log171.出撃前
一時間の小休止を挟み、再ログインした闘者組合の面々。タイガーはリアルでの会合へ参加するため泣く泣く不参加となった。
ブルースとの集合場所へ向かう道すがら同じように一時間休憩したエタナを拾い、ヴァナヘイムの外へと門から出ていく一同。
「よう! 遅かったなぁ、うん!」
「やっほー」
「待っていたぞ」
「……何故先生方がここに?」
そんな彼らを、ヴァナヘイム近郊の岩場で待っていたのは初心者への幸運では顔なじみとなった、アラーキー達三人であった。
思わずといった様子でつぶやいたセードーの言葉に答えたのは、彼らとともに現れたアスカであった。
「私が連れてきた。どうやって嗅ぎつけたのかは知らないが、君たちとブルース様が協力して円卓の騎士を叩くのを知ってな……。拒む理由も思いつかなかった」
「まあ、そういうことだ、うん。俺たちが無理言ったんで、このお嬢ちゃんを責めてやるなよ?」
「いえ、先生であればいらっしゃると思っていましたので」
一歩前に出るアラーキーの言葉に、セードーは小さく頷く。
リアルでもよくしてくれるアラーキーが、こんなセードー達のピンチともいえる事態に駆け付けないというのも想像できない。
セードーの想像通りにやってきたアラーキーは、険しい表情で闘者組合の面々を見据えた。
「――で、お前さんらの今後の方針も聞いた。俺としては賛同しかねるな、うん」
「そっちのアマからも聞いたわいその手のセリフ」
「大ギルドがナンボのもんだよ! あたしらがブッ飛ばしてやんよ!」
諌めるアラーキーに、血気盛んなウォルフとサンが反論する。
そんな彼らに、ジャッキーは小さく首を振る。
「そうではない。問題は暴力を暴力で解決しようとしている点にあるんだ」
「もちろん、それも解決方法の一つだけどー、そうすると他のギルドからの評価が怖いんだよねー」
「ギルドからの評価……ですか?」
キキョウは彼らの言葉が分からず首を傾げた。どういう意味だろうか?
イノセント・ワールドにおける先達である初心者への幸運の三人は、ゆっくりと自らの懸念を語る。
「これが、ギルド対抗戦の類であればまだよいが……。互いにそうした手順を無視した一方通行の暴力での殴り合い……。これはイノセント・ワールドのみならず、リアルでも忌避されるべき解決法だ」
「早い話、暴走族の決闘とかとなんら変わらないってわけだ、うん。普通はお巡りさんが出動する事態だぞ?」
「そう言われてしまうと、痛いですね」
アラーキーの言葉に、ミツキも困ったように頷く。
実際、セードー達が今やろうとしているのは「嫌味を言われた相手を張り倒す」行為だ。とても褒められたものではないのは確かだろう。
「ですが! 彼らはいきなり爆撃されたんです! エアバイクで唐突に! 放っておけば、また同じことになってしまいますよ!」
闘者組合に味方するエタナの言葉に、アラーキーは眉根を寄せる。
「だからって、予告なしに殴りに行くなら相手と同じだろう? 円卓の騎士と同じ位置まで降りてやるこたぁ、ないんじゃないか?」
「……先生」
諭すようなアラーキーの言葉を噛み締め、セードーはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「お心遣い、感謝します。言葉で正しいのは、間違いなく先生たちです。ですが――」
一瞬の瞑目。
セードーは目を見開き、力強い意志を湛えてアラーキーを見つめた。
「俺は意志を曲げません。善悪でも肯否でもない……我々は、円卓の騎士に対して折れないと決めたのです。そう……あのイベントの日から」
勝てばよい。そう宣言したあの日のセードーの言葉が、その場にいた全員の胸に蘇る。
「………」
アラーキーはゆっくり対する面々を見る。
セードーの瞳に映る不退転。その強い輝きは……闘者組合とエタナ、全員の瞳に輝いていた。
とてもではないが、正論を語って見せる程度で止まってくれそうにはない。
「そうか、わかった……」
アラーキーは一息つき。
