log175.強行突入
「見事な回避です、セードーさん! 次の発刊記事の一面を飾るには十分すぎます!」
「写真撮ってる場合じゃ!?」
能天気そうにクルソルで回避を行うセードーのスクショを取るエタナに、キキョウは喝を飛ばす。
しかし彼女とて、のんきにフラムの背中に乗っかってるわけではない。クルソルカメラのズーム機能を駆使し、対空レーザー防衛網の隙間を探しているのだ。……セードーのスクショを取る合間に、というのは愛嬌と呼ぶべきか否か。
「しかし……みっちりレーザー網敷かれてますねー……。これはもう、こじ開けろと言わんばかりです」
「じゃあ強行突破が正しいのかしら? アラーキーさん、フラムちゃんでそれはできそうですか?」
「あー、どうだろうなぁー」
フラムの手綱を巧みに操りつつ、セードーへの接近を試みるアラーキーは苦虫を噛み潰したような表情で自分の背中を掴むミツキに応える。
「思った以上にスピードが出ないなぁ……うん。この速度でこのレーザー網を抜けんのは難しいぞ……」
「……あら、私、重いですか? こう見えて鍛錬は欠かしていないんですけれど……?」
「怖い怖い耳元でぼそぼそ呟かないで」
顔を寄せ、暗い表情でぶつぶつつぶやくミツキに震えながら、アラーキーは小さく頭を振る。
「フラムは妖精竜。名の通り、各種属性を妖精のように操れる竜なわけだけど……。この高度だと、〈風〉属性の影響が薄いのかもなぁ」
「普通逆じゃないんですか? 風なら、空高い方が……」
「俺もそう思ってたんだけど……なんか別の要因もあるかもな」
難しい顔を崩さないアラーキー。
妖精竜であるフラムは属性の影響をもろに受けやすい。全属性に影響を受けるため、どんな場所でも十全に戦えるのが売りの一つであるが、当然その傾きは不利にも影響する。
空飛ぶ高度か、あるいはアバロンか……ともあれ、フラムの速度が上がらないほどに〈風〉属性の影響が薄いのは確かなのだ。
「〈風〉属性なら私が使えますが、やっちゃいます?」
「あー、使えんならよろしく。このままじゃ、セードーにも近づけんからなぁ、うん」
「ではでは……エアロボディ!」
エタナは代表的な〈風〉属性の強化魔法をフラムに唱える。
途端にフラムの体から強い風が生まれ、まるで海を泳ぐ魚のように空を飛び、レーザーを掻い潜りながらセードーの元へと急接近し始めた。
「あらあら、こんなに速くなるなんて……」
「フラムはプレイヤーとの連携で最も力を発揮する竜だからな! セードー!」
アラーキーはレーザーの中を進みながら、セードーへと呼びかける。
セードーは巧みにボードを操りながら、アラーキーへの返事を返した。
「先生! ご無事でしたか!」
「おうさ! 一旦距離を取ろうぜ!?」
「いえ、このままで! 下手に離れるとまた近づくのも一苦労ですからね……!」
セードーはレーザーを避けつつ、フラムの傍まで近づいてゆく。
レーザーの雨はやや数が減り、一息つけそうな程度までセードー達へ集中する本数が減っていた。
その理由は、外壁への接近を試みているアスカたちの存在だろう。
「アスカァ! なるたけ近づけばあたしが壁を壊せるぜ!」
「バカを言え! そんなに接近できるほど容易い防衛網じゃない……!」
「ぬおぉぉー!! 汚名挽回のチャンスをワイにー!」
ウォルフも必死でアスカについて外壁に接近しようとするが、アスカたちの後ろについていくのでやっとのようだ。
セードー達の倍以上のレーザーの嵐を躱し先に進まんとするが、下手に進めばレーザーの密度が上がるらしい。少し進めば、網が壁になるほどの量のレーザーが三人を襲いかかる。どうやら何らかのラインがあり、そこを越えるかどうかで防衛網の密度が変わるらしい。
腕に纏った闇衣でフラムやアラーキー達を狙うレーザーを弾きながらセードーは驚嘆の息をついた。
「速度自慢のウォルフでも接近しきれないか」
「エリアルボードに乗ってるせいじゃないですか? 普段と違うわけですし……」
「あら? セードー君は割と乗りこなしてるみたいだけど?」
「いえ、それはセードーさんがすごいんじゃないでしょうか? 普通、初めて乗るものを使って対空レーザー防衛網回避なんてできませんよ?」
エリアルボードを巧みに操り、自身に迫るレーザーを避けたり弾いたりするセードー。
アラーキーはそんな可愛い教え子の姿に何とも言えない感情を抱きつつ、先に進むための算段を考える。
