log165.雨降って地固まる
「―――ク、カハッ……!」
「………」
半ログアウトから復帰したセードーを、ウォルフはじっと見下ろしていた。
静かな眼差しの奥の感情は、セードーには窺えなかった。
セードーは全身に受けた衝撃の残り香を抜くようにせき込むが、全身にいまいち力が入らずそのまま大の字で倒れたままだ。痛みはなくとも衝撃は残る……これもVR酔いの一つと言える。
しばし両者は沈黙し、睨み合う。
「………」
「……殴らないのか?」
もうすでに決闘場が崩壊している以上、ウォルフの攻撃は無意味だ。
しかし、先のウォルフの激高具合を鮮明に脳裏に浮かぶセードーは、ウォルフが手を出してこないことに不審を覚えた。
ウォルフであれば馬乗りからのマウントパンチくらいは覚悟していたのだが。
そんなセードーの疑問に、ウォルフは荒々しく鼻を鳴らしながら答えた。
「フン。まあ、おどれをぶん殴っちやりたいんは山々やけどな。けど、ワイは殴らへん」
ウォルフはグッと拳を握りしめる。
「何故ならワイはボクサーで、ボクシングは紳士のスポーツだからや! 倒れた相手は殴らへん……それがボクサーとしてのワイの矜持や!」
「そうか……」
ウォルフの返事に、セードーは脱力した。
らしいと言えば、らしい答えだ。
ウォルフは自分がボクサーであるということに、並々ならぬこだわりがあるようだ。そしてボクサーという存在にも。
かつて現れたオークのような姿の小盾使いのボクサーのことをちらりと思いだすセードーに、ウォルフは上から問いかけた。
「そういうおどれはどうなんや?」
「……なにがだ」
「ワイのこと、殺してくれるんやなかったんかいな。さっきの戦い、殺意のさの字もあらへんかったやんか」
「………」
ウォルフの言葉に、セードーは沈黙を返す。
確かに、先の戦いセードーはウォルフに対して本気で仕掛けはしたが、殺すつもりで拳を振るうことはなかった。
そのことについて言及するウォルフの言葉の静かさに少しだけ不気味さを感じながら、セードーはゆっくりと自分の考えを纏めながら答えた。
「……本当に殺していいものか、わからなかった。先の戦いでは、殺せなかったのもある」
「本気で殺せるか? なんやねん、おどれはどんな相手も殺せるん違うんか?」
「野犬位なら殺したことはある……。だが人間を含め、それ以上の存在を殺したことはないな」
ゆっくりと瞑目し、セードーは修行自体を述懐した。
「殺したのも、肉を喰らうためだ……。自身の憎悪に従い、何かを殺した記憶はない」
「……なんやそれ。殺す殺す言う割には、人を殺したことはないんかいな」
呆れたようにため息をつくウォルフ。
「なんやビビり損やな……。殺されるかと思ったぞ、セードー。さっきのおどれにはな」
「そうか……」
セードーはウォルフの言葉にため息をつき、ゆっくりと体を起こす。
肘で半身を支えるような体勢になりながら、ウォルフへ同じ問いを返した。
「ではウォルフ、お前はどうなんだ? 俺を殺すんじゃなかったか?」
「それやけどな。あれ、止めたわ」
ウォルフは前言を撤回し、小さく肩をすくめた。
「なんやろな、想像つかへんっちゅうか? ワイみたいなか弱い一般ピーポーがそもそも何かを殺せるわけもないしな、うん」
「……その割には、肝が据わっていたな。見違えた」
正直な感想を口にするセードーに、ウォルフは鼻を鳴らしてみせる。
「殴ってくるのが分かっとったら、殴られる覚悟くらいワイかて決められるわい。一発二発当たったところで死なへんしな」
「致死の一撃はどこにでも決まるぞ……呑気なものだな……」
「ボクシングは紳士のスポーツやからな。相手に殴らせるのも紳士の務めや!」
「奇特な人材だな、紳士というのは」
セードーは憎まれ口を聞きながらもウォルフの言葉に納得していた。
殴られる覚悟……それは殴られる痛みと恐怖を受け入れるということでもある。誰しも痛い思いをしたくはない。殴られることによる痛みが恐怖を呼び、体を竦ませる。
恐れを忘れるのは愚者の行為だが、恐れを受け入れるのは立派な覚悟だ。ウォルフには、立派な覚悟が備わっていたのだ。
「それにな、セードー」
ウォルフは握った拳をゆっくりとセードーへと突きつけ、にやりと力強い笑みを浮かべてこう言った。
「おどれが死んだら、いったい誰がワイに勝ち越させてくれるんや? ワイは言うたぞ? おどれに絶対勝ち越したるってな!」
「………」
「しかも一勝や二勝やない……。少なくとも、おどれの倍は白星稼いだるからな! 覚悟したれよ、ドアホウ!!」
堂々と。しっかりと、はっきりと。誰にでも聞こえるような声量で叫ぶウォルフ。
その叫びは彼の負けず嫌いをそのまま体言するものであった。実に、彼らしい宣言だ。
