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log168.ノーブレス・オブリュージュ

「――先にも言ったが我が一族はいわゆる名家の一つでね。古くから続く貴族の家系であり、ノーブレス・オブリュージュを旨とし行動を続ける由緒ある一族だ」


 タイガーに勧められバーの一席に腰掛けたブルースはゆっくりと語り始める。

 ミツキは長くなりそうな話を前に飲み物を用意し、他の者たちは思い思いの席に座りブルースの話に耳を傾ける。……一部の者たちは早々に飽きて欠伸を掻き始めているが。


「故に生まれた瞬間より義務が生じ、皆その義務を果たすために日々の精進を行っている」

「生まれたときから……でしょうか?」

「そうだね。我が一族に生まれ落ちれば、それだけで裕福を約束されるようなものだ。ただ怠惰を貪るだけで生涯を終えられるほどの蓄えがあるからね」


 ブルースの口調に嫌味はない。おそらく、純粋な事実のみを口にしているのだろう。

 それでも鼻に付く感じを押さえられないウォルフが、顔をしかめながら口をとがらせた。


「うらやましいやんかー。何もせんでも生きていかれるなんてぇー」

「そうだね。何もせずとも生きてゆける……それはなににも勝る幸福だろう」


 ウォルフの言葉を受け止め、ブルースは小さく頷く。


「しかし、だからこそ我々は自らに義務を課す。高貴であるが故の義務ノーブレス・オブリュージュを果たすため、生まれた瞬間から自己の研鑽を始めるのだよ」

「義務……具体的にはどういうものなのだ? いくら裕福な一族に生まれようと、幼くてはできることも限られよう」


 もっともなセードーの言葉。どれだけの金と権力があろうと、結局経験が伴わなければ何を為そうとただの浪費で終わるだろう。投資と浪費は違うものなのだ。


「君の疑問はもっともだ、戦士セードー。なに、難しい事ではないよ。幼いうちであれば、学ぶことが義務だ。学び、その知識を十全に発揮すること……それが、幼きうちに生ずる義務だ」

「……? つまりどういうことだってんだ?」

「つまり学校のテストで百点満点を取ればよいということだよ」

「「グェー」」


 実に簡単なブルースの答えに、サンとウォルフは同時に舌を出す。二人とも勉強は嫌いな性質らしい。

 とはいえ分かりやすいと言えば分りやすい。学校のテストはどれだけ勉学が身についているかを図るもの。それが百点かどうかで大体優秀かどうかは測れるだろう。要は身に付けたものがきっちり定着しているかどうかが分かればよいのだ。


「そして初等教育を越えた者はそれに加え新たな義務が生ずる。己にとって最も十全な力を発揮できる場を探すこと……まあ、平たく言えばクラブ活動などで何らかの功績を残すことだね」

「クラブで……ね。大会で優勝したり、学校から表彰されることが必要かしら?」


 皆に冷たい飲み物を配るミツキの言葉に、ブルースは頷いた。


「その通りだ、御嬢さん。先の話に出たアルトなどは、生徒会長として己の学び舎を大いに盛り立てている……。彼が所属したおかげで、学園祭が大いに盛り上がっているとも聞くよ」

「先代、先々代と比べても学園祭の出店の業績がアップしているのです。これは明確な功績といえます」

「「へー」」


 アルトの名が出た途端、アスカが口を挟んでくる。何か強い思い入れがあるのだろう。

 アスカの言葉に感心したように頷く闘者組合ギルド・オブ・ファイターズの面々を見つつ、ブルースは小さく苦笑した。


「それ以外でもアルトは多くの功績を残しているよ。別に彼だけではない。我が一族にとって、学園のために働いたり、あるいは己にとって興味のある業界で功績を残すのは当たり前のことなのだよ」

「なんかオリンピック選手も出てそうだな、あんたらの一族……」

「当然、そういう者もいるよ。業界、功績は不問。何らかの形で社会に貢献する……それが、我が一族の義務なのだよ」


 思わずといった様子で口を突いたサンの一言に、ブルースははっきりと頷いて見せる。

 ここまで語られてしまうと、ブルースの一族というのがずいぶんと気になってくるが本来であればVRMMOでのリアル詮索はマナー違反だ。アレックス・タイガーのような特殊な例を除けば、であるが。

