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log150.シャドーマンとの邂逅

 若干荒れるウォルフを力技で大人しくさせた後、アーヘリアの導きに従い彼が所有する個人用のギルドハウスへとキキョウたちは足を踏み入れた。


「人数に対して狭い部屋ではあるが、我慢してほしい」

「す、すいません。急に押しかけちゃって……」


 肩をすぼめて恐縮しつつ、キキョウはギルドハウスの中を見回した。

 個人用だけあって手狭な印象は否めないが、それでも十分な機能が備わっているように見えた。部屋の奥には工房のようなものも見える。ここがあれば、おそらくイノセント・ワールドで暮らすのに必要な機能は揃うのだろう。狭いと言うが、少なくともキキョウたち分の椅子はある。

 それぞれに腰かけながら、物珍しそうにギルドハウス内を見回していたエタナが、奥で何か作業し始めたアーヘリアへと問いかけた。


「個人用ギルドハウスって初めて入りましたが、お値段はいかほどなのでしょう!?」

「人数割りで考えれば割高になるが、それでも普通のギルドハウスよりは安いよ。ソロプレイにギルドハウスなどいらないというものが多いが、何かしらの拠点があった方が気持ち楽にプレイできるしな。決して高い買い物ではないと私は思うよ」


 工房脇の小さなキッチンから人数分のコーヒーを入れたアーヘリアは小さく笑いながらそれをキキョウたちへと手渡していく。


「さあどうぞ。喉が渇いただろう……というのは、この世界ではおかしいか」

「いいえ。お心遣い感謝します」


 おかしそうに笑うアーヘリアにミツキはそう答え、アーヘリア謹製のコーヒーを啜る。程よい苦みが口の中いっぱいに広がる。

 ブラックのままコーヒーを頂くミツキを見て、マイ砂糖を取り出したサンが不思議そうに問いかけた。


「あれ? ミツキさん、砂糖とミルクは? 五杯はいるだろ?」

「さすがにいきなりそれはできないわよ、サン……」

「ハハ。気にしなくてもよいよ。薄めてがぶ飲みするので、豆は安いからな」


 恥ずかしそうなミツキに快活に笑って見せるアーヘリアは、手近なイスに腰掛け自身もコーヒーを啜りながらキキョウたちへと向き直る。


「さて、シャドーマンについてだったか……。まず奴と遭遇した経緯から話すべきか?」

「そうですね! 今まではほとんど奇襲暗殺に近い形だったと言われているので、もしそれ以外であるなら!」

「そういう意味ではあまり変わらなかったが……初撃を凌いだ後、しばし佇んでいたよ」


 その瞬間を思い出すように、アーヘリアはスッと目を細める。


「なんだろうな……自身の一撃を凌がれたのが不思議で仕方ないという風情だった。おそらく、今までは一撃で落とせたのだろうな」

「ふむふむ……。よくシャドーマンの一撃を凌げましたねー」

「当たり前やん、そんなん。この男、前は覇王なんつー称号で呼ばれとった、PvPの鬼らしいで? 夜襲朝駆け程度、軽く凌いでみせるやろ」


 ズズッと仏頂面でコーヒーを啜るウォルフ。何が気に入らないのか、藪睨みでアーヘリアを見続けている。

 アーヘリアは棘のあるウォルフの言葉に苦笑しつつ、軽く首を横に振って見せる。


「まあ、プレイ経験は否定しないが、それでもだいぶ腕が鈍っていたからね。マンスリーイベントの時だって、ボスステータスあってこそだ。シャドーマンの襲撃も、かなり際どい一撃だったよ」

