log156.シャドーマンVSギルドオブファイターズ
エイスを見たという人たちの証言、そして実際にシャドーマンに遭遇したというスティールからのメールにより、キキョウたちはシャドーマンが出現したという座標まで急いだ。
ニダベリルからほど近いのが幸いし、そこにはまだシャドーマンが存在していた。
――そして、今まさにシャドーマンの胸板を貫かんとしているセードーの姿も確認した。
「何しとんじゃ、あいつは……!?」
「あたしらより早いとかスゲェなセードー」
「あれがシャドーマン……!」
ウォルフとサンは驚きの声を上げる。
エタナはシャドーマンの姿を見て慌ててクルソルのカメラを起動し、ミツキは微かに目を見開いた。
そしてキキョウは大きな声で彼の名を呼んだ。
「――セードーさんッ!!」
悲鳴にも似た、キキョウの叫び。
それは確かにセードーの元へと届く。
「………ッ!」
セードーの動きが、微かに止まった。
体が震え、その全身から彼の動揺が手に取るように伝わってくる。
キキョウの声が、彼女の存在が、セードーの動きに隙を生む。
「―――ッ!!」
そしてそれを逃すシャドーマンではなかった。
眼前のセードーが放つ手刀……それを見取り、そして真似放つ。
シャドーマンの鋭い手刀が、セードーの心臓を抉り抜いた。
「ぁ―――」
キキョウの口から、思わず声が零れる。
血は零れない。だがしかし、セードーの頭上に浮かび上がったHPバーは完全に0を示してしまう。
シャドーマンは素早くセードーから腕を引き抜く。その顔には深い深い笑みが浮かぶ。
ガクリと、セードーの体から力が抜け、彼は膝をつく。シャドーマンが引き抜いた胸には、ぽっかりと穴が開いていた。
両腕をだらりと下したままセードーはシャドーマンを見上げ、無表情のまま小さく呟いた。
「……クソ……」
その一言にどれだけの無念が込められていたのか。彼はキキョウの方を振り返ることなく消えていった。
セードーが消えるさまを、じっと見降ろすシャドーマン
「―――」
ぼんやりとした表情で、彼はセードーが消えた場所を見つめている。
そしてゆっくりとその両手を上げる。
「―――」
その両手は、とても綺麗であった。
「―――ク」
不意に、シャドーマンが小さく震える。
その震えは彼の口からこぼれる笑みと共に次第に大きくなってゆき――。
「ク、クク………クククカァハハハハハハハハハッハハハハハハハ!!!」
そして狂ったような哄笑へと変じていった。
天を仰ぎ見、大きく目を見開き、口を開け、シャドーマンは笑う。
その笑い声はどこか無機質であり、そしてその表情は異様に固い。
だがしかし……シャドーマンは笑っていた。自身の内に浮かぶ何かを表現するかのように。
自らの中に生まれた何かを……必死に表現するかのように。
「―――ッ!!」
キキョウは反射的に棍を構えた。
シャドーマンが何かを始めると、直感で感じたのだ。
そしてその直感は見事に的中する。
「カァ、ハァッ!!」
「ッ!?」
シャドーマンがほとんど予備動作もなしに、キキョウの懐に飛び込んだのだ。
眼前に迫るシャドーマンの拳を、キキョウは素早く棍で打ち払う。
「く……! 光陰――!」
距離を離すべくスキルを発動しようとするキキョウ。
シャドーマンはそれを阻止するように、キキョウの鳩尾に中指を突き立てた。
鈍い音とともに、キキョウの息が止まる。
「かっ……!?」
基本的にスキルは名前を発音することで発動する……。一部を除き、動作発動には相応のプレイ時間が必要なのだ。
息の止まったキキョウの前で、シャドーマンは両手を額の高さに上げる。
空手における鉄壁の構え、前羽の構え。
そしてシャドーマンの両手が、ゆっくりと拳の型を演じてゆく。
「――シィ――」
虎爪、虎口、開甲拳、熊手、鶴嘴拳。
一本拳、拇指拳、喉輪、鶴頭、正拳。
シャドーマンの演武を見て、立ち上がったブルースが叫んだ。
「大きく飛びのけ!!」
「ケホ……ッ!」
その忠告に従い、跳び退ろうとするキキョウ。
