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log172.出撃

「ドリル戦車を個人で所有……あり得るのですか、この世界では……」

「割と普通だよー?」

「まあ、ドリル戦車ほどコアなものとなるとさすがに稀だがな。個人型ギルドハウスを移動用の乗り物に改造するのは間々あることだよ」

「初めて見ましたよー。あ、写真いいですかー?」

「ああ、どうぞ」


 颯爽?とドリル戦車に乗って現れたブルースを前に、このゲームを初めて何度目かになるカルチャーショックを受けるセードー。

 スクショを取るエタナに許可を出しながら、ブルースは戦車の上部装甲の上に立ち、興味津々といった様子で中を覗き込むサンとキキョウを微笑ましげに見つめていた。


「へー、中こうなってんだ……。あ、誰かいる」

「メイドNPCでしょうか? あ、どうもです」

「彼はこのアメイザーの操縦士でね。普段、アメイザーの管理は彼に一任しているのだよ」


 メイン操縦席に腰掛けた執事服の男に手を振りかえすキキョウ。

 ブルースは軽く彼女らに説明をしながら、セードー達の方へと振り返った。


「さて……待たせてしまったかね?」

「いや、時間通りだ。時間通りだが……」


 カルチャーショックから立ち直ったセードーは、今度は別の頭痛を抑えるように、額に手をやった。


「ブルース……俺は、貴方がアバロンへの到達方法を用意してくれると聞いている」

「ああ、そうだね?」

「このドリル戦車のどこが到達方法やねん!? アバロンて空中要塞やろが!!」


 セードーの内心を力強く代弁してくれるウォルフ。

 ウォルフの言うように、大空を飛び回るアバロンにこのドリル戦車で追いつくのは至難……いや、不可能だろう。

 地中潜航で身を隠すにはうってつけだろうが、円卓の騎士(アーサーナイツ)の本拠地に打って出るには不適切だ。

 ブルースはそんなウォルフの言葉を笑って受け止めながら、はっきりと告げる。


「安心してほしい。これでアバロンまで到達できるのだよ」

「いったいどうやって?」


 セードー達と同じ疑問を持っていたらしいミツキの言葉に、ブルースは指を鳴らすことで答えた。

 するとドリル戦車の両肩部分に搭載されている折り畳み式のカタパルトが展開し、大空へ向けて射角を整えた。

 ドリル戦車の取り付けられたカタパルトのサイズは、とても飛行機のような大きなものを飛ばせるようには見えず、せいぜい人間と同程度かやや大きいものくらいまでが限界に見える。

 ブルースは二つのカタパルトを示し、堂々と告げる。


「魔導式二連超長距離カタパルト……! これを使って君たちをアバロンまで飛ばすのだ!」

「あー、魔導式なのか。だったらこれが一番確実だなぁ、うん」

「これで我々を……?」


 ドリル戦車の上に昇ったアラーキーはブルースの言葉に納得したように頷く。

 だが、彼ほどにイノセント・ワールドに慣れていないセードーは胡乱げに呟き、少し想像する。

 カタパルトを使い、空に射出される、一人の少年。

 両手を大きく広げ、足をまっすぐに伸ばし。

 無駄に爽やかな笑顔で空を舞い、円卓の騎士(アーサーナイツ)旗艦のアバロンまで直進する〈風〉属性の男、ウォルフ。

 セードーの脳裏に浮かんだのは、そんな光景だった。


「………」

「なんやねん?」


 隣に立つ、ウォルフを注視するセードー。

 カタパルトの存在に、他の皆も似たような想像をしたのか、一様にウォルフを見つめ……。


「よし、頑張ってくれウォルフ」

「お前ならいけるよな、〈風〉属性だし」

「向こうに付いたら、私たちはクルソルでウォルフ君のところに飛べばいいわけだしね」

「ファイトです、ウォルフさん!!」

「なんで人間砲弾!? ちゅーかワイ一人で先行することになってる!?」


 ウォルフ以外の闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの思考が一つになり、そして一人お空に飛ばされることになったウォルフは絶叫する。

