log176.アバロン内部
アバロン全体を襲う振動。そして破壊的な轟音。
突如、対空防衛システムが起動したことも合わさり、アバロン内部は蜂の巣を突いたかのような有様となった。
「下方岩石部から侵入者ぁ!? どこの馬鹿だよ、このアバロンにツッコんでくるとか!」
「なんでもロケランぶちこみらしいぞ! ああ、もう、このくそ忙しいときに……!」
アバロンの廊下を並んで歩く絢爛な鎧を着て歩く重装騎士が二名。アバロン上層部を早足で歩いていた。
彼らが向かっているのはアバロンの防衛機構を司るシステムルーム。大画面モニターがアバロン内部の監視装置と繋がっており、外部からやってきた侵入者を確認することができる。これは外部の
普段であれば、監視係が即座にルームに入り、誰がやってきたのかを伝声管を利用してアバロン全域に放送するのであるが……。
「ああチクショウ、ルームが遠い! いつもなら斥候の下っ端がいるってのに……!」
「闘者組合とかいう弱小ギルドいじめして、さっさとこのギルドとおさらばするのはいいけど、無関係な連中を弾いたせいでこういうめんどい雑事まで俺らがやる羽目になってんのがなぁ……」
豪奢な仮面の奥をしかめながら、重装騎士たちはシステムルームへと急ぐ。
今、円卓の騎士はGM代行であるノースの手によって運営されている。そして彼の口から、ギルドの乗り捨て計画が進行していることが、現在アバロンに搭乗している者たちに教えられている。それ以外の円卓の騎士のメンバーにはギルド乗り捨て計画は通達されていない。ノースにとって、切り捨てる側の人間のことなどどうでもよいのだろう。
そして今、アバロンにいるほとんどの人間はそんなノースの考え方に同調する人間ばかりであり、円卓の騎士の乗り捨て計画に関しては乗り気なのであるが……。
切り捨てる連中をまとめて追い出している状態なので、アバロン内の人数が極端に少なく、本来雑事を行うべき人間がいないのだ。
おかげで今回の円卓の騎士人員再編によって、栄えある総隊長護衛方(乗り捨て予定)になれたこの二人組が、システムルームへ向かわされることとなったのだ。
「年功序列って言葉はクソだな」
「まったくだ。ただむやみやたらに歳食っただけの連中がえらいとか、死ねばいいのにな」
新人総隊長護衛方二人組は、愚痴を言い合いながらシステムルームをまっすぐにめざす――。
ガォン!!
「おがぁ!?」
「なんだぁ!?」
不意に、激しい振動が二人の歩く廊下に襲い掛かってくる。
音のした方向を振り返ると、彼らの後方、わずか数メートルの部分の壁がひび割れていた。
そのひび割れは広範囲に渡り、明らかに何らかの砲撃手段によってアバロンの壁が攻撃を受けているのが窺えた。
「砲撃!? 侵入者って、下に入ったんじゃねぇのか!?」
「まさか別口かよ!? どうなってんだ、一気に二組の襲撃とか……!」
重装騎士たちは、慌ててそばにあった窓へと近づこうとする。
だが、次の瞬間。
コォン!!
壁のひび割れが丸ごと消える。突如現れた、闇の球体の中へと飲まれ。
「ぎゃぁ!?」
「なんだよホントに!?」
現れたのと同じように、唐突に消える球体。
ぽっかりと開いてしまったアバロンの外壁を修復すべく、修復用の機械人形たちがワラワラと集まり始める。
「アバロンの壁が一瞬で消えるとか……! 一体誰だよ!? っていうか今のなんだよ!?」
「わかんねぇよ! 新種のレア武器か何かか……!?」
開いた穴から轟々と空気が出入りするのを戦々恐々と見つめながら、重装騎士たちは穴へと近づいてゆく。
重装騎士たちが次に見たのは、穴の中へと飛び込んできた一人のプレイヤーの姿であった。
長いマフラーを翻すそのプレイヤーは、足に履いていたエリアルボードを瞬時に外しアバロンに着地し、切れ長の目で鋭く重装騎士を睨みつけた。
「――え?」
その正体が掴めず、動きを止める重装騎士たち。
飛び込んできたそのプレイヤー――セードーは迷いなく重装騎士たちをの間合いへと踏み込んだ。
「――セードーは円卓の騎士へ宣戦布告する」
静かに放たれた宣言。重装騎士たちの耳にその言葉が届くのと同時に、鋭い手刀が一歩前に踏み込んでいた重装騎士の喉首に決まった。
「ごっ!?」
「な!?」
闇の波動を纏った手刀の一撃を喰らい、そのまま後ろへと吹き飛ぶ相方の姿に驚嘆するもう一人の重装騎士。
セードーはその側面へと回り込み、後ろ回し蹴りで重装騎士の体を穴の方へと蹴り抜いた。
「チェストォォォ!!」
「ぎゃぁぁぁ!!??」
あまりのことに反応さえできず、重装騎士はそのまま穴へと吹き飛ばされる。
だがLv40に満たないセードーの一撃では、相当重量を持つ重装騎士の体を完全に吹き飛ばしきることができず、騎士の体は穴の縁ギリギリで何とか踏み止まった。
「ぐ……! く、くそがぁ! このガキいきなり何を――」
「オラそんなとこで止まっとらんと、とっとと逝ねやボケがぁぁぁぁぁぁぁ!!」
騎士は素早く剣を抜きセードーに反撃しようとするが、同じタイミングで飛び込んできたウォルフの腕の一振りで一気に穴の外へと引きずり出されてしまった。
「―――は?」
かろうじて耐えていた彼の体は、アバロンの外に空気が漏れていく勢いも手伝いあっさりと空中へと放り出されてしまう。
「は、あ、ああぁぁぁぁ―――………!!??」
