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log16.ギア解放

「よく戻りました、新たなるシーカー達よ」


 場所はフェンリル大聖堂。そこで司祭長エールが柔らかい笑顔で、セードーとキキョウの帰還を出迎えてくれた。

 クエストを無事クリアした後、アラーキー達と合流した二人は、一切の寄り道なしでそのまま大聖堂へと引っ張られていった。

 クエストの成否を聞かなくてもよいのかと道中問いかけたが「そんなもの聞かなくてもわかる!」と満面の笑みで答えられた。何をもってして成否を判断しているかは不明だが、とりあえずセードー達が無事にクエストを終えているのだけは分かっているようだ。

 相変わらずエール以外には誰も存在しない大聖堂の中を軽く見まわし、それからセードーは後ろに控えているアラーキー達に問いかけた。


「時に先生。他にもクエストをクリアした者たちはいたのですが、彼らはどこに? 彼らもまっすぐにここに向かっているかと思いますが」

「ああ、そのことか? フェンリル内はマルチエリアとパーティエリアに分かれててな。この大聖堂みたいなシナリオにも関わる場所とか、ギルドで場所を借りるような場所はパーティやギルドのメンバー以外は入れない……というより描写されないんだよ」

「ちょっと違うけど~♪ サーバーの違いみたいな感じだよ~♪」

「さーばーとやらがなにかはわからないが、おおむね了解した」


 早い話、この場にいるのはNPCのエール以外ではパーティとして登録されているセードーたち四人だけだということだろう。

 セードー達の会話が終わるのを待っていたのか、エールはやや間をおいてからゆっくりとクエスト達成者へと語りかけ始めた。


「……セードー、そしてキキョウ。あなたたちの実力は、見せていただきました。貴方たちには、シーカーを名乗りこの世界の命運を託すだけの実力があると、信じさせていただきます」