 サムズアップするセードーに割と本気で殴りかかるウォルフを眺めながら、アスカが呆れたようにため息をついた。


「いくらなんでも人間を飛ばすわけがないだろう……。いや、飛ばせないわけじゃないが」

「あ、飛ばせるんですね!?」

「魔導式カタパルトだからなぁ、うん。割と何でもいけるぞ?」


 相変わらずの魔法万能主義っぷりに驚きつつ、キキョウは小首を傾げた。


「でも人間じゃないなら、何を飛ばしてアバロンまで?」

「空を飛ぶタイプの騎乗ペットや乗り物だな。例えばエアバイク」


 アスカは言いながら自身のインベントリからエアバイクを一台取り出した。

 大まかなデティールが、先の襲撃者のものによく似ている。おそらく、アバロンに設置されていたものの内の一台なのだろう。


「私が持っているものはタンデムタイプで、私ともう一人を乗せることができる」

「うひょー! あたしこれ乗りたい! あたし乗せてくれ!」

「うわ!? 分かったから飛びつくな!?」


 エアバイクに目を輝かせて明日香に飛び掛かるサン。

 アスカが危なげなくサンを受け止める上を、何かが跳び越えてゆく。


「そして俺が飼っている騎乗ペット、妖精竜(フェアリードラゴン)のフラムとかな!」


 その正体は、アラーキーがクルソルから呼び出した騎乗ペット、妖精竜(フェアリードラゴン)のフラムだ。

 全身をふわふわの体毛で覆われた妖精竜(フェアリードラゴン)のフラムは、だいぶ長くなった胴体をくねらせながら天を仰ぎ、くおーんと一声鳴いた。


「あら、妖精竜(フェアリードラゴン)! あれから実装されたって聞きましたけれど、レアエネミーなせいでなかなか普及していないのに!」

「先生のフラムはイベント産ですよ。しかし……ずいぶん長くなりましたね……」


 初めて会った時と変わらぬ毛並みを撫でながら、すっかり姿の変わってしまったフラムを見つめるセードー。

 以前出会ったフラムは大型犬のような様相であったが、大分胴体が長くなったおかげで空想上に存在する胴長の龍と呼ばれる存在に近くなった気がする。心持ち長いひげのようなものも見えるし。


「ハッハッハッ! ……いや実はどういう風に接しているかで、どんな成長するかが決まるタイプのペットだったらしくてな妖精竜(フェアリードラゴン)。みんなで面白がって乗り回してたら、すっかり胴長の超ダックスフンドのようになってな」

「ダックスにしても長すぎですが」

「だがしかしそのおかげで積載量は驚きの四人だ! これは騎乗ペットとしちゃ相当な数字だぞ!?」

「わぁ! 私乗せてください!」

「ああ、私も私も! あとついでに写真も撮らせてください!」

「じゃあ、私も……。フフ、よろしくねフラムちゃん」


 残った女性陣がこぞってフラムへと群がってゆく。やはり彼女たちもふわふわケモ系ドラゴンには弱いようだ。

 代わる代わる毛皮を撫でられるフラムは気持ちよさそうに喉を鳴らし、降りてきたアラーキーの顔に自分の頬を擦りつける。

 カタパルトで人間が飛ばせるなら、妖精竜(フェアリードラゴン)も平気だろう。まあ、カタパルトの長さがフラムの長さに見合うかどうかは別かもしれないが……。


「とりあえず女性陣は搭乗先が決まったか」

「せやったらワイらはどないすんねん? クルソルはあるけど、こいつらが到着するまで暇やで?」


 残された二人は顔を見合わせる。

 生憎二人は空を飛べるペットも乗り物も持っていない。このままでは人間砲弾不可避だろう。

 そんな二人に、ブルースが二つのボードを取り出してみせた。


「君たちはこれを使うといい」

「? それは?」

「エリアルボードと呼ばれる道具で、属性解放していれば使える空飛ぶ道具だよ」


 セードーとウォルフに向かって投げられるエリアルボード。見た目はスノーボードだ。足を固定するための器具も取り付けられており、おそらく後方に位置する部分に何らかの機械が取り付けられている。小型のエンジンと言われればそんな趣の機械であり、裏面には小さなクリスタルの球体がはめ込まれていた。

 しげしげと初めて見る道具を眺める二人に、ブルースはエリアルボードの使い方を説明し始める。


「足を固定し、ある程度加速することで空を飛ぶことができるようになるよ。その性質上、こうした魔導式カタパルトがなければ使いづらい道具だけれど、属性解放さえ済ませていればあとはフィーリングで空を飛べるとても便利な道具さ」

「我々でも使えるのは大きな利点だな」

「ボードで空を飛ぶっちゅーんも、なかなか気持ちよさそうやしなぁ。おっちゃん、これは後で返したらええんか?」

「もしよければ差し上げるよ。そう、高いものでもないしね」

「おおお! ホンマか! ありがとうな!」

「申し訳ない。今後も役に立ちそうだな」

「いえ、ブルース様には高くないかもしれませんが……」


 ポンとエリアルボードをセードー達にくれてやるブルースであるが、これ一つで高級装備一式を三つは買える程度には高価な品だ。この辺りの金銭感覚は、彼が名家であるが故なのかそもそもの人柄なのか。