「今はアスカたちに照準が集中してるおかげでこっちは手薄だが……先に進むとなると、これ以上を掻い潜らにゃならんわけだ。とりあえず外壁を破壊すりゃ、この猛攻も薄まるんだろうけど、っと!」
自身を狙う一撃を回避しながら、アラーキーは唸る。
「レーザーってのが厄介だな。実弾よりスピードが速いし、射線上全てが当たり判定になる。実弾だったら、回避しながら強引に掻い潜るってのができそうなんだが……」
「防衛網が手薄そうな場所もありませんし、どうも下の岩場の方にも防衛網があるようなんですよねぇ」
クルソルズームを駆使しつつ、下の方へと目を向けるエタナ。
よく見ると、下の岩石部分の表面にも無数の眼球型対空レーザーが存在していた。
「対空レーザー自体が魔法の産物なんでしょうか……。これを強行突破は無理臭いですよ?」
「キキョウちゃん。光陰流舞でぴょーんと」
「行けると思いますけど、私じゃ外壁壊せませんよぅ」
ミツキの無茶振りに、キキョウは首を振る。
確かにキキョウに破壊力を求めるのは無茶振りだろう。どちらかと言えば彼女は技巧の人間だ。針を通すような精密さで操る棍が彼女の武器であって、強引に壁を破壊するような荒業は彼女の技にもスキルにもないだろう。
「光陰流槍で壁を強引に抜けるのはありだと思いますけど……着地点次第じゃ壁に埋まりますし」
「それじゃ、クルソルワープも厳しかろうなぁ。そもそもダンジョンにゃ適応されないし、ワープ」
「さて、どうしましょうか……」
少し離れてアスカたちの奮闘を見つつ、どうすべきか思案を続けるセードー達。
と、そんな彼らの視線の先で、小さな何かが飛んでいくのが見えた。
「……ん?」
それは小さなものだった。尻から煙を吹きつつ、一直線にアバロン外壁、具体的には下部の岩石部分へと突き進んでゆく。
対空レーザーはアスカたちを追うので忙しいのか、あるいはその物体を認識していないのか、近づく物体を無視している。
そしてその物体は岩石部に接触すると――。
ずがぁぁぁぁんんん!!!
――と大きな音を立てて破裂した。
「うを!? なんじゃいきなり!?」
「何かが飛んで行ったように見えました。あれは一体……?」
驚く暇もあればこそ、先の攻撃を放った下手人たちが、攻撃の軌跡を辿るように一気に加速して接近してきた。
「――――っやっほぉぉぉー!!」
「……あれは?」
アスカと同じ、タンデム式のエアバイク。歓声を上げ、使い捨てのロケットランチャーを放り投げ、紅い大剣を振り回す男をケツに乗せた仮面の男が、アクセル全開でレーザーの雨を掻い潜ってゆく。
「はっはぁー! お先に失礼ー!」
「リュージ! 防御を任せます!」
セードー達にも聞こえるほどの大声で叫びながら大剣を振り回す男……リュージを乗せたエアバイクはあっという間に岩石部に開いた大穴へと滑りこんでいってしまった。彼らが潜りこんだ後、開いた岩石部の穴が内側から塞がっていくのが見える。自動修復程早くはなく、穴の部分で何か蜘蛛のような機械が蠢いているのが見えた。
塞がってゆく穴を見つめながら、セードーは不思議そうに呟く。
「今のはリュージ? 何故彼がアバロンに?」
「それから、バイクを使ってたのはクラブのアルトじゃなかったかね、うん? 彼、今はゲームを休止してるんじゃなかったかいな?」
「あれがクラブのアルトだったんですか! 写真撮っとけばよかった!」
エタナがショックを受けたように叫ぶが、重要なのはそこではない。
彼らは今、アバロンの防衛網の突破方法を示してみせてくれたのだ。
「それは置いておきまして。――どうやら防衛網に引っかかるのはプレイヤーだけのようですね」
「みたいだな。遠距離攻撃に対し、レーザーは攻撃を仕掛けないと見た!」
少なくともきちんと外壁に対してこちらの攻撃は通用するし、遠距離攻撃も届けば穴をあけることができる。さらにレーザーはこちらの遠距離攻撃を迎撃しないことも分かった。
であれば仕掛けるのが吉。アスカたちから遠いところを狙えば、レーザーに引っかかることもないだろう。
「フラム!」
アラーキーの呼びかけに、フラムが鋭い鳴き声を上げ、口を開く。
途端、彼の口の中に風が集まり、圧縮され始める。
妖精竜フラムのブレスの一つ……。
「行くぞぉー! 空気砲!!」
アラーキーの一声と共にフラムの口から圧縮された空気の塊が発射される。
軽い放物線を描きながらレーザー網を跳び越え、アスカたちのいる場所からだいぶ上部に着弾する空気の塊は、外壁に付着し一拍空け――。
ガォン!!!!