 聞いてみたいという気持ちをぐっと抑え、セードーは話の核心を問いかけた。


「……そんな一族に、ノースがいるというのであれば、奴は何故俺を目の敵にする? 自慢ではないが、俺は学んだ空手の技以外に誇れるものなど持ち合わせていない」

「君はそうだが、ノースもそうだ。……彼にとって、自らの出自以外に誇れるものがないのが今回の騒動の元なのだよ」


 ブルースは小さくため息をつき、首を緩やかに振る。


「我が一族は名家である……が、我々も人間だ。欲に溺れる者もいれば、自己の研鑽を怠り出自に縋ることを覚えてしまう者もいる」

「ほーん。つまり、ノースもそういうダメ人間の一種と?」

「そういうことだ。彼の場合、賞賛を浴びる快感を覚え、そのための手段を選ばなくなったのがいけなかった」


 ブルースは再びため息をつく。


「嘆かわしい事であるが、彼は決して無能ではない。なまじ優秀であったが故に、人の功績を横合いから奪う手腕に長けてしまった」

円卓の騎士(アーサーナイツ)の没落も、奴の手腕によるものだ……。キング・アーサー亡き後、奴はランスロット様を隠れ蓑に……」

「亡き後? まさか、キング・アーサーは……」


 アスカの言葉を聞きとがめるセードー。

 彼への答えはタイガーが口にした。


「……うむ。一年ほど前であったか。我が逞しき友、アーサー・グレインは、病に倒れ崩御したのだ……」

「……円卓の騎士(アーサーナイツ)の現状に対し、前GMが出てこんのは何故かと思ったが、そういうことか……」

「ああ……。我が父、アーサーの崩御は、一族にとっても大きな悲しみであった。そして、野心ある者たちはそれを機に、一族を掌握しようと暗躍も始めた」


 ブルースは頭痛を押さえる様に、眉間を揉み解す。彼も、リアルでは相応の苦労を強いられているのかもしれない。こうしてログインできている以上、ある程度の余裕はあるのだろうが。


「……話が逸れてしまったな。ともあれ、ノースはキング・アーサー退陣後、ランスロットを立て、彼を新たな円卓の騎士(アーサーナイツ)のGMとし、自身はその影に隠れて暗躍を始めたのだ」

「……少し疑問に思ったんですけど……なんでわざわざイノセント・ワールドで? そういうことをするなら、現実の方がいいと思うんですけれど……」


 控えめなキキョウの問いは、誰の胸にもあった疑問だ。

 何かの賞賛を得たいのであれば、わざわざ仮想現実でやる必要はないだろう。現実で好きなだけやればいい。……ただまあ、相応のリスクは伴うだろうが。

 キキョウの疑問に対するブルースの答えは、実に簡単なものだった。


「何、単純な話でね。ノースの悪行に一族の者が気付き、現実における彼の権限のほとんどを剥奪してしまったのだよ。故に、今の彼に一族で縋れるものはない」

「その結果、こっちの世界で色々やらかそうとした、と……。どうせやったら、イノセント・ワールドのメットも取り上げんかい」

「申し訳ない話だ。しかし、人としての尊厳までは剥奪していないのでね。そんな権利も我々にはない。ノースから取り上げたのは、あくまで一族としての権能だけなのだよ」


 ブルースは申し訳なさそうに頭を下げるが、責めるのも酷な話だろう。

 ゲームができている以上、ノースは罪を犯しているわけではなさそうだ。そんな人間の人権まで剥奪するような行為が彼の一族にできるとも思えない。


「……そうして円卓の騎士(アーサーナイツ)を裏から牛耳ることに成功したノースは、ハイエナ行為によってレアアイテムを集め、それを利用して称賛を浴びるようになったわけだ」

