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log159.あくる日のギルド・オブ・ファイターズ

 闘者組合ギルド・オブ・ファイターズとシャドーマンが遭遇し、三日が経った。

 あれからセードーはログインをしているがギルドハウスには近寄らないという日が続いた。

 ミツキが試しにメールを送ってみると「しばらく頭を冷やしたいと思います」というメールが返ってきた。彼なりに反省があるということだろうか。

 キキョウたちもギルドハウスに集まりはするが、何をするでもなく鬱々と過ごすばかりであった。


「………」

「なあキキョウ。元気出せって」


 シャドーマンとの戦いの際、迂闊に呼びかけてしまったことでセードーの死を招いてしまったキキョウは、あれからすっかり落ち込んでしまった。

 セードーと会うことができず、直接謝れないのも原因だろう。メールで謝罪文こそ送ったが「気にしていない」とたった一文が返ってきただけだ。

 そんなキキョウを慰めるように、サンはなるたけ明るい口調で彼女に話しかけた。


「何度も言ってるけどさー、あそこでキキョウが叫ばなくても、あたしかウォルフの奴がセードーのこと呼んでたって。あんなとこにセードーがいるなんて思わなかったしよー」

「そうね。そう言えばセードー君、結局なんであそこにいたのかしらねぇ?」


 ミツキはサンに付き合い、キキョウの気持ちを浮上させようとするが、サンの言葉には若干疑問を持っていた。


(うーん……あそこでサンやウォルフ君が声をかけてもセードー君、止まったかしら?)


 ミツキの目には、キキョウが声をかけたからこそセードーは動きを止めたように見えた。

 まあ、二人の関係を知っているからそう見えただけなのかもしれないが、セードーが止まったとき、彼は一瞬何かに怯えていたように見えたのだ。


(キキョウちゃんだから止まった……か。妬けるわねー……)


