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log15.激闘

 クリティカルヒットを発生させたときに響き渡る快音が、辺りに木霊する。

 目を直接打撃されたサイクロプスは悲鳴を上げながら仰向けに倒れていく。

 セードーは落下する途中で、傾いだサイクロプスの胸へと着地した。まるで鋼鉄か何かを踏んだ感触に、セードーは顔をしかめる。


「っと」


 ゆっくりと傾いていくサイクロプスの体を駆け、セードーはそのまま地面に着地する。

 轟音を響かせて背後で倒れるサイクロプス。それを尻目に距離を取ろうとすると、サンシターが大声を上げた。


「あ、あー! 肉質が軟らかくなってるであります!!」


 響き渡る声にセードーがそちらの方へと顔を向けると、サンシターは食材の見極め(クッキングサイト)を片手に、サイクロプスを見ていた。

 騒ぐサンシターを見て、リーダーが彼に問いかけた。


「肉質……ですか? どういうことです?」

「ええっと、ええっと……とにかく攻撃が通りやすくなってるであります! 今なら100%ダメージが通るであります!」

「しからば」


 セードーはサンシターの言葉を信じ、離れかけていたサイクロプスの体に振り向きざま正拳突きを叩き込む。

 鋭い打撃音と共に拳に伝わってきた感触は……柔らかいサンドバックを叩いた感じに近い。先ほど踏んだ胸板と同じ肉体の持ち主だとは思えないほどだ。


「きっと目玉を攻撃するのをトリガーに、肉質が変わったのであります! 攻撃するなら今がチャンスでありますー!」

「なるほど、そう言うことか」

「てやぁー!」


 サンシターの言葉に感心するセードーに続くように、勇ましい掛け声とともにキキョウがサイクロプスの体へと攻撃を打ち込んだ。

 そのまま攻撃を続ける二人を見、サンシターの言葉に頷き、リーダーは声を張り上げた。


「みんな! 彼らの言葉と行動を信じて! 今こそ好機だ!」

「「「「「おおぉぉぉ!!!」」」」」


 リーダーの言葉を信じ、プレイヤーたちが一斉にサイクロプスへと群がっていく。


「おらぁ!」

「ファイアボール!」

「でりゃぁ!!」


 剣。斧。槍。刀。弓矢。魔法

 あらゆる武器が、攻撃魔法が。

 無防備なままのサイクロプスの体を滅多打ちにしていく。

 プレイヤーが攻撃を打ち込んだ場所に赤いエフェクトが現れ、そして消えていく。

 斬撃音が鋭く響き、打撃音が高らかと鳴る。そして爆発音があたりに木霊する。

 サイクロプスのHPバーがみるみる減っていき、その割合が半分を超えた……瞬間。


―ゴアァァァァァァァアアァァ!!!!―


 爆音と聞き間違えるかのようなサイクロプスの咆哮が辺りに響き渡る。


「ぐぉ……!」

「きゃっ!?」


 突然の爆音に、思わず耳を塞ぐセードーとキキョウ。

 彼らの眼前に横たわっていたサイクロプスの腕が、ゆっくりと上へと上がっていった。


「む……!? 危ない!」

「え、きゃぁ!?」


 セードーは慌ててキキョウの体を抱え上げ、その場から飛び退く。周りにいたプレイヤーたちもまばらに離れていくが、何人かは逃げ遅れてしまう。


 バゴォンっ!!