「まあ、それは良いんだが……結局何故、ノースは俺を狙う? 称賛を浴びたくば、勝手に浴びていてほしいのだが」


 鼻にしわを寄せて嫌悪感を露わにするセードー。まあ、知らぬうちに目の敵にされてしまっては気分も悪い。

 そんなセードーに、ブルースは申し訳なさそうに頭を下げた。


「本当に申し訳ない……。彼は称賛を浴びることに快楽を覚えているのだが、他者がそうなることを極端に嫌悪しているのだ」

「はぁ。そうなんですか……? それが、セードーさんと何の関係が?」

「戦士セードー個人というより、君が倒した相手が問題だった。先のマンスリーイベント時、君が倒したプレイヤーボス……アーヘリアというのは知っているね?」

「うむ、本人より聞いた。以前はPvPで鳴らした猛者と聞いているが……」

「知っているのであれば話が早い。覇王の称号を得て以降のアーヘリアが敗北した記録は一切ない。多くの猛者を返り討ちにしてきたアーヘリア……君は彼から覇王の称号を奪ったようなものなのだよ」

「……つまり、チャンピオンベルトをセードーが持ってるようなもんやと?」

「その通り。形として残っているわけではないが……覇王がキャラリセットをした時点で、彼を知る多くの者が彼の敗北を知った。覇王自身、負けたことを隠そうとしていないので、君の勝利が明るみに出るのも時間の問題だろう」


 的確なウォルフの例えに、ブルースは頷いた。


「覇王に勝利することは、多くのデュエリスト、そして選ばれしランカーたちにとっての悲願だった……。勝ち逃げとも言われている彼の引退を機に、引退してしまった猛者たちもいる。覇王に勝てぬ世界に興味はないとね……」

「うむ……。覇王アーヘリア、名前通りの猛者であった。彼と、彼の仲間たちはかつて大ギルドと呼ばれていた者たちとも対等に渡り合い……ついには大ギルドの定義を変えるほどの存在ともなった。イノセント・ワールド……その過渡期における立役者の一人であると言えよう」

「話には聞いていましたが……それほどの猛者だったんですか……!?」


 アーヘリアと最初にコンタクトを取ったエタナは戦々恐々とし始める。ずいぶんな大物と接触してしまったと、今更自覚してしまったのだろう。

 なんとなく話の大筋が見えてきたセードーは、胡乱げな眼差しでブルースを見る。


「……つまり、ノースは覇王に勝ったことに嫉妬している、と?」

「そういうことだよ。いずれ君は覇王の勝者という称号を得る……そう考えたノースは、今までの所業の精算と共に、君へ意趣返しを行おうとしているのだよ」

「意趣返しも何も、何の意趣も……いや待て、精算? どういうことだ?」


 ブルースの言葉に首を傾げるセードー。

 今までの所業の精算……どういう意味だろうか?


「どういうことだ、ブルース」

「……嘆かわしい話だがね。ノースは、円卓の騎士(アーサーナイツ)をトカゲのしっぽにしようとしているのだよ」


 悲しみの表情の裏に、幾ばくかの怒りを込めたブルース。

 手を組み、口元に当てながらブルースは話を続けてゆく。


「今、円卓の騎士(アーサーナイツ)のGMを押し付けられているランスロット……ノースは全ての責任をあの子に押し付けるつもりのようだ。何の罪もないプレイヤーを、正義の名のもとに粛清しようとした……という責任をね」

「……今の円卓の騎士(アーサーナイツ)の評判は、あらゆるギルドに劣るものとなっている……。そうなった原因であるノースは、円卓の騎士(アーサーナイツ)に見切りをつけて自分は逃げようとしているらしい……!」


 アスカが、悔しそうに拳を握りしめ、俯いた。


「私は自分が情けない……! 円卓の騎士(アーサーナイツ)に残り、アルト様の居場所を守っているつもりだったが……その結果がこれだなんて……! あの方に向ける顔もない……!」

「幼いランスロットを責めることはできないが……しかし、円卓の騎士(アーサーナイツ)の悪名は彼を責めるだろう。無辜のプレイヤーを襲ったギルドとして、円卓の騎士(アーサーナイツ)は語られるだろう……遠からぬ未来で」

「………そうか」


 ブルースの話を聞き、セードーは瞑目する。

 ショットバー・アレックスの中は、痛いほどの沈黙で満たされていった。




なお、アスカはブルースたちの一族の分家の一つらしい。

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