しかし、小さな咳払いが彼女の動きを阻害する。
結局、彼女は逃れることができなかった。
「―― オ ウ ギ ――」
外法式無銘空手、奥義、阿修羅閃空撃。
人体を、人の五体を殺すことに長けた外法の技が、キキョウの全身を打ち穿つ。
「キャ……――」
止めの正拳突きが、キキョウの腹部を完全に貫通する。
悲鳴を上げる間もなく、キキョウの体は消滅していった。
「キキョウちゃん!?」
「一撃だなんてそんな……!?」
「てんめぇぇぇぇ!!!」
エタナとミツキが悲鳴を上げる。あまりにも鮮やかな手口を見せたシャドーマンは、ただ笑いキキョウが消えた場所を見つめる。
目の前でキキョウを殺され、逆上したサンが駆けだした。
自慢の健脚がシャドーマンとの距離を一気に詰め、そして大地が砕けるほどに踏みしだいた。
「おりゃぁぁぁぁぁ!!!」
全霊をかけた貼山靠が、空間を激しく叩く。
……そう、空間を、だ。
サンが狙い定め、そして駆け出し、技を放った場所にシャドーマンの姿はない。
シャドーマンは、サンの目の前に立っていた。
「―――え?」
いつ回り込まれたのか。気が付けなかったサンは、呆けたように笑みを浮かべるシャドーマンを見つめてしまう。
シャドーマンは拳を固め、サンの顔面に狙いを定めた。
「えぇい!!」
しかし側面から駆け寄ってきたミツキの腕を躱し、跳び退った。
シャドーマンに掴みかかったミツキは素早くサンを庇い、声を上げる。
「サン! 焦らないで!」
「お、おう……ごめん」
今の一瞬で頭の冷えたサンは、ミツキに詫び小さく頭を振る。
距離を取ったシャドーマンは笑みを浮かべながらも慎重にミツキとサンの様子を窺い。
「シャラァァァァ!!」
後ろから殴りかかってきたウォルフの一撃を難なく捌いた。
「ウォルフ、おい!」
「ウォルフ君!」
「シャァァァァ!!」
ミツキとサンが焦ったような声を上げるが、ウォルフはそれらに構わずパンチを繰り出す。
視認さえ不可能なほどの速さを誇るウォルフのパンチは、しかしシャドーマンにはかすりもしない。
前羽の構えを取り、ウォルフのパンチを捌くシャドーマン。笑みを浮かべる彼には余裕さえ見受けられた。
「んの……!」
自らのラッシュを前にしても笑みを浮かべるシャドーマンに、ウォルフの怒りのボルテージは上がってゆく。
ジャブとフックを絡め、複雑な軌道を描くウォルフのパンチ。まるで複雑な迷路のような機動が、見るものの網膜に刷り込まれてゆく。
しかしシャドーマンはそれをそつなく捌き抜く。迷うことなくウォルフのパンチをすり抜け、一歩前進した。
「ガァァァァ!!」
逆上したウォルフは下から突き上げる様にアッパーを放つ。
大振りのその一撃はシャドーマンにかすりもせず、シャドーマンはウォルフの脇腹に掌打を打ちこんだ。
「……ッ!?」
掌を抉り、衝撃を通すシャドーマン。
ウォルフは悲鳴も上げられずに吹き飛び転がってゆく。
攻撃の隙を突くように、シャドーマンへサンとミツキが駈け寄ってゆく。
「サン!」
「おう!」
二人はシャドーマンの両脇へと別れ、同時に攻撃を仕掛けようとする。
シャドーマンは笑みを浮かべ、そして視線を向けないまま拳を構える。
「だぁ!」
「せぇい!」
サンの崩拳とミツキの拳が、シャドーマンの体を狙う。
二人の攻撃がシャドーマンに触れると見えた……瞬間。
「ごえ!?」
「ぐ……!」
シャドーマンの体から、拳がすり抜ける。
まるで車輪か何かのようにシャドーマンは体を回し二人の攻撃を胴体で捌いたのだ。
二人は互いの攻撃を体に受け、悲鳴と苦痛の声を上げる。
サンは吹き飛び、ミツキはかろうじて踏みとどまる。
――そのミツキの首を、シャドーマンは取った。
「え」
ミツキが驚く暇もあればこそ、彼女の首はゴキリと嫌な音を立てて捻じ曲げられた。
角度は九十度。首の骨を折られたミツキのHPは一瞬で消えさり、その姿も消えてゆく。
吹き飛んだサンは慌てて跳ね起きようとするが、その胸板をシャドーマンは遠慮なしに踏み抜いた。
