log145.円卓の騎士たち
「いやぁ、助かったよアスカ」
「気にしないでくれ、カレン。私も、暇だったんだ」
ヴァル大陸の端の方、アルフヘイムを越えた海岸沿いの広陵付近でテントを張ったプレイヤーが二人いた。アーチャーのカレンと、ナイトのアスカ。前回のマンスリーイベント時、ふとしたきっかけで知り合い、こうして共に冒険をするようになった仲である。
ちなみにテントを張ることで、次回のログイン時にスタート場所を、テントを張った付近にできる。いちいちダンジョンへの移動を繰り返さなくて済むため便利なのであるが、食糧に関しては現地調達になってしまうため、相応の準備は必要になる。
焚火を挟み、簡単な料理を作成しながらカレンはアスカを見やる。
「にしても、てっきり普段もあの仰々しい鎧着てるのかと思ってたのに……初めてその格好見たときは本気でだれかわかんなかったよ」
「言わないでくれそれは……。私だって、着たくて着ているんじゃない」
カレンにそう言われるアスカは、微かに頬を膨らませながらそっぽを向く。
彼女が所属するギルドは円卓の騎士といい、彼女はその中でも総隊長親衛隊と呼ばれる役職を持つ。
基本的にギルドシステムには役職に関するシステムはない。GMが自身の持つ機能を代行という形で別のギルドメンバーに割り振ることで、疑似的に役職を与えることができる程度だ。
しかしロールプレイングゲームでそれは面白くない。そのため、ギルドの中には自分たちで役職を定め、それをギルドメンバーへと割り振っているところもある。
円卓の騎士などはその典型であり、総隊長親衛隊と呼ばれる役職を作り隊員には専用の装備を配備している。特殊な役職にはそうした特別な装備を配備することで、他のギルドメンバーとの差別化を図るわけである。
もっとも、そうした特別な装備は大抵は見た目だけを変更するための“アバター装備”と呼ばれるものなのだが。
「そもそも、あのアバターの下にはいつもこの装備を着ているんだ。そして親衛隊としての仕事をしていない間はアバターを脱いでも何ら問題はない」
「へいへい、そうですねー」
ムキになって反論してくるアスカの言葉を、カレンは軽く聞き流しておく。
ちなみに今のアスカは無骨な板金鎧を纏い、マントを羽織ったごく普通の騎士姿。この様相を見て、彼女が円卓の騎士の総隊長親衛隊であると見抜くのは難しいだろう。
焚火の上にある鍋の煮え具合を確認しながら、カレンは少し拗ねてしまったアスカへと問いかける。
「まあそれは抜きにしても、あんたが応じてくれてホント助かったよ。うちのギルド、近接型が二人しかいないせいで引っ張りだこでね。こういう、個人的な用事で連れ出すのが難しいんだ」
「……気にしないでくれ。さっきも言ったけれど、今の私は暇だからな」
アスカは小さくため息をつきながら、焚火の中に薪を放り込む。
火の勢いが増し、料理の完成までの時間が短くなるのを見つめながら、アスカは膝を抱え込む。
「……本当に、暇でな……」
「……どうしたんだい、いきなり」
明らかにおかしいアスカの様子に、カレンは訝しげに問いかけた。
いくらなんでも暇暇言い過ぎだろう。ゲームは時間の空いた時にやるものだ。今現実が暇なのは確かだろうが……。
カレンの問いかけに対し、アスカはポツリとつぶやいた。
「……最近、うちのギルドがおかしいんだ」
「あんたのギルドがおかしいのは割と昔からな気がするけど」
「そういうことではなくな?」
あっさりとしたカレンの返しに、アスカは若干憤慨する。
だがすぐに視線を鍋に落とすと、ポツリポツリと話し始める。
「……最近、うちのギルドにギルドメンバー以外が出入りしている様なのだ」
「それって、入団希望者とかじゃなくて?」
「いや。というより、うちのギルドは今入団者を募っていない。GMであるランスロット君が管理しきれないからな。……おそらくは、建前なのだろうが」
