log17.ギアスキル
アラーキー贔屓の喫茶店へと赴いた一行は、後から追いついたカネレも交えて奥の方の席へと座る。
そしてセードーとキキョウのスキルブックをテーブルの上へと載せ、アラーキーは神妙な表情で二人を見た。
「……さて、これでお前たちもギアスキルを獲得できるようになったわけだが」
「は、はい! なんでしょう?」
アラーキーの真剣な表情につられて、キキョウも思わず背筋を伸ばす。
そんな彼女に向けて、アラーキーは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「……実はお前さんらの獲得したギアに関して、俺あんまり知らないんだよね」
「……え、そうなんですか?」
「二人のギアは~、かなりマニアックなギアだからね~」
アラーキーの言葉に拍子抜けしたような表情を返すキキョウ。
カネレはそんな二人の様子に笑いながら、簡単な説明を始めた。
「普通プレイヤーが一番初めに手に入れるギアは~、カテゴリーギアっていうものなんだけど~、どんなものが手に入るかの判定は~、それまでどんな武器を使っていたかによるんだよね~」
「マスクデータの一つに、武器の使用熟練度ってのがあるらしくてな。それが最も高い武器が、ギアクエストの報酬に判定される、と言われてるんだ」
「なるほど。素手やらただの棒やらでそこまで向かう酔狂な人間はそういない、と」
「酔狂、ですか、私たち……ハハ……」
自虐にも聞こえるセードーの言葉に、キキョウは乾いた笑い声を上げた。
とはいえ事実でもある。圧倒的に火力の低い素手や棒だけでレベル10に上げるのは苦行と言っても差し支えない。
相手がゴブリンのような低級亜人モンスターとはいえ、一撃死のクリティカルを狙えるセードーやキキョウのような技量をもつプレイヤーだからこそ成立したと言える。
と、その時ふと、料理しかしてこなかったプレイヤーのことを思いだし、セードーは問いかけた。
「……そう言えば、包丁ギアはあるのでしょうか?」
「は? 包丁?」
「んー、包丁ギアはウェポンズギア……要するにギアの進化系に当たるから、最初には手に入んないね~。包丁の場合は、ナイフギアだったかな~?」
「ウェポンズギア、ですか?」
「うん~」
カネレはキキョウの疑問に、笑顔で答えた。
「さっきも言ったように、ギアの進化形でね~。より強力なスキルを入手したいときに、イベントをこなせばいいよ~」
「まあ、ウェポンズギアクエストは、ギアクエストより難易度高いし、レベルももっと上がってからの話になるけどな」
アラーキーは小さく頷き、そしてカネレの方へと顔を向けた。
「まあ、それは置いとこう。……で、カネレ。お前は、二人の持ってるギアについて知ってるか?」
「ん~? まあ、知ってることは知ってるけどね~」
水を向けられ、カネレは少しだけ考えるような顔になるが、すぐに申し訳なさそうに首を横に振った。
「でも、名前で聞いたことがある、ってくらいだね~。ギルドの中には、そういうのを愛好している人たちが集うものもあるらしいけど~」
「そうか。まあ、仕方ないわな」
カネレの言葉にアラーキーはあっさり頷いて、セードー達の方を見た。
「……というわけで、何か質問があっても答えてやれんかもしれん。そこは許してくれ、うん」
「いえ、気にしないでください、先生。自分が異端である自覚はあります」
「異端……」
セードーの言葉にまた微妙な顔つきになるキキョウだが、すぐに気を取り直すように首を振ってアラーキーを見つめた。
「……セードーさんの言うとおりです。それに、こう言うのは試行錯誤が大事だって、弟も言ってました! 私、頑張ります!」
「……うん、そう言ってくれると嬉しいよ、うん……」
二人の言葉に感極まったように顔を押さえて俯くアラーキー。
そのまま何かをこらえるような、くぐもった声で二人に語りかけた。
「……じゃあ、とりあえずスキルブック開いてみてくれる?」
「はいです!」
「わかりました」
二人は頷き、自らのスキルブックを手に取り開く。
何ページか捲っていくと、ギアスキルと書かれたページに到達した。
「さて、ギアスキルは初めから手に入る基本スキルと比べて強力だが、その分数は少ない。初めは二つくらいだと思うが……どうだ?」
「……マッシブギアは三つのスキルが覚えられるようです」
「ポールギアもです。三つあります」
「はじめっから三つか……。覚えられるギアスキルはレベルで解禁されるから、その時点でも結構有利なのかもな」
アラーキーは頷きながら、二人のスキルブックを覗き込む。
「で? どんなスキルがあるんだ?」
「ええっと……」
キキョウはしばし迷うように視線を泳がせ、それからセードーの方を見る。
「……ど、どっちから行きましょうか?」
「ふむ……では俺から行こうか?」
