log173.雲海の中を
雲海の中を突進むエアバイクと妖精竜フラム。
すっかり日は落ち、月明かりだけが頼りの星間飛行であるが、頬に当たる夜風は涼やかで気持ちが良い。
「イヤッホー! キンモチイー!」
「おい、あまり暴れるな!」
空を飛ぶ爽快感に歓声を上げるサンであるが、あまりにはしゃぎ過ぎたせいでエアバイクがやや傾きかける。
慌てて傾きを直すアスカが彼女を叱るのを見て、キキョウが申し訳なさそうに謝罪した。
「す、すいませんアスカさん!」
「サァーン! あまりはしゃいだら駄目よー?」
「お前らあたしの保護者かよ!?」
「半保護者じゃないでしょうかー?」
口々に飛ぶ自身への注意に対しサンは叫ぶが、悲しいことにエタナが口にした言葉が事実だろう。
これより敵本拠地へ乗り込もうというのに何とも緊張のないことだ。アスカは呆れ混じりのため息を吐いた。
「ハァ……。本当にわかってるのか、大ギルドを相手にするって……」
「まー、こんくらい余裕はあった方がいいだろ、うん。無駄に固くなるよりはな!」
フラムの手綱を握るアラーキーの楽観的な言葉に、アスカはまたため息をついた。
今回のパーティで最もレベルが高いのはアラーキーのLv84。次いでアスカがLv67。そしてミツキがLv38、ウォルフがLv36、そしてセードー、サン、キキョウがそれぞれLv34、33、32と団子状態になっている。アラーキーとアスカはともかく、闘者組合の面々が壊滅的だ。ゲーム内ではLv30台が最もスキルが中途半端であり、Lv40位からが本番とも言われることがある。まあ要するに、踏み台なのだ。Lv30台とは。いろんな意味で。
それでなくともパーティのLv平均が50にも到達していない。これでLv50以下が存在していない円卓の騎士の本拠地に殴り込みに行くなど、自殺行為もいいところである。
アスカは頭を振りながら、攻め込む算段を付けようとする。
「主軸になりそうなのは、貴方だアラーキー。初心者への幸運所属と聞いているが、そのLvに到達しているのだ。期待している」
アスカはパーティ内で最もLvの高いアラーキーを主軸に戦術を立てようとする。最も合理的な判断と言えるだろう。
しかしアラーキーは頭を振ってそれを否定する。
「いやぁー。いくらLvが高いっても、ロクに運動もしないもやしおっさんじゃ戦力にゃならないでしょー。先陣は若いもんがたたにゃ」
「……つまり私が?」
アラーキーの言葉にそう考えたアスカは、小さく首を振った。
「いや、私では無理だ。僚友との連携を考えてスキルを振ってきたので、先陣を切れるようなスキルが――」
「ああ、いやいやあんたじゃなくてな」
イノセント・ワールド経験者として語るアスカに、闘者組合との付き合いが長いものとして言葉を返すアラーキー。
「先陣を切るのは、闘者組合の誰かだよ」
「……何を言っているんだ、貴方は」
迷いのないアラーキーの言葉に、アスカは顔をしかめた。不快感をあらわにしたと言ってもいい。
「貴方は無駄にリスポン回数を増やしてもいいと考えるのか? 確かに彼らは強いのだろうが、だからと言って、本当に円卓の騎士の人間に勝てると思っているのか?」
彼女の懸念は最もだろう。常識で考えれば、素手の彼らが重武装の円卓の騎士に勝てるわけがない。
本拠地である以上、円卓の騎士は持ちうる最良の武装で出迎えてくる可能性が極めて高い。それは特殊効果のある武器であり、魔導装甲のある防具であり、アクセサリーである。それらで身を固めたプレイヤーは、ボスよりもはるかに手ごわい相手となる。
言葉では、アスカが正しいのだ。どこまでいっても。
しかし、机上の空論という言葉もある。
「まあ、落ち着けよ、うん。セードー達だって、勝算なく挑むわけじゃないさ。なぁ?」
「もちろん。装備を固めただけでは、戦力とは言えませんでしょう?」
アラーキーは自身の後ろに座るミツキに声をかける。
二人の会話を聞いていたミツキは、にっこりとアスカへ笑いかけた。