「はい! ありがとうございます、エール様!」


 キキョウは勢い良く頷き、そして笑顔で顔を上げる。よほどシーカーとして認められたのがうれしいらしい。

 エールはキキョウの様子を見てさらに笑みを深めながら、ゆっくりと両手を広げた。


「貴方たちにであれば、ギアを託すことができます。新たな力の解放にも、貴方たちは耐えることができるでしょう」

「はい!」


 キキョウは興奮した様子で力強く頷く。

 エールはゆっくりとキキョウへと近づき……それからセードーの方へと振り返った。


「……ギアの解放ですが、まずはキキョウから解放する、ということでよろしいでしょうか?」

「え? あ!」

「ああ、かまわない。どうやら、キキョウは一刻も早く新たな力に目覚めたいらしいからな」


 キキョウはエールの言葉に、自分が少し先走っていることに気が付き、慌ててセードーの方へと振り返る。

 だがセードーはどこかとぼけた様子で、キキョウの背中を押してやった。


「せ、セードーさん! 御先に……!」

「いやいやかまわんさ。さあさ、司祭長。キキョウにギアを授けてやってくれ」


 わざとらしくそんなことを言うセードーに、涙目で振り返るキキョウ。セードーを無視して先走ったことに、罪悪感のようなものを覚えている様子だ。

 が、ギアシステムに興味があったのは事実。キキョウはセードーの言葉に甘え、改めてエールへと向き直った。


「うぅ……。じゃ、じゃあエール様……」

「ええ、わかりました」


 セードーとキキョウの小芝居を苦笑しながら見ていたエールは、すぐに表情を改め、ゆっくりと瞳を閉じた。

 しばし、大聖堂の中に沈黙が舞い降りる。


「―回路(サーキット)解放(オープン)―」


 そして、エールがそう口にした瞬間、彼女の足元に光り輝く魔方陣が現れた。

 エールがゆっくりと目を開く。セードーの目には、エールの瞳の中に0と1の数字が無数に乱舞しているように見えた。

 それと同時に、キキョウの足元にも魔方陣が現れた。


「きゃ……」

「―領域(レコード)選択(アクセス)― ―天分(ギア)継承(シフト)―」


 機械的な口調のエールの詠唱と共に、キキョウの足元の魔方陣が回転を始める。

 幾何学的な模様が何らかの法則に従って動き、そして明滅を繰り返す。

 それと同時に光の帯が立ち上り、ゆっくりとキキョウの体へ……より正確には彼女の腰のインベントリへと潜りこんでいった。


「な、なに?」


 不安そうなキキョウの言葉に答えるように、彼女の目の前に一本の棒が現れる。

 その棒は、彼女が武器として使っていた棒だ。輪を作るように光の帯は棒の周りをまわり、ゆっくりとその全身を覆い尽くしていく。


「―天分(ギア)接続(コントラクト)― ―回路(サーキット)解放(オープン)―」


 キキョウの目の前の棒が光の帯に覆い尽くされるのと同時に、キキョウの手の甲にも輝きが現れる。


「え……?」


 キキョウの手の甲に現れた模様は、棒の輝きとリンクするように明滅を始めた。


「―天分回路(ギア)(ポール)― ―継承(シフト)―」


 エールはそう告げると、ゆっくりと瞳を閉じた。

 それと同時に棒を覆っていた光の帯は棒の中へと潜りこむように収まっていく。

 だが、キキョウの手の甲に刻まれた模様の輝きは消えることなく、明滅を繰り返していた。

 自らの武器と体の変化に驚いているキキョウへ、エールは優しく促した。


「……さあキキョウ。あなたの武器を手に取って」

「……あ、はい!」


 エールの言葉に我を取り戻したキキョウは、慌てて宙に浮いている自身の武器を手に取った。

 それと同時に、どこからともなくスキルブックがキキョウの目の前に現れた。


「きゃっ!?」


 キキョウの目の前のスキルブックは自らのページを開き、そこに浮かび上がった一文をエールへと見せる。

 そこには、こう書かれていた。


「“カテゴリーギア・(ポール)のスキルが解禁されました”……?」

「今のがギアシステム解放のためのイベント、というわけか」

「その通りです、セードー。これで、キキョウは新たな力……ギアスキルを使えるようになります」


 誰にともなく呟いたセードーの言葉に、エールは答える。


「ポールギアは、他のギアと比べると火力に劣ります。が、DEXの数値に応じて補正のかかるスキルが多いので、DEXを高めにしておけば他のギアとそん色なく戦えるでしょう」

「DEXですか……ちょうどよかったです!」

「そうだな。キキョウはDEXを中心に育てていたものな」


 喜ぶキキョウを見て、セードーも微笑む。

 そんな二人を見て自身も微笑みながら、エールはゆっくりと自らの胸の前で手を組み、それから顔を俯かせる。


「ギアとは天分を目覚めさせる力……」

「天分……ですか?」


 エールの言葉に、キキョウは首を傾げた。


「はい。人には、天が定めた天分というものがあると考えられています」

「―――」

「それ、は」


 その言葉にセードーは眉を微かに上げ、キキョウは胸を詰まらせたように棒を胸に抱き寄せる。

 エールはそんな彼らの様子を知ってか知らずか、言葉を続けた。


「天が定めた分、それは――」

「――知己や力量、ましてや才覚などではありえない」


 だがエールの言葉を紡いだのは、セードーだった。

 エールは驚いたように顔を上げ、そしてぽかんとセードーの顔を見つめる。

 セードーはそれに構わず次の言葉を口にした。


「天分とは、人それぞれの領分のことを指す。――我が師の言葉だ」

「……その通りです、セードー」


 エールは驚いたような顔のまま、セードーの言葉を肯定した。


「人の持つ嗜好、あるいは忌避する事項。己がなにを良しとするか、しないのか……。そうした様々な意志が織り成し、そして自然と定めるもの……それが人の領分である、と考えられています」