「ふーん。でも、その一撃は躱したんだ」


 PvPの鬼と聞いてか、サンが俄然アーヘリアに興味を持ち始める。

 少し興奮しているのか、椅子をカタカタ鳴らしながら期待に満ちた眼差しでアーヘリアを見つめている。


「今んとこシャドーマンって一撃必殺みたいだし、一発躱しただけでもスゲーじゃん。どんな攻撃だったんだ?」

「完全な死角からの手刀突きだったな。幸い月が出ていたため影で察知できたが、そうでなければやられていたよ」


 アーヘリアから微かに剣呑な気配が浮かぶ。奇襲された瞬間を思い出したのだろうか。

 その気配はすぐに霧散し、シャドーマンのその後の行動へと移った。


「その後、シャドーマンは首を傾げはしたが、すぐにこちらの方へ向き直り、嬉々として攻撃を仕掛けてきた。手には何も持たず、徒手空拳だったな」

「なるほど……。筋は、如何でした?」


 ミツキの疑問に対し、アーヘリアは少し考える。


「……空手、いや、セードー君が以前見せた筋に似ていた気がする……。そう言えば、彼は今日は?」

「あ……その、実はシャドーマンの騒動で決闘が……」


 その言葉を聞き、アーヘリアは顔をしかめる。


「そうか……。シャドーマン出没から日は浅いのでまだ大丈夫かと思ったが……。いつでも手っ取り早い名声に飛びつく輩はいるものだな」


 以前、似たような騒動に出くわしたことがあるのか、苦言を呈すアーヘリア。


「大方セードー君を倒し、その様を撮って掲示板にでも上げる算段なのだろう。シャドーマンの掲示板は盛り上がりを見せ始めているし、良い燃料投下にはなるだろう。それではシャドーマンは止まらんだろうがな」

「なるべくなら、そうなる前にシャドーマンを捕まえたいんです……。何か、手掛かりはありませんでしょうか?」


 アーヘリアによるありえる未来の想像を聞き、キキョウは切羽詰まったかのような表情で彼へと問いかける。

 しかしアーヘリアの返答は芳しくない。難しそうな顔で、腕を組んだ。


「……どうだろうな。シャドーマンと遭遇したが、どうやらあれ自体が一線を画した存在のようだからな……。いっそ、一度やられて燃料投下してしまえばセードー君自体への興味は薄まるかもしれんな。根本的な解決にはならんが」

「うーん……一ファンとしては、セードーさんの負け記事なんて書きたくありませんね……。それが彼への興味を逸らすためのものだとしても……」


 絶えずアーヘリアの言葉をメモ帳に移しつづけるエタナは浮かない表情で俯いた。

 ……そして、聞き捨てならない一言を漏らしたアーヘリアの言葉をウォルフは逃さなかった。


「……ちょいまち。一線画した? どないな意味やそれ」

「ん? 知っているものかと思っていたが……」


 アーヘリアはクルソルを取り出すと、決闘情報ログを呼び出して、皆に見えるように提示してみせた。


「これがシャドーマンとの決闘を記録したログだ」


“・キ・罕ノ。シ・゛・ネキ霹ョ、キ、゛、キ、ソ。」”


「……なんやねん、これ」


 アーヘリアの示したログを見て、ウォルフはいわく言い難い顔つきになった。

 明らかにおかしい表示、文字化け。何故そんなものが決闘情報ログになんて現れるのだろうか。

 皆一様に顔をしかめるのを見て、アーヘリアは小さく頷いた。


「てっきり他の決闘者たちから同様の話を聞いているものだと思ったのだが、その様子だと知らなかったようだな」

「……そう言えば、決闘情報ログなんてあったのよね」

「全然忘れてました……」


 普段から決闘を行っているせいで、こうした情報ログを確認するという行為自体に思い至らなかったキキョウとミツキは、がっくりと肩を落とす。

 仮にシャドーマンが普通のプレイヤーであれば、これを辿ればあっという間にシャドーマンに元にたどり着けたはずだ。通りすがりの決闘者とフレンドになるには、この決闘情報ログが数少ない手がかりになるのだから。

 ……だが、この分ではログからの情報も期待できなさそうだ。何しろ全文文字化けしてしまっているせいで、この情報がなにを示しているのかすらわからない。

 自身もクルソル上の情報ログを見ながら、アーヘリアは小さく首を傾げた。


「シャドーマンと共にであったエイスによれば、奴はレアエネミーらしいのだがな。あれがエネミーならそもそもこうした情報ログには残らないはずだ。さりとて残った情報もこのザマなせいで、シャドーマンの謎は深まるばかりだよ」