いっそ羨ましいくらい、まっすぐに、彼は自分の道を決めてしまったのだ。
しばしセードーは呆然とウォルフを見つめ。
「………フ、フフ」
思わずといった様子で笑みをこぼした。
セードーががいまだに定められていない者を、目の前の少年はあっさり定めてしまったのだ。
たとえ殺される覚悟を持とうとも……殺す心を持とうとも。おそらく彼のようにはなれないのだろう。何故なら、どちらも道ではないのだ。どちらも、道を閉ざすものなのだから。
セードーは俯き、顔を隠すようにしながら笑みを溢す。
「フフ……お前は、本当に、正直な奴だな……」
「言うたやろうが? ワイは、嘘と手加減がだいっきらいやってな」
ウォルフは堂々と言い放ち、腕を組んでふんぞり返る。
自分の言い放った言葉に、一切の迷いも曇りもない。清々しいほどに自信の満ち溢れた言葉だった。
零れる笑みを収めたセードーはウォルフを見上げる。
まばゆく輝くようなウォルフの姿に、セードーは軽く目を細めた。
「―――ウォルフ」
「―――なんや」
それからにやりと笑い、ウォルフに手を伸ばした。
「勝ち逃げはなしだろうな?」
「当たり前や」
差し出された手を握り、ウォルフはニヤリと笑いながらセードーを引き起こした。
「ワイは紳士やからな!」
「フ……そうだったな」
力強い握手を交わす二人。
緩やかに落ちる夕日が、二人の姿を赤々と照らしつづけるのであった。
……そんなふうに新たな友情を交わし合う二人を遠目に見ながら、サンは小さくため息をついた。
「夕日をバックに殴り合うとか……いまどき古典じゃねぇかあいつら」
「あら、王道っていうのよ、ああいうのは。いつの時代になっても、変わらずに残り続けるものよ」
ミツキはセードーとウォルフを微笑ましい眼差しで見つめる。
実家に道場を持つ身である彼女は、ああいった光景をよく見るのだろうか。
キキョウはセードーとウォルフが無事に和解したと理解し、ホッと安堵のため息をついた。
「よかった……。セードーさんも、ウォルフさんも……」
「うむ……うむ……! 美しきかな友情……!」
そしてその後ろではアレックス・タイガーが男泣きに泣いていた。
何はともあれ、シャドーマンにやられてしまった傷跡も、これですっきり元通りといったところだろう。
キキョウは喜び勇んでセードーの元に駆け寄ろうと一歩前に出る。
―――そんな彼女の耳に、何やら妙な音が聞こえ始めた。
「………? 何の音ですか、これ?」
「んあ? 何って……」
キキョウの言葉に退屈そうに欠伸を掻いていたサンも、何か音が聞こえてくることに気が付く。
低く、唸るような音だ。近いものを上げろと言われると一番近そうなものは……掃除機の音、だろうか? いや、あれよりもはるかに音域は低いのだが。
「……なんだこれ? どっかで聞いたことあるような……?」
「ずいぶん音が遠いわね……?」
「うむ? しかし近づいてくるであるな」
ミツキとタイガーも音に反応し、辺りを見回す。
セードーとウォルフも音が聞こえてきたのか、周囲を見回している。
次の瞬間、二人の間に爆火が咲いた。
「え!?」
「な、なんだ!?」
何の前触れもない、突然の爆発。セードーとウォルフの間で火柱が上がる。
爆発の大きさ自体は大したこともなく、ゲームということも手伝って彼らの体がバラバラになることはなかったが、二人が体勢を崩すのには十分な威力だった。
そんな二人に、追い打ちをかける様に二度、三度と火柱が上がる。
「爆発……!? 一体、何が!?」
「奇襲!? 先ほどの怪音、もしや……!」
火花の中へと消えたセードー達から視線を外し、タイガーは直上を見上げる。
「―――あれであるか!」
「えっ!?」
タイガーの視線を追い、キキョウも視線を上げる。
すると、三機の小型飛行機がセードー達の上空を周回しているのが見えた。
大きさはバイク程度だろうか。人間一人が跨り、ジェットエンジンらしい火花を尾翼付近から噴き出している。
そしてバイク飛行機に跨っている人間が、セードー達に向けて何かを投げつけているのが分かった。
どうやら上空からグレネードを投げつけてきているようだった。
また、セードー達のいる場所で爆発が起こった。
「なんだあいつら!? どこのもんだよ!!」
「グレネードはともかく、あんな装備そうそう手に入れられるはずは……!」
突然の乱入者の存在にサンとミツキは憤りを隠そうともしないが、あの高さに飛び上がるだけの手段は二人にはなかった。
乱入者の一人が、またグレネードを取出し、下へ向かって投げつける。
上がる無慈悲な火花。キキョウはその中へ向けて、悲痛な叫び声をあげた。
「セードーさぁん!!」
彼女の叫びは爆音で掻き消され、その返事もまた彼女へは届かなかった。
なお、グレネードは初心者にお勧めの範囲攻撃武器の模様。