年若い……というより幼いと言い切れるランスロットの容姿をカレンは思い出す。
確かに小学生の低学年かいいところ中学年程度にしか見えないランスロットでは、かなりの人数を抱えているはずの円卓の騎士の舵取りをするのは難しいだろう。
「ふーん。……建前ってことは、本音は?」
「……さあな。ノースの奴が円卓の騎士の中身を弄ってしまったせいで、私は上の連中がなにを考えてるのかよくわからない。穿って考えるなら、自分にとって都合の悪い要素が入らないようにしているんじゃないか?」
捨て鉢になった風情でアスカはそう呟く。
アスカの中身を弄った、という言葉を聞いてカレンは少し気になった。
「そういや、円卓の騎士って昔はどんな感じだったんだ? あたしがこのゲームはじめたの、二年くらい前なんだけど、始めた頃はそこまで悪い評判じゃなかったじゃないか」
「円卓の騎士の昔か? 昔は良かったよ」
膝を抱えたまま、アスカは懐かしむ眼差しで鍋を見つめる。
「フォーカード……キング・アーサーを筆頭にした四人のトッププレイヤーたちと、スートの皆……あの頃は楽しかったなぁ……」
「フォーカード……確か、キング、クイーン、ジャック、エースのスートで呼ばれてる、四人のプレイヤーだっけ?」
「ああ。キング・アーサー、クイーン・ローズ、ジャック・アンナ、エース・アルト……。ジャックとエースは入れ替わりがあったらしいが、歴代のフォーカードの中でも、最も優れていたとされる四人の時代だ。円卓の騎士の古株に聞いても、彼らがいる時が最盛期だと皆頷いたものだ」
小さく、アスカが微笑む。きっと、その頃の円卓の騎士を思い出しているのだろう。
鍋をお玉でかき混ぜて具合を見ながら、カレンはアスカにさらに質問を投げかける。
「じゃあ、スートって? そっちは初めて聞いた」
「スートはトランプのマークを示す言葉で、フォーカード直下の十人のプレイヤーたちのことだ、今でいう、総隊長親衛隊だよ。……親衛隊ほど、格式ばったものじゃないけれど」
完成した鍋をカレンが椀によそい、アスカに手渡す。
手渡された椀を見下ろしながら、アスカは説明を続けた。
「ハート、ダイヤ、スペード、クラブ、それぞれのスートごとに1から10の数字が割り当てられたチームで、円卓の騎士の中でもそれぞれのスートが示す分野に特化した集団だったよ。そしてスートのトップに立つのが、フォーカードさ」
「へー。ってことは、数字のナンバーがそのままスート内の順位だったのか?」
「そうだね。当時で言うなら、私はスペードの1だった。スートの数字は大きい方が順列が高い。この辺りは、トランプの役で考えるとわかりやすいよ」
「へぇー。アスカって、昔は下っ端だったんだねぇ」
意地悪そうな笑みを浮かべるカレンに、照れたようにアスカは笑い返す。
「いってくれるなよ。スペードは戦闘特化のスートだったから、1でも入るのに苦労したんだぞ?」
「へー、スペードが戦闘特化だったんだ。じゃあ、他のスートは?」
「クラブが補助特化、ハートが交流特化、ダイヤが資金収集特化だったね」
「補助と交流はなんとなく分かるけど、資金収集特化ってなんだよ?」
「早い話がギルド資金の収拾に特化していた人たちだよ。武具職人や料理人とか……一番バラエティに富んだスートだったかな。必ずしも、お金稼ぎをしているだけのスートではなかったけどね」
「なんでも屋みたいなもんか……」
どんなギルドにも必ずある役割分担のようなものだろう。特に人数の多くなるギルドにおいては、こうした役割分担の特化は必要不可欠と言えるだろう。こうして特定の役割に特化するプレイヤーは専業とも呼ばれたりする。
「スート以外にも人がたくさんいて、いろんな人と交流して……あのころが一番楽しかったよ……」
「ふぅーん……」
昔を懐かしむアスカを、カレンは鍋の具を頬張りながら眺める。