「相手がただの素人集団であるなら、私たちは負けませんよ?」
「……素人集団じゃない。Lv50オーバーの玄人揃いだ」
アスカはそう反論を試みるが、後ろに座っているサンに頭を小突かれる。
「なーにが玄人だよ。単にアイテム揃えただけのトーシローだろうが。玄人語りたきゃ、功夫積めってんだよ!」
「いた、ちょ、叩くな!? そっちこそ、Lv30少し超えただけで玄人を語ろうとするな! このゲームはLv40を超えたあたりが本番なんだぞ!?」
叫ぶアスカに暴れるサン。
バランスを崩しかけるエアバイクをハラハラと見守るキキョウがポツリとつぶやいた。
「あわわ……。けど、円卓の騎士ってそんなに強いんでしょうか?」
「えー、まー、キキョウさんは初心者ですから知りませんよねー」
キキョウの後ろに座るエタナがネタ帳を捲り、円卓の騎士の来歴を語り始める。
「キング・アーサーと呼ばれるGMが立ち上げたギルドで、発足は遺物兵装実装直後。当初は一般的なギルドと大差なかったのですが、キング・アーサーを慕う人間がどんどん円卓の騎士へと集まり、急速に勢力を拡大。一時期は円卓の騎士であるか、そうでないかでイノセント・ワールドのプレイヤーを判別できるなんて言われるほどの勢力を持っていた時期もあります。ただ、その位から円卓の騎士の名を笠に着たプレイヤーの横行も出始めまして、それを機に円卓の騎士のギルドとしての方針を“初心者への戦闘支援”へと傾け、フォーカードとスートの階級を導入するなどしてふるいを掛け、規模の縮小を実施。紆余曲折を経て、その地位を確立したギルドで、長く続くギルドの中では最も変遷が激しいギルドの一つなんです」
「最大勢力を誇った時期はいろんな意味で凄まじかったぞー、うん。何しろミッドガルドとか、右を見ても左を見ても必ずひとりは円卓の騎士の人間が目に入ったもんだ」
当時を知る人間であるアラーキーはしみじみと語る。
「あんまりにもひどかったもんで、円卓の騎士に関する苦情を運営に送る馬鹿もいたくらいだ。うちのギルドから人が引き抜かれて困るとかってな」
「マジかよそれ……」
「それ効果あるんですか……?」
「もちろんない。運営は基本、プレイヤーやギルドに対しては不干渉を貫くからな、チートや違法行為その他を除いて。……まあ、幸いというかなんというか、キング・アーサーと運営側の偉い人が知り合いだったらしくてな。そうした陳情が彼の耳に届くにあたって、フォーカードとスートを利用した統制がとられるようになったんだ」
フォーカードとスート。これらはギルドにおける役職制度の確立を意味する。
もちろん、システムとして実装されているわけではない。だが、明確な役職の確立は、大規模なギルドの統制に極めて役立った。
大きすぎるギルドでは、キング・アーサーの声が末端までは届きにくい。巨大な組織運営においては、こうした階級・役職というものの存在が極めて重要になってくるわけだ。
「あと、初心者への支援にシフトしてったのもでかいな。おかげで、円卓の騎士の威光を笠に着てえばり散らしてた奴らが一掃されていったからなー。まあ、円卓の騎士増大の最大の原因は来る者拒まずのキング・アーサーだったんだが」
「あの方は全ての人材を受け入れる器だったのだ。あれほどの大器をお持ちになる方を、私は知らない。器の大きさという点に関しては、アルト様をはるかに上回るお方だった……」
おそらく、リアルにおけるキング・アーサーを知っているアスカはそう、述懐する。
その上で、円卓の騎士の力を語った。
「……今、円卓の騎士に残っているのはそうした時代を生き抜いた者たちだ。Lvで行けば50オーバー程度であるが、それは経験値を武器や防具に注いだ結果……。決して怠惰を貪っていたわけではないのだ」
「あら? 優秀な人材は、キングさんの引退の時に、円卓の騎士を離れたと聞いたけれど?」
「ああ。だが、そうでない者たちもいたんだ。おそらく、円卓の騎士の威光を着飾ろうとする者たちだろうが……」