 苦言を呈しかけるアスカであるが、何を言ってもブルースは意見を曲げないだろうと考え、頭を振って考えを改める。


「……とりあえず、全員がアバロンを目指す準備は終わった。あとは向かうだけだな」

「それやけど、カタパルトで飛んでってすぐつくんかいな? 飛ぶだけで一時間もかかられても困るで?」


 さっそく自分のものとなったエリアルボードを担ぐウォルフに、アスカはエアバイクのエンジンを入れながら答えた。


「私が先導する。まだ円卓の騎士(アーサーナイツ)の所属である私であれば、五分もすればアバロンに着ける。本当はワープができればよかったのだが……」

「街じゃない場所にギルドハウスがある場合、騎乗ペットや乗り物を使ってそこを目指せば大幅な時間の短縮ができるのさ。ロールプレイ重視のプレイヤーたちの強い味方さ」

「本当にそういうところはゲームなんですね」


 アラーキーの説明に、セードーは感心するように頷く。

 つまりアスカさえいれば、そう時間を掛けずにアバロンへ到達することが可能なわけだ。どこにいるかわからない空中要塞を捉えるのに、これほど都合の良いシステムもない。


「ではアスカとパーティを組み、さっそくアバロンへ向かうとしようか」

「ああ、わかった」


 セードー達は、アスカ、アラーキー、エタナと改めてパーティを組む。

 これでアスカの先導によりアバロンへと向かうことができるようになった。


「よし……それじゃあ、サン。私の後ろに」

「おう!」


 アスカはエアバイクに跨り、サンを後ろへと乗せる。


「おっし、俺らも行きますかね! さあ、三人とも乗った乗った!」

「はい! フラムちゃんに乗れるなんて……!」

妖精竜(フェアリードラゴン)ってどんな乗り心地なんでしょう……!? 鞍はなくても大丈夫ですか!?」

「これだけふわふわならいけるわよきっと♪」


 アラーキーはフラムに跨り、キキョウたちを後ろへと乗せる。

 そして二人はそれぞれの乗り物とペットを操り、ドリル戦車のカタパルトの上へと乗っかった。

 カタパルトはその上にフラムとエアバイクが載ったことを感知し、カタパルト上に魔方陣を展開し始める。

 鉄でできたカタパルトにはまっすぐと魔力光による線が描かれ、さらにカタパルトの先に加速用と思われる環状魔方陣が三つ現れる。あれを潜れば一気に加速して飛んでいけるのだろう。

 飛行用のゴーグルを嵌めたアスカがセードー達の方へと振り返り、大きな声を上げる。


「先に行く! すぐに追いついてくれ!」

「速度は落としておくからな!」

「ええ、わかりました」

「ワイらの分、残しとけよー!」


 アラーキーも力強く頷き、親指を上げる。

 セードーとウォルフはその言葉に答え、すぐに追いかけられるようカタパルトの傍へと飛び上がる。

 皆の準備が整ったのを確認し、ブルースは大きく頷く。


「準備は良いね? それでは――」


 ゆっくりと手を上げ、砲撃を指示するかのように勢いよく振り下ろした。


「アメイザー・カタパルト起動! 以下略式にて射出開始!!」


 ブルースの一声を受け、カタパルトは唸りを上げ始め――。


「アラーキー、いっきまーす!!」

「舌を噛むなよ、サン!!」


 次の瞬間、けたたましい音をかけてカタパルトからフラムとエアバイクが発射される。

 フラムとエアバイクがカタパルトを走る軌跡は稲光となり、閃光が残された者たちの目を焼く。

 そして三つの環状魔方陣を抜けた瞬間に一匹と一台は光の矢と化し、あっという間にセードー達の視界から消えさってしまった。


「速いな……!」

「こら、呆けとったらおいてかれるやん、マジで!!」


 カタパルト射出が想像以上の速度を出すことを知り、セードー達は慌てて自分たちもカタパルトに乗る。

 エリアルボードを設置し、固定器具に足をはめ込む。

 カタパルトが二人ともエリアルボードに乗ったのを確認し、再び魔力光がカタパルトを輝かせ始める。

 そして、彼らが潜る環状魔方陣が四つ現れた。


「……四つ?」

「あら? 一個多いやん?」

「先に飛んでいった子たちに追いつくためさ。これなら、すぐに並んで飛べるよ」


 ブルースは環状魔方陣が増えた理由を説明しながら腕を上げる。


「さて、私ができるのはここまでだ」

「おう! サンキュな!」

「あとは、我々の仕事です」


 セードー達は力強く頷く。

 ブルースはその言葉に微笑み、腕を振り下ろした。


「アメイザー・カタパルト再起動! 以下略式にて射出開始!!」

「よっしゃぁー!!」

「っ!」


 ブルースの声に従い、カタパルトが二人を射出する。

 閃光、轟音。双方ともに一瞬で駆け抜け、二人の姿を矢と化し飛ばす。

 長く飛行機雲を引いてゆく二人の見えない背中を眺め、ブルースは満足そうに頷いた。




なお、ドリル戦車に至ってはギルドハウスが普通に買えるだけの改造費が必要な模様。

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