やはり、アスカにとって円卓の騎士というのは特別だったのだろう。中身がすっかり変わり、もはや別物になってしまったと言っても離れられないほどに、思い入れが深いのが何よりの証拠だ。
だが、そんなギルドも今となっては……。
「……んぐ。んで? 関係者以外が出入りしているんだっけか? それがどうしたんだよ?」
「あ、ああ……そう言えば、その話だったか」
自ら逸らした話の修正を試みるカレン。アスカは元々の話の流れを思い出す。
「……ノースがどうも、円卓の騎士以外の人間をアバロンに招いているようでな……。理由は定かではないのだが、ギルメンにそのことを伝えていないのが気になるんだ」
「ノース……ああ、あのなんか胡散臭いの」
マンスリーイベント時に一目見たノースの姿を思い出しつつ、カレンはしかめっ面になる。
少しコショウを効かせすぎたかもしれない料理をかきこみ、アスカへの質問を続けた。
「でもそれって特別なことか? アスカだって、そういうことくらいあるだろ。仲のいい友達をギルドに招いてみたりとか」
「まあな……。だが、その前後で私を含めた幾分かのギルメンに暇を出されたのだ」
「暇を? え、なんで?」
「知らん。だからこそ、こうしてカレンと遊べたわけだが、こんな唐突に暇を出されたことは今までにない」
カレンのように、アスカは一気に料理をかきこむ。
多少熱さにむせたりはしたが、数度咳払いをして誤魔化し、カレンにお代わりを要求する。
「おかわり」
「お、おう……」
「……暇を出したのがGM……ランスロット君だったから初めは不審に思わなかったが……改めて考えるとおかしいよな、やっぱり」
「うん、まあ……そう言えば、ノースとかランスロットって、前の円卓の騎士で言うとどんなもんだったんだ?」
カレンの問いかけに、アスカは答える。
「ノースがダイヤの10。ランスロット君は、スート入りすらしていなかった。ガチ初心者だよ、彼は」
「なんでそんなんがGMしてんの……?」
「……キング・アーサーの縁者だとノースが言い出してな。彼こそが円卓の騎士を率いるのにふさわしいと……」
アスカは遠い眼差しでどこかを見つめ、小さくため息をついた。
「キング・アーサーが引退されてからすぐのことだ……。多くの者は反対したものの、いつの間にか過半数以上のギルメンからの支持を集めていたノースの意見が最終的に通ってしまい、ランスロット君がGMを務めることとなった……」
「GMの選出ってそういうシステムだっけ……?」
カレンは不審そうに呟く。
GMの選出、あるいは交代は本来前GMの手で行われるものだ。
前GMが引退する際に、次のGMを選び、GM権の譲渡を行うことでGMの権限が次のGMに移るのだ。
「私にもわからない……そもそもキングは次のGMにエース・アルトを指名していたんだが……彼もリアルが忙しくなったということで一時休職すると言い出してな。その後彼はGM権を自身の直下ギルメンだったクラブの10に預けていたはずなんだが……」
「そいつ、ノースに取り込まれたんじゃねーの……?」
「どうだろうな……。その後の円卓の騎士に名前がないんだ。どうなったかは定かじゃない……。ノースの円卓の騎士改革の時に、多くの優秀なプレイヤーが円卓の騎士を抜け出ていったからな」
どうやら円卓の騎士のGM交代劇には、色々裏がありそうだ。
それをカレンは感じたが、そこにそれ以上言及はせず、カレンに料理を手渡した。
「まあ、なんだよ……。思い入れがあるのはいいけど、やってて辛いんじゃ無理しない方がいいと思うよ?」
「違いないな……」
自嘲する笑みを浮かべ、料理を受け取るアスカ。
お椀の中で揺れる鍋の具を見つめながら、彼女は小さな声でつぶやいた。
「……エース・アルト。どうして、あなたは今、円卓の騎士にいないんですか……?」
小さく縋るようなか細い声はカレンの耳にも届いたが、彼女は黙って残った料理を口に運んでいった。
なお、キング引退をきっかけに、フォーカード自体が消滅している模様。