「難しく考える必要はない。なにが好きで、何が嫌いか。なにが得意で、何が苦手か。そう言う己の中の考えでもって取捨選択する答え。そういうものを人の領分と呼ぶ、という話だ」

「は、はぁ……」


 やや難解なエールの言葉を補足するセードー。

 キキョウは彼らの言葉に曖昧に頷きながら、セードーへと問いかけた。


「……セードーさん、実はこのゲームプレイしたことあるんですか?」

「いや」

「それはないだろう? じゃあ、なんでエール司祭長の言葉を知ってるんだよ? こんなの、ここでしか聞けないだろ?」

「先ほども言ったように、これは我が師の言葉です。天分とは、領分である、というのは……」


 セードーはスッと目を細めてエールを見やる。

 どこか冷たい……殺気さえ伴いそうなそれを受けて、エールは柔らかく微笑んだ。


「良き師に学んだのですね、セードー。それはとても幸運なことです」

「……ああ、そうだ。我が領分に、誤りはないと誇りを持って言える」


 エールの言葉に頷きながら、セードーは一歩前へと踏み出した。


「では司祭長。俺にもギアの解放を頼む」

「わかりました」


 エールはセードーの言葉に頷き、そして瞳を閉じる。


「―回路(サーキット)解放(オープン)―」


 先ほどと同じ呪文を唱えるエール。

 エールとセードーの足元に魔方陣が現れ、ゆっくりと明滅を始める。


「―領域(レコード)選択(アクセス)― ―天分(ギア)継承(シフト)―」

「………」


 魔方陣が回転を始め、ゆっくりと光の帯が立ち上る。

 そしてキキョウの時のようにセードーの体へと近づき……今度はセードーの体そのものを取り巻いていった。


「む……」


 キキョウの時とは違う反応に、セードーはやや戸惑う。

 光の帯はセードーの体を覆い隠し、そしてその中へと埋まってゆく。


「―天分(ギア)接続(コントラクト)― ―回路(サーキット)解放(オープン)―」


 キキョウの時には表れた手の甲の紋様が、セードーの両腕にも表れる。

 同様の紋様は両足、そして彼の胸部にも表れた。


「―天分回路(ギア)肉体(マッシブ)― ―継承(シフト)―」


 エールの言葉が終わるのと同時に、セードーの全身を覆っていた輝きも収まってゆく。

 手足に浮かんでいた紋様もしばしの間浮かんでいたが、やがて落ち着いていった。

 と、セードーの目の前にスキルブックが現れる。

 無言でそれを見つめているとページが開き、次のような文字がそこに浮かび上がった。


「“カテゴリーギア・肉体(マッシブ)のスキルが解禁されました”。……ふむ、これが俺のギアか」

「はい、その通りです」


 エールは頷き、セードーの顔を見上げた。


「キキョウのポールギアとは異なり、マッシブギアは己の肉体を武器とするギア……。武器を使用しないことを前提とするため、他のギアと比べると強力なスキルが揃っています」