 キキョウへの嫉妬から、思考がややどんよりしたものとなるミツキ。


「………」


 ウォルフはそんなサンたちに背中を向け、椅子を大きく傾けて机の上に足を乗せていた。

 眠っているような体勢であるが、このゲームに睡眠の要素はないので起きているはずだ。

 そうしてじっとしていたウォルフが、何かに気が付いたように入口の方へと目を向ける。

 すると、バーの扉を開けてセードーが中へと入ってきた。


「……ん? あ! セードー!」

「ッ!」


 セードーが来たのにすぐに気が付いたサンの声に反応し、キキョウは飛び上がるように立ち上がった。

 そして一目散にセードーの元へ駆け寄り、大きく頭を下げた。


「セードーさん、ごめんなさい! あの時、私が――!」

「メールでも言ったぞ、キキョウ。気にしていない、と」


 セードーはキキョウの謝罪にそう答え、小さく首を振った。


「動きを止めたのは、俺が気を取られたせいだ。キキョウはなにも悪くないさ」

「でも……!」


 キキョウは訴えるように顔を上げるが、そんな彼女の頭をセードーは軽く撫でた。


「師匠からも言われたことがある……。戦いとは相手を見てするものだ、とな。よそ見をしたのは俺自身だ。だから気にするな、キキョウ」

「………はい」

「……?」


 キキョウはセードーの言葉に納得しきれていないようであったが、セードーはそれで話は終わりだというように、適当な席へ腰を下した。

 そんなセードーの様子に、サンは微かな違和感を覚えた。前から愛想がいい方ではなかったが、なんというか声に硬さがあるような気がするのだ。

 だが、そんなサンの疑問に答える者はなく、ミツキは久しぶりにギルドハウスまでやってきたセードーをもてなすために、カウンターの中へと入った。


「まあ、暗い話は終わりにして……セードー君は何か飲む?」

「……そうですね。とりあえず――」


 セードーが何かを告げるより先に、ウォルフが立ち上がった。

 がたりといつになく大きな音を立てるウォルフに、サンがびくりと体を震わせ苦言を呈そうとする。


「っ! ちょ、ウォルフおい!」

「――なあ、セードー?」


 だがウォルフはサンにはかまわず、セードーに近づく。

 セードーの背中に立ち、彼を見ろしながらウォルフはゆっくりと問いかけた。


「こないだは、まあずいぶんと手ぇが早かったやんか? ワイらよりはよう、シャドーマンにおうてるとはな?」

「幸運だった。たまたま、警戒網を張っているギルドの人間の協力を得られたんだ」


 セードーはウォルフの方へと振り返らぬまま、彼の問いに答えた。


「言動は妙だったが、実力と人望は確かなようだった。――先走りの件はすまなかった。奴の存在を、無視できなくなってきていたからな」

「ああ、別にそれはええんや……。誰がしとめるとか、抜け駆け厳禁とか、別に決めとらへんかったしな?」


 振り返らぬままのセードーに、うすら寒くなるほど優しい笑顔で返すウォルフ。


「奇襲先駆けは戦の華やったっけ? 逸る気持ちが収まらんと、手ぇ出してしまうんはようある話や。そんなんで切れるほど、ワイも狭量な人間やないしな?」

「……ウォルフ?」


 どこまでも優しい笑みを浮かべるウォルフの様子に、サンは違和感を覚える。

 いくらなんでもおかしすぎる。いつものウォルフであったなら、この辺りで怒鳴り声を上げながらセードーに殴りかかる位はするだろう。

 彼は喜怒哀楽の表現が激しい方だ。回りくどいことはせず、自分の思ったことを素直に口にし、表現するタイプだ。

 こんなまるで……抑えきれないほどの感情を一周回して別の感情として表現するような男ではないはずだ。

 訝しむサンの前で、唐突にウォルフは話題を変えた。


「ああ、そういうたら……セードーはワイの嫌いなもんって知っとったかいな?」

「いや、知らないな」


 相変わらず振り返ろうとしないセードー。

 そんな彼の様子にウォルフは笑みを深め、言葉を続けた。


「ワイな? 嘘と手加減が死ぬほど嫌いやねん。どっちも舐められてるような気ぃがするからな?」

「そうか」


 素っ気ない返事のセードー。

 そんなセードーに、ウォルフは一つ問いかけた。


「――セードー。お前、三味線弾いとったんちゃうやろな?」


 先ほどまでとは一転して、恐ろしくドスの利いた声で。

 キキョウ、サン、ミツキが驚く間に、ウォルフは一気に捲し立てはじめた。


「あのシャドーマン、あれの動きはお前んやったなセードー。似てる似てる言われて動きまで真似たんかは知らんし知りとうないが、シャドーマンがワイの知らん動きをしたな? なあ、セードー、おんどれ、ワイに見せとらん手札があるん違うんか? ん?」

「………」

「セードー……お前ホントに、ワイと本気で戦ったことあるんか?」


 幾度となく決闘を重ねた彼らの間で、今更とさえ言えるウォルフの一言。

 それに対するセードーの答えは簡明だった。


「ああ。本気で戦ったこと(・・・・・)はある」

「さよか――」


 セードーの返答を聞いた瞬間、ウォルフの拳が掠める。

 轟音は一瞬ののち。砕け散ったのはセードーが着いている席のテーブル。

 自身を跳び越えウォルフが砕いてみせた机の木片を浴びるセードー。


「――なあ、おい。ゆうたやろ? ワイは嘘と手加減が嫌いやて。なあ? シャドーマンがおどれの動きしとって、それが見たことないってどういうこっちゃ? なあ?」

「――お、おいウォルフ!?」


 一連の流れについていき切れないサンは、驚きから何とか立ち直りつつウォルフを制止しようと立ち上がる。


「何言いだしてんだよ!? 今までだって何度も決闘してんじゃんか! 今更それが本気かどうかなんて」

「だあっとれダボァ! コンチクショウ、今まで三味線弾いとったんじゃぞ!?」


 サンの言葉に、ウォルフは弾けるように怒声を上げる。

 サンはその勢いに身をすくませてしまった。


「ひっ……!?」

「なあおい! 単にシャドーマンのステータスとかで勝てへんとかはまだ納得いくぞ!? せやけどあの化け物、見せつける様にステータスは大したことあらへんかった……! まるで自分の技見せつけるかのように! ワイらを殺してみせたんやぞ!? あれがセードーと戦った結果やっちゅうんやったら、今までのセードーは何やったんや!? おいこら黙っとらんと答えろや、セードォー!!」


 今まで手加減されていた。

 そう声高に叫ぶウォルフに、セードーは底冷えのする声で答えた。


「―――だとしたら、どうした?」

「……あ?」

「手加減していたらどうした? 何か変わるというのか?」


 徐々に、セードーの気配が変わる。

 今まで押し込めていたものが少しずつ少しずつ……本当に少しずつ表に出てきはじめた。


「手加減されて憤るのは良い。だがその矛先はどこに向いているんだ? それは弱い自分か? それとも俺か? その矛先を俺に向けているつもりなのか? なあ、ウォルフよ……」


 今までどうやって隠していたのか……それが疑問に思えるほどの、怒り。それが今、セードーの全身から放たれていた。

 いつもと違う……いつも通りでない二人を見て、ミツキは大声で叫んだ。


「やめなさい、二人とも! 負けて悔しいのは分かるけれど、今怒ったところでどうにもならないでしょう!」

「あのバケモンに負けたんはどうでもええんじゃ。今は、こいつが気に入らへん!」

「奇遇だな、俺もだ」


 短く応え、セードーは立ち上がる。


「ウォルフ。怒るのは構わんが……その矛先を間違えているぞ……?」


 ゆっくりと、セードーが振り返る。

 その瞳は……どこまでも冷え切っていた。


「今俺はすこぶる機嫌が悪い……」

「ワイもじゃアホンダラァ!! ぶち殺したる!!」


 勇み、怒り、叫ぶウォルフ。

 彼の言葉を聞き、セードーの周囲の温度がまた一段と低くなった。


「よかろう……相手になってやる……」


 先のウォルフの言葉が決闘宣言(コール)だったのか、展開される決闘場(バトルドーム)

 向かい合う二人。互いに己の牙を剥きだしにしながら。

 それを遠巻きにしながら、サンが狼狽えながらキキョウに縋りついた。


「な、なんでこうなるんだよ!? あいつら、何そんなに怒ってんだ!?」

「わ、わかんないよ……! けど、やっぱりセードーさん……!」


 キキョウもまた、半べそでサンに縋りつく。

 そんな二人をあやすように抱きしめながら、ミツキが険しい表情でウォルフとセードーを見る。


「どっちもシャドーマンとの戦いを引きずっているのね……。意味は違うんでしょうけど、これじゃ八つ当たりじゃない……!」


 シャドーマンとの戦いの敗北。

 それが深い爪痕となって、今、二人の男に襲い掛かる。




 なお、セードーとウォルフ、両者の言う本気の意味は……決定的に違う模様。

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