「じゃ、じゃあお願いします」
「うむ」
キキョウの言葉に小さく頷き、セードーは己のスキルブックに新たに生まれたスキルを一つ一つ確認し始めた。
「……まずは“五体武装”。どうやら純粋な火力強化のスキルのようです。これを獲得すると、素手時の火力が強化されるとのことです」
「ほほぅ? そいつは朗報だな」
武器を装備しないセードーにとっては重要なスキルとなるだろう。これで、クリティカル以外で敵を倒せるようになるわけである。
「次は“剛体法”。こちらは装甲強化でしょうか……。特定のアクションをトリガーに、受けるダメージを減衰できるようになるとあります。何をトリガーとするかは、プレイヤーが選べるようですが」
「ふむふむ。まあ、順当かね?」
今までは敵の攻撃を捌いてきたわけだが、これからも同じことができるわけではないだろう。サイクロプスのような敵の攻撃が必ず捌けるわけでもない。
重い装備を付けるつもりのないセードーにとってはこれも重要なスキルだろう。
「で、最後は?」
「最後は“空中歩法”ですね。取得すると、空中で踏み込むことができる、とのことです」
「早い話が、二段ジャンプができるようになるってわけか」
これはこれで重要なスキルであろうか。というより、希少なスキルというべきか。
「すごいね~。魔法も使わず宙を歩けるんだ~」
「歩ける、と言ってもレベルを1上げるごとに一歩踏めるというだけのようだがな」
セードーは自らが得られるようになったスキルの説明を終え、キキョウの方を見た。
「それで、キキョウ。君の方は?」
「あ、はい!」
キキョウはスキルブックに目を落とし、そこに表示されているスキルを読み上げていった。
「ええっと……。まずは“武装整備”です。このスキルを持ってると、武器の耐久度の減りが少なくなるそうです。DEXでボーナスが得られる、ってあります」
「お! レアスキル来たね~。他のギアだと、ウェポンズギアにならないと手に入らないよそれ~」
「そ、そうなんですか?」
カネレの言葉に目を丸くするキキョウ。いきなり使えるようになるので、大したことはないと思っていたのだろう。
武器を使い潰しやすい彼女にとっては必須ともいえるスキルだろう。
「それで、次は?」
「ええっと……。“旋風衝棍”です。棍の回転に合わせて、衝撃波が生まれるようになるスキルってあります」
「おお? 遠距離攻撃っぽいね~」
つまり、地面を這う飛び道具というわけだ。純粋な火力強化というわけではないが、重宝するスキルになる予感がする。
「最後は……“杖術熟練”。スキルレベルに応じて、棍での攻撃力が上がるそうです。これも、DEXでボーナスが得られるそうです」
「まあ、その辺は鉄板かね?」
「そうだね~。ギアにもよるけど、大体の場合は前提条件にもなるからね~」
最後のスキルは純粋な火力強化。これで、キキョウもある程度は装備の火力不足が補えるようになるだろう。
「……で、現在の持ちポイントは10P……だよな?」
「他のスキルには~振ってないよね~?」
「うむ、そこは忠告通りに」
「正直、武器強化は迷ったんですけど……」
「やめておいて正解だよ~。正直武器強化を初めとする、基本スキルの攻撃系は産廃だからね~」
「じゃあ、後はそれをどう割り振っていくか、だな」
アラーキーはセードー達の前に小さな小瓶を置く。
「先生、それは?」
「これか? スキルリセットのためのアイテムでな。こいつを使えば、スキルの振り直しができる」
「おお~。アラーキー、大盤振る舞いだね~」
「茶化すなよ」
からかうカネレの言葉に照れながら、アラーキーはまっすぐにセードーとキキョウを見る。
「とりあえず、用意できたのは一本ずつだけだが、これを使えばスキルを振り直すことができる。とりあえず、好きなように振ってみろ」
「……よろしいので?」
アラーキーの言葉に、セードーが探るように彼を見る。
自らの生徒に疑いをもたれている、と気が付いたアラーキーは憮然となりながらもこの薬を持ち出した理由を口にした。
「……まあ、自分でも過保護だと思ってる、うん。ただ、これはゲームで、ゲームは楽しく遊ぶもんだろ。“知らなかった”せいで変なスキル振りしちまって、それを直したくても直せないせいでやめちまった、なんて奴もいるからな。お前らにはそうなってほしくないんだよ」
「アラーキーさん……」
キキョウは少し驚いたように目を見開き、それから小さく微笑んだ。
「……ありがとうございます。お優しいんですね」
「ったりまえだろー、うん。初心者への幸運の中でも、図一の優男って言われてんだ、俺は」
「それは言葉の意味が違うと思います」
セードーはアラーキーの言葉に笑いながらも、その手に三枚のカードを手にしていた。
「……とりあえず、当面のスキルはこれで行こうと思います」