 逃げ遅れた哀れなプレイヤーたちは、あらんかぎりの力で振り下ろされたサイクロプスの手のひらの下敷きになり、死に戻る。

 サイクロプスは顔を俯かせたまま、膝立ちで起き上がる。

 だが、様子がおかしい。先ほどの咆哮から一転、黙ったまま俯いている。

 その姿はどこか……嵐の前の静けさを感じさせた。


「……なんだ?」


 回避したセードー。そして周りのプレイヤーたちの目の前で、サイクロプスの体に変化が現れる。

 全身の血管が浮かび上がり、蒼黒かったその体表がそれに合わせて紅く、灼熱を思わせる色へと変化してゆく。

 つま先から頭の先まで、体色の変化が終わり、サイクロプスは顔を上げた。


―ゴアァァァァァァァ!!!!―


 その目はもはや白目も黒目も判別付かぬ、黄色一色へと変じてしまっている。

 牙をむき出しにし、吼え猛るサイクロプスのその姿は、誰がどう見て怒り狂っているようにしか見えなかった。


「……思っていた以上に沸点が低いな」

「そ、そんなこと言ってる場合じゃ!?」


 お姫様だっこで抱え上げられたキキョウが、どこかとぼけた様子のセードーへと慌ててツッコミを入れる。

 サイクロプスは怒りの咆哮を上げたまま、先ほど自らの目へと一撃をくれたセードーへと向けて拳を打ちこんできた。


「チッ」


 セードーは小さく舌打ちすると、キキョウを抱えたまま軽く飛ぶ。

 そして迫る剛腕に対し、足を回しながら合わせて拳の軌道ではなく、自らの体を捌く。

 そしてそのまま危なげなくサイクロプスの一撃の傍に着地し、一足飛びで離れながら小さく呟いた。


「足廻し受け……役に立つ日がこようとはな」

「す、すごいです! ……それはそれとして、下してください!」

「すまん」


 妙技を見ることができたキキョウは若干興奮しながらもそう懇願する。

 セードーはキキョウを優しく地面に下しながら、サイクロプスの様子を見る。

 セードーに一撃打ち込んだサイクロプスは、そのまま自らの周囲にたむろするプレイヤーたちに襲い掛かる。

 先ほどまでは足踏みを中心としていたサイクロプスの攻撃が一転、地面をはい回りながら手を使って叩き潰すようなスタイルへと変貌した。


「うおぉぉ!?」

「きゃぁぁ!!」


 素早く這い回り、プレイヤーたちを叩いて回るサイクロプスの姿は滑稽にも見えるが、その素早さは驚異の一言だ。

 ほんの一瞬で十人以上のプレイヤーたちが蠅か何かのように叩き潰されてしまう。

 遠目に見ていたリーダーたちの元にも、サイクロプスの猛撃が迫る。


「う、うおぁ!?」


 リーダーの周りを固めていた者たちは、迫るサイクロプスの脅威に慌てて逃げ出す。


「く……来るがいい! 化け物め!」


 リーダーはキッとサイクロプスを睨みつけると、手にした剣を持ってサイクロプスを迎え撃とうとする。

 だが、結果は火を見るより明らかだ。迫るサイクロプスの一撃に対し、小柄ともいえる少年の一撃が通用するはずもない。


「あぶなぁぁぁぁいぃぃぃぃ!!」


 だが、リーダーが叩き潰される一瞬前に、駆け抜けたサンシターがその体を引っさらう。

 体当たり気味にリーダーを救ったサンシターは、転がるようにサイクロプスの攻撃範囲の外へと逃れる。

 リーダーは呆然としながらも、自らを助けてくれたサンシターを見上げて礼を口にする。


「あ……ありがとうございます」

「いいいい、いいえ!! どういたしましてでありますゥゥ!!」


 サンシターは悲鳴を上げつつ、それでも片目につけたままのモノクルを通して得た情報を周りのプレイヤーたちへと伝える。


「みみみ、皆さまぁぁぁぁ!! い、今のサイクロプスの肉質は良く攻撃が通る肉質でありますぅぅぅ!! 減衰率-100%!! つまり攻撃が二倍になって通るであります!! 倒すなら、今がチャンスでありますぅぅぅぅ!!」