「ああ、残ってたのね。てっきり、シフト時に円卓の騎士を離脱したんだと思ってたが……」
アラーキーは納得したように頷く。
イノセント・ワールドのプレイ時間が3年ともなれば、そのプレイヤーは古参と呼んで差支えない。円卓の騎士の過渡期に入ったプレイヤーがまだ残っているのであれば、それは古参プレイヤーと呼んでいいだろう。
アスカの懸念の強さは、そこから来ているのだろう。古参プレイヤーというのは、Lvだけでは語れないこともある。古く長く続けていれば、それだけ技術も磨かれるものだ。
「……それが、今台頭し始めた、と」
「ああ。今、アバロンに残っているのはそうした連中だろう。彼らに、勝てるだけの武器がお前たちにあるというのか?」
前を見据えたままのアスカの詰問。
大声ではない。しかし、はっきりと告げられたその言葉は、不思議とキキョウたちの耳に届いた。
それに応えたのは――。
「決まっている。それは――」
「――ワイらの自慢の拳やぁー!」
雲海を突き破り、現れた二つの影。
セードーとウォルフの二人であった。
「あ、セードーさん!」
「おう、おっせーぞウォルフ!」
「はっはぁー! なんや辛気臭い話かぁ!? やる前にやられるでぇそんなん!」
勇ましく叫びながらエリアルボードを操り、アスカの頭上を取るウォルフ。
さかさまになりながら、ウォルフはアスカへ問いかける。
「弱腰かいなぁ? ホンマにヤル気あるんかぁ?」
「――問題はない。私が疑問視しているのは、君たちの実力だ」
ほとんど煽ってきているとしか思えないウォルフを鬱陶しそうに避けながら、アスカは返答を返す。
「大層な自身だが、君たちの拳は分厚い鋼鉄の板も容易く裂くのか? その鋼鉄を裂く刃の一撃を容易く受け止めるのか?」
「――それを為すのが我々の拳だ」
フラムの隣で静かに飛ぶセードーの声が、アスカの耳朶に響く。
腕を組み、まっすぐに前を見据える彼は、アスカの方を振り向かず告げる。
「人は鉄を裂けぬと誰が決める? 刃を受け止められぬと誰が決める?」
「……物事の道理だ」
「そうか。その道理、この世界でも通用するものか?」
小さく笑い、セードーは楽しげに言葉を続ける。
「本当に愉快な世界だよ、ここは。おおよそ、人が想像し得るすべての行為がおそらく可能なのではないか?」
「……何が言いたい?」
「単純な話だ。そちらの道理でこちらの道理を測らないでもらいたい。その物差しは、君専用だろう」
微笑みながらのセードーの一言に、アスカは飽きれるやら怒りを覚えるやらだ。
彼女は親切心で忠告しているのだ。あと少しで、円卓の騎士との接敵が始まるというのに……。
「……もう、好きにしろ」
処置なしと首を振り、それきりアスカは口をつぐむ。
何を言っても無駄なら、言うだけ体力の無駄だろう。
拗ねるように口を閉ざしたアスカを見て、慰めるようにアラーキーは声をかける。
「そうへそを曲げるなよ? お前さんの親切はきちんと伝わってるさ。だが、まあ、何事も行き過ぎは良くないってことさ」
「………」
アラーキーの言葉にも、アスカは口を開かない。
どうやら本格的に不機嫌になってしまったらしい。
そんな彼女を見て、ウォルフが呆れたような声を上げた。
「おいおい、先導役ー。黙っとったら何時つくやらわからへんやんかぁー」
「そうだぜー。お前が先行くって言ったんじゃねーかー」
「ふ、二人とも……」
サンまでウォルフに乗っかり、アスカに声をかける。
キキョウがオロオロしながら二人を止めようとするが、それより先にアスカが口を開いた。
「……心配するな、もうすぐそこだ」
「……何?」
「え、もう?」
その言葉に、セードーとミツキは前方を確認した。
果たして……アスカの言うとおり、円卓の騎士の本拠地であるアバロンは、その巨体を雲海の中からセードー達の前へと晒したのだ。
なお、空の上でもエンカウントはある模様。




