log148.警察系ギルド
闘者組合がシャドーマンに関する情報収集を行ってから数日。
シャドーマンの犠牲者は順調に増え、シャドーマンの足跡を辿り切ることもできず、何とも言えずもどかしい日々が続いた。
あれからもシャドーマンの噂や情報、そしてシャドーマンに襲われたプレイヤーとの接触を持ち、精力的にシャドーマンの足跡を追い続けた。
しかし、シャドーマンの姿を見るどころか、影を踏むことさえできなかった。襲われた人間たち曰く、唐突に現れ、そしてあっさり殺されてしまった……というものがほとんどだ。よほど不意を打つのに長けているのか、あるいは人の目に写らぬほどに素早いのか……。今のところ、犠牲者は全てシャドーマンによってリスポンに追い込まれている。その手腕に関しての情報は今のところ、素手であるという以上の情報は上がってこなかった。
闘者組合によるシャドーマンの捜索は早くも暗礁に乗り上げたと言ってよいだろう。こうも情報が集まらないと、次にどう動くべきかがはっきりしない。
おかげでウォルフは焦れて荒れ始めるし、サンなどは退屈だと不満を口にし始める始末であった。
もちろん、彼らに非があるわけではない。PK行為を繰り返すシャドーマンを止めようというのは誰かに依頼されたわけではない。あくまで闘者組合の皆で自主的にシャドーマンをどうにかしようとなっただけだ。遊ぶためにゲームをプレイしているわけで、あまり一つのことに固執して根を詰め過ぎてもよくはないだろう。
というわけで、闘者組合のシャドーマン捜索は一時休憩となった。
「はぁ……。潮風が気持ちいいです……」
「ああ……そうだな……」
ヴァナヘイムにある、渚のカフェでくつろぐセードーとキキョウ。二人はとりあえずヴァナヘイムのカフェめぐりをしてみることにした。
ここに来てすぐ闘者組合入りを果たし、その後は交流を深めるという建前で闘者組合内でのスパーリングを繰り返していたため、ヴァナヘイム内のカフェやレストランをゆっくり回っていなかったのだ。
魚料理がおいしいヴァナヘイム、市内めぐりをしないのはもったいないと思っていた二人だ。
ゆるりと潮風がヴァナヘイムを駆け抜け、その心地よさに二人は瞳を閉じて風を感じる。
「………」
「………はぁ」
キキョウは小さくため息をついた。
現在、イノセント・ワールドにログインしているのはセードーとキキョウ、そしてサンの三人だ。
サンは現在、先日のギルド同盟を通じて仲良くなったプレイヤーたちとの狩りに出かけている。ここ数日のストレスをモンスターで発散するのだと勢い込んでいた。
ウォルフとミツキも後からログインしてくる予定だが、合流するかどうかは未定だ。ウォルフはいささかストレスが溜まっていたようだし、ストリートファイトに興じるかもしれない。
ミツキは、サンと同じようにフレンドと狩りに行くかもしれない。今日はシャドーマン捜索は休憩なので、細かい予定を伝え合ってはいないのだ。
ゆっくりとよく冷えた飲み物を口元に運ぶ二人であるが、しかしその顔色は優れない。
「シャドーマン、見つかりませんね……」
「ソロで活動しているとなると、おそらく見つけるのは至難の業だろう。何らかのギルドに所属しているとか、横のつながりがあれば意外なところから見つけられるかもしれんが……」
ポツリと口を突いて出るのは、シャドーマンのことだった。
いくら捜索を休憩するとはいえ、頭の中からシャドーマンのことが消えてくれるわけではない。
あれからも、時折掲示板上に「シャドーマンの正体はセードーというプレイヤー」という書き込みが現れ、最近ではあまりのしつこさに“仮称S君はシャドーマンなのか?”なるスレまで建てられる始末……。一応隔離スレの意味合いが強いのではあるが、真面目な検証も行われているようで、セードーの元にそう言った検証マンが殺到する日も近いのではないかとローワー辺りは呟いている。
そして何よりシャドーマンのことを忘れさせてくれないのは――。
「――シャドーマン! 見つけたぞっ!!」
突然響き渡る叫び声。それとともにセードーの口からこぼれるため息。
軽い瞑目ののちにセードーが顔を上げると、何故かドヤ顔を決めた皮鎧の似非騎士がそこに立っていた。
輝かんばかりのドヤ顔でセードーを指差す似非騎士は、嬉しそうにこう叫ぶ。
「ここで会ったが百年目! 今日こそ貴様の凶行、PK行為を止めてくれる!」
「そうかそうか。それはご苦労様……」
セードーはカフェの迷惑にならぬよう立ち上がり、ゆっくりと立ち位置を移動する。
割と素直にセードーがカフェから離れてゆくのを待った似非騎士は、腰から剣を抜き払い空を移動する太陽を指し示す。
「貴様の凶行は天が許しても俺が許さない! 正義のギルド“ジャッジメントブルース”のジャッジが、貴様を裁く!! いざ尋常に勝負――」
それが決闘を申し込むための決闘宣言だったのだろう。セードーの視界に決闘の二文字が現れる。
そのタイミングを逃さず、セードーは呟いた。
「その決闘を請け負う」
短く、しかしはっきりと意味の分かる言葉で告げられたのは決闘宣言の返礼。
現れるのは決闘場。決闘宣言がすべて終わり切っていなかったのか、展開された決闘場に、似非騎士は驚いたように辺りを見回した。