「……っつってもお前……」


 大剣を担いだ戦士が、暴れまわるサイクロプスを見ながら呆れたように呟く。

 四つん這いのまま辺りをはい回るサイクロプスは、見た目はともかく機動性は驚異的だ。

 主な攻撃は手を使った叩き潰しであるが、膝をついたままの足も近づくだけで弾き飛ばされてしまうほどの猛威を振るっている。


「あれにどうやって攻撃しろってんだよ」

「どうにかであります!!」

「なんでそんな力強く断言するんだお前」


 戦士は呆れたままにサンシターを見やった。

 そんな彼の頭上を、鋭い一撃が通り過ぎて行った。


「――どんな攻撃もよく通るってことは」


 肩目を瞑ったままの弓兵は、ニヒルに笑いながらサンシターへと問いかけた。


「これっぽっちの矢の一撃も通るってことでいいんだよな?」


 ホークアイの一撃はサイクロプスの肩へと突き刺さり……そのまま肉を穿ち、抉り削り、そのまま向こう側へと突き抜けていった。

 赤いエフェクトが大量に吹き出し、サイクロプスが悲痛な咆哮を上げた。


「ヒュゥ。よく通るじゃねぇか」

「あわわわ……」


 サンシターは慌てたように持ってきていた肩掛け鞄の中を探る。

 サイクロプスはぎろりとホークアイの方を睨むと、動かなくなった肩を庇いながらそちらの方へと迫っていった。


「っと、ヤバいかね?」

「ヒ、ヒェエエ!?」


 ホークアイはそのまま撤退しようとする。が、サンシターは逃げようとはせず鞄の中からコルクで栓をした試験管を何本か取出し、サイクロプスへと投げつけた。

 迫るサイクロプスの顔面に試験管が辺り、中身が零れる――。


 チュドォォォン!!