そのまま悲鳴だけを残し消えてしまう重装騎士。
ウォルフはエリアルボードを外しアバロンの中に転がり込みながら、自分が殴った男の方へと首を向けた。
「なんやねんいきなり止まりおって! 邪魔くさいったらないわホンマ!」
「到着ぅー! なんかいきなり落っこちた奴いたけど、あれ大丈夫かね?」
「ダメだろう。落下途中でリスポン待ち入りだな」
続いて進入してきたアラーキーとアスカは、それぞれが乗っていたフラムとエアバイクを仕舞い込む。室内になるアバロンの中では、さすがにどちらも使えないだろう。
喉首にいきなりダメージを受けて吹き飛ばされていた重装騎士は、いつの間にか現れていた侵入者のパーティを前に、尻餅をついたまま飛び退いてしまう。
「っつつ……ってぇ!? し、侵入者! 侵入者がぁ!?」
「いきなりバイク仕舞うなよぉー! ……って、なんだこいつ?」
「円卓の騎士の一人じゃないかしら?」
怯えて下がる重装騎士の姿を前に、サンは大げさにため息をつく。
「んだよ……こんなビビりがあたしらの相手かよ? おい、アスカさんよぉ。あんたの言う大ギルドってのは、こんな腰抜けの集まりなのかよ?」
「………っ! く、くそ、誰がビビってるかよ……!」
サンに……武器も持たない素手の少女にあからさまに見下され、重装騎士は自らを奮い立たせるように立ち上がり、大きな声で叫んだ。
「俺は円卓の騎士の総隊長護衛方の一人! 円卓の騎士はどんな奴の挑戦でも受けて立つ! ――手始めはテメェだ!!」
自身に決闘宣言を行ったセードーに狙いを定め、重装騎士は叫ぶ。
「先の決闘を受ける!」
瞬間展開される決闘場。
セードーと重装騎士の姿が半透明になる。
「さあ、テメェを倒し、次はその女を――!」
勢い込み叫ぶ重装騎士であったが、その先の言葉は続かなかった。
セードーは一瞬で間合いを詰め、重装騎士の腹に蹴りをぶち込んだのだ。
「フンッ!!」
「ごべっ」
腰部の関節の隙間に蹴りをぶち込まれた重装騎士は、その勢いに思わず体をくの字に曲げる。
そうして下がった頭を、セードーは蹴り足を引く勢いを利用した上段突きで容赦なく打ち上げた。
「チェストォ!!」
「ガハァッ!?」
鎧の上からも容赦なくダメージを与えられ、重装騎士は思いっきり仰け反る。
そうして仰向けに倒れた騎士のHPはすでに0になっていた。
「……よわ」
「装備が重いのを差し引いても、あっという間でしたね……」
そのまま気絶してしまう重装騎士を前に、サンとキキョウは哀れなものを見る目になる。
アスカは痛ましげな表情でその重装騎士を見つめていたが、踵を返しセードー達に背を向けた。
「……一旦、別行動をとらせてもらう」
「ん? いろいろ言ってたわりには単独行動かい?」
「闘者組合を完全に侮っていた。君たちであれば……今の円卓の騎士は歯牙にもかからないだろう」
おどけるような調子のアラーキーに、アスカは暗い声で返事を返す。
円卓の騎士の現状を目の当たりにし、心がぽっきり折れてしまったのだろうか。
「……私は、ランスロット様を探すことにする。あの方も今はログインしているようだからな……」
力ない足取りで歩き始めたアスカの背中を、アラーキーは心配そうに見つめる。
「大丈夫かね、あんな調子で……? 誰か、付いていった方がよくないか? うん」
「彼女であれば円卓の騎士の一員でしょうし、襲われたりもしませんでしょう? むしろ、私たちが一緒の方が危険だと思いますし」
アラーキーと並びながらアスカの背中を見つめるミツキはそう言い、それから皆を振り返る。
「さてと……これからはどうするの? 内部の見取り図とかはないから、行き当たりばったりになっちゃうけど……」
「じゃあ私セードーさんと一緒に! セードーさんと一緒がいいです!」
「あ、私も! 私もセードーさんと一緒が……!」
セードーの腕を取るエタナとキキョウ。
二人の少女に手を掴まれて困惑しながら、セードーはウォルフの方を見やる。
「ウォルフ、お前は……」
「ワイに声をかけるなリア充ぅぅぅぅぅぅ!!! ワイは一人で行く! ワイはワイの道をいったるわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「吼えるなよみっともねぇ……。あたしがついてってやるから泣くな」
「泣いとらんわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
叫ぶウォルフの肩を慰めるように叩くサン。
そんな賑やかなメンバーを生暖かい眼差しで見守りながら、アラーキーはミツキに声をかけた。
「……なら、一緒に行ってもらえますかねぇ、ミツキさん?」
「ええ、私でいいなら」
ミツキはアラーキーの申し出に笑顔で答える。
とりあえずの人数割りを決めたセードー達は、お互いに顔を見合わせ頷き合う。
「……とりあえず、こちらはノースを目標としましょう」
「よっしゃ。誰が一番最初にノースを見つけられるかだな!」
「見つけたら、そのまま倒しちゃいましょう。それで撤収して、あとはエタナちゃんに記事書いてばら撒いてもらいましょうか?」
「おまかせください! 私の得意分野です!」
さしあたっての目標を決め、三つのチームは分かれて行動を開始する。
―――すでに起こっている、アバロン内の騒動を知らぬまま。
ドコカラ……アソボウカナァ……♪




