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log158.とある日の異界探検隊

「ほーん……セードーの奴、シャドーマンに負けたのかぁ……」


 ギルド異界探検隊が間借りしているアパート型のギルドハウスの前で、適当な箱の上に腰掛けながらリュージはシャドーマンに関する号外を読んでいた。

 今日はサンシターを除く全員がログインできる日であったのだが、ソフィアだけ私用で遅れているためリュージは外で彼女を待っている。他の皆はすでに部屋に上がってくつろいでいる。外で待っているのは彼だけだ。

 それというのもイの一番でソフィアを出迎えるためだ。本人的にはログインゲートで出待ちしたいのであるが、それは他の皆に止められた。いくらなんでも恥ずかしすぎると。

 マコには恥を知れとまで罵られたリュージは、実に立腹している。


「まったく……さびしがり屋のソフィたんがしょんぼりしながらログインしたらどうすんだあいつら」


 などと呟く彼ではあるが、それが杞憂であることは本人含め、全員が知っている。ただ単に、リュージが、ソフィアに会えないのを我慢できないだけである。

 ともあれ適当に外で時間つぶしをしながらソフィアを待ちわびるリュージの前に、一人のプレイヤーが現れた。


「……んぉ?」


 人の気配に顔を上げるリュージ。

 彼の前にやってきたのは、起伏のない白い仮面をつけた男だった。

 特別な模様もなく、視界を確保する目的で目の部分だけがぽっかり空いた飾り気のない仮面をつけたその男に、リュージは見覚えがあった。


「お前……」

「――お久しぶりですね」


 男は声に微かな笑みを浮かべながら、リュージへとゆっくり歩み寄ってゆき、その名を呼んだ。


「アサルトストr」






「………なんで私、ジャーマンスープレックスされたんですか……?」

「いやごめん。つい反射的に」


 忌名(黒歴史の称号)を呼ばれかけ、反射的にジャーマンスープレックスを敢行したリュージに、潰れたまま男は小さく問いかけた。

 リュージは舌を出して詫びつつ、男の手を取って起こし上げた。


「前の俺の名前を呼ぶ奴は、とりあえずジャーマンかけることにしてて……」

「今更ですか!? ノリノリで名乗ったの貴方じゃないですか!!」

「今更だよぉ!! 今更後悔してんだ分かれ、おりゃぁぁぁぁ!!」

「ぎゃぁぁぁ!?」


 取った手をそのまま捻り、背負い投げをぶっ放すリュージ。

 なすすべなく投げられた男は、轟音と共に背中を叩きつけられてしまう。

 その音に気がついてか、ギルドハウスの中から拳銃片手にマコが現れた。


「ッかましいわよ、ラブマッド!! 眉間でタバコ吸うコツ教えてやろうか!?」

「なんでお前いつになく荒れてるのマコちゃん!? 落ち着いて!」

「そうだよ! サンシターさんは仕方ないよ! ゼミの単位は落とせないでしょ!!」

「ウガァァァァァ!!!」


 腰に縋りつくコータとレミを振りほどこうと暴れるマコ。さらに引き金も引いているのか、手にした拳銃がやたらめったら発砲音を響かせる。

 半ば発狂気味のマコを訝しげな眼で見やりながら、リュージは今度こそ仮面の男を立ち上がらせる。


「何エキサイティングしてんだお前は。そしてわりぃ。ノリと勢いで投げちまったよ」

「エキサイトしてんのはお前のせいだぁぁぁぁぁ!!」

「ホント変わりませんね、リュージ……。その、ノリと勢いだけは……」


 マコは銃を地面に叩きつけ、仮面の男はぶつけられた腰を擦る。

 結局ふり払われたコータはそこで異界探検隊(自分たち)以外の第三者がいることに気が付いた。


「……ってあれ? そちら、どなた……?」

「ん? ああ、俺のフレンド」

「リュージ君の?」

「ええ……アイタタ」


 腰をさすりながら背を伸ばした仮面の男は、軽く頭を下げながら自己紹介をした。