 と、同時に紅蓮の爆火を上げ、顔面を爆ぜさせる。


「……あんたこんな道具持っててなんで使わないの」

「切り札であります! 今の三本しかなかったのでありますよ!!」


 ホークアイの言葉に、泣きそうな顔で叫ぶサンシター。

 だが、今の爆発でもサイクロプスは怯まない。なおも迫りくる巨人の肉体。


「ヒエェェェ!!」

「っと、根性あるなオイ!」


 今度こそ逃げ出すホークアイとサンシター。

 そんな彼らを守るように、リーダーが剣を構えてサイクロプスに立ちはだかった。


「今度は逃げない……! 僕の剣を受けてみろぉ!!」

「おいおい、無理すんなよ?」


 剣を構えるリーダーの姿に、ホークアイは呆れたような声をかける。

 ……そんな彼の視界の端に写る、二人の人影の姿。


「ん……?」


 キキョウと、セードー。

 サイクロプス攻略の突破口を開いた二人が、素早くサイクロプスの体の下へと回りこんだ。

 このままでは、轢かれてしまうこと必至だろう。


「今度はなにする気だ……?」


 ホークアイは逃げる足を止め、二人の姿を注視する。

 セードーはサイクロプスの真下に。キキョウは移動に使われている残った腕へと近づいていく。

 サイクロプスがまた一歩進もうと腕を振り下ろした瞬間、キキョウは飛び上がる。


「――橘流杖術――」


 そして自分の体に回すように手にした棒を強くしならせ、狙い澄ましたようにサイクロプスの肘関節を打ち据える。

 サイクロプスの関節はその一撃に耐えられず、砕け散った。


「紫電打ち――」


 小さく呟きながら、キキョウは着地しそのまま離れる。

 砕けた肘ではサイクロプスの巨体を支えきることは叶わず、その体躯はそのまま地面へと倒れ伏していく。

 それを好機と見て、リーダーは駆けだす。

 同時に、サイクロプスの真下、ちょうど鳩尾の辺りに構えたセードーは拳を握り、固める。


「やぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 大きく刃を振りかぶるリーダー。

 そして、見開かれたサイクロプスの瞳に向かって刃を振り下ろす。

 ――その刃が、突き刺さる寸前。


「――無銘外法式空手――」


 固めた拳を引き絞るセードー。

 そして倒れるサイクロプス。

 頭上に迫りくるその巨体に対して、己の技を解き放った。


「正空正拳突きぃぃぃぃぃぃ!!」


 頭上に向けて打ち込まれた正拳が、サイクロプスの鳩尾を打ち据える。

 それと同時に、リーダーの刃がサイクロプスに突き刺さった。

 辺りに響き渡る、クリティカルの快音。


―ゴアッ……!!―


 呻くサイクロプス。

 その頭上に浮かぶHPバーは、ついに底を突き。


―ガァァァァ………!!―


 悲鳴一つだけを残して、サイクロプスの体は微塵に砕け散っていった。

 リーダーは身を翻し、剣を高く掲げ上げて、声高く叫んだ。


「見たか、化け物! これが僕の……! 僕たちの力だぁぁぁぁぁ!!」

「や、やった……!」


 ついに消滅したサイクロプスの姿と、その場にいた全員の耳に同時に聞こえてくるクエスト達成を知らせる鐘の音。

 そして頭上に広がる蒼い空が、その場にいた脅威が完全に払しょくされたことを、何よりも鮮明に知らせてくれた。


「やったぁぁぁぁぁ! やったぞぉぉぉぉぉぉ!!」

「「「「「わぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」」


 皆が皆、諸手を上げ、抱き合い、歓声を上げる。

 ついに、強敵であったサイクロプスを打ち倒したのだ。

 歓声を上げながら、何人かはリーダーの元へと駆けつけ、あるいは傍にいたパートナー、パーティメンバーと喜びを分かち合う。

 残心を残すセードーの元にも、キキョウが駈け寄っていった。


「セードーさん! やりましたね!」

「ああ」


 喜びの声を上げるキキョウに短く応えるセードーであったが、その顔には隠しきれない喜びが浮かんでいる。

 そんな彼らの傍に、ホークアイもまた近づいてきた。


「よう、ご両人! やったなぁオイ!」

「ん、鷹の目か」

「ホークアイさん!」


 へたり込んだままだったらしいサンシターを引きずりながら、ホークアイはにやにやと笑ってセードー達に声をかける。


「そっちもご苦労様。お前が正確に奴の肩を破壊しなければ、もう少し時間がかかっていただろう」

「ヘッ。これが俺の実力、って奴よ……まぁ、お前さんらにゃ敵いそうにないが……」


 ホークアイは自嘲するように呟きながら、サンシターの腰を打つ。


「ホレ、しっかり立ちな! あんただってしっかりやってたろうに!」

「いえ自分ほとんど役に立たなかったでありますし!?」

「そんなことないです! サンシターさんの爆弾がなかったら、私たち追いつけませんでした!」

「それに、肉質の事も助かった。あれがなければ、目を打つこともなかったろう」


 キキョウとセードーに代わる代わる褒められ、サンシターは縮こまりながらも、小さく頷いた。


「きょ、恐縮であります……」

「ヘッ。謙虚というかなんというか……」


 ホークアイはそんなサンシターの様子を笑いながら、ゲートに向かって歩き出した。


「ホークアイ?」

「サイクロプスぶっ倒したら、こんなとこにゃ用はねぇしな」


 素っ気なくそう言いながらも、ホークアイは軽く片手を上げて振り返る。


「……だがまあ、これからもまた会うこともあるだろ。そん時にゃ、よろしくしてくれや」

「うむ。また会おう、鷹の目」

「はいです!」


 それぞれに返事を返す二人に笑みを返しながら、ホークアイはゲートへ消える。

 そんな彼の背中を見ていたサンシターも、ふいに跳ね上がった。


「はぅあ!? わわわ、わかっているでありますよマコ!?」

「? どうした?」

「ギルドチャットでマk……いえ、ギルメンに今すぐ帰って来いと怒られたであります……」

「そうですか……じゃあ、ここでお別れですね」


 周りを見れば、ホークアイのようにゲートへと向かう者が多数いる。

 中には新たにパーティを組む者たちもいるようだが、半分以上はゲートからミッドガルドへと戻っているようだった。

 そんな者たちの中に混じりながら、サンシターは手を振って別れを口にした。


「それでは自分も行くであります! 機会があれば、ギルド“異界探検隊”を訪ねてほしいでありますよ!!」

「ああ、そうだな」

「また会いましょう、サンシターさん!」


 手を振り、そのままゲートの中へと飛び込むサンシター。

 そんな彼を見て、それからセードー達は顔を見合わせた。


「……では、俺たちも戻るとしようか」

「はいです! カネレさんたちに、会いに行きましょう!」

「ああ」


 笑顔でそう言うキキョウに微笑みながら、セードーもまたゲートへと向かう。

 ……強大な敵を倒すというクエストをこなしたシーカー達を、蒼い空はどこまでも祝福しているようだった。




なお、ここまで()をからませる予定はなかった模様。

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