「エイス……? もしや、エイス・B・トワイライトでしょうか?」

「ああ、そのエイスだ。シャドーマンに敗北宣言した辺りで、奴に襲い掛かってな。結果的に、エイスのおかげで私は死なずに済んだわけだ」

「……ん? なんだよあんた、シャドーマンに勝ったわけじゃねーんだ?」


 サンの言葉に、アーヘリアは小さく頷いた。


「ああ。生憎、私もシャドーマンには勝てなかったよ。凌ぐだけなら時間も稼げるが、勝つとなるとLvが足りなかった。今の私はLv8だからな」


 言いながら指差すアーヘリアの頭上の情報は確かにLv8であることを示していた。


「特に急ぐ用事もないので、慣らしも兼ねてゆっくりLv上げをしていたのだが……それが裏目に出てしまったよ」

「なんやおっさん、キャラリセットしてたんかいな」

「ああ。私は強くありたいのではなく、楽しく遊びたいのでな」


 アーヘリアは瞑目し、小さく微笑んだ。


「どんなゲームでも、こうした低レベル時の試行錯誤が楽しいんだ。今のイノセント・ワールドで、今までの戦法が通じるかわからんしな。年をとっても遊びであっても、学ぶことは大事だよ」

「さよか……」


 アーヘリアの言葉に信じられないという風に首を振るウォルフ。

 アーヘリアの引退時のLvがどのくらいかはわからないが、PvPにおいて頂点に立っていたということはLv80は超えていた可能性が高い。そこまで到達するのに……廃人様であれば一週間もあれば十分だろうが、一般人であれば半年以上かかるのがざらだ。そしてそこからLv100まで到達するのに一年以上かかるなんて話すらある。もしアーヘリアのLvがカンストしていたのであれば、そうして積み重ねた時間をすべてなかったことにしてしまったということだ。容易に決断できることではあるまい。

 しかしアーヘリアはなんてことなさそうに言ってのける。


「何、ギアも属性もリセットされるが、遺物兵装(アーティファクト)は残っている。いつもの大剣からツッコミ用の便所スリッパにまでなれるこれ一本さえあれば、他には何もいらないよ」

「何それ怖い。つか便所スリッパってなんだ……」


 自信満々のアーヘリアの言葉に、サンはいわく言い難い顔になる。その隣のウォルフに至っては渋面を隠しすらしない。

 まあ、自身を引き裂いた双刀とツッコミ用の便所スリッパを同等として語られてはたまったものではないだろう。

 ややずれ始める話の軌道の修正をエタナが咳払いと共に試みる。


「……ま、まあ、アーヘリアさんがどんなキャラリセットしたかは置いておきましょう。それよりシャドーマンって、プレイヤーではなくレアエネミーということでよろしいのでしょうかね?」

「おそらくそうなのだろうな。決闘場(バトルドーム)も出ていない。……にしては、人間らし過ぎる気もするが」

「……と言いますと?」

「明確な根拠を示せるわけではないが……先に言ったように、動きの筋がセードー君に似ていた。彼の強さは積み重ねてきた技術が支えるものだが……未だゲーム内エネミーAIが到達できない領域の一つだ。仮にシャドーマンが模倣とはいえ、彼の技術を使えるとなれば……相応のアップデートなりなんなりがあってもよさそうなものなのだがな」


 アーヘリアの言葉に、皆黙り込む。

 セードーの技術……彼が磨く空手の技。それはただ形だけをなぞればよいというものではない。アーヘリアが言うように、常の修練の積み重ねこそが、技を鍛え、その練磨こそが強さとなるのだ。

 技術が発達し、人の精神がこうして電子上に投影できるだけの時代になっても、未だに職人の技を完全再現できる人工知能というものは開発されていない。それだけ、人間の熟練の技というものは高度で複雑なものなのだろうが……。


「……だったら、シャドーマンって……なんなんでしょうか……?」

「……さて、な……」


 キキョウがポツリと問いかける。

 その問いに応えられるものは、その場にはいなかった。




なお、個人用“ギルドハウス”とは言うが、基本的にはシェルターのようなものらしい。

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