「……それじゃあ、先生が引率させてもらおうじゃないか、うん!」
「…………は?」
勢いよく顔を上げ、ものすごい笑顔でそんなことをのたまった。
「こう見えて先生、引率はうまいと評判だぞ! 今は高校務めだが、小学校の頃はみんなのヒーローだったもんだ! 俺に全部任せろ、うん!」
「え、その、あの。初心者への幸運の規定の中に“他ギルドの揉め事に対するか干渉を禁ずる”ってありましたよね……?」
予想だにしないアラーキーの参戦に対し、セードーはおろおろしながら確認する。
ギルドには、各ギルドの約束事が決められていることがある。
基本的には装備に関する決め事とか、ダンジョンに潜る際の注意点のまとめなのだが、初心者への幸運のように他人に対する支援を旨とするギルドの場合、ゲームプレイ中の行動に対しても規定が決まっていることがある。
無論、ゲームがプレイできなくなるといったような強制力は皆無であるが、GMはギルド員の行動をログの形でチェックできる。今回のアラーキーのように、よそのギルドへの殴り込みに参加すればすぐにばれて、アラーキーに対する何らかの制裁が下る可能性が――。
「じゃあ二人とも! 俺、初心者への幸運を辞めるんでよろしく!」
「はぁ!? ちょ、先生!?」
さらにとんでもないことを言い出すアラーキー。
セードーは慌てて諌めようとするが、ジャッキーとエイミーはなんてこともないように頷いた。
「うむ、わかった。GMにも伝えておこう」
「え、いいんですか!?」
「いいよー。っていうか、アラーキーが初心者への幸運を辞めるなんて割と毎度のことだしー」
後ろでハラハラしながら聞いていたキキョウが思わずあげた声に、エイミーはあっけらかんと頷いた。
「アラーキーって、結構自分が関わっちゃったプレイヤーに入れ込むタチでねー? こういう時には初心者への幸運に迷惑がかからない様にって、いつもギルドを辞めるんだよねー」
「初心者への幸運から抜ければ初心者への幸運の人間じゃないと言い張れるしな」
「そんなんでええのん……?」
裏稼業から足を洗えばヤクザじゃない、とでも言いたげな理論にウォルフも胡乱げな表情になるが、アラーキーは笑いながら頷いた。
「いいんだよ別に! ほとぼり冷めるまで潜伏でもすりゃ、大抵ばれない!」
「いや、その間先生は初心者への幸運として行動できないじゃないですか……」
感じていないはずの頭痛を押さえるセードーに、アラーキーははっきりと告げる。
「バカいえ、初心者への幸運があるから俺はゲームをしてるんじゃない。初心者への幸運であろうがなかろうが、俺はゲームを続ける!」
「あくまで、初心者への幸運は数あるギルドの一つ。ゲームプレイを定めるためのものではないさ」
「初心者への幸運でなくても、皆の手助けはできるしねー」
「……そういうものですか」
それぞれに笑って見せる初心者への幸運の三人を見て、セードーは微かに目を見張る。
実際、彼らの言うとおりだろう。アラーキーは、初心者への幸運だからセードーを助けてくれているわけじゃない。リアルで知り合いだというのはあるのだろうが、それ以上に彼が助けたいから助けてくれているのだろう。
でなければわざわざ先回りして忠告をしたり、ギルドを辞めてまでセードーについて来ようとするわけがない。
「というわけでまた一週間後だな! 俺の部屋空けといてくれ!」
「はいはい。っていうか、片づけるの大変だから、鍵かけとくね?」
「こういう時、一時預かりというギルドハウスのシステムが恨めしいな。ギルドを辞めると自動で所有物がインベントリに放り込まれる仕様になればよいのに」
「……いい先生ね、セードー君?」
「ええ、本当に……」
ギルド再加入までのインターバルである一週間後の話をするアラーキー達を眺めながら、セードーは小さく微笑む。
彼という教師に……人間に出会えたことはまたとない幸運なのだろう。
セードーが小さな幸運を噛み締める傍ら、ウォルフとサンがアスカの方へと振り向いて問いかける。