――空間そのものを抉るかのような轟音を上げ、破裂する。
破裂した途端、元の数倍の大きさに膨れ上がり、破壊の爪痕をアバロン外壁へと残してゆく。
「なんやねんいきなりぃぃぃぃぃぃ!!??」
「アラーキー!?」
必死にレーザーを避けつづけるアスカたちから非難の声が上がるが、それには構わずアラーキーは舌打ちを打つ。
「っち! 全壊には至らなかったか……!」
「ですが、着弾地点周囲の砲台は潰せたみたいです!」
フラムの放った空気砲は、外壁に穴をあけるに至らなかった。
しかし、細かな罅を外壁に生み、着弾地点周辺のレーザー砲台をすべて消滅させることに成功したのだ。
だが、外壁からは先ほど破壊された穴周辺に現れた蜘蛛のような機械が出現し始めた。おそらく、アバロン修復用の機械人形の類なのだろう。
「やべぇ、もう一発!」
アラーキーは慌てて空気砲をもう一発放とうとするが、フラムは首を振って拒否する。
「ええ!? どうしたのフラム!? まさか反抗期!?」
「あ、違いますよ! 私のエアロボディが解けてます!!」
「うをあ!? ホントだ!」
フラムの拒否にショックを受けるアラーキーであったが、エタナの指摘に我を取り戻す。
フラムのブレスは豊富にある属性によって決定される。先の一撃はエアロボディがあったから放てたのだ。
「じゃ、じゃあもう一回魔法を……!」
「シッ!!」
慌ててエアロボディを唱えようとするエタナ。
だがそれより先に、セードーが素早く腕を振るった。
何か、小さなものを投擲したようだ。
一直線に飛んでいったそれは、外壁を修復し始める機械人形の中心に突き刺さった。
「セードーさん? 一体何を――」
「――喝ァッ!!」
キキョウが問いかけるより先に、セードーは印を結び鋭く叫ぶ。
瞬間、機械人形が集まっていた外壁損傷部に巨大な闇の球体が出現する。
傷も機械人形も壁も飲み込んだ闇の球体は現れたように唐突に消滅した。
そしてぽっかり空いた穴を見て、セードーは満足げに頷いた。
「五体武装、闇衣・極、影雷管……。無機物に込めた闇の波動を任意に開放する、俺の新しいスキルですがさっそく役に立ちましたな」
「お、おう……お前、どんどん多芸になってるな……」
アラーキーは感心するやら呆れるやらだ。
だが、できた穴は見逃さない。素早くフラムの首を操り、穴を目指して上昇し始める。
エタナは唱えていた呪文をすぐにフラムへとかけた。
「エアロボディ!」
「よっし、これでいける!」
「アスカさん! ウォルフさん! 上に穴ができました! そこから行きましょう!」
「わかった!」
「えぇい! 上に行けてか!? よう言いおるわ!!」
クルソルを通じたパーティチャットで、アスカたちは素早く方向転換を試みる。
無数のレーザーがセードーを、フラムを、そしてアスカたちを狙い放たれる。
アバロン攻略隊はレーザーの雨を掻い潜り、セードーの開けた大穴を目指して一気に突っ込む。
開いた穴には対空レーザー砲台はない。おかげでレーザー防衛網には見事な穴ができ、彼らを阻むものはない。
「よっしゃぁー! 突入だぁー!!」
皆の心をサンが代弁し、セードー達は一気呵成にアバロン内部へと投入していった。
なお、機械人形による修理は割高になる模様。