「え? ちょ――」
それ以上似非騎士が何かする前に、セードーは拳を握りしめ、地面を力強く蹴る。
爆ぜるような爆音とともにセードーの姿が掻き消え、一瞬で似非騎士の後ろへと突き進んだ。
「猛進正拳突きぃッ!!」
「おばぁっ!?」
見事に水月に決まった正拳突きによって、真上へと吹き飛ぶ似非騎士。クルクルと面白いポーズで宙を舞う彼は、そのまま頭から地面へと落着。その一発でHPが完全に0となってしまった。
決闘場が消滅するのに合わせて座っていた席に戻ったセードーは、深いため息をついた。
「これで五回目……。Lvも腕も大したことがないのは幸いだが、こうも連続すると辟易するな……」
「そうですね……。やっぱり、セードーさんが疑われてるんですね……」
ずるずると仲間と思しきプレイヤーに引きずられてゆく似非騎士を胡乱げな眼差しで見送るセードーと、そんなセードーの機嫌を窺うキキョウ。
こうしてセードーがシャドーマンと疑われ、辻決闘を申し込まれるのは今日だけで五回目だ。こうした辻決闘は以前からもあったものだが、ここ数日は特に多くなってきている。
その目的は、皆一様に“シャドーマンを止めること”。彼らはイノセント・ワールド内の治安維持を行っていると公言する、いわゆる警察系ギルドだ。ゲーム町内の警備隊は直接的行為でゲーム内規約に反したり、何らかの直接的マナー違反・セクハラなどは取り締まれるが、ラインがあいまいな詐欺に近い行為や、プレイヤー同士の単なるいさかいなどに介入することはない。そう言ったゲームを運営する側が取り締まれない悪事や荒事を解決するのが警察系ギルドと呼ばれるギルド群だ。リアルの警察のように、何らかの法によって動くわけではないが、少なくともゲーム内における問題を解決するべく動く彼らは、イノセント・ワールド内の治安維持に一役買っているのである。
そのため彼らには別に悪気があるわけではなく、セードーとしては邪険にしづらい。なおかつイノセント・ワールド内のマナーには則っているので運営への通報も躊躇われる。たとえ相手がPK行為をしている疑いがあってもまずは決闘で話し合うのがイノセント・ワールド流なのだ。
カランと溶けた氷が鳴らす音を聞きながら、セードーは顔を伏せる。
「ミスターによれば、本気で俺を潰しに来るなら同Lv帯の人間など寄越さんだろうし、まだ本腰ではないのは好材料だろうな……」
「そうですね……。きっと初心者への幸運の皆さんが頑張ってくれてるんですよ」
こうしたセードーに対する圧力や、シャドーマン狩りを偽った二次被害を防ぐべく動いている初心者への幸運。彼らのおかげで、イノセント・ワール内のPK騒動は必要以上に荒れずに済んでいると言われている。初心者への幸運の者たちが、各ギルド間を渡り歩き、何らかの協定を結んで回っているとも言われている。
その協定のおかげでギルドそのものは動いていない……だが、個々人の意志まで縛れるわけではない。いわば今のセードーへと立ち向かってくるプレイヤーは、血気に盛った若者といったところだろうか。
「叶うならば、GM達には自らのギルドメンバーの手綱を握ってもらいたいものだが……」
「やっぱり完全には難しいんでしょうか……」
小さくため息をつき、グラスの中身をかきまぜるキキョウ。
セードーと共に動く彼女としても、彼が五回も警察系ギルドに決闘を挑まれては気が気ではない。
セードーは挑まれた決闘は丁寧にすべて返り討ちにしているわけだが、そのうち警察系ギルドが本腰を入れてしまわないか心配なのだ。
不安を募らせるキキョウ。そんな彼女のクルソルが不意に軽快な音を鳴らした。
「っと?」
「どうした?」
「いえ、メールが……」
不意に送られてきたメールを開き、中を確認するキキョウ。
差出人はエタナ。そしてその内容は驚くべきものであった。
“シャドーマンに遭遇して、生きて帰れた人がいるんだそうです! これから会いに行くんですが、一緒にどうですか!?”
「え……!? セードーさん、シャドーマンに会って生き延びた人がいると、エタナさんが!」
「本当か? なら、さっそく――」
キキョウの言葉に腰を上げるセードー。
そんな彼に、声をかける者たちが現れる。
「……お前がシャドーマンだな?」
目深にフードをかぶったプレイヤーが三人。
口元程度しか見えないが、少なくとも有効的な手合いでなさそうなのは、不自然に膨らむジャケットの内ポケットを見ればわかった。
キキョウが立ち上がり、お会計を済ませてセードーへと振り返る。
「セードーさん!」
「……この調子では、幾度も足止めを食いそうだ」
セードーは疲れたようにため息をつきながら、キキョウに背を向け、突然現れた男たちと正対する。
「キキョウ、先に行け。話を後で聞かせてくれ」
「……わかりました。集合場所は、ギルドハウスで!」
「わかった」
キキョウは一瞬だけセードーの身を案じるが、それよりもエタナの得た情報を確認するべく駆け出した。
キキョウが去るのを背中で感じながら、セードーは目の前の三人組を睥睨する。
「――その決闘、請け負うぞ?」
声色の奥に、冷然とした気配をにじませながら……。
なお、カフェではサラダなどが人気の模様。