「え? もうカード生成したんですか!?」
「ちょ、いつの間に……! どうしたんだ!?」
「こうしました」
セードーはテーブルの上に、精製したばかりのスキルカードを置く。
五体武装:Lv5、剛体法:Lv3、空中歩法:Lv2。これが、机の上に広げられたスキルカードとそれぞれのレベルだ。
「とりあえずは五体武装を上げられるだけ。あとは空中歩法を二回できるようにして、余ったポイントを剛体法に入れました」
「火力強化は順当として……空中歩法、いるか? 別に、二段ジャンプはできなくとも困らんだろ?」
セードーが示したスキル構成を見て、アラーキーはそう尋ねる。
それに対し、セードーははっきり答える。
「俺の学んだ空手は、森や家屋といった狭い、あるいは障害物が存在する場所での戦闘を主眼に置かれているんです。ですので、ジャンプのため、というよりは何もない平原でも空を蹴るための足場を確保するためです」
「そうか……っていうか、三角とび、できるのか?」
「むしろ必修です」
「そうか……うん……」
セードーの瞳の中の本気の色を悟り、アラーキーは説得は無駄と悟る。
できれば、空中歩法ではなく剛体法の方を重視してほしかったところだが。
「じゃあ、キキョウちゃんはどうするの~?」
「ま、待ってください! えっと、えっと……!」
カネレに急かされるように問われ、キキョウは慌ててスキルブックを睨みつける。
そして幾度か迷いながらも、スキルカードを生成し、テーブルの上に広げた。
「こ、これ! これで行きます!」
杖術熟練:Lv4、旋風衝棍:Lv4、武装整備:Lv2。
以上が、キキョウの選んだスキルとなる。
「武装整備Lv2……。これにはもっと振ってもいいんじゃないか?」
「振りたかったんですけど、これ以上振れなくて……」
「ギアスキルは~キャラのレベルが上がらないと~、スキルレベルが頭打ちになっちゃうんだよね~」
「それ以上上げるには、もっとスキルポイントも必要になるからな。だいたい……30レベルくらいが目安になる。それを超えれば、スキルポイントを得られるクエストとかも増えるから、そこまでは我慢だな、うん」
「そうなんですね……」
キキョウは納得したように頷き、それからスキルボードを取り出す。
「あとは、これをボードに填めれば……スキルが使えるようになるんですよね?」
「そういうことだ! セードーも、ボードへのセットを忘れるなよ?」
「はい」
セードーもキキョウに倣い、ボードを取り出す。
そして三枚のカードをセットする……と、スキルカード同士が線でお互いを結んだ。
「……そう言えば気になっていたのですが、この線は?」
「ああ、それか? それは“スキルリンク・ライン”って言ってな」
セードーのスキルボードを覗き込みながら、アラーキーは説明してくれる。
「こうしてラインが繋がってるスキルは同時に使うことができたり、相互作用でスキルが強化されたりするんだ」
「へぇ……」
セードーは五体武装と剛体法の間に結ばれたラインを確認してみると、練気法と呼ばれる効果が発動していた。
「……剛体法が発動した際、五体武装のレベルに応じて攻撃力が強化される、とありますね」
「なにそれこわい。そんなスキルリンクめったにないぞ……?」
思わずのけぞるアラーキー。今回発動したスキルリンクのおかげで、セードーは攻撃力と防御力を同時に強化する手段を手にしたことになる。もはや上位スキルにも劣らない効果だ。
「おぉう……風のうわさで、マッシブスキルはおっかないと聞いてたけど~、聞きしに勝る効果だねぇ~……」
「こりゃ、他のギアが獲得できないのも納得だな……。これで最強武器とか装備されたら手が付けられん……」
「あ、私にもスキルリンクです!」
セードーが発動したリンクに慄いていると、その隣でキキョウがうれしそうな声を上げる。
「ほう、どんな効果だ?」
「閃衝波です! 棍での衝撃波が空中でも放てるようになるってスキルだそうです! 杖術熟練と旋風衝棍で出ました!」
「「……なんと」」
嬉しそうなキキョウが発動したのは割とオーソドックスなスキルリンクだ。どんな近接武器でも、多少先に進めばリンクできるようになる。……もっとも、入手したばかりで、となると他の例はなかなかないが。
これで彼女は、対地と対空の遠距離攻撃手段を手に入れたことになる。後方から砲台として戦うこともできるやもしれない。
「……二人に強力なスキルが出たのは喜ばしいが……なんか釈然とせんな、うん」
「まあ、この辺は……ほら、二人が引き寄せた強運だよ、きっと」
興奮冷めやらぬ初心者たちを、どこか生ぬるい眼差しで見守る熟練者二名。
今後どう導いてゆくか……二人はしばらく頭を悩ませることになるのであった。
なお、さすがにこれ以上のスキルリンクはなかった模様。