「ほう。それは朗報だな」

「やりましたね、セードーさん!」


 思ってもみなかったことを告げられ喜ぶセードーとキキョウ。

 だが、エールは厳しい表情のまま首を振った。


「ですが、同時に他の武器を一切装備できないということでもあります。あなたが己の領分を外れたとき、マッシブギアはその力を失うでしょう」

「そうか。ならば問題はない」


 己を案じるエールの言葉に、セードーは拳を握って答えて見せた。


「我が武器は、この拳のみ。他の武器にうつつを抜かす暇など、ありはしない」

「……そうですか。決意は固いようですね」


 不退転を無言のままに示すセードーを見て、エールは満足そうに頷いた。


「ならば貫いてください。貴方の……いえ、貴方たちの道を」

「無論」

「はい!」


 強く頷くセードーとキキョウ。

 エールは最後に微笑みながら、ゆっくりと胸の前で手を組んだ。


「神よ……新たなるシーカーの誕生を祝福したまえ――」

「……よし、行こうかね。溜まったスキルポイントをどう振るか、とか考えようぜ」

「わかりました」

「はいです!」


 アラーキーは全てを見届け終えると、ゆっくりと息を吐いて二人を促す。

 二人は頷いて答え、歩き出すアラーキーについていき。


「………」

「カネレ?」


 立ち止まったままのカネレの方へと振り返る。

 カネレは笑って手を振った。


「んん~♪ ちょっと用事を思い出してね~♪」

「んあ? 用事ぃ? なんだ、シナリオでも進めるのか?」


 扉に手をかけたアラーキーの言葉に、カネレは小さく頷いた。


「そんな感じ~。まあ、すぐに追いつくよ~」

「そうか? じゃあ、いつもの店でな」


 アラーキーはそう言って、扉を開く。

 キキョウはその背中に続きながら、カネレへと頭を下げた。


「それじゃあ、待ってます!」

「は~い♪」


 セードーも彼女に続きながら、カネレを見やる。


「カネレ。余り遅れるなよ?」

「わかってますって~♪」

「……なら、いいが」


 セードーはカネレの様子を見て微かに訝しみながらも、大聖堂の外へと出た。

 そうして、大聖堂の中はカネレとエールだけとなる。

 しばしの間静寂が辺りを包み込んでいたが――。


「……カネレ、知っていたんですか?」


 エールがまず口火を切った。

 その口調は、先ほどまでの、幼くも人々を導く司祭長のものではなく、年相応の少女を思わせる雰囲気であった。

 カネレはエールの口調の変化に言及することなく、肩を竦めた。


「それはこっちのセリフだよ。てっきり、彼のこと知ってるからサイクロプスなんて仕掛けたんだと思ったよ?」

「バカ言わないでください。そもそも、ギアクエストのテーブルは予め決まってるじゃないですか。それを一時の気分で変える権限は私にはないですよ」

「わかってるよー。けど驚いたよね」

「ええ……」


 カネレとエールは、閉じた扉の方を見て小さくため息を突く。


「セードー君が彼のお弟子さんなんてねー」

「貴方のことですから、知ってて誘ったのかとも疑いましたが」

「知らないってばー。そもそも、彼はデジタルに馴染まない人じゃない。山奥に暮らしてるんじゃ、僕には知りようがないよー」

「まあ、そうですよね。はぁ……」


 エールは大仰にため息を突くと、恨めしそうにカネレを見上げた。


「……で、しばらくは彼と遊ぶんですか? 私のところには来ないで」

「そう言われてもなー。あんな面白そうな子、ほっとけないじゃない?」


 あからさまに拗ねていることを主張するエールに苦笑しながら、カネレはギターを構える。


「何しろ僕は~♪ 初心者支援ギルド“初心者への幸運(ビギナーズラック)”の人間だからねぇ! イエァ!」

「創始者の間違いでしょ? はぁ……」


 エールはまたため息を突きながらカネレの背中をぐいぐい押し始めた。


「じゃあさっさと行ってください。無駄に傍にいられるのも腹立ちます」

「おいおいエールちゃーん。そんなぞんざいな言い方ないじゃなーい?」

「事実でしょう。どうせなら、ゆっくり会える時間を作ってきてください」

「はいはい~。相変わらずお姫様は手厳しいよー」


 ふざけたように言って出口へと向かいながら、カネレはエールへと振り返り軽くウィンクした。


「じゃあ、またねぇエールちゃん♪」

「ええ、またですねカネレ。……今度は、ゆっくり会いましょう?」

「そうだね~そのうちね~」


 カネレはそう言いながら、大聖堂を後にした。


「そのうちってひどいじゃないですか。くすん……」


 小さく呟く、エールをその場に残して。




なお、エールの正確な見た目は12、3歳くらいの模様。

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