「初めまして、みなさん。アルト・グレインと申します。今後ともよろしくお願いしますね」


 彼のあいさつは軽い所作ではあったが、どことなく上流階級の人間の雰囲気が漂っている。

 マコは彼の所作に眉根を顰め、それに気が付かなかったコータとレミは嬉しそうに握手を求める。


「はい、リュージの仲間でコータって言います! よろしく!」

「私はレミって言います! はじめまして!」

「はい、よろしくお願いします」


 仮面で見えなかったが、アルトはコータとレミの握手に快く応じる。その動きは慣れた人間のそれだった。

 マコは胡乱げな眼差しをリュージに投げかけ、ついでに不審を漂わせながら問いかけた。


「……なんであんたの周りにはああいうのが集まるわけ?」

「いや知らんけど。別にソフィたんやアルトがゲームしてたっておかしくなくね?」

「そういうことを言いたいんじゃなくて……」


 的外れな答えを返すリュージに頭痛を覚えるマコ。

 リュージはそんなマコに構わず、アルトの方へと向き直る。


「……んで、アルト。お前確か、このゲーム引退するんじゃなかったのか?」

「引退じゃなくて休止ですよ……リアルの方が落ち着いたらまた再開するつもりでした」


 アルトは微かに首を振りながら、リュージの方へと向き直る。


「……まあ、休止していた期間を考えると、半引退状態でしたね……。まだ、リアルの方も落ち着いていませんし」

「おいおい大丈夫かよ? ゲームってのは余裕がある奴がやるもんだぞ?」

「試験期間中もログインしまくってる奴が言うセリフ? それ」


 頭痛から回復したマコの呆れた言葉に、リュージは力強く頷いた。


「赤点さえ回避できればよし!」

「堂々と胸張って言うなよ……。まあ、あんたの場合ホントにそれでいいんだけど……」


 体育会系のリュージは勉強に関しては最低限できていればよいのは事実だ。

 能天気なリュージに若干のうらやましさを覚えながら、マコもアルトの方へと向き直った。


「ええっと、アルト……だっけ? このバカになんか用なんでしょ?」

「ええ……できれば、彼をしばらくお借りしたいのですが」


 アルトの言葉に、リュージが嫌そうな声を上げた。


「えー。今日はソフィたんと一緒にダンジョンに潜る予定だったのにー……」

「いいじゃん行ってくれば。わざわざ忙しい中あんたを訪ねてきてくれたんでしょ?」

「何その優しい笑顔。逆に引くんだけど」


 清々しいほどの笑顔になるマコを見て、リュージはげんなりと肩を落とす。

 想い人(サンシター)といられないせいで、どうも鬱屈が溜まり始めているらしい。リアルでは毎日会っているはずなのだが、それでも溜まるものは溜まるのだろう。

 だが、彼女にも一理ある。リュージの知る限り、アルトのリアル事情は容易にこっちに来られるほど単純なものではないはずなのだが。


「ん~……」


 しばらくガシガシ頭を掻いていたリュージは、半分諦めながらアルトに問いかけた。


「……それは俺でなきゃダメなん? お前なら、声を掛けりゃいくらでも人集まるべ?」

「……かもしれません。けれど、それではだめなんです」


 リュージの問いに、アルトは力なく首を振った。


「これは身内の問題……なるべくなら、大人数を巻き込みたくないんです」

「俺は巻き込んでいいのかよ」


 身内の問題と聞き、さらにやる気をなくすリュージ。

 露骨とさえいえる彼の態度に、アルトは申し訳なさそうに頭を下げた。


「すみません、リュージ……。けれど、私が今頼れるのはあなただけなんです……」

「……まあ、いいけどな。前ん時は、お前とお前んとこのGMにも世話になったし」


 リュージは一つため息をつくと、すぐに顔を上げてまっすぐにアルトを見つめる。

 その顔は、いつものように力強い笑みが浮かんでいた。