「まあ、おっさん加入はおいとくとして……ブルースっちゅーんはまだかいな?」
「あたしら用にいろいろ準備するとか言ってたけど、いつ来るんだ?」
「あのお方もお忙しい。それに、約束の時間までまだ少しあるだろう」
アスカはクルソルで時間を確認しながら、二人の言葉に答える。
「ブルース様は時間に厳しいお方だ……。おそらく時間ピッタリにいらっしゃるはずだ」
「ほーん、さよけ」
「テメェは見習えウォルフ。いつも十五分後行動しやがって……」
「サンちゃんも見習おうね……」
時間にルーズなウォルフを諌めるサンの言葉に、キキョウも苦笑する。
彼女は場合によっては三十分後行動をとることがある。
つつがなくギルドを脱退し、無所属となったアラーキーは水平線を眺めながらセードー達へと問いかけた。
「ブルースってのは、ジャッジメント・ブルースのブルースか? とんでもないのが付いたな、うん?」
「まあ、彼は直接手を貸してくれるのではなく、アバロンへの到達手段を用意してくれるそうですが……」
アラーキーと同じように水平線を眺めながら、セードーは小さく首を傾げた。
「しかしどうするつもりなんだ? この場所を指定したということは船でアバロンまで向かうのか?」
「あれじゃないかしら? 潜水艦にも船にも飛空艇にもなる便利な道具を持っているのかもしれないわよ?」
「何その三段変形。素直に一個ずつ使えよ。その方が機能よさそうじゃん」
「誰もが貴様のようにいろんなものもてるわけちゃうねんぞブルジョワ」
「でも、空も飛べる帆船って、素敵じゃないですか?」
口々に勝手なことを言い出す闘者組合の面々を前に、ジャッキーは不思議そうに問いかけた。
「……君たち、ブルースがなにを所有しているのか知らんのか?」
「ん? ジャッキーさんはご存じで?」
「というよりは割と有名なんだけどー……」
エイミーが何も知らない闘者組合に説明をはじめようとしたとき……。
「………ん?」
セードーは地面が小さく揺れているのに気が付いた。
小さかった揺れは次第に大きさを増し、さらに轟音まで伴い始める。
「な、なんですか……!? 地震!?」
揺れる地面に怯えたように叫ぶキキョウ。
しかしアスカと初心者への幸運の三人は、なんてことなさそうに頷いた。
「いらっしゃったようだ」
「いつも派手だよな、うん」
「いらっしゃったって、なにがやぁ!!??」
ウォルフが揺れる地面に溜まらず叫んだ瞬間、彼らの背後の岩が砕け散り、爆ぜた。
「ぎゃー!? なんだよー!?」
爆発地点はそれなりに遠いが、砕けた岩が飛び散り、闘者組合の面々がいた場所まで欠片が飛んでくる。
粉塵はまるで噴火の後か何かのように天高く舞い上がり、爆破地点の姿を隠している――。
だがすぐに粉塵を貫き、その中からは大きな鋼の三角錐……すなわち男のロマンの象徴であるドリルが現れた。
「………………は?」
表面が鋭い刃で覆われたドリルは激しい回転を繰り返し、触れる岩石をクッキーか何かのように容易く砕く。
小さな家ほどもあるそのドリルはやがてゆっくりと回転を収め、さらにその裏にくっついた鋼の体の姿をさらしてゆく。
「「「「「………………」」」」」
巨大なキャタピラに折り畳み式のカタパルト、小さな機銃まで備えた鋼鉄の戦車は三階建てのビルにも相当しそうなほどに巨大だ。
キャタピラが悠々と岩場を砕き、均しながら闘者組合たちがいる場所までその巨体を進めてゆく。
やがて先端に据えられたドリルがセードー達の鼻先まで接近してきた辺りで、パカンと音を立てて上部のハッチが一つ開いた。
「やあ、すまない! お待たせしてしまったようだね!」
「なぁぁぁんでぇぇぇやねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんんんんんんんん!!!!!!」
朗らかな笑みと共に、巨大なドリル戦車から現れたブルースに向けて、ウォルフは渾身の裏手ツッコミをお見舞いするのであった。
なお、巨大ドリル戦車は個人用ギルドハウスの一種の模様。