「ごほっ!? テ、テメ――!」
サンが何かを叫ぶより先に、シャドーマンの手刀がサンの顔面を貫いた。
容易く地面ごと穿たれたサンのHPもまた一瞬で消えさり、砕ける様に体も消え去った。
「――キヒ――」
シャドーマンは小さく呟きながら、顔を上げる。
その視線の先に立っていたのは、ウォルフであった。
「………」
サングラスの奥の瞳を不気味に光らせ、ウォルフはグローブの裾をきつく引く。
より強く、よりしっかりグローブを拳にフィットさせたウォルフは、ファイティングポーズを取った。
それに正対するシャドーマンは、ゆっくりと構えを取る。――セードーが強敵と向き合うときに多用する構え、天地上下の構えを。
「………」
「―――」
ウォルフは無表情のまま。シャドーマンは笑みを浮かべたまま。
しばし互いを睨みあう。
……そして衝突は弾けるような爆音とともに起こった。
「ッ!」
「―――!」
駆けだすのはウォルフ。叩きつけるのは右ストレート。
迎え撃つのはシャドーマン。捌かんと振るう右腕は、虎爪。
「……!」
ウォルフは続けて左ジャブを放つ。
シャドーマンは虎口で凌ぐ。
「―――」
続けて放つジャブは開甲拳、フックは熊手で防がれる。
「ッ!!」
鶴嘴拳、一本拳、拇指拳、喉輪、鶴頭。
シャドーマンの拳は、次々と違う形を演じてゆく。
ウォルフはそれに気づいていたが、一切気にかけることなくパンチを放つ。
「ッシャァァァァ!!!」
そして、シャドーマンの正拳に合わせて渾身の右ストレートを打ち放つ。
「――シィ――」
シャドーマンはまっすぐに正拳を打ちこみ、ウォルフの右ストレートにその先を合わせる――。
……そう、見えたのは、一瞬だった。
弾けるはずの右ストレートの衝撃は虚しく空を打ち、ウォルフは肩透かしを食らったかのようにバランスを崩す。
「ッ!?」
一瞬前は確かに右ストレートを迎撃する機動であったシャドーマンの正拳は、気が付くと右ストレートを掠めるような鋭い手刀へと変じていた。
「――ごふっ!?」
華麗にカウンターを決められたウォルフは、自身の体を貫く衝撃に咳き込む。
吸い込まれるようにウォルフの心臓を貫いたシャドーマンは、至近距離でウォルフに笑みを見せつけた。
「――ニィ――」
「くそがぁぁぁぁぁ!!」
HPが0となったウォルフは叫びながら拳を振るうが、それがシャドーマンにあたることはなく――彼の体は消えていった。
見事闘者組合を撃破したシャドーマンは、ゆっくりと背を伸ばす。
「ク……クハハ……アハハハハハハハ!!!」
シャドーマンは天を仰ぎ見、哄笑を上げ、影の中へと消える様に姿を消した。
……そして、何もできず、声も上げられなかったエタナは力なく地面に尻餅をついた。
「そ、そんな……闘者組合の皆さんが……あんなあっさり……」
「……皆、一様に腕に覚えがあったように見える。この結果は、実に残念だね」
ブルースはエタナを労わるように声をかけ、軽く肩を叩いてやる。
「だが、そういうこともある。彼らとて万能でなければ無敵でもないだろう? 君はただ、彼らを迎えに行けばよい。それが、今君にできることだ」
「………はい」
エタナは小さく頷き、クルソルを弄りどこかへとワープした。
おそらく、ブルースの言うとおりに闘者組合を迎えに行くのだろう。
ブルースはそんなエタナの行動に小さく頷きつつ、振り返る。
ロープで縛られ、倒れていたはずのエイスは、いつの間にか姿を消していた。
「……ふむ。シャドーマンを追ったか、あるいは……?」
ブルースはエイスのその後を少しだけ思案するが、すぐに興味を失いクルソルを取り出した。
「……まあ、よいか別に。セードー君に、シャドーマンに会えた。今日はそれで良しとしよう」
ブルースはそれだけ呟き、その場から消える。
……凄惨ともいえる戦いが行われた証拠は、もうその場には残っていなかった。
……カテ、ナイ。
ワタシデハ、カテナイ……?
カテ、ナイ、ノカ……!