「全部リセットした俺をまだ頼ってくれるってのは、悪い気がしないしな。今の俺がどんだけ協力できるかしらねぇが、力にならせてもらうぜ?」

「……ありがとう、リュージ」


 アルトはリュージの言葉に、小さく首を垂れた。

 その時、ソフィアがギルドハウスの前に現れた。


「すまない! 遅れてしまった! ……っと?」


 ソフィアはギルドハウスの前に立っていた皆の姿と、見知らぬアルトの姿を見て、軽く首を傾げた。


「えーっと……? そちらは誰で、どういう状況だ……?」

「おう、ソフィたん? 今日はちょっち用事ができたんで、俺はダンジョンにいけなくなっちゃった♪」

「……は?」


 ソフィアは一瞬呆け、それから怒涛のように吠え声を上げた。


「な、なんでだぁー!? お前、私がどれだけ急いでここに来たと思ってるんだ!? 皆、先に行って待ってるっていうから、一生懸命仕事終わらせて、それでみんなで遊ぼうと思って……! なのにお前、私が来てからダンジョンにいけないとか、お前ぇー!!」

「ごめ、ごめ、まじごめ」


 ポカポカと頭を殴られるリュージ。

 大変申し訳なさそうになすがままにされる彼を擁護するように、アルトがソフィアに声をかける。


「あの……大変申し訳ないです。彼を連れ出そうとする私が言うのもおこがましいですが、彼を許してあげてください」

「ぬ! 貴様――!」


 ソフィアは眉を吊り上げアルトを睨み……それから何かに気が付いて吊り上げた眉を顰めた。


「……いや、貴方は……? どこかでお会いしなかったか?」

「――たとえどこかで会っていても、この世界では初めてです」


 アルトはソフィアを見て、そう言いながら小さく微笑んだようだ。ソフィアと違い、彼ははっきりと気が付いているようだった。

 ソフィアの駄々っ子パンチから無事脱したリュージは一息付きつつ名残惜しみつつ、アルトの方へと向き直る。


「ソフィたんの駄々っ子も中々レアだが……とりあえず場所を移すか? 人には聞かれたくねぇんだろ?」

「ええ……それではみなさん、しばらく彼をお借りしますね?」

「ええ、好きにするといいわ。そのバカが自分で着いてく分には、あたしらがどうこう言うのもおかしいしね」

「うん、そうだね」

「残念だけど……」


 マコは肩を竦めながらそう言う。

 コータとレミも、マコの言葉に同意し頷く。

 ソフィアはどうにも納得のいかない様子でリュージを睨んでいたが、変わらぬ様子でにっこり笑って見つめ返してくる彼の様子を見て、諦めたようにため息をついた。


「はぁ……。こっちは気を揉んでやってるってのに、お前は……。もう、好きにしろ。どこへなりとも行ってしまえ」

「フフフ、おいしいお土産を期待してくれたまへ! じゃあ、あとヨロー」


 シッシッと追い払うような動作をするソフィアにもめげずに元気よくそう言って、リュージは手を振りながらアルトと連れ立ってギルドハウスを後にする。

 アルトはソフィアたちに頭を下げつつその場を立ち去り、十分にギルドハウスを離れてから申し訳なさそうにリュージへと問いかける。


「本当に申し訳ない、リュージ……。君にとって、彼女の傍を離れてしまうのは――」

「言うな言うな。今なお後ろ髪引かれてんだ」


 リュージは小さく苦笑しながらも、力強く笑いアルトに頷いて見せる。


「けどまあ、休止中の看板下してわざわざ訪ねてくれたんだ。久しぶりに、こっちは看板掲げ上げるくらいはすらぁよ」

「……本当にありがとう、リュージ」


 アルトは微かに顔を伏せ……それから顔を上げてはっきりと口にした。


「では参りましょう、マイ・ジョーカー……。どうか、手を貸してください」

「おうともよ、クラブのエース、アルト・グレイン。出来うる限り、何とかしてやるよ」




なお、当時のリュージは割とまじめに名乗っていた模様。

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