」
「俺ら以外にもここに攻め入ろうってもの好きはいるんだ。気にしたってしゃーないだろ?」
リュージはアルトの懸念をそう言い切り、天井部に見えるパイプを視線で追いかける。
天井を張り巡らされたパイプは天井を、壁を伝い、そして音声伝達用のマイクに繋がっていた。アバロン内部を縦横無尽に通じている伝声管の一つだ。
「おう、アルト。伝声管だぜ?」
「……そうですね、考えても仕方ありませんか」
アルトは小さく嘆息し、リュージの示した伝声管に近づき、マイクを起動する。
「……いるのだろう、ノース? 私の声が聞こえているかい?」
「この声は……! アルト、貴様何をしに来た!?」
今まさにアバロン内部を駆け回っているであろう部下たちに指示を出さんと伝声管を握った瞬間聞こえてきた声に、ノースは声を荒げる。
『何をしに来たとは心外だな、ノース。久しぶりのログインだ、古巣に挨拶しに来ておかしいかい?』
「ぬけぬけと……! 人の家に横穴をあけるのが貴様のあいさつか!?」
ノースは頭の血管が千切れそうになるのを自覚しながらも、伝声管の向こうのアルトへ声を叩きつける。
「円卓の騎士を捨てた貴様に居場所なぞ用意はしていない! 挨拶も終わっただろう、早々に立ち去れぇ!!」
『去る去らないはこちらの自由。貴様に命令されるいわれはない』
「……貴様、ずいぶんな物言いだな、アルト……!」
いやに挑発的なアルトの言葉に、ノースの怒りのボルテージは上がってゆく。
畳み掛けるように、アルトは言葉を続けた。
『それに、貴様の今にも興味がある……。ずいぶんと、遊んでいるようじゃないかノース。そんなことで、今期の報告会に出られるのかい? 楽しみだよ、君の大演説がね』
「アルトォ……! 貴様言うに事を欠いてぇ……!!」
伝声管に今にも握りつぶさんほど込めるノース。
ゲームの中でリアルの事情に踏み込まれるのがこれほど腹の立つことだとは思わなかった。
……しかし、ノースの頭の片隅で小さな疑問が生まれる。
彼の知るアルトにしては、ずいぶんと饒舌だ。しかも挑発的でもある。
「……アルト」
リアルにしてもゲームにしても、アルトは温厚な人物だ。ノースは今のところ、彼が激昂したところを見たことがない。
「貴様、本当に何をしに来た? わざわざこちらを挑発しに来ただけなのか……?」
ノースは怒りを何とか飲み下し、静かにアルトへと問いかける。
ノースの知るアルトであれば、全ての行動は何らかの布石……この挑発にも意味があるはず。
そう考えての問いかけだったが、彼の予想は外れることとなる。
『………何を、か』
アルトはノースの言葉を反復し。
『――強いて言うなら、後始末だ。ノース……』
「―――ッ!?」
静かな静かな声で、ノースに返答した。
途端、ノースの全身が泡立つような感覚に覆われる。
今のアルトの声、まるで聞いたことのない声色だ。
神経そのものをゆっくりと撫でられるような不快感が、ノースの体を駆け巡る。
言い知れない恐怖に飲まれたノースに、アルトは静かに続ける。
『後悔に悩まされることは少なくないが、はらわたが煮えくり返るというのは初めての経験だよ……。こうなるのであれば、ローズの意見を無視してあの日に円卓の騎士を解体しておくべきだった……』
何も言い返せずにいるノースに、アルトは一方的に告げた。
『だから今日、為すつもりだ。あの日、為せなかったことを』
「………!? アル、ト!!」
ノースは何とか声を絞り出しアルトの名を呼ぶが、もう伝声管の向こうから彼の声が聞こえてくることはなかった。
思わず安堵の感覚と供にへたり込むノース。まるで眼前に鋭い刃を突き付けられているかのような感覚だった。
(あのアルトが……ここまで怒るものなのか……!?)
ノースはようやくアルトから受けた感覚の正体を掴む。
あの温厚なアルトが、激怒しているのだ。おそらく、ランスロットを利用していたノースが円卓の騎士を捨て駒にしようとしているのを知り。
一体どんなルートでその情報を知ったのかはわからないが、休止解除してまでイノセント・ワールドに乗り込んでくるほどだ。その怒りたるや、推して知るべしだろう。
先の恐怖を思い出し、身震いを起こしながらノースは頭を振って立ち上がる。
(まずいまずいまずい……!? 今はただでさえ荒れているのに、アルトの相手までしている余裕は……!!)
時に昼行燈などと称される程、アルトという男は円卓の騎士では目立たない存在であった。しかし、その一方でキング・アーサーの後継と呼ばれた実力は決して伊達ではない。
その気になれば、今の円卓の騎士など指先一つ動かす程度の労力で潰し得るかもしれない。
均衡を保つ力は、使い方次第で均衡を打ち崩す力へと変ずる。
均衡のなんたるかを知らねば、均衡を保てないのだから。
ノースは急いで部下たちへの指示を終えるべく、伝声管へと吠えた。
「ベルゼ! 聞こえるか!?」
なお、アルトが本気を出すと世界恐慌が起こるとか起こらないとか。




